44.捕食者の貌
「何コレ?」
投票結果を見たルアノは、呆然として呟いた。
「これは、……意外な結果になったな」
「いやいやいや、おかしいでしょ。何で投票がどっちもゼロなの?」
落ち着き払っているヴォルガに、ルアノは疑問を叩き付けた。
「落ち着いて下さい。殿下」
そうルアノをなだめたのは、クレイスだった。
「投票は任意なのです。単にアルフィ・アルバーニアに対して、誰も票を入れなかっ」
『おかしいだろ! 俺は間違いなく竜の徽章を入れたぞ!』
クレイスの声を遮るように、会場から一人の学生の抗議が聞こえた。
「……」
クレイスは眼鏡を押し上げ、黙り込んでしまう。
ルアノはそんなクレイスをジト目で睨んだ。
生徒達は次々と、『アルフィに投票した』と証言する。
――ああ、ロイドやっちゃったな。
『投票の結果に間違いはない』
そう、ロイドは言い張っている。
「いや、どう考えても間違いでしょ。あのスクリーン、壊れてるんじゃないの?」
そう発言したルアノに、その場の全員の視線が集まった。
何か、変なことでも言っただろうか?
そう考えるのは、当然ではないか。
しかし、次の瞬間、ルアノの脳裏にロイドの声が蘇った。
『もし破損した場合、その徽章は票としてカウントしない』
その言葉の意味を、腹の底に落とし込んだ後、
「――ウソ」
とルアノは自分の口を右手で覆った。
「いや、待て」
とヴォルガは遮る。
「誰も徽章を壊す真似なんて、してなかったぞ?」
「どうやったのかはわかりませんが、物理的に破壊したわけではないのかも」
そう言ったクレイスに、ルアノは再び問いかけた。
「『物理的じゃない』って、どういうこと? てか、やっぱおかしいよ。そもそも、投票された徽章が壊れてるかなんて、ロイドにわかるわけないじゃん……」
ロイドが正しく、自分が間違っている。
そう考えると、途端に状況の理解が追いつかなくなり、首を傾げるルアノである。
『俺が教えてやる』
会場にそんな声が響いた。
それは、ウィルク・アルバーニアのものだった。
***
アルフィはゆっくりと投票箱に近づくウィルクを見た。
今の発言は、どういうことなのか。
ウィルクには、何故自分が〇票だったのかわかるのか。
「オメーらも、実は一回くらい疑問に思っただろ?」
そう問いかけながら、ウィルクは映写機に左手を乗せる。
「この映写機は、どうやって数字を写してんだ?」
それは、確かにアルフィも疑問に思った。
映写の内容はロイドが造っているものだ、と“なんとなく”で済ませていた。
別にどうでもいいことだ。
いちいちそんなことを考えている余裕など、参加者のアルフィにはなかった。
しかし、思い返せば、ロイドは一度も投票箱の中身を確認していない。
加えて言えば、各投票終了後に投票箱を空にしていない。
「そう。『投票箱が自動で霊石を数えてた』ってのが正解だと俺は思う」
ウィルクはそう言うと、今度は右手を投票箱の上に乗せた。
「投票箱と映写機は、コードで繋がってんだろ?」
ウィルクの言う通りだ。
ロイドが投票箱を改めていない以上、投票箱が自動で二種類の徽章の数を勘定しており、スクリーンに情報を送っていたとしか考えられない。
しかし、それがどうしたというのか。
アルフィには未だに、彼の答えがわからない。
「じゃあ、どうやって投票箱は二種類の霊石を、それぞれ数え上げることができたのか? 俺が最初に疑ったのは『重量の計算』だ。だが、それは違う。一試合ごとの投票は任意である以上、二種類の霊石をつるかめ算で求めることはできねえし、第一試合で俺がただの小石を投票しても、エラーが起きなかったからな」
ウィルクの発言に唖然としてしまうアルフィである。
第一試合にウィルクは確かに投票しに行った。しかし、結局どちらにも入れなかったとも言っていた。
