38.始まる決戦
「わかんないなあ」
ロイドが説明を終えた後、ルアノは思わず呟いた。
「いや、そんなに難しいルールではないでしょう」
「ルール自体は流石に理解してるよ……!」
ヴォルガに馬鹿にされ、ルアノは形相を変えて声を荒げそうになる。
結構頑張って取り繕っているのだから、あまり刺激しないでほしい。
「皆、どう思うの? 十秒って短すぎない?」
「制限時間だけなら、≪現身≫の選抜としては妥当なルールなのですが……」
「『相手に致命傷を負わせてはならない』。この禁止事項が加わると、攻撃をセーブしてしまいがちになります」
マーデュラとクレイスは口が揃えた。
「とにかく一発入れられるかだな。それがどんなに微妙な当たりでもよ」
ヴォルガが頭を掻きながら言う。
「どんな戦いをするのか、楽しみだね」
「果たして、そこまで見所のある打ち合いになるでしょうか……」
ハウトの言葉に、クレイスは陰りある表情で呟いた。ルアノにはそれが引っかかる。
クレイスはこの≪決戦≫を、ただの制限が厳しい試合とはみていないのだろうか?
***
「ルールは以上だ。何か質問はあるか?」
そうロイドはグレード5の生徒全員に向けて問いかけた。
「あー……、票の譲渡について聞きたいことがある」
流は手を上げ、ロイドが頷いたのを確認すると、質問を始めた。
「具体的に、票の譲渡ってのはどうすればいい?」
「私に申告すればいい」
「相手の同意は必要か?」
「特に要らん」
「制限時間とかあるのか?」
流は他三名の一団を、右手の親指で指し示す。
「当然承知してると思うけどよ。俺はともかく、あの三人は最終選抜に残るだけあって、それなりに変人だ。票の譲渡に関しちゃ、『譲ってくれ、いやあげない』だの『あげる、受け取らない』だの、揉めることもあるんじゃねえの?」
ロイドは顎に手を添え、『なるほど』と呟いた。
「それは、私がその都度判断しよう。明らかに時間を延ばすだけの不毛な交渉ならば、私が見計らって却下する」
「始まる前にハッキリしてくんねーか? いざって時に揉めて、その時のテメーの気分で決められたら当事者である参加者はたまんねぇし、見てる奴らもシラケんだろ」
「確かに、その通りだ」
ロイドは流の主張を認めると、
「だが、制限時間を設けると、目のある交渉が時間切れで成立しなくなってしまう場合もあり得る。やはり、その都度、私が判断することにしよう。それがルールだ、ウィルク・アルバーニア」
そう言い切った。
監督官である彼がそう言うなら、もう流にはそれ以上言うことはない。
「……ん、まあ別に、俺はいいけどよ」
「他に質問は?」
そう問うロイドに、誰も質問する生徒はいなかった。
「よろしい。ではこれより、くじ引きによる対戦順序の決定に移ろう」
ロイドの指示に従い、流達はくじ引きを行った。
そのとき使われたのは、投票箱だ。
流はホワイトボードのスクリーンに、四人の名前の横に〇票と表示されているのが変わらないのを確認すると、
――ピリピリッ。
と脳に閃光を走らせた。
くじ引きにより、試合の組み合わせは――、
第一試合、ガーラント対レティシア。
第二試合、アルフィ対ガーラント。
第三試合、ガーラント対ウィルク。
第四試合、レティシア対アルフィ。
第五試合、ウィルク対レティシア。
第六試合、ウィルク対アルフィ。
と決まった。
***
「あのウィルクって子、流石に肝が据わってるね」
ハウトは真摯な声でウィルクを褒める。
「あの場であんな口の利き……、いや、あんな風に監督官に抗議なんてできないよ」
ルアノもそれに賛成だった。
「ホントにね。≪決戦≫の経験があるのかな?」
「あります」
そう即答したのはクレイスだった。
「私もその場に立ち会いました」
とマーディラまで証言する。
「クレイスとマーディラって、なんか仲いいよね?」
ルアノは若干身体をヴォルガに寄せて、こっそり意見を求める。
「言ってやりなさんな、姫さん。デリケートなんだよ、あの二人の間柄……」
「何か?」
威圧感を伴った声を放ったのは、マーディラだった。
「何か粗相をいたしましたでしょうか、殿下?」
「いえ……、ホラ、『アルバーニア』ってファミリーネームが二人いるじゃん?」
ルアノは表情を変えないように必死である。
「結婚とかしてたりして、なんちゃって……」
「ああ。あの二人は、同じ孤児院を卒業しているのです」
ルアノのつまらないギャグに、クレイスは世知辛い現実を突きつけた。
――兄弟なのかな?
