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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
27/182

27.融通屋

 馬車(ラクダ)などが行き交い、人通りも多い表通りをしばらく歩く。時折、露店なども見つけるが、アルフィが言うには値段が少し安い代わりに、美味しいものは滅多にないという。


 流は試しにリンゴ一つを買って(かじ)るが、確かに学食で出されるリンゴとは違い、どこか乾いた味がした。


「オイ。これ果てしなく続いてんじゃねえだろうな……」


 直線に歩くこと二十分ほど。

 元の世界でいうと一駅分は歩いているというのに、国道沿いみたく景色がずっと同じなようにみえる。

 往来する人の数も、並ぶ建物や露店も、視界が続く限り変わる様子がない。


「この道、このまま十一エリアぶった切って、王都の出入り口まで続いてるから」


「へえ。メインストリートなのか?」


「上層に続く大階段から、放射線状に五本大通りがあって、真ん中がこの道ね」


 そうアルフィが言ったところで、エリアが切り替わる標識が視界に入った。


「ここで曲がるわよ」


 道を一つ曲がると、賑やかさはなりを潜める。


 そこから更に数路進んだ先で、アルフィは路地裏に入った。

 建物と建物に挟まれた狭い道。薄暗く、掃除もろくにされていないのだろう。

 空き缶、空き瓶、得体の知れない液体などのゴミが、そこら中に転がっている。


 ところどころに人が寝っ転がっており、死んでいないか心配になる流である。

 坊主頭にタトゥーを入れた筋肉質な男や、くすんだ色の金髪に異常な数のピアス穴という、デュナスが落ちぶれたような男がゲラゲラと笑っている。


「いきなり荒んだ空気になったな」


 流は呟いた。


「怖いの?」


「たわけ」


 からかうアルフィを鼻で笑う。

 流はただ、懐かしいと思っただけだ。


 アルフィは煉瓦造りの建物の前で止まった。


「ここ」


 と彼女は短く示した。

 そうはいっても、入り口のようなものはなく、ただの壁の前である。


「二階の窓が入り口か?」


「まさか」


 軽口をたたく流に、アルフィは首から垂らしているペンダントを右手で掲げてみせた。

 硬貨ほどのサイズのそれは、日の当たらないこの場所でも、微かに銀色の光沢を放っている。


「これがある意味、鍵になってるの」


 言っていることが理解できず、流は首を傾げる。


 アルフィは肩をすくめると、右手からペンダントを放し、そのまま壁へと手のひらを当てた。

 その途端、壁の一部がふわりと色素さえ残さずに質感を失っていく。まるで映写機の光が徐々になくなっていくように、煉瓦の壁が消えてしまった。


 ――幻の壁。


 流の頭に、そんなファンタジックな単語がよぎる。

 リュウが呆気にとられると、アルフィが煉瓦の壁があった(・・・)ところをすり抜けていく。


「ちょっと、急いで入ってよ」


 顔を中から出してアルフィが言う。


 流は我に返って、アルフィに続いて隠し扉の中に入る。

 壁の向こう側は、薄暗い室内だった。後方を確認するが、そこからはちゃんと外の景色が見える。


「どんなカラクリになってんだ?」


 この世界に来て、幾度となく奇妙な現象を前にした流だが、未だに目の当たりにしたときの消化の仕方が上達しない。


「……これもアンタが教えてくれたんだけど」


 やや悄然とした表情でアルフィは語る。


「これは、ガーラントが使うシールドみたいなものよ。さっき私が手を当てたところが、ヴェノを含んだ空気の障壁で出来てたの。障壁が消えたから中に入れるようになったってワケ」


「その障壁の奇手(つかいて)は?」


 今のが奇跡だとすると、その能力の奇手(つかいて)がどこかにいるはずだ。


「そういうアイテムを作れる奇手(つかいて)もいるの。まぁ、世界でも有数らしいよ。ホントかどうか知らないけど」


 ニヒルに笑いながら答えるアルフィに、『へぇ』と相づちを打つ流である。


 ――そりゃ大問題だな。


 今のようなセキュリティが余所にもあるなら、正直邪魔だ。


「さっきのペンダントを持ってると、障壁が消えるのか?」


「そう」


 アルフィは外を指さした。


「正確には、あそこには最初から障壁なんて無いの。生物の体内のヴェノは、奇手(つかいて)もそうでない人も、空気中のヴェノに少なからず干渉しちゃうのよ。あの扉は振動したヴェノを感知して、障壁を発生させる仕組みになってるの」


