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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
51/182

51.同行者

 ――まったく、とんでもねえ生徒共の学校だったな。


 リュウは学外に出るべく、校門へと向かっていた。

 暁色に染め上げられている広い敷地を見ていると、どうしても感傷的な気分に浸ってしまう。


 ちょっとした喪失感がリュウの胸を圧迫する。その種のむず痒さは、ゲームタワーを去るとき以来だった。

 成人もしていない生徒達が、想像もできないようなことで思い悩み、真剣に向き合う姿を見せられ、とっくに高校を卒業したリュウでさえ学ぶことが多くあった。


 アルフィの最後の笑顔を思い出し、リュウは口元を微かに緩めた。


 彼女は優しく、しっかり者で、一方ではその内側に面倒くさいと思われるほどのコンプレックスを抱えていて。

 しかし、そんな彼女がここにいたからこそ、リュウはこの学校でのたった二週間ほどを全力で生き、綺麗に締めくくれたのではないかと思う。


 彼女のことを、リュウは柄にもなく、愛らしいとさえ思ったものである。


 ――やめだやめ。学園ドラマか。


 そう心中でごちて、リュウは気持ちを切り替える。


 ここからは、自分一人で戦わなければならないのだ。

 ウィルクに憑依した謎を解き、そして彼をこの身体に戻すために。


 幸いにして、旅の軍資金はたんまり手に入った。

 生徒達から巻き上げた泡銭だが、これだけの金額ともなると、テンションが上がってしまう。


 リュウは軍資金の使い道に思いを馳せていると、自分がまだ制服姿であることに気が付いた。

 これは返さなくてもいいのだろうか。

 何せ、自分が制服組の卵であることを、周囲に触れ回ってしまうような格好だ。下手をするとトラブルの元になりかねない。


 ――服を買うか。いや、その前にまずは……。


 などと考えていると、ようやく校門が視界に入った。

 そして、その校門に人影があることも。


 黄昏時とはよく言ったもので、夕暮れに落とされた陰が、その人物の認識の邪魔をする。

 ウィルクの視力でも、ぱっとは誰かわからない。


 だが、徐々に距離が縮まっていくと、リュウはそれが意外な人物であることを知る。


 黄昏時の、またの呼び名は逢魔が時だ。


「よう。まさか、見送ってくれんのかよ?」


 声が届く距離にまで近づいてから、リュウは彼に呼び掛ける。

 もっとも、この軽口に返事を貰えることなど、これっぽっちも期待していなかったが。


 ――黒の亡霊。


 彼は相変わらずの儚さで、落陽と共に消えそうな雰囲気で、校門前に佇んでいる。

 陰が落ちたその美貌は、独特の透明感とマッチして、どこか神懸かり的なまでの奥ゆかしさを魅せている。


 丁度いい、とリュウは思った。


 本来であれば、彼とウィルクとの関係を、拷問に掛けてでも吐き出させるべきなのかもしれない。

 だが、彼がどのような人物かわからない以上、そんな真似はできないだろう。


 一度きりの質問でいい。

 彼がこのタイミングで校門に立っているということは、もしかすると彼の方から何かしらの話がある可能性が一パー、


「――キミ」


「?」


 突然掛けられた声に、リュウは一瞬硬直する。


「キミ、行くあては、あるの?」


 彼の声はリュウの想像通り、鈴を転がすような澄んだ色をしている。もしかすると、リュウは彼の性別を、


「喋りやがった!?」


 驚愕の事態に、リュウは思わず叫んでしまう。

 もしかすると、彼の方から話がある可能性を、一パーセントくらい期待したリュウであるが、まさか本当に喋るとは思っていなかった。


「あ? あー、行くアテね……」


 動揺を必死に隠しつつ、リュウは空とぼけてみせる。


 面白い。リュウは心の中で笑みを浮かべた。

 これは、黒の亡霊から情報を聞き出す、もう二度とないであろうチャ、


「ついていく」


 ――何でだよ!


