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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
54/182

54.エピローグ、或いは滅びのプロローグ

 上層、≪預言の祠≫。

 その最深部で、ルアノ=エルシア・ルクターレは巫女装束をその身に纏い、老婆ドロシーと向かい合っていた。


 ≪剣竜(けんりゅう)現身(うつしみ)≫最終選抜試験から三日が経った。

 ルアノにとって、あの≪決戦(デュエル)≫はセンセーショナルな内容ではあったものの、自らの大一番を目前に控え、徐々に己の中で風化されつつある。


 ルアノには知らなければならないことがあった。

 ここ数日で、あれだけ上層に出入りしていた黒服組の姿を、なかなか見かけなくなったのだ。

 それは彼らの任務完了を意味するのだろうか。


 いずれにせよ、ルアノはラアルと話したあの夜以来、どうしても神経質になって仕方がない。

 何せ、彼らはあの異教徒のフロント企業だったのだから。


 そして、彼らを陰で操るサレイネは、どうやら本当に辞官して十二連盟管理委員会に籍を置くようである。

 三日前、ラアルはルアノにそう報告した。

 異常だ。サレイネは短期間で、不必要なまでの強い力を付けている。


 彼の目的は何なのか?

 それは自分達に悪影響を及ぼすようなことなのか?


 もしも、二つ目の疑問の答えがイエスならば、ルアノはその危機を預言により知ることができる。

 そして上手くいけば、芋づる式で一つ目の疑問の答えも。


 ≪預言の儀≫。

 それはハウネル王国の王族から選ばれた“巫女”呼ばれる存在が、≪赤の預言者≫から預言を賜る、一年に一度行われる儀式である。


 ア・ケートには二人の高名な占い師が存在する。≪赤の預言者≫と≪青の預言者≫だ。

 ≪赤の預言≫は悪い報せを、≪青の預言≫は好い報せを。

 それぞれ、直近一年の内に起こる大きな出来事を、いくつか報せてくれる。


 そして、巫女であるルアノの目前に立つ老婆ドロシーこそ、≪赤の預言者≫なのである。


 ≪預言の祠≫には、預言者であるドロシーと、巫女であるルアノしか立ち入ってはならない掟がある。

 故に、その預言の内容を知ることができるのは、二人だけだ。


 二人の仕事は、一対にして完成する奇手(つかいて)として能力を行使。それにより儀式を成功させること。

 もっとも、二人は未だかつて儀式を失敗させたことがない。

 ルアノからしてみれば、失敗の仕方がわからなかった。ただ、(うた)を唱えるだけでいいのだから。

 そしてその後、ドロシーが預言を詠み上げ、ルアノが聴く。

 儀式の手順はそれだけだ。


 ルアノは預言の結果を、ドロシーが許す範囲で他人に話してよい。

 その範囲を超えてしまうと、預言の内容と未来の危機にズレが生じ、危機を防ぐことができなくなってしまう、と云われている。


 ルアノはドロシーの前で跪き、両手を組んで瞑目した。


「≪赤の預言者≫、ドロシー。剣竜(けんりゅう)客人(まろうど)の末裔として、貴女に請う」


 とルアノは厳かに紡ぐ。


「預言を」


 ドロシーはしばし沈黙し、ややあって、その皺だらけの口を開く。


「姫様。お綺麗になられました……。婆はこの預言の刻を迎える度、思いまする」


「……」


 ルアノは黙り、祈り続ける。


「もう少し、背が伸びて、スタイルもボン、キュッ、ボォオンになれば、若かりし婆にちょっとは近――」


