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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
29/182

29.留められない感情

 明るい色の木製が、落ち着いた雰囲気を纏わせる。

 そんな少し洒落た店だった。


 学内は基本的に白を基調とした内装であり、食堂も例外ではない。

 流達にとって、こういった情趣ある場所で食事ができるのは、実に久しぶりのことである。


「いい店だな」


「……」


 流は呟いたが、アルフィの反応は芳しくなかった。

 先ほどからのアルフィの様子からして、この店に何かあるのは間違いない。だが、流がいくら注意を凝らしてみても、店に変わった様子は一切なかった。


 残る可能性は一つだ。


 流はあえて気が付かないふりをする。

 その残酷さに、内心自分に情けなさや腹立たしさを覚えたことさえも。


「ご注文はお決まりですか?」


 流とアルフィが座る席に、ややあって猫耳の女給仕が脳天気な様子でやってくる。


「私、ジェノベーゼ」


 そうアルフィは言うと、伺うように流の顔を見やる。

 流はメニューに視線を落とし、気が付かないふりを続ける。


 彼女の蒼瞳(サファイア・アイズ)が揺れ、これほどに(こいねが)っているのに。


「半熟オムライス。ケチャップで」


 だが、流に当たりを引くことなど、できるわけがないのだ。

 明るい声で『畏まりました』と言い、半猫獣人の給仕は去って行った。


 居心地の悪い空気が流とアルフィを包む。


 彼女の顔は暗かった。

 失意の念に押しつぶされそうな様子に、いよいよ流は見ていられなくなる。


 ――降参だ。


「俺らにとって、縁のあるところなんだな。ここは」


 アルフィは力なく笑う。


「今の様子じゃ、全然覚えてないんだね。思い出すことも……」


 流は黙って否定を示した。


「ここはね、私達が城下町に初めて来たときに入った店なの」


 アルフィは目を細める。


「私達は二人ともあんまりお金なくてさ。結構良さそうな店だからビビりまくって、安そうな単品しか頼めなかった。それが、私達の王都ハウネルでの最初の思い出」


 流は無言で彼女の話の続きを促す。


「で、私達は城下町に来る度に、ここで食事してたってわけ。最初に来たときと同じメニューを頼みにね。初めてここに来たときの気持ちを、忘れないために」


 アルフィは口角を上げて、笑顔を作り上げた。


「何が、正解だったんだ?」


 と流は尋ねた。


「“オーマルティ”」


 そうアルフィは答えるが、流には全く聞き覚えのない名だ。


「私達の故郷のホウリアで、よく出される料理。オーマルティ、わかるでしょ?」


 とアルフィ。


 だが、流は首を横に振る。こんなときに限り、流の知らない料理なのは運命なのか。


「まあ、仕方ないって……」


 笑い飛ばすように、アルフィは言った。


「聞きたいんだけど、自分でバカだと思わない? わざわざ王都まで来て、何でいつも食べてた料理頼むのよ?」


「スイマセン!」


 いきなり女給仕に向けて手を挙げ、声を張った流をみて、アルフィは目を剥いた。


「ハーイ、ただいまー」


 間延びした声が返ってくる。


「食ってみねえと、バカかどうかわからねえだろ?」


「ウィルク……」


「ま、今んとこバカはオメーの方だけどな。ここに何度も来て、同じメニューを頼むことを想定に入れてりゃ、オーマルティだのを頼むのは自然なことだろ。故郷の味を忘れねえためにな」