 リュウは口から出そうになる言葉を、何とか堪えた。


 何がどうなって、そんなことになる?


「あのなあ、亡霊さん。オメー、自分で何言ってるか理解してんのか?」


 渋面を作って言うが、彼は何も答えない。


「つーか、今までフルシカトぶっこいてくれてたくせに、今更何だって? 虫が良すぎるとか、これっぽっちも思わねえのか? おーん?」


 あまりに唐突すぎる彼からの提案に、リュウは適当な文句を並べながら思考する。

 確かに急すぎる話ではあるが、これは間違いなく超が付くほど重要な分岐点だった。


「ま、こっちの条件を呑んでくれんなら、考えてやってもいいけどよ」


 勿体を付けた。


 ――もう少しだ。


 もう少し、彼の反応を見てみたい。

 そして、もしかするとそこから、この意味不明な状況を説明付けるための、糸口が見つかるかもしれない。

 加えて言えば、それ次第で彼を連れて行くことはリュウにとって、


「条件なんて関係ない。私はキミについていく」


「があああああっ!」


 リュウは吠え、頭を掻きむしった。


 何だというのだ? 嫌がらせか?

 一人称、『私』なのか?

 前に尾行したことを根に持っているのか? やられたらやり返すのか?


 そう言われてしまえば、リュウの意思など全く関係ないと思い知らされる。

 ならば、下手に距離を取るよりも、近くに置いた方がいいのかもしれない。


 彼は危険だ。さながら、トロイの木馬のように。

 それはリュウも重々承知している。だが、彼には訊きたいことが多くある上に、楽観的に考えるなら、その目的に悪意があるとは限らない。

 もしかすると、一人で旅をするよりも、何かと有利な点があるのかもしれない。


「お前、名前は?」


 そうリュウは訊いた。

 そして、既に導き出された答えを、腹に落とし込もうとする。


「私に名前はない」


 まるで人形のように何の感情もみせず、彼は淡々と言う。


「好きに呼ぶといい。それこそ、『黒の亡霊』で構わない」


 リュウは『ふうん』と適当に相づちを打った。


「……わかった」


 大博打の覚悟を、リュウは決める。


 ――コイツを連れて行こう。


「けど、黒の亡霊ってのは、長くて呼びにくいな」


 リュウは顎に手をやった。


「俺が思うに、『亡霊』ってところが邪魔だ。一緒に旅する相手を、亡霊呼ばわりはねーだろ」


 彼は何も発さない。

 ただ、リュウに名前を付けられるのを、静かに待っている――様子でもない。


 何を考えているのか、一切読めなかった。


「となると、『黒の』……、くろの……」


 彼の眼を出会ったその日に覗き込んでいたら、リュウは彼とコミュニケーションを取ろうなどとは思わなかっただろう。

 琥珀がはめ込まれたような、妖美な金色眼は、静かな光を宿している。

 しかし、その奥には何もない。虚無がひたすら続いているかのような錯覚に陥ってしまう。


 ――パァン!


 リュウの脳裏に、あのとき(・・・・)の発砲音が蘇る。


「“シロノ”」


 とリュウは呟いた。

 そして、彼に向けて右手の指をビシッと突き付け、言ってやる。


「全身真っ黒だから、シロノだ。悪かねえだろ?」


 シロノは何も言わなかった。

 名付けられた感動も、それを拒む嫌悪感もみられない。一切の感情が、封じ込められてしまっているかのように。


 だが、リュウからしてみれば、文句がないならそれでいい。


「行くぞ、シロノ」


 そう言って、リュウは校門から外へと一歩踏み出した。

 が、あることを思い出し、立ち止まってシロノを振り返る。


「そういや、条件だ」


 とリュウはシロノに言う。


「俺のことは、『ウィルク』じゃなくて、『リュウ』って呼べ。それだけだ」


 聴いているんだか、いないんだか。

 そんなシロノに、リュウは加えて言った。


「それと、どこに行くかって話だが――」


 リュウは前髪を右手で弄ぶ。


「どっか、いい床屋知らねえか?」





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