「ばっちゃん? 困るなあ、変な冗談言っちゃあ。まだ後継者も決まってないのに」


 ルアノは顔を上げて立ち上がり、組んだままの両手の拳を、笑顔の横に持ってきた。


「ジョーク、ジョーク。リラックス、リラックス……」


 そうしわがれ声でドロシーは言う。その頭の上に杖を構え、防御態勢に入っている。


 ――どいつもこいつも、『一言余計』という言葉を知らんのか。


 そう、ルアノは心中で悪態を吐いた。


「今年は何か大きな問題でも? 例年、冗談を言うのは、姫様の方でございましたでしょうに」


 老婆は姿勢を崩し、そうルアノに問う。


「ばっちゃんは昨日登城したばっかだから知らないだろうけど、最近、上層が不穏な感じだったんだよ。黒服組がゾロゾロ来てさ」


 相づちを打つドロシー。


「それは滅多なことではございませぬな。婆めもハウネル王国に仕えて、もう五年以上経ちますが、そのようなことは初めてでございます」


「ばっちゃん、一桁間違えてるよ?」


 ルアノはドロシーを半眼で睨んだ。


「しかし、妙でございますな。去年の預言では、そのようなことが起こる報せなど、なかったでございましょう?」


 ドロシーは顎に手をやり、考える素振りをみせる。


「うん、だからね。今年はちょっと本気なんだ……」


 そうルアノは呟いた。


「ばっちゃんも、協力してくれるでしょ?」


「あいわかりました」


 ドロシーは笑った。


「姫様。婆は安心してございます。このように立派になられた貴女になら、いかな災いが訪れよう預言でも、受け止めることができましょう」


「ま、何事もないのが一番だけど」


「違いありませぬな」


 ルアノは肩をすくめ微笑み、ドロシーも顔を更にしわくちゃにして応える。


 そして、ルアノは再びドロシーの前に両膝を着く。


精霊(まれびと)よ。この者、汝らの奇跡の光を崇めし聖女。剣竜(けんりゅう)の地に都を築き、その花めきを守護せんとする者(なり)。今より、汝らに一編の(うた)を捧げん」


 そうドロシーが唱えると、ルアノは足下の杯を手にとり、中の御神酒で口を清める。


「我は客人(まろうど)。刹那の命を賭して」


 ルアノは静かに唄い始めた。


剣竜(けんりゅう)の爪痕を。剣竜(けんりゅう)の羽ばたきを。剣竜(けんりゅう)の雄叫びを」


 徐々に高まる集中力。


「全霊に刻む」


 肌でヴェノを感じ取る錯覚。


「ゆるり剥がれ墜ちる。偽りの安寧を識りながら」


 ドロシーとルアノの周りに、陸芒(ろくぼう)の星の光が浮かび上がった。


「汝らの愛を抱き腐る。その瞬間を識りながら」


 陸芒星は、一層にその輝きを強める。


「木霊する、奇跡の脈動に触れんと生きる」


 そうルアノは締めくくった。


 しばらくの沈黙の後、


精霊(まれびと)よ」


 とドロシーが呼び掛ける。


「聖女の祈りに応え、もう一刻の命を与え賜え」


 そして、光がガラスのように砕け散った。


 ――成功だ。


 本当に短い儀式だが、光が砕ければ完了であり、それは同時に成功を示す。


 ルアノは立ち上がり、顔を伏せている老婆に目をやった。

 あとは、彼女が≪赤の預言≫を詠上げれば、


「なん、……な、な」


 ――終わりのはずだった。


 ドロシーが尻餅を着いた。放られた杖が床に落ち、カランと音を立てる。


「ばっちゃん!?」


 ルアノは叫び、 ドロシーに駆け寄って、その身体を抱きしめる。


「あ、あ、あ……」


 そう、ドロシーは呻いている。


 混乱の最中、いち早く後悔の波が胸中に押し寄せる。


 ――歳だ!