くらいに思ってネタにしたルアノは、雪国の池の水をぶちまけたかのように場を凍らせてしまい、
「あ……、ごめんなさい」
などと意味不明な謝罪を口にする他なかった。
***
ピィッ! と笛の音が鋭く鳴り響く。
「これが試合開始、終了の合図だ」
ロイドは口から銀色の細長いホイッスルを外した。
「制限時間は厳密に言えば、十秒ではなくおよそ十秒だ。私が今の笛を鳴らし、秒針を基準にして十秒数える。次に笛を鳴らしたときに試合終了。私がそれ以上攻撃をしたと判断した場合、その者を脱落として残りを勝者とする」
「ちょっとはみ出すくらいなら、認められる?」
今度は手を挙げず、流は尋ねる。
「ああ。しかし、あくまで、騎士は急には止まれないことを配慮したにすぎん」
ロイドはホイッスルに紐を装着し、自分の首に装飾品のようにぶら下げた。
「オーバー狙いの者は、脱落を覚悟するんだな」
それ以上、言葉を発する者はいなかった。
ロイドが声を張り上げる。
「では、第一試合を始める!」
第一試合は、竜の幕・ガーラント、剣の幕・レティシアの組み合わせだった。
持ち込み自由。それがスケジュールと集合場所以外で、最終選抜試験が開示した、唯一の情報である。
ガーラントは以前アルフィから教わった通り、防御型のようだった。
流がいつも装着していたプレートメイルよりも、もう少しだけ分厚そうで守備面積も広いものを装備している。小手と両脚にもガードを付けているが、頭にはヘルム等の装着はない。
しかし、ガーラントの装備で最も意識してしまうのは、彼のハルバードと大楯だ。
あのような楯を自由に扱えるなら、流がどう頑張っても突破できない。それどころか、ハルバードで返り討ち。ウィルクの上半身と下半身がコンビ解消する羽目になる。
レティシアは軽装だ。そのプラチナブロンドの美しい髪を、一つ束ねにしている。
流と同じように、シンプルなプレートメイルを装備しているだけ。他には白いグローブをしているくらいで、これは武器を握るためだろう。
レティシアの武器は細長い直剣。アルフィ曰く、彼女はバランサーだそうなので、派手である必要性がないのだ。
「竜の幕、ガーラントは竜の印が刻まれた位置に。剣の幕、ルケーノは剣の印が刻まれた位置に着け」
ロイドが指を差して、開始時のポジションを指示した。
ガーラントとレティシアは定位置に着き、互いに向かい合う。
流を含めた他の学生達は、対戦者から十分な距離をとっている。
――結構あるな。
二人の距離は、流の目測でおおよそ十メートル弱。
最初にアルフィに訓練指導を受けたときもそうだったが、この世界ではこの位のポジショニングで十分なのだろう。
ウィルク達がその気になれば、その程度の距離はものの数歩で埋められるのだ。
場が静まり返る。
流は自分の足下が冷えていくような錯覚を抱く。それは、紛れもない恐怖心だった。流は学生時代には暴力沙汰を何度も起こした。ウィルクとしてア・ケートに来てからは、アルフィに日々ボコボコにされ、黒の棟にも潜入した。
これでも修羅場は潜った方だと思うのに、それでもなお怖い。
――ピィッ!
ああ、笛が開始の合図だったか。と間抜けなことを考えている暇などない。
レティシアがガーラントに突っ込んだのは、たった三秒ほどの出来事だった。それでも、今の流からみれば、割と控えめな速度でレティシアが間合いを詰めたのがわかる。
ガーラントはレティシアとぶつかる寸でで、その巨大な楯を思い切り彼女に叩き付けた。シールドバッシュだ。
そのタイミングは完璧だった。レティシアは楯の衝撃で、今度は逆の方向へ倍の速度でぶっ飛び、全身を複雑骨折。ガーラントの反則負けで、≪決戦≫が終わる。
――はずもなく。
レティシアは直撃の寸前に、どういう理屈かガーラントの左側面に弧を描くように回り込み、直剣を彼の懐に横一線――、
ガーラントがスイングした楯が、レティシアの直剣を防いだ。
デタラメ。
流の脳裏にそんな言葉がよぎる瞬間にも、試合は展開していった。
直剣を放さなかったレティシアは、引き換えに楯を受けた反動に流されるように右回転してしまう。だが、彼女はガーラントに反撃する間を与えなかった。
二人の上空には、いつ仕込まれたのか一つの魔弾。それがガーラント目掛けて垂直に落ち、レティシアはバク宙で距離をとる。
魔弾がガーラントに直撃する寸前、ガーラントは地面を踏みしめる。
その瞬間、彼の周りに生じた波動が、レティシアが落としたであろう魔弾を掻き消した。
両者にとって危険な間合いに、互いが詰め寄る。
レティシアとガーラントが互いの獲物を振りかぶるのと、ほぼ同時のことだ。
――ピィッ!
風を切るような音が、二人の動きをピタリと止めた。
試合終了の合図だ。
「そこまでだ」
ロイドがそう宣言すると、レティシアとガーラントは自然体に戻ると、互いに背を向けた。
「では、投票タイムに移る」
ロイドは映写機に近づいた。
「投票するもしないも、その順番も自由だ。第一試合、ガーラントの勝ちなら竜の徽章、ルケーノの勝ちなら剣の徽章を投票しろ」
困ったものだ。
流には今の戦いで、どちらが優勢だったかなど判断できない。
投票箱の方に視線を移すと、徐々にだがグレード5の生徒の列ができていた。
ロイドが整列させている。バッジを陶器から取り出す者が、列に対し背を見せる並びだった。どちらのバッジを選んだか、周囲にわからないようになっている。
「アルフィ、どうすんだ?」
「投票するわけないでしょ。自分が不利になるだけじゃない」
「だよな」
しかし、流にも思うところがある。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
「……本気?」
アルフィは目を見開いた。
流は片手を上げて、アルフィに背を見せると、列の最後尾に向かった。
列はあっという間に消化されていき、流の番になる。
流は投票箱に手を入れて、握っていたものを落とした。




