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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第二話 行き倒れ王女と信疑の鯨
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03.シロノ

 ≪剣竜の現身(けんりゅうのうつしみ)≫最終選抜試験が終了し、リュウが王国騎士養成学校から飛び出して、二週間が経過した。


 ウィルクに関する唯一の情報、≪摩天楼≫。

 今、リュウはそれを求めて、異教徒組織であるヘルゼノスの一員――リュウはシロノと呼んでいる――と共に旅をしていた。


 その間で、ウィルクの品行方正然とした容貌は、リュウの手により大分変わったと言っていい。

 まず、ウィルクの長すぎる(リュウにとってだが)髪を床屋でカット。短くなった髪を軽く立たせ、毛先を尖らせたアシンメトリーの髪型に変えた。

 養成学校の制服など、いつまでも身に付けていられない。赤いシャツと黒い皮のジャンパー。そして、薄いグレーのパンツにアーミーブーツを購入。城下町で流行のものを簡単に揃えただけだが、割と神坐流の頃の世界に近しいセンスに仕上がった。


 シロノに関しては、ダークスーツを着させないことにした。黒服組として隣に置いておくと、面倒なことになりかねないと判断したからである。

 上着とネクタイを外させて、パンツをカジュアルなものに変えさせただけではあるが、これで一応は黒服組であることを断定させないはずだった。


 準備を済ませ、王都ハウネルを出ようという段になり、ようやくリュウはある問題(・・・・)に心置きなく向き合うことができるようになる。


 ――ある問題(・・・・)とは、旅のお供であるシロノへの詰問だ。


 シロノには、かつて養成学校にいたウィルクと密会をしていたという情報があった。ウィルクの友人であるラーニャの証言により発覚したことだが、その件については未だに本人の口から話を聞けていないリュウである。


 リュウはシロノと行動を共にする中で、そのことについてしつこく尋ねた。だが、基本的にリュウのことを無視するシロノから、情報を引き出すのは困難を極めた。

 そして、ようやく口を開いたと思えば、『覚えてない』の一点張りである。


 シロノがリュウに同行する目的も謎だ。唯一教えてくれたのは、シロノは誰か(・・)に命令されてついてきているだけだということ。


 そのいい加減なすっとぼけに痺れを切らし始めたリュウが、シロノに対する認識を改めたのは、一週間ほど前まで遡ったある日のことである。


 思えばその後からだ。徐々にシロノがリュウの言葉に反応しはじめてくれたのは。



***



 リュウは二つあるベッドの一つに腰掛け、既にもう一つに腰掛けているシロノに向き合った。


「オイ。流石に今のは『覚えてません』じゃ通らねえだろ」


 リュウは右手を伸ばし、シロノの鼻を摘まんだ。

 シロノの美しい顔立ちを、リュウは時折造り物であるかのように錯覚するものだったが、こうして触った感触が、間違いなく人肌であるという事実を突きつける。


「デュザだぞ? オメーのボスだろ。コレしらばっくれる意味あるか?」


 デュザ。

 養成学校でシロノが従っていた、黒いローブを羽織った異教徒だ。二人の繋がりは養成学校中の人間が知っている事実であり、それをシロノが隠す理由などないだろう。

 二人は上層では異端とされている黒服組であり、リュウの見立てではヘルゼノスのフロント企業で上司と部下の関係であるはずだった。


 リュウは宿屋の寝室で、黒の棟でデュザが何をしていたのかを聞き出そうとしたが、それでもシロノの答えは『デュザが誰かわからない』だ。


 だがシロノは変わらず、まるで心の機微をカーテンで覆い隠したような、無感情な金色の瞳をリュウに向けるばかりである。

 そんな眼をみせられたリュウの方は、気味の悪さに追求を頓挫してしまう。


 ――いつもならば。


 リュウの目前で、バチンという音と共に、白い光が明滅した錯覚に陥った。


 何故だろう?

 このときに限り、間違っているのが自分の方ではないかという新たな可能性が、リュウの脳裏をよぎる。


 ――この可能性をどうして今まで思い付けなかったのか?


