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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
46/182

46.覚醒

「アンタ、何……言ってんの?」


 ウィルクの言葉は、アルフィを失意のどん底に追い詰めていく。


 本当に、ウィルクは何を言っているのか。

 そんな大金がアルフィに払えるわけがないのは、彼だって充分に承知しているはずだ。


 そもそも、金とは何のつもりなのか。

 いつの間に、そうやって強請るような真似ができる人間になってしまった?


「払えるわけないでしょ……」


 とアルフィはポツリと言った。


「だろうな」


 そんなウィルクの声。


「なら、他の連中に払ってもらおうぜ?」


 そのウィルクの発言が耳に入った刹那、心がぼろぼろに崩れていく。

 そうアルフィは自覚した。


 しかし、


 ――本当にこのまま、為す術はないの?


 そんな自分自身のくぐもった声が心に響くのを、アルフィは微かに聴き取った。


 ――ああ、これって。


『たとえ為す術がなくても、気持ちを訴えるくらい、誰でもできる』


 ――いつか、ウィルクが言っていたな。


 そう、アルフィは突拍子もなく思い出す。


 彼の言葉は、いつだって吐き気を催すほど綺麗すぎて。


 しかしながら、そんな彼の美徳は、行動で正しさが示された。


 そんな彼のことを、アルフィは本気で尊敬していたし。


 その気持ちを他の誰かに負けるつもりなど、これっぽっちもないはずだった。


 ――けど、今問われているのは、自分自身のことなんだ。


 もしも。


 もしも、ずっと彼の陰に埋もれて、依存して、そんな自分に嫌気がさしているとするならば。

 あるいは、そのせいで世界をシャットアウトして、弱さを認める勇気さえ自分で奪っている自覚があるならば。


 ――こう思え。


 孵化の瞬間に、明確な条件など必要ない。

 だとすれば、それは。


 ――今、なのかな?


「お前ら」


 ウィルクはグレード5の生徒達に呼び掛けた。


「アルフィのために、三十万を肩代わりする気はねえか? 一人で払わなくていいぜ。合計で三十万集まれば、それでアルフィに票を全部譲渡してやる」


「やめて」


 アルフィの呟きは小さかったが、確かにウィルクに届いたはずだ。

 にもかかわらず、彼は続ける。


「いや、それじゃモノ足りねえ。お前らは他の生徒がいくら払ったか知ることができない。そんな状態で、金を集めることにしよう」


「やめてって言ってるでしょ!」


 アルフィは悲鳴を上げた。


『こういうのって、結果が出せる出せないだの、善い悪いだの、そういう問題じゃないと思うんだ』


『これは自分自身との戦いだから。譲れないものがあるのに、(だんま)りしている人間になりたくないんだよ』


 いつしか、そう言ってのけたウィルクの顔は、夕陽が照りつけ眩しくみえた。


 では、アルフィはどうするのか。

 自分の愚かさを自覚してなお、失意のまま崩れて、今度は全てを今のウィルクのせいにして、また起き上がらないつもりなのか?


 アルフィが一番なりたいものは、何なのか。

 それは≪現身(うつしみ)≫ではない。


 孤児に対する福祉制度の改善。


 本心だと思っていたそれは、今のアルフィにはまるで蜃気楼のように揺らめいている。

 記憶を失ったウィルクに、そんな夢をあっさり看破されたのも当然ではないか。


 強くなれば、≪現身(うつしみ)≫になって強さを示せば、もう二度と辛い思いをしなくて済む、――そう信じていたのだ。


 アルフィは立場や名誉が欲しかった。それも、ウィルクと一緒に。


 薄っぺらな夢からは、そんな己の下心が透けてみえる。


 アルフィの胸中に、嵐のように様々な感情が巻き起こった。


 そして、あまりにも遅くに思い出す。


 自分がなりたいのは、自分で自分を恥じることのない人間のはずだった。


 自分の弱さのせいで、友達まで巻き込みたくない。

 そんな真摯な気持ちが、再びアルフィに活力を与える。


『気持ちを訴えるくらい、誰でもできる』


 ――しっかりしろ!


