41.レティシア戦
ついに、何も起きない試合が出てきてしまった。
ルアノは落胆する。せっかく、ウィルク・アルバーニアの実力が拝めると思っていたのに。
「両者、一歩も譲らずだな。ある意味」
とヴォルガは皮肉った。
実際にそうだ。互いが互いの反撃を警戒して、あえて一歩も踏み出さなかったのだろう。
ルアノの見た様子、ガーラントが一瞬だけ攻撃する雰囲気をみせたが、焦りをなんとか押し留めたようだ。
「地味な展開になるのは、仕方ないことですね」
言葉とは裏腹に、マーディラはどこか退屈そうだった。
「真っ向から打ち合ってくれるなら、わたしなら十秒でも勝てるんだけどなあ」
「それは、流石に壊れすぎだよ……」
ルアノが零した言葉に、ハウトが苦笑いを浮かべた。
「それより、展開的にアルフィがピンチみたいだけど?」
「そうですね。これで、四人の格付けが明らかになりました」
ウィルク>>レティシア>ガーラント>アルフィ。
そんな序列が、ルアノの頭の中に浮かんだ。
これは、相当アルフィが劣勢だ。というか、覆せるのだろうか。
「どうでしょう?」
とクレイスは眼鏡を押し上げながら言う。
「今の試合、ガーラントの立ち回りは失敗だったかもしれません」
***
第四試合。アルフィ対レティシア。
二人は定位置に着いた。
流はガーラントをちらりと見る。
彼は三連続の試合で、もう既に全試合を終えたことになる。ガーラントは神妙な面持ちでアルフィとレティシアを観ていた。
彼には自分の危機が読めているだろうか。
――ピィッ!
よそ見をした瞬間、二人の試合は始まってしまう。
流が試合に目を向けると、既に二人は鍔迫り合いをしていた。
驚いた。
アルフィが接近戦をしている。
数秒間、彼女達は互いの剣を押し付け合っていたが、埒があかないと両者判断したのだろう。
同時にバックステップをして、間合いを取った。
そして、彼女達は魔弾を繰り出す。
レティシアはバレーボールほどの火炎弾、アルフィはその倍近い体積の水球。
ぶつかり合った二つの魔弾の勝敗は明らかで、アルフィの水球があっさりとレティシアの魔弾を打ち破る。
が、レティシアは向かってくる水球に突撃し、剣で水球を弾き飛ばした。
流はレティシアの剣に、白い光が纏っていることに遅れて気が付く。
アルフィは氷の壁を生成。レティシアの肉薄を防いだと思われたが――、
「≪奇手の陽波≫」
自らの大火球でそれを貫き、向かいにいるレティシアに魔弾をぶつけたはずだった。
だが、レティシアは第一試合でガーラント相手にみせた要領で、弧を描くようにしてアルフィの懐まで滑り込む。
――ギィン!
アルフィは寸でのタイミングでレティシアの剣を防いだ。
そして、そのまま二人の剣は持ち主の手を離れ、方向違いに飛んでしまう。
飛んだ剣が地面に落ちる前に、
――ピィッ!
試合は終わった。
「そこまでだ」
もともと流は心配などしていなかったが、因縁ある二人の試合が無事に終わった。
流石に、殺し合いに発展させるわけにはいかないだろう。
「投票タイムだ。ルケーノが勝ったなら、竜の徽章。アルフィ・アルバーニアが勝ったなら、剣の徽章を投票しろ」
お決まりのロイドの台詞の直後、流は剣の徽章を投票するべく、投票箱に向かった。
他の生徒達も慣れてしまったのだろう。皆、行動が早く、あっという間に投票箱に全員が列を作ったようだった。
流はアルフィに一票を投じると、列に並ぶ彼らを尻目に次の試合の作戦を考えた。
――困ったものだ。
と再び悩む。
レティシアは万能型。想定される戦闘の流れはアルフィに叩き込んでもらったが、彼女曰く、流の動きでは対応しきれないとのことだ。
今からレティシアに負けてもらうよう、おねだりに行こうか、と馬鹿な考えさえ脳裏によぎる。
「全員の投票が済んだようだな。投票結果を発表する」
ロイドの言葉で、我に返った流である。
しかし、なんとなく予想がついてしまう。きっと、レティシアの方が票が多い。
竜:26
剣:22
「ルケーノ、二六票。アルフィ・アルバーニア、二二票獲得だ」
スクリーンが切り替わる。
ウィルク・アルバーニア:34
レティシア=ミゼル・ルケーノ:52
ガーラント:61
アルフィ・アルバーニア:42
「十分後に、第五試合だ」
そうロイドは宣言し、第四試合を締めくくった。
――上手くいく。
瞑目しながら、そう流は念じていた。
もう何回目だろうか。ア・ケートに来てから、こうして自分を励ますのは。
流はちょっとした感傷を覚える。
ア・ケートに来る前、ゲームタワーに居た頃も、流はそうやって自分を保ち続けていた。そうしないと、心が潰れてしまいそうになるからだ。
だが、それがどれほど恵まれていることか、流は知っている。
――ウィルク。俺の作戦は上手くいくかな……?