 自分の間抜けさに軽い屈辱さえ覚えたほどだった。


「……お前、もしかしてホントに覚えてねえのか?」


 恐る恐る尋ねたリュウに、リュウは鼻を摘ままれた状態で顔を縦に動かした。

 それを認めたリュウは、シロノの鼻を解放し、両手で顔を覆った。


 リュウはため息を吐いた。

 そのまま、シロノに疑問をぶつける。


「お前、気が付いたら別の誰かになっていた経験あるか?」


「ないと思う」


 断定しない答え。おそらく、リュウの仮説は正しい。


「お前は間違いなく、養成学校で“黒の亡霊”って呼ばれてたヤツと同一人物だよな?」


「それはたぶん、私で間違いないよ。“黒の亡霊”と呼ばれていた、記憶がある」


 リュウは思い出した。

 シロノのこれまでの発言に、覚えがあり過ぎる(・・・・・)ことを。


 記憶喪失(・・・・)

 アルフィに対して自分を偽るために使った方便と、まるで一緒だ。


 珍しく、シロノはリュウの質問に素直に答えてくれている。リュウはこのまま答え合わせをすることに決めた。


「『覚えてない』って表現は、実は微妙に外れてる。正確には『忘れちまった』んだな?」


 そう訊いたリュウから視線を逸らさず、シロノは頷いた。


「どうして忘れたか、わかるか?」


「私は奇手(つかいて)として、自分の記憶を制御する能力を持っている」


 ゆっくりと、シロノは答えた。


 ――やはりそうだ。


 ウィルクの情報を知っているはずのシロノが、何故リュウの旅について行くことを許されたのか。

 それは、シロノがウィルクの情報を忘れることができたからだ。


「何を忘れたか、わからねえのか?」


「キミが質問したことは、だいたいが記憶から、消されているみたいだ」


「記憶を『操作できる』って言ったな? 思い出すことはできるのか?」


「記憶にロックが掛かっているだけなら、解除できれば思い出せる。けど、消してしまった記憶を蘇らせる術は、今の私にはない」


 透き通るような声で、淡々とシロノは答えた。

 その冷たいまでの透明感とは裏腹に、その奥底に眠る幽々とした神秘性が、リュウの背筋に妙な違和感を走らせる。


 これはもう、シロノから有益な情報を得られることは望めないだろう。


 リュウがこれまでしつこく訊いた質問に、シロノは全て正直に答えていたのだ。

 にもかかわらず、リュウはシラを切っていると最初から決めつけて、愚かにも勝手に苛立ちを覚えていた。


 その罪悪感から、リュウはこれからしばらくの間、シロノに毎日アイスを買い与えることに決めたのだった。


「デュザ……」


 シロノは目を伏せ、呟いた。

 彼(はっきりしないが、リュウはシロノが男物のスーツを着ていたことから、男であると判断している)が自分から何か発言したのは、これが初めてのことだ。


「何だろう。それは、とても大事な名前な気がする……」



***



 シロノについてわかったことが、他にもある。


 その中で最も気を付けなければならないことは、シロノを一人にするのは大変危険であるということだ。宿屋であればまだいいが、街中や飲食店では特に注意しなければいけない。


 ――ナンパに遭ってしまうのだ。


 それも、男女問わず、結構な数である。


 リュウが隣にいれば、その数は激減するため、リュウはシロノと大半の時間を共に過ごす羽目になった。これだけ美しい容貌ならば理解はできるのだが、正直に言えば遠慮して欲しい。


 ナンパといえば、それがきっかけとなり、シロノの実力を目の当たりにした事件があった。

 コナをかけてくる連中は、シロノの感情のない瞳を見たり、糠に釘といった手応えゼロの反応を受け、あっという間に挫折する者が大半だ。しかし、中には質が悪く、しつこい輩も存在した。


 シロノにちょっかいをかけるチンピラをリュウが追っ払おうとして、喧嘩にまで発展したことが三回もあった。

 幸いにして相手は弱く、養成学校でアルフィを相手にしてきたリュウにとっては雑魚同然だった。複数人を同時に相手をして、軽く捻ることができたのだから、ウィルクやアルフィの実力恐るべしである。


 ところが、そのうちの一組がギルドの構成員であり、腕利きの武闘派を連れてリュウ達にリベンジしに来たのだ。

 その腕利きには手こずらされたリュウである。


 そして、その間に他のチンピラがシロノに躍りかかった次の瞬間、彼らは地べたを這いつくばっていた。

 直後、シロノはリュウが相手をしていた腕利きを、一撃で沈めてしまったのだ。


 ――もっと早く闘えよ。


 何にしろ、リュウは心強い(そのままの意味でもあり、皮肉でもある)仲間を得た。

 彼がこの旅にどういう影響を及ぼすのかは、そのときになってのお楽しみとしておくリュウである。


 さしあたっての目的としては、≪摩天楼≫を探し出し、デュザ達の秘密を暴くこと。

 そのために、リュウは情報が多く集まりそうな、王都に最も近い港町であるホガロを目的地として定めたのだった。





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