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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
42/182

42.アルフィ戦

 流はブロードソードを鞘に収めると、投票箱の周辺に視線を移す。

 生徒達はやはり既に投票を決めているのだろう。もう投票を終えた者と、列に並ぶ者しかいないようだ。


 レティシアの票は、過去二回とも二六票だった。

 これは、彼女に組織票がついている可能性を示唆している。ならば、今回もレティシアは二六票獲得するのだろうか。


 それでも構わない。最初から、流はレティシアに勝とうなどとは思っていない。


 ――八票だ。


 最低でも八票、流は欲しい。八票得られなければ、流の敗け。


「投票結果を発表する」


 ややあって、そうロイドは宣言した。


 流はホワイトボードを見る。

 スクリーンが切り替わった。


 竜:26

 剣:22


「ウィルク・アルバーニア、二六票獲得。ルケーノ、二二票獲得だ」


 ウィルク・アルバーニア:60

 レティシア=ミゼル・ルケーノ:74

 ガーラント:61

 アルフィ・アルバーニア:42


『オオオ!』


 歓声と拍手が沸いた。

 流も心の内で、彼女に賛辞を送る。


 皆がホワイトボードを呆然と見つめるレティシアに近寄った。


「では、十分のインターバルを挟み、最終第六試合を行う!」


 未だに続く生徒達の拍手に、ロイドは大きく声を張り上げたものである。

 皆が投票の結果に騒ぐ中、流は静かに移動した。



***



「ルケーノの合格が決まった?」


 ルアノは周囲に確認した。


「はい」


 とヴォルガが答える。


 第五試合が終了し、ガーラントとレティシアの全試合が終わった。

 この時点で、ガーラントより票が多いレティシアは安全圏に入ったのだ。


「それにしても、思ったよりウィルクの動きが悪いわね」


「確かに」


 マーディラのコメントにクレイスが頷く。


 それはルアノも感じたことだった。

 ガーラント対ウィルクの時のように、ウィルクに票が寄らなかったのも頷ける。


 今の試合は、ウィルクの劣勢だ。

 むしろ、それでもなお票を獲得したウィルクの人気は、どれだけ凄いのだ。


 クレイス達が認めるから、どれほどの実力者なのか期待していたルアノは、どこか拍子抜けしてしまう。


 彼は強い。文句なしに強いと言っていい。

 だが、それは一般的な話である。異常ではない。少なくとも、ルアノには彼の動きがすっとろくみえた。


 ウィルクは完全に、レティシアのペースに追いつけていなかったのだ。


「まあ、マーディラの言うとおり、どうしても地味ーになっちゃうのかもね」


 とルアノは少し眉を垂らして、ため息交じりに言った。


「あとは、ガーラントとアルフィのどんけつ争いかあ」


「いや。これはもう、脱落者は決まったかもしれないよ」


 ルアノの言葉を、ハウトは否定する。


「……ガーラントでしょうね」


 そうクレイスは補足した。



***



「よう、レティシア」


 流はようやく、人だかりが少なくなったレティシアに近づいた。


 皆が驚いた様子で流を見ると、心配するように声を掛けてくる。おそらく、第五試合でウィルクの調子が悪いと判断されたのだろう。

 流としては、あれは最高の出来だったのだが。


「悪い。レティシアに一言だけ言わせてくれ」


 そう断りを入れると、皆が気を遣い、レティシアと二人にしてくれた。


「合格おめでとう。レティシア」


 流は彼女に右手を差し出した。そんな流の右手を、レティシアは訝しがりながら右手で握る。


「わざと、手を抜いたのですか?」


 レティシアの声は冷たく、悲壮感と若干の軽蔑が混じっていた。


「違う」


 だが、流はそんな彼女の言葉をきっぱりと否定する。


「今の俺は、マジであんなもんだ」


「そんなはずがないでしょう!」


 レティシアの声が少し強くなる。

 流は自分の唇に、人差し指を当てた。彼女はそれを見ると、声を落として尋ねる。