当然答えなど、ありはしない。
だが、流は続けて彼に語りかけていた。
――俺は今、自分の人生を自分の足で歩いていることを、すごく自覚しているよ。
――ある意味じゃ、お前のおかげだ。
「ありがとよ」
ややあって、ロイドの号令が聞こえた。
ひときわ大きな火花が、流の眼前で何発も散る。そして、また流に不思議なスイッチが入るのだ。
流は竜の幕へと向かう。
ここが大きな山だ。それが済めば次の山。それを過ぎても、また次の山。
そんな綱渡りの先にある光景を、流は見据えていた。
レティシア=ミゼル・ルケーノ。
アルフィやガーラントのように大技を何度も繰り出すタイプではないが、彼女の攻撃は変幻自在だ。
彼女を倒すことよりも、流自身のミスを防ぐことが重要だろう。
ウィルクの感性を信じ、彼の意思を邪魔しないように、その動きに乗じる。
流は剣の幕に立つレティシアを見た。
彼女の装備は変わらず、プレートメイルに直剣だ。彼女が戦った二試合は、どちらも開幕で相手に接近。フェイントを駆使した戦法が多かった。
しかし、
――ピィッ!
開始一秒で流に襲いかかったのは、レティシアの炎の魔弾だった。
そして、そう来る可能性も、ちゃんと想定していた流である。
流は右斜めに走り、魔弾をギリギリで躱す。
この程度なら、アルフィが手加減した魔弾とレベルは同じだ。訓練の中で、流は何度もアルフィの魔弾を回避してきたのだ。
避けた先に、直剣の白刃が迫る。
その危機を、ウィルクの身体が前もって知っていたかのように、流は前宙返りで回避。
着地と同時に後ろに跳ねて、レティシアの身体に背中で体当たりをした。
しかし、彼女が吹き飛ぶことはなかった。レティシアは流の身体を肩で受け止め、僅かに後ろに押されただけのようである。
体勢的に、零距離とはいえ背後を取られたことになった流は、剣を手放しレティシアの制服を掴んだ。
同時に彼女の脚を自らのそれで引っ掛け、前方に投げ落とす。
そんな流の思惑は、見事に外れることになった。
彼女を持ち上げ、背中の上に乗せた瞬間、流の手から手応えが消え失せたのだ。
コンマ一秒に満たない間、流はレティシアを見失う。
だが、優れたウィルクの感覚が、右手側から鋭い蹴りが繰り出されたことを教えてくれる。
流はバク転を二度繰り返し、レティシアから十メートル近く距離を取った。
――つもりだったが、着地の寸前に、自らに向けて飛んでくるレティシアの直剣が視界に入った。
投擲だ。
時が一瞬止まる、錯覚。
このまま着地をすれば、その硬直の間に剣が流に突き刺さる。
からといって、勢い任せにもう一度でもバク転を続けても、やはり剣は流に追いつき突き刺さってしまう。
流はもう一度地面に手をつけ、身体をブリッジのようにしならせた瞬間、反動で右足を弧を描くように上げた。
そのつま先を、直剣の柄に当てる。
蹴飛ばされた直剣は、流の遙か後方へと飛んでいった。
――魔弾が来る!
着地し、両手両脚を地に着けた流は、予想通り飛んできた魔弾を認めた。
もう半秒程度で自らに直撃してしまう炎の球を前にして、流は横に転がり回避、――ではヌルいと直感。
考えるより先に、両脚に力が込められ、流は前方に思い切り跳ねる。
地面スレスレの超低空飛行で、肉薄する魔弾を回避。続く二発目の魔弾はハンドスプリングの要領で飛び越えた。
着地と同時、レティシアから三発目が放たれようというとき、流は腰のベルトからナイフを抜いて、レティシアに投げつけた。
レティシアにナイフが届こうという瞬間、彼女の周囲で強い風が巻き起こる。
おそらく、魔弾の三発目をキャンセルし、風圧を発生させたのだろう。
ナイフの直線運動は彼女の前で屈折してしまう。
レティシア顔のギリギリ横を、ナイフが過ぎ去ったところで、
――ピィッ!
と試合終了の合図が鳴った。
「フゥー」
と流は長い息を吐く。
心臓がバクバクと悲鳴を上げ、息切れを起こしていた。
この戦闘、流はあと二秒も保たせることができただろうか。
「そこまでだ。第五試合を終了する」
そのロイドの声を聞き、流は急速に現実感を取り戻す。
集中状態が切れ、そのままへたり込みたくなった。
だが、問題はここからだ。
「投票タイムだ」
流は自分のブロードソードを拾いに行きながら、ロイドの言葉を聞いた。
「ウィルク・アルバーニアが勝っているなら、竜の徽章を。ルケーノが勝っているなら、剣の徽章を投票しろ」




