43.執着
アルフィ・アルバーニアはギルドの構成員である夫婦の間に生まれた。
幼少の頃のことだ。彼女の父と母は、他ギルドの度を過ぎたハラスメントにより、この世を去ってしまう。
アルフィの境遇を憐れんだギルドのボスは、彼の従姉妹にして親友であるロザリィ・アルバーニアが開く孤児院にアルフィを預けた。
父と母の他界により、父譲りだったアルフィのやんちゃは、嘘のように鳴りを潜めた。
しかし、ロザリィや孤児院の子供達の献身もあり、アルフィは次第に心を開いていく。
中でも、アルフィと最も親しくなったのは、同じ年齢とされているウィルク・アルバーニアである。
ウィルクは器用で、何でもできた。
アルフィは自分と同じ年頃の少年が、自分よりもできるという事実が気に入らず、彼をライバル視していたものだった。
だが、そうやって張り合いをしている内に、アルフィの心は徐々にウィルクに依っていったのだ。
両親を失ったことは、とても辛いけれど。孤児院での生活は本当に楽しく、幸せなものだった。
アルフィはロザリィの養子になることを決意した。
自分の居場所をちゃんと見つけた、と示すために。もう自分を哀れまないために。
――孤児だろうと、ちゃんと私は幸せなんだ。
しかし、そんなアルフィにも、ついに世の冷たさを知るときが来てしまう。
きっかけは些細なことだった。
アルフィの髪の色は、珍しいピンクである。その理由について、学び舎のクラスメートに尋ねられたのだ。
当時のアルフィは、自分の実母がハウネルの人間ではないことを知らなかった。
素直に、『母親譲りの色だ』と主張すれば、何かが変わっただろうか。
しかし、アルフィは答えに躊躇ってしまう。
自分にとっての母親は、もうロザリィなのだ。そして、ロザリィの髪の色はピンクではない。
答えられなかったアルフィは、クラスメート達に冷やかしを受けた。
それで済めば良かったが、次の日には自分が孤児であるという噂話が、クラス中に広まっていた。
『ひとりでに生まれたピンク髪』
そこからだ。陰湿なイジメが始まったのは。
今考えれば、アルフィは別に孤児という理由でイジメられたわけではないのだろう。彼らにとって、標的を選び、攻撃することに特別な理由など必要ないのだ。
だが、当時のアルフィの心には、間違いなく自分が孤児であるという理由で傷が付いた。
惨めだった。
周囲の稚拙な悪戯に、更に傷付いていくアルフィの心。
しかし、最もアルフィを苦しめたのは、自分の身の上を恨んでしまっている、自分自身の弱さだった。
そんな惨めな学校生活を、孤児院では必死に隠すアルフィだったが、彼女の抱えるものの大きさは誤魔化すことなどできない。
辛い現実が露呈するように、ある日事件は起こってしまう。
学び舎の児童数人に、孤児院の子供達を馬鹿にされたとき、アルフィの中で何かが切れた。
大喧嘩の末、彼ら全員に大火傷を負わせてしまったのだ。
それがアルフィにとって、初めて奇手として目覚めた瞬間だった。
『異常だ』
そう周囲に言われた。
当時のアルフィの年齢でヴェノを制御し、まして魔弾を放てる奇手は、狭いホウリアではどこを探しても存在しなかっただろう。
この事件は大きな問題となり、ロザリィに多大な迷惑をかけた挙げ句、アルフィは危険因子として退学処分を受けてしまう。
そのときからだ。アルフィの心に闇が巣くったのは。
――お前達のせいだ。
アルフィは“孤児である自分”ではなく、“孤児を差別するこの世界”に全ての責任を押し付けた。
それを契機に、彼女は徐々に、自分の中の排他的な部分が肥大していくのを自覚するようになる。
自分が笑顔をみせ、優しくし、守るべきなのはごく一部の人間だ。
差別する“お前達”には、自分にそうしてもらう資格などあるはずがない。
やがて、アルフィが十六歳になる年が訪れた。
アルフィはウィルクと共に受けた、王国騎士団養成学校の入学試験に好成績で合格した。
喜び勇み王都に出て、養成学校に入学したアルフィだが、やはりそこでも差別はあった。
そこの学生達はレティシアをはじめとして貴族が大半以上を占める。
孤児である上に、入学したてで成績が存在しないアルフィやウィルクは、イジメこそなかったものの、非難や陰口が当たり前の生活を送ることになった。
だが、それも二人が最初の昇級試験を迎えるまでの話だ。
