35.最終選抜
燃えさかる火の球は、その紅色が夕日に紛れて距離感が掴みにくい。
しかし、サッカーボールほどの大きさのそれは、まるでシュートのように高速で流に襲いかかる。
やっとの思いで躱したかと思えば、第二撃の氷の球がもう目前に迫っている。
流はウィルクの力を借りて、連射される陸魔弾をギリギリで避けながら、奇手のアルフィへと突撃した。
三発、四発、アルフィの五発目よりも先に、流の剣が届く。
その筋が見えた――、
だが――、
「≪混沌の雨≫」
流の突進は、突如として天空から降り注ぎ、地面を抉り爆ぜた魔弾に妨げられた。
――嘘だろ!?
爆風に巻き込まれ、流の身体は吹っ飛ばされた。
地面を無様にゴロゴロと転がって、流はもう何十度目になるかわからない敗北を噛みしめる羽目になる。
一体、何が起きたのか。
流はうつ伏せの状態から、両肘をついて状態を起こす。
視線の先には、間違いなく爆発の圏内にいたはずアルフィが、傷一すらない様子で流を見ていた。
「オイ……。何だ、今の……?」
「小技」
咳込みながら訊く流に、アルフィは近づきながら答えた。そして、流に手を差し伸べながら解説を続ける。
「上空にあらかじめ魔弾を仕込んでおいたのよ。ただし、自分を障壁で守れるくらいの威力に抑えてたけど」
流はアルフィの手を借りて立ち上がった。
「自分に魔弾をぶちまけるって発想がなかったな」
流は首を軽く傾げ、制服についた土を払う。
「もっと効率的な攻撃があるんじゃねえのか?」
「ま、ただ意表を突くだけの隠し芸ね。アンタの言う通り、もっと強力な攻撃方法は幾らでもあるけど、私は大体マスターしちゃったから。こういう小技も覚えとけば、いつか役に立つかなって」
「そりゃ、違えねえ」
流は微笑み、肯定した。
夕焼けがアルフィの顔を照らす。
だが、朱色に染められた彼女の顔が愁いを帯びているの気がするのは、おそらくそのせいではない。
少し間を置いて、彼女は言った。
「今日は、これでおしまい」
今日はおしまい。
そして、今日でおしまいだ。
それはもう、流がこのまま最終選抜に挑むことを、受け入れている言葉だった。
心疚しい。流はそう素直に思う。
「すまねえ、アルフィ」
口から零れた言葉が、虚空に溶ける。
「大口叩いてオメーに協力させたのに、俺は――」
――何もすることができなかった。
そう言いかけたその言葉は、流の肩に乗せられたアルフィの手に遮られた。
「アンタは何も悪くないでしょ?」
「悪いだの、悪くないだのの、問題じゃねえだろ」
責任の所在など、最初からどこにもないに決まっている。
しかし、流の心のどこかに、後ろめたさのような感情が確かにあったのだ。
「悪くないのに謝っちゃダメ、なんでしょ?」
それはおそらく、ウィルクの言葉だったのだろう。
流は友人と呼べる者が居ないのに、ほぼ等しい。
だから、今アルフィ達に対して抱いている感情を、どう処理すれば良いのかわからなかった。
相手に一方的にネガティブな気持ちを押し付け、楽になってはいけない。
友人関係における、そんな暗黙のルールを識らなかった。
「それも、違えねえ、な」
結局、この謝罪は間違いだったのだ。
四つも年下の子供に教えられたのに、流は素直に認めることができた。
そして、それを認めたとき自然に、
「アルフィ」
本当に自然に、まるで悟るようにして、
「明日、頑張ってみるわ」
流は導き出すことができた。
解を。
珍しく、アルフィは微笑んでいる。
彼女の優しげな顔を、流は夕陽が落ちる瞬間まで見つめていた。
残光によって焼き付けられた彼女の表情を、流は美しいと感じた。
この解が持つ哲学が、まるで誰しもが尊ぶくらい、優しく綺麗なものであると錯覚するほどに。
流の脳裏に、また火花が散った。
***
≪剣竜の現身≫最終選抜試験当日、朝九時。
流、アルフィ、ガーラント、レティシアは≪ハウネルの尾≫を登り切り、巨大な門の前に立っていた。
そして、流達受験者の他にも、タオイェンをはじめとしたグレード5の生徒達もだ。
この門の向こうに、王城がある。
今日一番の舞台である最終選抜の会場は、王城の第一修練場だ。
「全員、集まっているようですね。感心、感心」
いつもと変わらぬ様子で、ウィルク達を指導する教官は言う。
もっとも、流にとっては全く指導を受けていない、縁遠い人物であるが。
「では、今から最終選抜試験の会場に向かいます」
――ガラガラガラ!