「……どういうことなんです?」


 彼女の問いに、流は笑みをみせた。


「次の試合でわかるかもな。……ワケがわからねーことが」


「からかっているのですか?」


 レティシアの視線が鋭くなった。


「次の試合で、特別なことが起こるわけがない。貴方とアルフィ・アルバーニアで票を分け合って、終わりでしょう?」


 現在、最下位はアルフィだ。

 第六試合のウィルク対アルフィで、ガーラントを超える票を得なければ、アルフィは落ちる。


 それは、まだガーラントと一票差がある流も同じだ。

 だが、たとえ投票でどちらかが〇票になったとしても、票の譲渡のルールを使うことで、二人ともガーラントを抜くことができるのだ。


 もう、この≪決戦(デュエル)≫の結末は決まっているはずだった。


「ワリィ。素直に祝う気だったんだけどよ……」


 そう言って、流はレティシアの手を放した。そして、彼女に背を向ける。


「じゃあな。レティシア」


 レティシアは何も答えなかった。

 去って行く流には、彼女がどのような表情をしているのかわからなかったが、その方が良いとさえ思った。



***



 ――勝てる。


 アルフィ・アルバーニアはそう確信していた。


 第六試合はあってないようなものだ。

 相手はウィルク。どのような戦いになり、どう票が割れようと、票の譲渡ルールで二人は合格することができる。


 アルフィはグローブを着けた右手を、強く握りしめた。


 この時のために、どれだけ苦労したかわからない。どれだけ影で泣いたかも。


 孤児というだけで屈辱を受けたこれまでの悔しさが、報われた気分だ。

 この歓びをウィルクと分かち合いたかったが、彼の今の状態ではそれはできない。

 記憶を失ったのだから、言いたくないが、仕方ない。


 最後の試合くらい、ウィルクと全力で戦いたかった。

 そんな無念も一方では残るが、それも今の彼には酷な話だろう。


 これから、ウィルクはどうなってしまうのだろう?

 そうアルフィは考えた。


 どんな形であれ、この試験にさえ受かってしまえば、彼は≪現身(うつしみ)≫に入隊する資格を得ることになる。

 あとは軽いテストのようなものがあるが、ウィルクの吸収は想像以上に早い。アルフィが指導すればそれもクリアできるだろう。


 ならば、その後は?


 今の彼の実力は、到底≪現身(うつしみ)≫のレベルではない。

 ウィルクはアルフィとの訓練の中で、まるで戦い方を思い出すかのように、記憶喪失の当初は想定していないほどの早さで成長していった。そして、いよいよ今日、レティシアとの試合でここ一番の動きをみせた。


 だが、それでもまだ弱い。レティシアに肩を並べるほどの力すらないのは明白だった。


 そんな彼が、殉職率の高い≪現身(うつしみ)≫に入隊して、本当に大丈夫なのか。

 その答えは、分かりきっているはずである。


 ――今はよそう。


 アルフィはそれ以上、考えるのをやめた。


 道は、彼自身が選べばいい。

 ウィルクのことだ。いつものように、たとえ危機に陥っても、必ず望みを勝ち取ってみせるはずだ。それが≪現身(うつしみ)≫としてなのか、はたまた異動の希望を出して、どこか別の所属に移ってなのかはわからない。

 アルフィはウィルクと所属が違ってしまうのだろうが、それは最初からわかっていたことだ。


 大切なのは、ウィルクとの絆。それさえあれば、これからどうにでもなる。

 たくさん考えれば良い。自分とウィルクには、選択肢があるのだから。


「これより、第六試合を始める!」


 ロイドの宣言が、アルフィの耳に届いた。


「アルフィ・アルバーニア、ウィルク・アルバーニア。定位置に着け」


 アルフィは剣の幕に移動した。相対するウィルクも竜の幕に立ち、剣を抜いて構える。

 今のウィルクの実力はわかっている。本気を出すのは危険だ。だからといって、あまりヌルい戦いをみせると、周囲に不審がられる。


 ウィルクの弱さを隠して、この十秒をやり過ごすことができるだろうか。


 もう、考えることはそれだけだ。


 ――ピィッ!