「アンタ、あのとき、そんな馬鹿なことしに投票箱に行ったわけ?」
――わからない。
アルフィには、ウィルクが何を意図しているのか、全く理解ができない。
「もう一つ、霊石を数える方法を考えてみた」
そうウィルクは続ける。
「投票による『零石の落下の回数』だ。それで一応、その回の投票数はわかる」
「いえ、それだけでは無理でしょう」
口を挟んだのはレティシアだった。
「確かに、落とされた回数をカウントすることで、その試合の投票数はわかります。ですが、二種類の徽章を見分けることができなければ、どの徽章がいくつ入ったのか判断できない。重さの違いを判別してるのでは、ないのでしょう?」
レティシアの反論に、ウィルクは頷いた。
「そうだ。俺も同じ事を考えた。が、俺には二種類の霊石を見分ける方法に、心当たりがあった」
そう言って、ウィルクはバッジの一つをつまみ上げた。
「ガーラント。『空気中のヴェノに干渉する物体』だけを遮断する。そんな都合のいい障壁なんて、展開できるか?」
「可能だ。それがどうした?」
ガーラントは訝しがりながらも、ウィルクの問いに答える。
ウィルクはガーラントに向けて、徽章を勢いよく投げつけた。
徽章がガーラントに命中しそうになる寸前、彼の障壁がそれを阻んだ。
「当然だろう。霊石は普通の石とは違い、ヴェノを循環させて周囲の空気に干渉……」
そこで、ガーラントは押し黙った。
アルフィもウィルクの言わんとしていることを理解する。
「霊石、――“霊脈石”。無生物と違って、生きている」
ウィルクは一つの可能性を提示する。
「二種類の霊石は異なる周波数を持っていて、投票箱はその周波数で、どちらの徽章かを判別していた。そう考えられねえか?」
ウィルクの問いかけに応じる者はいなかった。
だが、アルフィを含め、この場にいる全員がその可能性を心中で支持しているはずだ。
徽章が持つ周波数を投票箱がキャッチしていれば、どちらの徽章がいくつ入ったのか、投票箱は数えることができる。
それが、この≪決戦≫の投票の仕組みなのだ。
ウィルクは口元に笑みを浮かべている。記憶を失ってから、彼は厭味な笑い方をするようになった。しかし、今の彼の表情は、それとはまた別ものだ。
その顔はまるで、アルフィ達を――、
「ああーッ! だから何だってんだよ!?」
突如として、ゼルガが叫んだ。
「もう疲れてきたわ! 結局、何でアルフィに票が入んなかったんだ!? 答えを言えよ!」
彼の言葉に、他の生徒達はざわめく。正直、皆ゼルガに同感なのだろう。
アルフィは当事者として、その気持ちが最も強いと自覚している。
しかし、『状況把握を自分でやれ』とロイドに言われたばかりだ。
ゼルガのように焦れったい気持ちを、そのままウィルクにぶつけてしまうのは、何か間違っていると遠慮してしまう。
「ハ!」
ウィルクが大きく息を吐き出すような声を上げた。
その瞬間、場がピタリと静まり返った。
「クッ……、ククク!」
彼は肩を震わせていた。
アルフィはただでさえ青くなっている己の顔から、更に血の気が失せていくのを自覚する。
――おかしい。
ウィルクから、明らかにタカが外れた妖気を感じた。
「いや、ワリィな……」
全く済まなそうな様子もなく、ウィルクは言った。
先ほど、彼の笑みを見たときの違和感。
「その間抜けヅラが面白くて、ついつい回りくどくなっちまった」
彼の口元には紛れもない冷笑。しかし、その眼は全く笑っていない。
殺意を向けるのでもない、余裕をみせるのでもない。
「テメエらがレティシアの合格に浮かれてる間に、俺が霊石に細工をして、投票箱に認識されないようにした。それが答えだ」
アルフィは、自分がどうして彼の表情の本質に気が付くことができたのか、わからない。
今のウィルクの表情は、罠に掛かったエサを前にした、捕食者のそれだ。




