42.アルフィ戦
流はブロードソードを鞘に収めると、投票箱の周辺に視線を移す。
生徒達はやはり既に投票を決めているのだろう。もう投票を終えた者と、列に並ぶ者しかいないようだ。
レティシアの票は、過去二回とも二六票だった。
これは、彼女に組織票がついている可能性を示唆している。ならば、今回もレティシアは二六票獲得するのだろうか。
それでも構わない。最初から、流はレティシアに勝とうなどとは思っていない。
――八票だ。
最低でも八票、流は欲しい。八票得られなければ、流の敗け。
「投票結果を発表する」
ややあって、そうロイドは宣言した。
流はホワイトボードを見る。
スクリーンが切り替わった。
竜:26
剣:22
「ウィルク・アルバーニア、二六票獲得。ルケーノ、二二票獲得だ」
ウィルク・アルバーニア:60
レティシア=ミゼル・ルケーノ:74
ガーラント:61
アルフィ・アルバーニア:42
『オオオ!』
歓声と拍手が沸いた。
流も心の内で、彼女に賛辞を送る。
皆がホワイトボードを呆然と見つめるレティシアに近寄った。
「では、十分のインターバルを挟み、最終第六試合を行う!」
未だに続く生徒達の拍手に、ロイドは大きく声を張り上げたものである。
皆が投票の結果に騒ぐ中、流は静かに移動した。
***
「ルケーノの合格が決まった?」
ルアノは周囲に確認した。
「はい」
とヴォルガが答える。
第五試合が終了し、ガーラントとレティシアの全試合が終わった。
この時点で、ガーラントより票が多いレティシアは安全圏に入ったのだ。
「それにしても、思ったよりウィルクの動きが悪いわね」
「確かに」
マーディラのコメントにクレイスが頷く。
それはルアノも感じたことだった。
ガーラント対ウィルクの時のように、ウィルクに票が寄らなかったのも頷ける。
今の試合は、ウィルクの劣勢だ。
むしろ、それでもなお票を獲得したウィルクの人気は、どれだけ凄いのだ。
クレイス達が認めるから、どれほどの実力者なのか期待していたルアノは、どこか拍子抜けしてしまう。
彼は強い。文句なしに強いと言っていい。
だが、それは一般的な話である。異常ではない。少なくとも、ルアノには彼の動きがすっとろくみえた。
ウィルクは完全に、レティシアのペースに追いつけていなかったのだ。
「まあ、マーディラの言うとおり、どうしても地味ーになっちゃうのかもね」
とルアノは少し眉を垂らして、ため息交じりに言った。
「あとは、ガーラントとアルフィのどんけつ争いかあ」
「いや。これはもう、脱落者は決まったかもしれないよ」
ルアノの言葉を、ハウトは否定する。
「……ガーラントでしょうね」
そうクレイスは補足した。
***
「よう、レティシア」
流はようやく、人だかりが少なくなったレティシアに近づいた。
皆が驚いた様子で流を見ると、心配するように声を掛けてくる。おそらく、第五試合でウィルクの調子が悪いと判断されたのだろう。
流としては、あれは最高の出来だったのだが。
「悪い。レティシアに一言だけ言わせてくれ」
そう断りを入れると、皆が気を遣い、レティシアと二人にしてくれた。
「合格おめでとう。レティシア」
流は彼女に右手を差し出した。そんな流の右手を、レティシアは訝しがりながら右手で握る。
「わざと、手を抜いたのですか?」
レティシアの声は冷たく、悲壮感と若干の軽蔑が混じっていた。
「違う」
だが、流はそんな彼女の言葉をきっぱりと否定する。
「今の俺は、マジであんなもんだ」
「そんなはずがないでしょう!」
レティシアの声が少し強くなる。
流は自分の唇に、人差し指を当てた。彼女はそれを見ると、声を落として尋ねる。
「……どういうことなんです?」
彼女の問いに、流は笑みをみせた。