「ペンダントの役割は、その振動を調節して、『通ってよし』の周波数に変換するってとこか?」


 アルフィは微かに目を見開き、流をみる。


「……大正解。アンタ、妙にそういうことの勘が良いのは、何でなワケ?」


「当てずっぽうだ」


 事実だ。流はただの憶測でペンダントの効能を言い、偶然正解を引けただけだ。

 ハズレたら恥ずかしいだけの、ノーリスクなクイズゲーム。


 もっとも、ここまで流の嗅覚が働いたのは、このセキュリティについての関心を強く抱いているからである。


「実は、そこんとこの記憶、あるんじゃないでしょうね?」


 アルフィが半眼で流を睨む。


「んなワケねーだろ。オメーに色々説明してもらうのに、どんだけ時間掛けてると思ってんだ」


「……あっそ」


 アルフィはまだ懐疑的な様子である。


「ま、いいけど」


「で?」


 と話を変えるように流は言う。


「ここが融通屋か?」


 流は周囲を見回した。薄暗い六畳ほどの部屋だ。

 ランプと暖炉、床には赤い絨毯といったアンティークなインテリアをしており、このような部屋構えは、ア・ケートの主流なのだろうか。


「ここはただのエントランス。店はこの部屋の向こうよ」


 そういって、アルフィは部屋の奥にある黒いカーテンを指した。





 流とアルフィはカーテンをくぐり、広い部屋に出る。

 相変わらず室内は薄暗く、全体的に殺風景で、あまり人を歓迎しないような店構えだ。

 養成学校の購買とは異なり、こぢんまりとしており、商品棚も部屋の壁際に幾つか立っているだけだ。


「すげえな……。案内なし、値札なし、店員なし。三拍子揃ってら」


 流は軽口を叩く。

 この悪癖がなかなか抜けない。それが時折、自分の首を絞めるのに、だ。


「随分口の悪い客だと思ったら、まさかお前か」


 風格があるが、若い女性の声。


「ここがどういう処か、お前はよく知っているはずだが?」


「痛ッ!」


 流の右足のつま先に、瞬間的激痛が走る。

 アルフィが踵で思い切り踏みにじっていた。


「バカ」


 アルフィは小声で流を諫める。

 ウィルクはここの店を知っているのだ。軽率な発言は避けるべきだった。


「喧嘩でも売りに来たか? 高くは買わんぞ、ウィルク」


 カウンターの奥にもカーテンがあった。

 暗がりであまりはっきり見えないが、カーテンを右手で捲りながら、女性が体を半分出している。


「ごめんなさい、ルッツェル。このバカ、最近妙にイキリ出して……。格好良いとでも思ってるのかしら?」


 ――たしなめてからクソみてぇなフォローするくらいなら、事前にちゃんとどういう店か説明しとけや!

 ――ルッツェルたら名前なんざ、初耳だボケ!


 流は胸中で悪態を吐いた。最近、この手の逆ギレが多いと自覚する。


「ふうん」


 女性が完全に体をカーテンから出し、カウンターの前に立つと、灯りで姿が露わになった。


「今更、思春期独特のアレか? 数年もすれば後悔するぞ」


 ルッツェルと呼ばれた女性は、白衣を身に纏った血色の悪い女性だった。おそらく、二十代半ば。不健康なまでに白い肌と明るめの茶髪。溶接作業でもしているのか、額に無骨なゴーグルを装着している。


「その忠告は経験談が多いって聞くぜ?」


 と反発する流。


「喧嘩売りに来たんじゃなくて、届けもんだ」


 ルッツェルは煙草を咥え、『おいおい』とぼやきながらライターで火を付けた。


「ホントにどうしたんだ? 薬を出すか?」


 どこか病的な印象を受ける相手、しかも白衣着用の人物から、クスリを受け取る。

 流石の流も、そんな分が悪すぎる博打に出るほど、まだ追い詰められてはいない。


「ヤバそうだし、遠慮し――ッ」


「あ、私、傷薬とか色々欲しいんだけど」


 断る流だが、その言葉に被せるようにしてアルフィが手を挙げる。

 彼女の右足には、流の左足が敷かれていた。





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