 もしその契機が在るとするならば、それは今でしかあり得ない。


 ようやく、アルフィはウィルクの顔をみることができた。


 彼の冷たい瞳を真っ直ぐに見据えて、怒鳴りつける。


「集まるワケないでしょ! 払わせるワケないじゃない!」


 だが、ウィルクは一切動じる様子はなかった。


 それでも、アルフィは譲ることができない。

 眼に涙が溜まっているのを自覚しながら、大きく叫んだ


「『ありがとう』って言ってくれたでしょ!? 『一緒に勝つ』って約束してくれたでしょ!?」


 アルフィはこの≪決戦(デュエル)≫が始まる前に、ウィルクと交わした会話を思い出した。


「あのとき、私がどれだけ嬉しかったか、きっとアンタには想像もできない!」


 声が震えている。

 だが、だが。だが――、


「もうこれ以上……、何も壊させない!」


 腕で目を擦り、涙を拭う。


 アルフィは彼に言いたくて言えなかった言葉がある。

 いや、言ったかもしれないが、ここまで本気で思いをぶつけることはしなかった。


 ――記憶喪失だから仕方がない。


 アルフィはそう何度も自分に言い聞かせてきた。


「元に戻ってよ! ウィルク!」


 立ち上がって、彼の名を呼び掛ける。


 自分が臆病であることを、ずっと前から識っていた。


 だから、あんな風にウィルクを気遣うふりをして、遠慮して、自分が傷つくことから逃げていた。


 他人への態度も同じ事だ。


 傷つけられるのが怖くて、


 自分から手を差し伸べることをせず、


 差別(・・)という見えない敵を作って、


 そんな奴だらけのこの世界に価値がないと自分勝手に判断して、


 ≪現身(うつしみ)≫になって福祉改善をする。


 そう戦うふりをして、逃げて逃げて逃げて。


 票数からして、アルフィはもう≪現身(うつしみ)≫にはなれないだろう。


 ――でも、そんな受け止めない生き方は、もう終わりにする!


