39.投票の理由
流はアルフィの横に戻った。
「どっちに入れたの?」
そう彼女に小声で訊かれる。
「それは結果をみてから教える」
投票箱の周囲に人が居なくなるまで、そう時間は掛からなかった。
「もう締め切っても構わんか?」
そう尋ねるロイドに、抗議する者はいなかった。
「では、投票結果を発表する。ホワイトボードに注目しろ」
ロイドが映写機を少し弄ると、スクリーンが切り替わる。
スクリーンには、竜の印と剣の印が、横線で隔てられるようにして、縦並びで映し出されていた。
そして、次の瞬間にそれぞれの印の横に数字が浮かび上がっていく。
――ビリビリッ。
流の頭上に火花が大きく散った。
竜:20
剣:26
「ガーラント、二〇票獲得。ルケーノ、二六票獲得だ」
再びスクリーンが切り替わり、
ウィルクの名前の横に〇票、
レティシアの横には二六票、
ガーラントの横には二〇票、
アルフィの横には〇票、と映し出される。
「各試合には十分のインターバルを挟む。十分後の第二試合まで、好きにしていろ」
そうロイドが言うと、緊張していた空気が僅かに弛緩した。
「なあ。今のはやっぱ、レティシアが優勢だったのか?」
流はアルフィに意見を求める。
「いや、そんなことないわ」
アルフィは眉をひそめながら言う。
「確かにガーラントは防戦一方のようにもみえる。けど、逆にレティシアは攻め切れてなかった。ガーラントからしたら、あれぐらい攻撃されたうちに入らない」
「恐ろしいな……」
流は苦笑を浮かべた。
「やっぱり、おかしいわコレ……。どうして最終選抜がこんな≪決戦≫なワケ?」
「いや。これはある意味じゃ、最後の試験にスゲー相応しい内容かもしれねえぜ」
そう言った流を、アルフィは驚いたように見つめる。
「何かわかったの?」
「そうだな」
流は呟くと、大きく手を挙げて声を張り上げた。
「おーい! レティシア、ガーラント!」
二人が流を振り向いたのを確認し、流は伸ばした手の人差し指をくいくいと曲げて、二人を呼びつけた。
「行くぞ。少し話そうぜ」
「はあ……」
流はアルフィを促し、こちらに近づく二人の方に歩を進めた。
「お疲れさん」
と流はガーラントとレティシアを労う。
「どうだったよ?」
「まあ、想像通りと言えば、想像通りでしたね。やはり、私では十秒でガーラントを突破することなどできません」
心なしか口惜しそうに話すレティシア。
「逆に俺は防戦一方だった。その結果があのザマだ」
ガーラントはホワイトボードを見る。
四十六票のうち、六票分も多くレティシアに持って行かれたのだ。顔には出していないが、彼も内心では相当悔しい思いをしているはずだ。
「二人は投票しなかったんですね」
「まあな」
訊いたレティシアに、流は当然のように返事をした。
「当たり前でしょ。何で敵に塩を送るような……、ってアンタ投票したんじゃなかったの?」
「いや、列にゃ並んだんだけど、結局選べなくてな。俺はどっちにも入れたかったんだ。けど、一人一票だろ?」
などと、流は適当にうそぶいた。話を展開させるためだ。
「仕方のないことです」
レティシアは肩をすくめる。
「観戦者達はともかく、参加者にまで投票権を与える意味が理解できません」
その言葉に、流は笑みを浮かべてみせた。
「ま、俺らには投票のメリットなんてないからな。じゃあ、観戦者はどうだよ?」
「『どうだよ?』って何がよ?」
アルフィが真意を計りかねたように訊く。
「連中は『勝ったと思う方』に投票するルールだ。けど、俺やアルフィが観てた限りじゃ、ガーラントとレティシアは全くの互角。両方に入れられないなら、俺なら投票なんてしねえな」
「それは、まあ……、確かに?」
渋々といった風に呟くアルフィ。
「だが、現に貴様らを除く全員が、投票を行った。それが、奴らがここに呼ばれた理由だからだ。無理矢理にでも理由をつけて判断したんだろう?」
「頭が堅えな」
と流は自分のこめかみを人差し指で叩いた。
「その無理矢理な判断ってどうやんだ? それをわざわざ、俺達グレード5の仲間にやらせてる、ロイドさんの意図は?」
「――あ」
レティシアが声を上げた。
「気付いたか? “勝ったと思う方”を選べないなら、“勝って欲しい方”に入れる」