 そう、ルアノは直感した。


 ドロシーの老体では、≪預言の儀≫に耐えることができなかったのだ。

 ドロシーはすでにボケ始まっており、そんな彼女の頭に≪赤の預言≫が強い負荷を掛けたがために、崩れてしまったに違いない。


「死なないで! ばっちゃああん!」


 ルアノの絶叫が、祠に木霊する。自分の目が腫れていくのを自覚した。


 自分は他者を治癒する、治癒術の奇手(つかいて)ではない。

 今すぐドロシーを担いで、祠の外に出なけれ――、


 むくり、とドロシーは起き上がり、ルアノの腕から離れ、立ち上がってから杖を拾った。


 ルアノはそのまま床にずっこけた。

 が、すぐに両腕で上体を起こし、叫ぶ。


「もう! 脅かさないでよ!」


 しかし、≪赤の預言者≫はその顔を強張らせたままである。


「……ばっちゃん?」


 そうルアノが呼び掛けるも、ドロシーは何も答えない。

 ただ、両手に握った杖の先端で、コツン、コツンと何回も床を突く。


 そんなドロシーを、ルアノは正座したまま、何も言わずに眺めることしかできない。

 何秒経っただろうか。ドロシーが口を開く。


「姫様」


「はい」


 彼女のしわがれた声は真剣味を帯びており、ルアノは姿勢を正したまま返事をしてしまう。


「≪預言の儀≫は失敗です」


「はぁ!?」


 衝撃的なドロシーの言葉に、ルアノの口から抗議的な叫びが飛び出る。


「失敗したのです……。姫様」


 ドロシーは再び告げる。まるで子供に言い聞かせるように。

 しかし、


「嘘だ」


 とルアノの口から零れ出る。


「嘘だよね? ばっちゃん」


 失敗を認めたくなかったわけではない。

 ルアノは本気でドロシーが嘘を吐いていると思った。


 ドロシーは答えない。

 その態度が、ますますルアノに確信させる。

 彼女は先ほどから、ルアノの顔を見ていないではないか。


 ドロシーが預言を隠す理由。

 頭の悪いルアノには、一つしか可能性が思い付かない。


「ばっちゃん」


 そう、ルアノはドロシー訴える。


「さっき言ったよね? 『今のあたしになら、どんな預言でも受け止めることができる』って」


 ドロシーは微かに息を漏らした。


「教えて」


 ルアノは口調を強くして請う。


「教えてよ、ばっちゃん! 何が視えたの!」


 だが、ドロシーは首を振った。彼女はルアノに背を向けてしまう。


「婆めには……、言えませぬ……」


 ルアノは立ち上がって、ドロシーに近づいた。

 そして、小柄な自分よりも、更に小さい彼女の肩を抱きしめる。


「わたしを、信じてよ……」


 そうルアノは呟いた。


 先代の巫女であるエルシアは、七年前にこの世を去った。


 彼女の遺言状には、次の巫女としてルアノを指名する旨が記されており、それを改めたルアノに≪赤の預言≫を賜る能力が発現したのだ。

 そしてルアノは巫女となり、ハウネルに訪れる危機を、預言の力で排除することを決めた。


 以来、ルアノはドロシーとコンビを組んできた。

 どんなときでも、彼女はルアノを信じ、その危機を伝えてくれた。


 それだけではない。ドロシーはルアノに様々な言い伝えを教えてくれたのだ。


 ドロシーのことが大好きだ。祖母のように思っている。


 そんなドロシーに嘘を吐かせてしまっていることが、

 そんなドロシーに守られていることが、

 ルアノはただ辛くて仕方がない。


「わたしが必ず受け止めるから。どんな災厄だろうと、必ず覆してみせるから」


 静寂が、祠の最深部を制する。


 やがて、


「姫様」


 と老婆は根負けしたように語り始めた。


「このことは、上層の誰にも言ってはなりませぬ」


 ルアノは驚愕に目を見開く。

 その縛りは、今までルアノが賜ってきた、どの預言よりも強い縛りだった。


 そして、≪赤の預言者≫は預言を告げる。


「≪傾国の魔剣≫。あれがハウネルで管理され続ければ、間もなくア・ケートが滅びまする」


 ――この世界(ア・ケート)の滅亡。


 その信じられない預言に硬直するルアノに対し、ドロシーは続けた。


「【裏の世界(リ・カーズ)】より、魔神が再来するのです」





<第一話『ハウネル王国騎士養成学校』 了>





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