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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
28/182

28.流の依頼

「ああ、ウルスからか。待っていたよ」


 紫煙をくゆらせながら、ルッツェルは流から受け取った便箋を眺めた。

 封をしている赤い封蝋には、王国騎士団の刻印が捺されており、それがウルスからである証明となっている。

 ウルス曰く、彼女にはウルス以外で騎士団に友人がいないらしい。


 流は陳列している商品の値段を聞き、この融通屋がどういった店なのかを推測した。

 まず、ここに置かれているのは、企業の商品ではない。値段が高かったり安かったり、まばらである。


 おそらく、これらを作ったのは科学者風のこの女店主だ。

 煙草のせいで誤魔化されているが、彼女からは化学薬品の臭いがする。


 加えて、隠し扉の仕組みなど、どうやら一見客には入れないシステムになっているようだ。法律ギリギリの灰色なのか、脱法なのか。違法でないことを祈りたい。いずれにせよ、あまり日の当たりの良いところに構えられる店ではないだろう。


 ならば流にとって、ここが最大の好機かもしれない。


 アルフィは先ほどから商品棚を眺めており、めぼしい物を探しているようだった。

 彼女が流とルッツェルから注意を外しているこの隙に、流はルッツェルに幾つか頼みたいことがあった。


「なあ、その便箋くれないか?」


 ぼそりとねだる流。


「便箋を?」


 ルッツェルは訝しげに流をみる。


「何故だ?」


「正確にはその封蝋が欲しいんだ」


 ルッツェルはニヒルな笑みを浮かべて、アルフィをチラリとみやる。どうやら、流がアルフィには秘密の悪巧みを考えていると悟ったらしい。

 彼女は小声で答えた。


「いいだろう。中の手紙はカッターで取り出していいか?」


「ああ。封蝋で閉じられているようにみえれば、それでいい」


 と流は声を潜めたまま言う。


「それから、あと二つ」


 流はルッツェルの耳に手のひらを当てて、欲しいものを伝える。

 それを聞いたルッツェルは、目を見開いた。


 流はルッツェルから顔を放す。


 そのタイミングで、アルフィが青い液体が入った小瓶を四つ持ち、カウンターに寄ってくる。

 流はそれを見て、顔をしかめた。


「それ、飲めるのか?」


「え? 付け薬でしょ?」


 アルフィが困惑したように声を上げる。


「いや、そいつは内服薬だ」


 とルッツェル。


「ヴェノの循環を補助し、結果的に身体の治癒能力を高める。とはいっても、治癒効果はあくまで副作用で、ヴェノのコントロールの効率化が主たる効能といっていい」


 アルフィは青い薬を見つめ、『ふうん』と唸っている。


「値段は一つ五〇シーンだ。ただし、例によって、どんな副作用が出てもワタシは知らん。買うなら、効果のほどを必ず報告しろ」


「いいよ、それで。二〇〇シーンね」


 臨床実験まがいの条件に、流は『げ』と声を上げるが、アルフィはあっさりとしたものである。


「病院からの報告になるかもな」


 と茶化す流。

 ルッツェルは流を睨んだ。


「ウィルク。お前の方は、相当値が張る」


「服代は出るはずだ。もう一つは、出世払いで頼めねえか?」


 その『もう一つ』とは、この日に急に必要性を感じた物だった。

 ウィルクの金はほとんど残っておらず、流には引き換えで支払える余裕がない。


 ルッツェルはため息を吐いた。煙草を灰皿に押し付け、難しい顔をしている。


 ――どうだ?


