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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
32/182

32.潜入(part2)

「ふ」


 と流は胸をなで下ろす。


 とりあえず、守衛室の中に侵入した。

 休憩の兵は、これからあと数分は戻って来まい。そう流は願った。


 急いで室内を探る。失敬しなければならないものがあるのだ。


 守衛室は二間の造りになっており、一つが黒の棟の裏口を監視する、大きな窓付きの部屋。そしてもう一つは、流が監視していた、兵隊が休憩するための部屋。


 休憩部屋に入り、流は五つ連なるロッカーを見つけた。


 一番奥の扉を開けようとするが、鍵が掛かっているようだった。

 流はポケットからヘアピンを取り出すと、ピッキングで解錠する。

 高校時代に暇を持て余して身につけた、ただつまらないの芸だが、実用できるぐらいにはモノにしたつもりである。


 ロッカーなど非常に簡単なもので、あっさりと解錠してしまう。


 中には予備の警備の服。そしてアームメイルなどの防具が入っていた。


 着替えを終えた流は、元々着ていた制服をデイバッグにしまう。痕跡が残っていないかを簡単に確かめ、外に出た。


 そのまま黒の棟の裏口の前に立つ。

 木でできた扉には、鉄格子がはめ込まれ、向かいの様子がわかるようになっている。


 扉の向こうにはやはり黒服が待機していた。


 流はベルトのホルスターから警棒を抜くと、一定の間隔で鉄格子を叩いた。

 おそらく、符丁なのだろう。流が観察する限り、裏口から入った兵隊は、必ずこれをやっていた。


 ノブから、ガチャリと音がする。

 裏口の扉が開かれた。


「はい。ご用件は?」


 意外と明るい声で、それも愛想良く、番をしていた黒服に問われた。

 しかし、直後に流が持っているデイバッグに視線をやると、男は微かに訝しげな表情に変わる。


「ああ、届け物だ」


 流はその表情に気が付いた演技をして、手に持ったデイバッグを掲げてみせた。


「誰にお渡ししますか?」


 そう男が訊く。


「いや、これは直接渡しに行きたい」


 と少し焦らすと、それを聞き咎めた黒服は今度は厳しい顔つきに変わる。


「お約束がないのなら、お通しできませんが」


 ここが勝負所だ。

 これで納得してくれないなら、目の前の男をぶちのめし、気絶させるしかない。


 流は懐から一通の便箋を取り出すと、男に見せた。


 『デュザへ』、『ダルアス・ゴルドー』。


 そう便箋には書かれている。それも、王国騎士団の刻印が捺された封蝋付き。

 ダルアス・ゴルドーとは王国騎士団の現団長の名前だ。


 もちろん、この二人の名前は流が自分で書いたもの。偽物である。


 封蝋付きの便箋はウルスがルッツェルに宛てたものであり、ルッツェルに封蝋を切らないようにして中身を取り出してもらった。


 正直、そこまで分が良い勝負とは言えない。そう流は自覚している。

 しかし、これ以上に例外的なパスができそうな人物の名を、流は知らない。知っていても、封蝋等の証明できるものが用意できない。


 男は流が提示した便箋を凝視している。


 ――失敗か?


 まず、ゴルドーがデュザ宛てに届け物ということが胡散臭い。

 封蝋の印も、本来は王国騎士団のものは使わず、団長クラスなら個人で持っているのではないかと思う。否、そもそも、この男はゴルドーの名前を知っているのか? 第一、それを信じたとしても、流に手渡しを許すとは――、


「わかりました。次席の部屋は四階です」


 ――成功だ。


「ああ、ありがとう」


 流は招かれるまま、開けられた扉の中に入る。


 ついに、黒の棟への侵入に、


「失礼」


 男の呼び掛けに、流は硬直した。


 ゆっくりと、男の方を向く。


「あちらに、記名お願いします」


 黒服の男は、壁に掛けられている帳簿を指し示していた。


「あ、はい」


 そう短く答えると、帳簿に備えられているペンで適当な偽名を記した。


 流はついに、黒の棟への侵入に成功した。





 黒の棟には兵隊が出入りをしているため、流の今の服装で歩き回っても不自然ではなさそうだ。

 だが、ゲストカードのようなものがない以上、変に絡まれる可能性がある。


 流はトイレの個室に入り、鍵を閉めた。


 必要になるかもしれないと思い、大金を支払って買った服がある。

 黒のダークスーツだ。


 流は防具や警備服を脱ぐと、きちんと畳んで便器の上に置いた。

 誰かが入ったら驚くだろうが、デイバッグには入らないので、持ち歩くことはできない。


 流は黒服姿でデイバッグを担ぎ、トイレを出た。

 これで棟内の全員が顔見知り同士なら、完全に裏目である。


 棟の中は学内のような照明が設備されておらず、灯りは壁に掛けてあるランプのみだ。

 しかし、廊下が人二人通れるほどの幅なので、それだけあれば充分な明るさである。流は階段を探し始めた。


 一階には人が少ないのか、そもそも活動しているような時間帯ではないのか、流は他の黒服とは出会わなかった。

 何でもない風に歩くが、流の腹の底では緊張が徐々に溜まっていく。デュザや黒の亡霊にかち合えば、一発で終わりなのだ。


 やや開けた場所に足を踏み入れると、階段が見つかった。

 吹き抜けになっており、それが四階まで続いているのが確認できた。四階は最上階であり、そこに部屋を持っているということは、やはりデュザは上位の立場にいるのだろう。


 流が階段を登り、三階に辿り着いたとき、白衣姿の女性職員とすれ違う。

 緊張の一瞬だが、彼女は流を見ても特に騒ぎ立てることなく、軽い会釈をして過ぎ去っていった。


 そうしていよいよ四階への踊り場へと着いたとき、


 ――ぞわり。


 流はウィルクの長めの髪を通じて、頭皮に危険なものを感じ取った。


 反射的に、踊り場から手すりの向こう側に跳躍。

 重力に従い、一階の床へと落ちていく。


 二、三階間の踊り場まで落ちたタイミングで、流は手すりの垂直材を掴んでぶら下がった。

 コッコッ、と階段を降りる足音。すぐに足音は三階へと辿り着く。


 流は音の方向へと身体を捻り、その人物を見た。

 真っ黒なローブ。くすんだ金色の髪と、一瞬見えた右頬の大きな傷。


 ――デュザだ。


 奇跡的にデュザの視界に入らなかったのか、それとも単に見逃されただけなのか。

 いずれにせよ、彼は手すりにぶら下がっている流には目もくれず、三階の廊下へと歩いて行った。


 ――危ねえ。


 あと少しで、四階から降りてくるデュザに鉢合わせるところだった。


 流はブランコのように反動をつけて、上空へと飛んだ。

 くるりと回転を加えて、踊り場に着地。


 今、流には二つの選択肢がある。


 一つは、今すぐにデュザの後をつける。もう一つは、四階のデュザの部屋へ向かう。

 すなわち、デュザが重要な情報のある部屋へ移動した可能性をとるか、デュザの部屋に重要な情報がある可能性をとるか、である。


 ――デュザの部屋だ。


 流は即決した。

 当然の選択だ。デュザの部屋を調べるチャンスは、彼が不在である今しかない。


 流は小走りで四階へと登った。


 四階廊下を歩いていると、職員二名とすれ違いそうになった。壁に背をやり道を譲るついでに、デュザの部屋がどこかを尋ねる。黒服を着ている流に、二人は特に警戒した様子もなく、デュザの部屋の位置と不在である可能性を流に伝えた。

 流は礼を言い、デュザの部屋までまっすぐ向かった。





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