「次の試合でわかるかもな。……ワケがわからねーことが」
「からかっているのですか?」
レティシアの視線が鋭くなった。
「次の試合で、特別なことが起こるわけがない。貴方とアルフィ・アルバーニアで票を分け合って、終わりでしょう?」
現在、最下位はアルフィだ。
第六試合のウィルク対アルフィで、ガーラントを超える票を得なければ、アルフィは落ちる。
それは、まだガーラントと一票差がある流も同じだ。
だが、たとえ投票でどちらかが〇票になったとしても、票の譲渡のルールを使うことで、二人ともガーラントを抜くことができるのだ。
もう、この≪決戦≫の結末は決まっているはずだった。
「ワリィ。素直に祝う気だったんだけどよ……」
そう言って、流はレティシアの手を放した。そして、彼女に背を向ける。
「じゃあな。レティシア」
レティシアは何も答えなかった。
去って行く流には、彼女がどのような表情をしているのかわからなかったが、その方が良いとさえ思った。
***
――勝てる。
アルフィ・アルバーニアはそう確信していた。
第六試合はあってないようなものだ。
相手はウィルク。どのような戦いになり、どう票が割れようと、票の譲渡ルールで二人は合格することができる。
アルフィはグローブを着けた右手を、強く握りしめた。
この時のために、どれだけ苦労したかわからない。どれだけ影で泣いたかも。
孤児というだけで屈辱を受けたこれまでの悔しさが、報われた気分だ。
この歓びをウィルクと分かち合いたかったが、彼の今の状態ではそれはできない。
記憶を失ったのだから、言いたくないが、仕方ない。
最後の試合くらい、ウィルクと全力で戦いたかった。
そんな無念も一方では残るが、それも今の彼には酷な話だろう。
これから、ウィルクはどうなってしまうのだろう?
そうアルフィは考えた。
どんな形であれ、この試験にさえ受かってしまえば、彼は≪現身≫に入隊する資格を得ることになる。
あとは軽いテストのようなものがあるが、ウィルクの吸収は想像以上に早い。アルフィが指導すればそれもクリアできるだろう。
ならば、その後は?
今の彼の実力は、到底≪現身≫のレベルではない。
ウィルクはアルフィとの訓練の中で、まるで戦い方を思い出すかのように、記憶喪失の当初は想定していないほどの早さで成長していった。そして、いよいよ今日、レティシアとの試合でここ一番の動きをみせた。
だが、それでもまだ弱い。レティシアに肩を並べるほどの力すらないのは明白だった。
そんな彼が、殉職率の高い≪現身≫に入隊して、本当に大丈夫なのか。
その答えは、分かりきっているはずである。
――今はよそう。
アルフィはそれ以上、考えるのをやめた。
道は、彼自身が選べばいい。
ウィルクのことだ。いつものように、たとえ危機に陥っても、必ず望みを勝ち取ってみせるはずだ。それが≪現身≫としてなのか、はたまた異動の希望を出して、どこか別の所属に移ってなのかはわからない。
アルフィはウィルクと所属が違ってしまうのだろうが、それは最初からわかっていたことだ。
大切なのは、ウィルクとの絆。それさえあれば、これからどうにでもなる。
たくさん考えれば良い。自分とウィルクには、選択肢があるのだから。
「これより、第六試合を始める!」
ロイドの宣言が、アルフィの耳に届いた。
「アルフィ・アルバーニア、ウィルク・アルバーニア。定位置に着け」
アルフィは剣の幕に移動した。相対するウィルクも竜の幕に立ち、剣を抜いて構える。
今のウィルクの実力はわかっている。本気を出すのは危険だ。だからといって、あまりヌルい戦いをみせると、周囲に不審がられる。
ウィルクの弱さを隠して、この十秒をやり過ごすことができるだろうか。
もう、考えることはそれだけだ。
――ピィッ!