 開始の合図と同時、ウィルクはアルフィに突進して来る。

 そのまま、彼はブロードソードを振るが、この程度では楽に捌けてしまう。

 アルフィは敢えて鍔迫り合いに持ち込んだ。


 このまま、少しでも時間を稼ぐ。


 三秒、四秒……。アルフィには、心の中でカウントするほどの余裕すらあった。


 ウィルクは剣の腹で、アルフィの剣を滑らせるようにして押し合いを解く。

 返す刀で、彼は再びアルフィに向けて剣を振り下ろした。

 それに合わせるように、アルフィは器用にウィルクの剣を受け止める。


 異変は、その時に起こった。


 受け止めたはずのウィルクの剣。

 自分の剣越しに、手応えが急速に消えていくのを感じ取った。


 一瞬のことだ。


 ――キィン!


 甲高い音が響き渡る。


 ウィルクの剣が弾き飛び、彼はヨタついた。


 もつれる足は、バランスを立て直すことができず、ウィルクは地面に両手両膝を着いてしまった。



***



 試合中に地に手と足を着けてしまった流は、すぐに立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かなかった。


 ――限界か。


 ガーラントとレティシアの二戦により、流の集中力は尽きてしまったのだ。


 下手をすれば殺されてしまうという極限状態で、流は彼らと互角に振る舞おうとした。

 レティシアとの戦いでは、流は自分では信じられないほどの力を出すことができた。


 だからこそ、その代償は大きい。

 流はぜえぜえと息を切らし、顔を上げることすらできない。

 せっかくアルフィが自分に合わせてくれていたようなのに、この体たらくは情けない。


 観戦者達のどよめきが聞こえる。


 ――〇票。


 このままいけば、流は〇票だろう。


 ゼロ、ゼロ、ゼロ……。

 流の頭は、〇という数字で満たされる。


 もしもアルフィが四六票を手に入れたら、彼女はウィルクに二票譲渡し、流はガーラントを抜くことができる。


 だが、そんなことはあってはならない――。


 ――ピィッ! という笛の音。


「そこまでだ」


 ロイドの宣言。


 ――終わった。


 結局、為す術もなく、流はアルフィとの試合を終えてしまった。



***



「トラブルかな?」


 落ち着いた様子で、ハウトが言った。


「そのようですね。前の試合から、ウィルクは明らかにおかしい」


 クレイスはため息を吐いた。


「朝ご飯、抜いたのかな?」


 締まりのない結末だ。そうルアノは思ってしまう。


「何だか、あっけないね」


「殿下? 朝食を摂らなかっただけで、普通、人はあんな風にバテませんよ」


 厭味たらしくヴォルガが言った。


「知ってますぅー。ただの冗談ですぅー」


「あれでも、ウィルクに入れる者は居るのかしら? 一応、勝ったと思う方に投票することになっているけれど」


「もし、ウィルクが〇票なら、アルフィかレティシアのどちらかが票を彼に譲渡するでしょう」


 マーディラの疑問に、クレイスは答えた。


「ホントにそうかぁ?」


 ヴォルガはそれをあまり信じていないようだった。


 ルアノには彼の考えがわかる。

 どんなに親しい仲でも、あのような体たらくを晒す者なら、決して認めない。そう考えているのだろう。

 ルアノが思うに、ヴォルガの考えは彼自身のプライドに基づいたものであるが、別に≪現身(うつしみ)≫を特別視しているわけではないはずだ。

 彼はそのような施しなど、対等な関係である相手にだけは、死んでもしたくない。ただそれだけ。


 しかし、ルアノならば逆だ。

 あんな風に地に手足を地に着けるような者でも、それがラアルやハウト、ヴォルガのような存在だったら、ルアノは票を譲渡してしまう。


『では、投票結果を発表する』


 ロイドの宣言が聞こえた。

 ルアノはホワイトボードを見る。


 もし、ウィルクに二票入っていれば、ガーラントが脱落。

 たとえ〇票でも、彼ならまだ票を貰えるチャンスが残っている。


 そう考えると、もうルアノの中で、何もかもがわかりきった結末のように思えて、つまらない。


『ウィルク・アルバーニア、〇票。アルフィ・アルバーニア……』


 言っては悪いと思うルアノだが、人望(・・)というテーマのせいもあって、面白くない≪決戦(デュエル)≫だった。


『〇票』


 ――は?


 竜:0

 剣:0


「……何コレ?」


 そう、ルアノは呟いた。





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