 ウルスはわざわざウィルクを指名して手紙を届けさせた。この店主とも親しい証拠だ。

 そこまでの信頼があるならば、ツケで支払うことを許してくれるのではないか、と流は踏んだのだ。


「ライフワークのついでとはいえ、ワタシは一応、商売で融通屋をやっている」


 ここは、土下座だろうか。

 そう流が考えかけたとき、


「が、ついではついでだ。根からの商人ではない」


 ルッツェルは悪戯っぽく笑った。


「お前には借りがある。どれだけの支払いになるか、お前の出世に期待してやることにしよう」


 流は心の中で拳を握った。


「ありがとう。ルッツェルさん」


「ルッツェル“さん”だぁ?」


「オイ、ウルスさんと全く同じ反応かよ!」


 目を丸くして驚愕するルッツェルに、流は笑い声を上げた。


「もう結婚したら?」


 などと、アルフィにまでからかわれたルッツェルは、きょとんと呆気にとられた表情をみせた。

 が、『ふん……』とそれも一瞬。

 彼女は青白い顔を赤く染め、煙草のフィルターに噛みついた。


 流とアルフィの生暖かい視線の中、ライターのギアをカチカチ回し、何回目かでようやく火をつけたものだった。



***



『五日後に来い』


 とルッツェルは言った。

 流は驚愕に目を剥いたものである。


『もう少し早くなんねえのかよ?』


『あのなあ、服の方はともかく』


 呆れ顔でルッツェルにたしなめられた。


『もう一つは、ホントに用意が難しい代物になる。無茶言ってるのを自覚しろバカタレが』


 ――五日。


 ≪現身(うつしみ)≫の最終選抜試験は、もう一週間後。つまり七日後に迫っている。

 こんなことで、おたおたとしている暇はない。


『どうしても必要なら、五日くらい待て』


 とルッツェル。


『だが、お前にこんな説教は要らんと思うが、本当に必要かどうかよく考えろよ?』


 そうルッツェルは忠告してくれたが、流にとってそれは必須のアイテムである。

 そう流の勘が強く主張しているのだ。


『わかった』


 このときの流は、苦虫を噛み潰したような表情をしていただろう。


『五日後にここに来る。用意しといてくれ』


『……了解だ』


 ルッツェルは薄紫色に発つ煙を遠い目で眺めながら、了承した。


 ――もう時間がない。


 流はそろそろ決断をしなければならない。


「ウィルク?」


 流は先ほどのやりとりを呆然と思い出しながら、


「ちょっと、このウィルク!!」


 アルフィに両の頬を抓られ、現在に引き戻された。


「わういわうい」


 流は謝罪を声にしようと頑張った。


「え? 『悪い悪い』?」


 アルフィは眉を垂らしながら問う。

 流は右手で軽くアルフィの両手をはたくと、解放された。


「『このウィルク』って何だよ? 『ウィルク』って悪口か? ああ?」


「急にトぶからでしょ! せっかく人がこうして、……で、デ……一緒に……」


「俺が悪かったから、そこで照れ入れるのやめろ……」


 正直、この手の反応に対して、流は耐性が全くない。





 それから、一時間足らずの間だったが、流は城下町でアルフィと遊んだ。

 ショッピング(主にウィンドウ)、買い食い、ゲーム。


「やっぱ融通屋と比べたら、信じられないくらい値段張るわね……」


「結局、あの店はルッツェルさんが自作のアイテムを並べてるってことでよかったのか?」


「それで合ってるわ。大体はね。まあ、本当は商品を安い値段で調達する店らしいんだけど、ルッツェル印の薬が好評で、もっぱらそっち目当てで通ってるけど」


「オリジナルの商品なのに、何で安い値段で売るんだ? 高いのもあったけどよ」


「ライフワークのついでって言ってたでしょ? あの人、薬の調合とかそういうのしないと生きていけない人なの。高いヤツは、結構な自信作なんだって」


「で、サンプルだのを格安で提供して、人体実験してるわけだ」


 流は呆れ顔を作ってしまう。


「そういえば、アンタ何頼んだの? 『結構値が張る』って言ってたけど」

 アルフィは軽い様子で尋ねているが、流からしてみれば答えに窮する質問だった。

 黒の棟に侵入するための小道具なのだが、それを素直に明かすことはできない。

 芋づるで、ウィルクと異教徒との関係にまで説明が及んでしまう。


「本だ」


 そう嘘を吐いた。


「本? 図書館にないの?」


奇手(つかいて)の入門書、ほとんど読んじまった。だが、未だに≪振り直し(ビルド・チェンジ)≫は使えねえ」


 アルフィは唖然とした表情をみせる。


「そんなもの、本読みまくってどうにかなるもんじゃないわよ?」


「こっちは藁にも縋りてえ思いなんだよ」


 突っぱねるように流が言うと、アルフィは俯いた。

 おそらく、彼女はウィルクが能力を使えなくなったことに関して、自分が想像しているよりもウィルクがショックを受けていると考えているのだろう。


 そのようにしゅんとされては、流はどうしてもバツが悪くなってしまう。


「……でな、おかげさんで問題が発生したわけだ」


 アルフィは顔を上げる。流はおどけたように言ってみせた。


「もう金がねえ」


「は? 金が無いって、貯金のこと? 信じらんない!」


「俺も信じたくねえけどな。金が無いとか……」


 流は声に哀愁を滲ませてみせる。


「そういうわけで、今日はお前のおご――」


「貸してあげるわよ! もうッ!」


 気まずい雰囲気を解消し、二人は他愛のない話に戻った。

 かつて幾度もここに遊びに来たときのことを、思い出らしくアルフィは語る。


 タオイェンが知らない郷土料理を注文し、そのタレに蒸留酒が含まれていることを知らずに酔っ払ったこと。

 ラーニャが物乞いの年寄りに一〇〇シーン渡したら、その後スーツに身を包んだその物乞いがラーニャに何十倍ものシーンを返したこと。

 いつの間にかはぐれたデュナスが、役所の前のバケツに上半身を突っ込んでいたこと。

 ゼルガ(医務室に来た角刈りの少年だ)が財布をすられ、全員で取り戻すためにギルドを巻き込んだ大騒ぎになったこと。

 ウィルクがギルドのチンピラに絡まれた少女を助けたら、その子が別のギルドのボスの一人娘で、とんでもない事態に発展したこと。


 気が付けば、流は笑っていた。

 青春の自慢話など、まっぴらごめんだとバイト仲間に対して思ったことがある。だが、実際に何日も過ごした相手の昔話になると、こうも違うのか。


「そろそろお昼にするけど、いいでしょ?」


「ああ、文句無しで腹減った」


 アルフィの問いに即答する。

 時刻は十三時になりそうな頃合いだった。


「アテはあんのか?」


 そう訊いた流に、アルフィは複雑そうな顔をしながら頷いた。


「……ある。私達が城下町に来たら、必ず行くレストランがね」


 アルフィの声は、ごく僅かに、緊張ししているように震えていた。





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