圧倒的なまでの好成績を叩き出した二人が、周囲に一目置かれる存在になるのに時間は掛からなかった。
しかしながら、それでもアルフィは、まだ他の学生達を許すことができないでいた。
不思議なのはウィルクだ。
彼は差別を受けていた頃から、ずっと変わらずに周囲を気遣い、笑顔を忘れず、人間関係を構築する努力を怠らなかった。
幼馴染みのアルフィにはわかる。
彼に打算などない。ウィルクは馬鹿が付くほどのお人好しなのだ。
そんなウィルクのことを、アルフィは自分が守らなければならないと思った。
そんな理由で、ウィルクに張り付くように、アルフィと他の学生達の交流は始まった。
いつからそれが、狂ってしまったのか。
今になってなお、他の学生達と一緒にいる理由は変わらない。
『ウィルクの為だ』などと意地を張る。そして時折、それを思い出すかのように、態度に出してみせて。
結局、そんな意地っ張りを周りに冷やかされ、アルフィはむきになって否定するのだ。笑われてしまうアルフィだが、嫌な気分にならなかったのは、アルフィ自身が変わったから。つられて、アルフィ自身も、笑顔をみせてしまっていたことだろう。
楽しかった。
いつの間にか、楽しかったのだ。
タオ、デュナス、ラーニャ、ゼルガ、親しくなってしまった学友。
ときに競い、ときに嫌でも力を合わせた、ガーラントとレティシア。
――私が大切にしていたのは、ウィルクだけのはずでしょう?
どうして気が付かなかったのだろう。
同情や哀れみなど、要らない。
ただ自分のことを、“孤児”や“ピンク髪”などではなくて、“アルフィ・アルバーニア”として見て欲しかっただけだったのに。
いや、気が付いていながら、アルフィはずっと誤魔化してきた。
「アルフィ・アルバーニア」
アルフィは、本当は気が付いていた。
自分が自分の弱さに敗けて、事実から目を逸らしていただけだ。
「――〇票」
心の奥底では世界に理解を求めるくせに、自分は人を理解して手を差し伸べる努力をしない。
それが、どれだけ救いようがない、愚かなことかを。
***
「……は?」
アルフィの耳に、自分の口から漏れた間抜けな声が届いた。
ウィルク・アルバーニア:60
レティシア=ミゼル・ルケーノ:74
ガーラント:61
アルフィ・アルバーニア:42
スクリーンが切り替わり、各参加者の最終的な獲得票数が表示される。
それは、自分の聞き間違いでも、見間違いでもない。
アルフィの獲得票数は〇だった。
「嘘でしょ?」
アルフィの視界が歪む。
「なんで……、なんでよ!」
これは、どういうことなのか。
人望投票という、ウィルクの言葉が蘇る。
――誰も、自分に投票をしなかった。
そういうことなのか?
「最終第六試合終了だ」
そうロイドは言った。
結果に何の疑問も抱かないように。それが当然だと、いわんばかりに。
「ちょっと待てよ!」
そんなロイドに、一人の学生が非難するように怒号を上げた。
デュナスだ。
「おかしいだろ! 俺は間違いなく竜の徽章を入れたぞ!」
彼はそう声を張り上げた。
そして、それを皮切りに――、
「僕も」「私も」「私もアルフィに入れました」
皆が一斉にロイドに抗議した。
アルフィは一気に安堵する。
やはり、投票結果に――、
「投票の結果に間違いはない」
ロイドがアルフィの望みを絶つように言い切った。
「どうして!?」
そう声を上げたのは、ラーニャだった。
「皆、ちゃんと竜の徽章を入れたって言ってるでしょう!? どうして間違いを認められないんですか!」
そんなラーニャの叫びに、ロイドはため息を吐く。
「お前達はまだ学生だ。特別に、その質問を受け付けよう」
そのときだった。
ロイドから、まるで心臓を握り潰されると錯覚するほどのプレッシャーが放たれたのは。
「『今は≪決戦≫中だ。状況の把握くらい、テメエでしろ』」
しかし、それも一瞬のこと。重圧は一気に萎んでいく。
「――それが答えだ」
誰も、何も言えなかった。場は急速に熱が冷めたように静まりかえる。
一体、何が起こっている?
アルフィは混乱した。
しかし、唯一わかっていることがある。
獲得票が最下位、脱落するのは自分だ。
まだ頭の整理ができていないアルフィに、聞き慣れた声が聞こえた。
「いいよ、ロイドさん。俺が教えてやる」
間違えようがない。
それはウィルクの声だった。