 給仕がテーブルにやって来た。流は『オーマルティ、追加で』と短く注文する。


 しばらく待つと、流の前にオムライスとオーマルティがやって来た。


 白い皿の上に、アルミホイール。その中には、煮汁に漬けられた流の知らない大きな魚が、ほくほくと湯気を上げている。

 オーマルティの正体は、煮魚だった。

 流はフォークを使って、器用に魚の背骨から上を右半分だけすくい上げた。そのまま取り皿に乗せる。


 アルフィはその様子をじっと見守っていた。表情を隠そうとしているようだが、どうしても彼女の心痛な様子が伝わってしまう。

 流はフォークで魚を切ると、そのまま口の中に入れた。


 ――臭い。


 流が顔をしかめると、アルフィはふっと息を漏らした。


「バカ。そのまま食べてどうするの」


 彼女は腹をかかえて蹲った。その双肩は僅かに震えている。


「ハーブと一緒に食べるのよ。オーマルティはクセが凄いんだから……」


 繰り返し、『フフッ』と息を震わせる。


 彼女のそんな様子は、流の間抜けさが可笑くて堪えきれないようにみえた。

 だが、流にはわかっていた。彼女にとって、今のが笑えるわけがない。


「どうして、そのままっ……食べるかな……」


 徐々に。


「そんなことも、忘れちゃったわけ……?」


 彼女を堰き止めていたものが瓦解していく。


「ハハハ、……フウッ。先生がよく作ってくれたでしょ……、ウ、あんな小さい頃からずっと食べてたじゃないっ」


 それを流はどうすることもできずに。


「どうして、忘れるかな……。ね、ねえ、思い出せない?」


 ただ静かに、見ているだけだった。


「ウ、……グッ。どうしても、思い出せない?」


 胸を締めるのは、哀れみだった。


「ホントに忘れて、どうするの……、バカはアンタじゃん」


 言葉もない。


「うっ、うう。ごめん、ウィルク……。私がこんなで、ごめん……」


 彼女は自分の目を、おしぼりで隠した。

 泣いているアルフィ・アルバーニアに、流は哀れむことしかできなかった。


 ――少なくとも、今はまだ。


 大切な幼馴染みが何もかも忘れた。


 彼女がこうして流の前で泣き出すのは、むしろ遅すぎたくらいだろう。

 ここまで本当に良くしてくれた彼女に、流は思うように感情を吐き出させてやりたかった。どれだけ理不尽に怒りをぶつけられても、構わないとさえ思う。

 そうやって泣きじゃくる彼女をみていると、流の心に黒い(もや)がまた現れる。


 自分がウィルクの意識を呼び戻すまで、これは消えてくれないのだろうか。


 ウィルクを元に戻す。

 これは当然だ。どれだけかかっても、流はその方法を見つけ出す。


 だが、卒業までにそれが叶わなかったなら?


 流はそろそろ決断を下さなければならない。


 ――ウィルクとして、王国騎士になるのか、否かを。



***



 ウィルクとして目覚め、十三日目の夜。

 流は再び城下町に降り、融通屋を訪れた。先日、アルフィと訪れた際に融通を頼んだ代物を、受け取りに行ったのだ。


『どこに忍び込む気か知らんが』


 と煙草を咥えながら、ルッツェルは言ったものである。


『全てを台無しにするような真似だけは、するな』


 流は彼女の忠告を守ることができるだろうか。

 城下町から養成学校エリアへの道のりで、流はそんなことを考えていた。


 黒の棟に忍び込む為の算段はついた。運がよければ、侵入したことにさえ気付かれずに済むだろう。


 流は五日間、黒の棟の警備を遠くの木から望遠鏡で観察していた。

 黒の棟には出入口が二カ所ある。一つは二人の兵隊が守る正門。ここはおそらく通行証のような物を提示しなければ、入ることはできない。

 もう一つは正門の反対に位置する裏口だ。流は裏口に目を付けている。


 だが、流が調べた限りでは、裏口は辿り着くことさえ簡単ではない。


 正門の両脇から、輪っかのようにして黒の棟を囲う鉄の柵。これを超えることが第一の関門である。


 次に、裏口に隣接する箇所にある小屋。

 望遠鏡で窓を覗くと、そこは守衛室のようであり、棟の周りを巡回する四人の兵が、ローテーションで休憩していた。

 休憩と巡回は二人ずつで廻している。この二人に見つからないように、守衛室の前を通り過ぎなければならない。


 そして、裏口扉の向こうには黒服の警備がおり、その警備が内側から扉を開けることで、裏口の出入りができるようである。

 国立兵が黒服に扉を開けてもらっているのを、流は何度か確認した。


 更なる問題は、裏口から上手いこと入れたとして、内部の様子が全くわからないということだ。


 流の狙いはデュザか黒の亡霊のデスク。これは侵入してから見つけなければならない。

 そこまで辿り着くには、ただ機転を利かせるだけではなく、強い運が必要だ。


 もし棟の中で捕まってしまったら、どのような仕打ちを受けるかわからない。

 規則通りの処分を受ければまだ良い方だが、相手は悪名高い異教徒が絡んだ組織のフロント企業である。


 まさに無謀な挑戦のように思われるが、流はどんなに分が悪かろうと、決行するしかないのだ。黒の棟は、ウィルクに乗り移ってしまった謎に関する、最後の手掛かりなのだから。

 翌日の夜に、決行だ。


 バチバチッ、と頭で閃光が弾ける。


 どうか、練りに練った作戦が、絵に描いた餅になりませんように。


 ≪剣竜(けんりゅう)現身(うつしみ)≫最終選抜試験は、もう三日後。

 黒の棟で何かしらの成果を得られたとして、即ウィルクの意識を戻せるとは限らない。


 つまり、これが流に許された、最後の作戦だ。





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