開始の合図と同時、ウィルクはアルフィに突進して来る。
そのまま、彼はブロードソードを振るが、この程度では楽に捌けてしまう。
アルフィは敢えて鍔迫り合いに持ち込んだ。
このまま、少しでも時間を稼ぐ。
三秒、四秒……。アルフィには、心の中でカウントするほどの余裕すらあった。
ウィルクは剣の腹で、アルフィの剣を滑らせるようにして押し合いを解く。
返す刀で、彼は再びアルフィに向けて剣を振り下ろした。
それに合わせるように、アルフィは器用にウィルクの剣を受け止める。
異変は、その時に起こった。
受け止めたはずのウィルクの剣。
自分の剣越しに、手応えが急速に消えていくのを感じ取った。
一瞬のことだ。
――キィン!
甲高い音が響き渡る。
ウィルクの剣が弾き飛び、彼はヨタついた。
もつれる足は、バランスを立て直すことができず、ウィルクは地面に両手両膝を着いてしまった。
***
試合中に地に手と足を着けてしまった流は、すぐに立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かなかった。
――限界か。
ガーラントとレティシアの二戦により、流の集中力は尽きてしまったのだ。
下手をすれば殺されてしまうという極限状態で、流は彼らと互角に振る舞おうとした。
レティシアとの戦いでは、流は自分では信じられないほどの力を出すことができた。
だからこそ、その代償は大きい。
流はぜえぜえと息を切らし、顔を上げることすらできない。
せっかくアルフィが自分に合わせてくれていたようなのに、この体たらくは情けない。
観戦者達のどよめきが聞こえる。
――〇票。
このままいけば、流は〇票だろう。
ゼロ、ゼロ、ゼロ……。
流の頭は、〇という数字で満たされる。
もしもアルフィが四六票を手に入れたら、彼女はウィルクに二票譲渡し、流はガーラントを抜くことができる。
だが、そんなことはあってはならない――。
――ピィッ! という笛の音。
「そこまでだ」
ロイドの宣言。
――終わった。
結局、為す術もなく、流はアルフィとの試合を終えてしまった。
***
「トラブルかな?」
落ち着いた様子で、ハウトが言った。
「そのようですね。前の試合から、ウィルクは明らかにおかしい」
クレイスはため息を吐いた。
「朝ご飯、抜いたのかな?」
締まりのない結末だ。そうルアノは思ってしまう。
「何だか、あっけないね」
「殿下? 朝食を摂らなかっただけで、普通、人はあんな風にバテませんよ」
厭味たらしくヴォルガが言った。
「知ってますぅー。ただの冗談ですぅー」
「あれでも、ウィルクに入れる者は居るのかしら? 一応、勝ったと思う方に投票することになっているけれど」
「もし、ウィルクが〇票なら、アルフィかレティシアのどちらかが票を彼に譲渡するでしょう」
マーディラの疑問に、クレイスは答えた。
「ホントにそうかぁ?」
ヴォルガはそれをあまり信じていないようだった。
ルアノには彼の考えがわかる。
どんなに親しい仲でも、あのような体たらくを晒す者なら、決して認めない。そう考えているのだろう。
ルアノが思うに、ヴォルガの考えは彼自身のプライドに基づいたものであるが、別に≪現身≫を特別視しているわけではないはずだ。
彼はそのような施しなど、対等な関係である相手にだけは、死んでもしたくない。ただそれだけ。
しかし、ルアノならば逆だ。
あんな風に地に手足を地に着けるような者でも、それがラアルやハウト、ヴォルガのような存在だったら、ルアノは票を譲渡してしまう。
『では、投票結果を発表する』
ロイドの宣言が聞こえた。
ルアノはホワイトボードを見る。
もし、ウィルクに二票入っていれば、ガーラントが脱落。
たとえ〇票でも、彼ならまだ票を貰えるチャンスが残っている。
そう考えると、もうルアノの中で、何もかもがわかりきった結末のように思えて、つまらない。
『ウィルク・アルバーニア、〇票。アルフィ・アルバーニア……』
言っては悪いと思うルアノだが、人望というテーマのせいもあって、面白くない≪決戦≫だった。
『〇票』
――は?
竜:0
剣:0
「……何コレ?」
そう、ルアノは呟いた。