「今のアンタに払う金なんて、一シーンもないッ!」


 しばしの静寂ののち。


 ウィルクはその鋭い視線をアルフィに移した。


「オメーから、俺に対してはな」


 低く重い声でウィルクは言う。


「俺が興味あるのは、皆がオメーにいくら払うか。何を喚こうと、俺は金を募るぜ」


 アルフィの魂を削るような叫びに、ウィルクは冷たく反応するだけだった。


「俺を止めることができるのは、この≪決戦(デュエル)≫を監督している、ロイドさんだけだ」


 会場がしんと静まる。

 アルフィはウィルクと睨み合ったまま。誰も言葉を発さないでいる。


「ふぅ」


 誰かがため息を吐いた。

 その声の方に視線を移す。


 青い短髪を掻いていた、ロイドだ。


 アルフィはルール説明の際に、ウィルクがした質問を思い出した。

 揉め事が起こった場合、票の譲渡をどうするのかは、彼の裁量で決定するのだ。


「ウィルク・アルバーニア、警告する」


 ウィルクはロイドに向き直った。

 咎められるのは、ウィルクの発言か、行動か。


 いずれにせよ、周囲はロイドに対して、ウィルクのブレーキを掛けてくれることを期待した。


「ここは仮にも上層だ。≪決戦(デュエル)≫とはいえ、この試験は記録に残る公的なものだ。『売る』という表現を訂正しなければ、税金が発生する可能性がある」


「マジかよ? 親切にありがとよ。なら、『交換』ってのは?」


「まあ、そこまで煩く言われることはなくなるな……」


 そう言うと、ロイドはウィルクに近づく。

 痩せているが、背が高いロイドがウィルクの前に立つと、自然とウィルクの方が見上げる形になった。


「ウィルク・アルバーニア」


 そして、ロイドはウィルクを見下ろしながら言う。


「……いいぞ。……いい度胸だ」


「そりゃ、俺の募金活動を認めてくれるってことか?」


 ウィルクは少しも譲るつもりはないのだろう。ロイドに対して全く怯む様子をみせない。


「それをどうやって実現させるつもりだ?」


 そうロイドはウィルクに訊ねる。


「お前がさっきから要求している三十万は、大金だ。ここにいる学生達に、よしんば支払いの意思があろうと、この場ですぐに金を用意することはできないはずだ」


 ウィルクは少し考える仕草をみせた。


「実現方法がないならば、これは不毛なやり取りだ。このまま票の移動はナシにして、≪決戦(デュエル)≫を終了するぞ」


「……まあ、そもそも俺が≪決戦(デュエル)≫をメイクするのも何だしな」


 ウィルクはぬけぬけと言ってみせた。


「俺が必死こいて覚えた知識が正しけりゃ、十二連盟≪決戦(デュエル)≫監督官には、紙切れを小切手に変える権限を持ってる職員がいるんだっけか?」


「……とことん呆れた奴だよ、全く」


 ロイドは再びため息を吐いた。


 しばし、間が空いた。

 正直アルフィにとっては気が気でならない。この先の展開も、ウィルクとロイドが何を考えているのかも、全く読むことができない。


「よし。いいだろう」


 とロイドは結論を下す。


「お前の意図を汲んで、ここからは私が取り仕切ってやる」





 ロイドは懐から取り出した手帳を、一(ページ)ずつ丁寧に破った。そうしてできた小さな紙切れを、計四十八枚用意したようだった。


 そして、彼は小型のナイフで自分の手のひらを傷つける。

 傷口に右手の親指を押し付けて、全ての紙に血判を捺すと、ペンでサラサラと文字を書き始めた。


 五分以上掛けて、彼の作業が終了した。

 アルフィもそうだが、その場にいる全員がロイドの行動を見つめ続け、意外にも喋る者はいなかった。


「これから、ウィルク……、いや正確にはアルフィ・アルバーニアへの寄付金を募る」


 そうロイドは宣言した。


「ルールは簡単だ。私が今用意したのは、即席の小切手であり、法的な拘束力を持っている。一人ずつ、投票箱の前でこの紙にサインと血判を捺した上で、アルフィ・アルバーニアに対して『支払ってもいい金額』を一万シーン単位で記入しろ。無論、寄金を拒否するなら、小切手への記入や血判は必要ない」


 ――集まるわけがない。


 確かに彼らのほとんどが貴族の家の出身だ。

 だからといって、金が余りに余っているわけではない。一万シーンも、他人に出すはずがないのだ。


 アルフィは他の生徒達に罪悪感を覚えた。

 どうして、彼らをこんな意味の無い行為に付き合わせるのか。

 しかも、彼らの同意も無しに、である。


「その後、私に小切手を渡すだけだ。以上」


 ――それも、私の責任か。


 アルフィは下唇を噛んだ。自分の弱さが腹立たしい。


「注意事項は三つ」


 そうロイドは言った。


「一つ。結果がどうであれ、ウィルク・アルバーニアは王国騎士団に入団する意思はないらしい。ただし、その言葉の真偽は、諸君が各人で判断しろ」


「本当だ。俺はこのあと、退学の手続きをする」


 そうウィルクが口を挟んだ。

 アルフィにはわかる。彼は本気で王国騎士になるつもりはなかったのだ。


「二つ目だ。これは投資ではない。借金でもない。誰がいくら払ったか、その情報は開示しない。知ることができるのは、小切手を見た者だけだ。ウィルク・アルバーニアには、その可能性が僅かにあるな。まあ、何が言いたいかというと、アルフィ・アルバーニアに対して見返りを求めようとしないことだ」


 ――馬鹿げてる。


 アルフィは心の中で悪態を吐いた。

 見返りもなく、金を支払うわけがない。


「そして三つ目。合計金額が三十万シーンに達しなかった場合、ウィルクからアルフィへの票の移動はナシだ。つまり、ウィルク・アルバーニアに小切手が渡ることはない。私が責任を持って処分する」


「当然、俺もそのつもりだ」


 ウィルクは頷いて同意する。


「注意事項は以上だ。では、一人ずつ私の元に来てもらおうか。順番は好きにしろ」


 ロイドは投票箱に右手を置いた。ポン、と間抜けな音が鳴る。


 真っ先に投票箱に向かったのは、レティシアだ。

 アルフィは、自分と彼女の立場が逆ならば、小切手に『くたばれ』とでも書くだろう。


 ――早く、終わって欲しい。


 アルフィは瞑目した。


 ――ウィルク。


 そう考えると、夕焼けに照らされた彼の顔が、アルフィの脳裏に蘇った。


 それは、アルフィとウィルクがまだ入学したての頃。

 二人が差別を受けていた時期のことだ。





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