流を除く三人が、一様に目を見開いた。
「つまり連中は、より≪剣竜の現身≫に相応しいと思う方に投票したんだ」
「確かに、そう考えれば、辻褄が合います……」
レティシアが顎に手をやり、口を開いた。
「十秒の制限時間は、むしろ決着をつけさせないための縛り……」
そして、ガーラントとアルフィがそれに続いた。
「参加者の投票権は、自分が真に認めた好敵手に投票するためのもの」
「票を譲渡できるのは、自分の票を削ってでも合格してほしいヤツへの、救済措置ってこと?」
「こいつは、いかにして十秒以内に一本取るかの勝負じゃない」
そう流は断言した。
「俺達が一緒に切磋琢磨した、仲間達からの人望を競う勝負だったんだよ」
三人の視線を受け止め、流は続ける。
「この≪決戦≫、名前を付けるなら“人望投票”。ある意味じゃ、最後の試験に最も相応しい内容だ」
***
「グレード5に≪現身≫を信任させる≪決戦≫?」
ルアノはクレイスが放った言葉をオウムのように繰り返す。
「なるほど。そういうことなら、冗長なルールも説明がつくね」
ハウトは頷いた。
「回りくどいんだよ。だったら、最初から一発の投票で脱落者を決めればいいだろ」
ケチをつけたのはヴォルガだった。乱暴なことを言う彼に、相変わらず情緒の欠片もない大人だとルアノは思ってしまう。
「わざわざこのような形式をとったのは、ポイントが誰を落とすかではなくて誰に投票するかだからでしょう」
投票結果を確認した後、この≪決戦≫の本質の予想を話したクレイスは続ける。
「誰がなるべきではないかを選ぶのと、どちらがより相応しいかを選ぶのでは、大きく意味が異なります」
――これはキビシイ内容だ。
ルアノは想像する。
――ぶっちゃけた話、自分が相手と比べてどうなのか?
それが数字になって表れるのだ。
残酷だが、理には叶っている。同胞から信頼を得る力は、多くの職業で必要なものだからだ。≪剣竜の現身≫に欠かせるはずがない。
彼らのことを一番みているのは、騎士団でも学生の教官達でもなく、ましてや王族や十二連盟の監督官であるわけもない。
問答無用で、同じ学生達だ。
そんな彼らを惹き付ける、強いカリスマがあるか。
それが最後の最後になって試されているのだ。
「よく気付いたね、流石はクレイス」
クレイスを賞賛するハウトである。
「私はてっきり、ガーラントが防戦一方だったから、差がついたのかと思ったよ」
「まあ、私が気付いたのも、ウィルク・アルバーニアの質問があったからですが……」
眼鏡を指先で押し上げて、クレイスは謙遜してみせる。
「票の譲渡のヤツだよね?」
そうルアノは確認した。
「ええ。普通、票を譲渡するルールに、あそこまで拘る必要はない。あるとするなら、第六試合終了後、投票総数の四分の一ギリギリまで自分の票を削り、救済したい誰かに譲渡するくらいでしょう」
クレイスは一度区切り、再び喋り始めた。
「しかし、ウィルク・アルバーニアが言ったように、得てして受験者達はプライドが高く、フェアである傾向が強い。そんな彼らが票を施す相手は、よほど信頼を置いている者に限られます。そこから、その信頼こそが、この≪決戦≫で試されている本質なのだと思い至ったのです」
ルアノもクレイスの頭の良さを心の中で賛辞する。
同時に、はたと気が付いた。
「あら? もしかして、ウィルクってルール説明の時点で、そのことがわかってたの?」
ルアノは会場のウィルクを見る。彼は他の参加者達を集めて固まり、何やら話をしているようだった。
「だと思います。票の譲渡のルールに関心を寄せていたのは、自分が譲渡する立場になるとわかっていたからです」
クレイスは冷たい目で会場を見る。彼は微かに、ため息のようなものを漏らした。
「“人望を競い合う勝負”だと気が付いた彼は、同時に自分に票が集中するとも考えた。だからこそ、あの時点で譲渡のルールを確認したのでしょう」
「そりゃ、可愛げがないな」
ヴォルガは苦笑いを浮かべた。
ルアノはその緋色の瞳に、ウィルクの姿を焼き付ける。
最初は顔付きの悪さから、彼にいい印象を抱かなかった。
しかし、クレイスが彼を認める理由が、今になってわかるような気がした。