彼の言葉の直後、門に嵌められた分厚い鉄格子が、大きな音を立てて開錠される。
――ゴォン!
音が止み、鉄格子が開ききると、教官は流達に背をみせて歩を進めた。
それに続き、ガーラントやレティシア、生徒達が登城していく。
「アルフィ」
流は彼らと一緒になって登城していくアルフィを呼び止めた。
彼女が振り向いて流を見る間に、他の生徒達が次々に登城していき、流とアルフィは取り残される。
「何よ?」
急かすように、彼女が訊く。
「ありがとう。ここまで付き合ってくれて」
「え? このタイミングで? やめてよ落ちるのアンタ」
相変わらずな反応のアルフィをみて、流は笑った。
本当だった。流がここまで来られたのは、彼女の力があってこそだ。
自分の境遇を信じてくれたことや、諦めずに色々と教えてくれたことに、流は感謝していた。
この二週間の間、流は心から笑うことができた。
そんな風に笑うことができたのはゲームタワーが最後であり、日常を歩む流の人生の中では、あり得ないはずだった。
「俺は諦めちゃいねえ。腹を括った」
アルフィの顔を見据えて、はっきりとそう言った。
それを受けてアルフィは真顔に変わる。
「勝とう。ウィルク」
「当然だ」
流は不敵に笑ってみせた。
≪決戦≫。
それは、十二連盟が提供する、文字通り決戦の場である。
多くの国で私闘が禁止されるようになってから、公の場で人と人が決闘するの数は激減したらしい。
この≪決戦≫以外では。
十二連盟が設ける≪決戦≫は、個人対個人、団体対団体、それに限らずあらゆるケースでの決闘が国に認められる。
ただし、その勝負の立会いは十二連盟の【監督官】という職員によって行われ、≪決戦≫に参加する者は彼らの指示を遵守する義務がある。
≪決戦≫の内容は様々。
単純な打ち合いもあれば、武力を一切禁ずる勝負も存在する。ときには公平性を保つため、参加者が持つ技術力に依存しない勝負が行われることもある。
タオイェンの話では、≪剣竜の現身≫最終選抜試験は、数年前より≪決戦≫が必ず行われるようになったそうである。
つまり、どんな内容によって他の受験者と競い合うかわからないため、明らかに弱い流でも合格のチャンスはあるのだ。
流達は第一修練場に辿り着いた。そこは小さなスタジアムのような場所で、流達の頭上に観客席のような場所が設けられている。
まばらだが、どうやら何人か観客がいるらしい。
そして、その中の一人が知った顔であることを認めると、流は眉をひそめた。
――デュザ。テメエも観に来たか。
修練場には制服を纏った者が数名立っていた。
その制服の肩に縫われている紋章に、流は見覚えがある。それは、ウルスが流に届けさせた手紙の封蝋に印されたものと同じ。王国騎士団の証である。
生徒全員がその場に整列すると、白髪をオールバックに纏めた髭男が前に出た。
「ただいまより、≪剣竜の現身≫最終選抜試験を執り行います!」
髭男の張り上げた大声に、流は全身に痺れるような衝撃を受ける。
――とんでもねえ気迫だなオイ。
「ルアノ=エルシア・ルクターレ様、ハウト=ミゼル・ローガン様の御台覧!」
変わらない怒声が、場内に響き渡る。
それを聞き、流はようやくこれが御前試合であることを思い出した。




