34.潜入(part4)
「届け物、だと?」
訝しむデュザの声。
「先ほど、次席宛に届け物をするという国立兵が、この施設に訪れたという報告がありました」
「鼠かね?」
サレイネの声が尖る。
――バレた!
流は心中で盛大に悪態吐いた。
この棟に侵入する前から半分覚悟はしていたが、あの会話を聞いた後では、もはや疑う余地はない。
見つかれば殺される。
もうここから脱出するしかない。まだ何も有益な情報を得られていないのに。
流は気配が生じるのを嫌い、あまり派手に動かないように少しずつ煙突をよじ登る。
「棟内をくまなく調べろ」
はやる心を抑えながら、煙突を登っていく。
黒い空に覆われ、距離感が掴めない。
だが、それでも確実に、
――もう少し。
徐々に先端部分に近づき、
――よし!
流は煙突を登り切った。
煙突は棟の屋上に通じていた。
流は周囲を見回すと、屋上への出入口を見つけ、舌打ちする。
このままでは、出入口から警備がやって来るのも時間の問題だ。
流は転落防止の金網状のフェンスまで突っ走し、向こう側まで乗り越えた。
――高い。
四階の建物の屋上から飛び降りた経験はないが、ウィルクの身体なら耐えられるかもしれない。
だが、棟を囲っている鉄柵の内側に降りて負傷してしまえば、そのまま警備に追い詰められて捕まってしまう。
無事に柵の外側へと降りなければならない。
流はデイバッグから最後の道具を取り出した。
フックランチャーだ。
流は長さ二百メートルのワイヤーロープの端を、フェンスの付け根に固定する。
もう一端は鉤状の矢に結ばれている。
この矢をフックランチャーで撃つことにより、距離の離れた木や柵に引っ掛け、ワイヤーロープを張ることができるという仕組みだ。
もちろん、上手に張るには技術が要る。だが、流は十回ほど練習しただけだ。成功率は二分の一もない。
そうは言っても、やるしかない。
流はペンライトを絞り、手頃な木の枝を照らし当てる。
――落ち着け。
照準を慎重に定めて、流はランチャーのトリガーを引いた。
矢が真っ直ぐに飛んでいく。
そのまま、木の枝の上空を飛び去ってしまう。
が、ワイヤーが上手いこと木の枝に触れ、矢は枝を中心にして円を描きながら巻き付いていく。
――バンッ!
ワイヤーロープのセットに成功したのを確認したのと同時、屋上の扉が乱暴に開かれる音が、流の耳に届いた。
流はそのまま振り返ることなく、ランチャーに付いている滑車部分をワイヤーに乗せ、ハンドルを握りしめ、宙を跳んだ。
***
――まったく、心臓に悪い。
脱出は成功だった。追っ手もない。
少し冒険して、真っ直ぐ≪ハウネルの尾≫に向かわずに、山の中に隠れていたのだ。
流はいつもの制服に着替え、デイバッグはそれとわかる位置に埋めておいた。
ほとぼりが冷めた頃合いを見計らい、流は慎重に寮へと帰った。
アルフィと同じ方法でウィルクの部屋のバルコニーまで辿り着くと、部屋にも入らずにひっくり返ってしまう。
――疲れた。
流はひどく困憊していた。骨身に堪えるとはよく言ったもので、精神的な圧力はウィルクの身体を潰すかのように消耗させていたのだ。
頭の回転は、脳内麻薬が切れてしまったかのように、疲弊して鈍い。
この感覚も、久しぶりに味わった。
このような大立ち回りは、そう何度も経験するものではない。
ゲームタワーで勝負を重ねてきた、あのときが人生最後と確信していたほどだ。
棟への潜入には成功。順調すぎるほどだった。
だが結局、収穫は何もない。
訳のわからない危険な会話を聞いてしまっただけ。
ウィルクを元に戻す手掛かりは得られなかった。
それどころか、セキュリティは強化。そして、一週間後に引き払うという情報から考えて、もう二度と黒の棟には入れないだろう。
流は星空を見上げた。
――どうして今頃晴れやがるかね?
レティシアが美しいと讃えた星々の輝きは、今の流には嘲笑にさえみえる。
『お前ごときに、どうにかできる問題とでも思っていたのか?』
『棟に潜入し、ウィルクの意識を取り戻す方法を見つける。そんなにうまい話が、実現するとでも?』
――うるせぇよ。
次第に、流は意識を手放しつつあった。
正直、流だって大きい勝算があると思っていたわけではない。
――ただ俺は、やるしかねえことをやっただけだ。
――ただ、遊び足りねえと、……、だけ、……だ。
『そして負けた。それも無様に』
意識が遠のく。
ぼんやりとみえた三日月は、意地悪く笑う口元のようにみえた。
ウィルクの身体に憑依した。
その謎を解く手掛かりを失い、流は最終選抜の前日を迎えてしまった。




