27.融通屋
馬車などが行き交い、人通りも多い表通りをしばらく歩く。時折、露店なども見つけるが、アルフィが言うには値段が少し安い代わりに、美味しいものは滅多にないという。
流は試しにリンゴ一つを買って囓るが、確かに学食で出されるリンゴとは違い、どこか乾いた味がした。
「オイ。これ果てしなく続いてんじゃねえだろうな……」
直線に歩くこと二十分ほど。
元の世界でいうと一駅分は歩いているというのに、国道沿いみたく景色がずっと同じなようにみえる。
往来する人の数も、並ぶ建物や露店も、視界が続く限り変わる様子がない。
「この道、このまま十一エリアぶった切って、王都の出入り口まで続いてるから」
「へえ。メインストリートなのか?」
「上層に続く大階段から、放射線状に五本大通りがあって、真ん中がこの道ね」
そうアルフィが言ったところで、エリアが切り替わる標識が視界に入った。
「ここで曲がるわよ」
道を一つ曲がると、賑やかさはなりを潜める。
そこから更に数路進んだ先で、アルフィは路地裏に入った。
建物と建物に挟まれた狭い道。薄暗く、掃除もろくにされていないのだろう。
空き缶、空き瓶、得体の知れない液体などのゴミが、そこら中に転がっている。
ところどころに人が寝っ転がっており、死んでいないか心配になる流である。
坊主頭にタトゥーを入れた筋肉質な男や、くすんだ色の金髪に異常な数のピアス穴という、デュナスが落ちぶれたような男がゲラゲラと笑っている。
「いきなり荒んだ空気になったな」
流は呟いた。
「怖いの?」
「たわけ」
からかうアルフィを鼻で笑う。
流はただ、懐かしいと思っただけだ。
アルフィは煉瓦造りの建物の前で止まった。
「ここ」
と彼女は短く示した。
そうはいっても、入り口のようなものはなく、ただの壁の前である。
「二階の窓が入り口か?」
「まさか」
軽口をたたく流に、アルフィは首から垂らしているペンダントを右手で掲げてみせた。
硬貨ほどのサイズのそれは、日の当たらないこの場所でも、微かに銀色の光沢を放っている。
「これがある意味、鍵になってるの」
言っていることが理解できず、流は首を傾げる。
アルフィは肩をすくめると、右手からペンダントを放し、そのまま壁へと手のひらを当てた。
その途端、壁の一部がふわりと色素さえ残さずに質感を失っていく。まるで映写機の光が徐々になくなっていくように、煉瓦の壁が消えてしまった。
――幻の壁。
流の頭に、そんなファンタジックな単語がよぎる。
リュウが呆気にとられると、アルフィが煉瓦の壁があったところをすり抜けていく。
「ちょっと、急いで入ってよ」
顔を中から出してアルフィが言う。
流は我に返って、アルフィに続いて隠し扉の中に入る。
壁の向こう側は、薄暗い室内だった。後方を確認するが、そこからはちゃんと外の景色が見える。
「どんなカラクリになってんだ?」
この世界に来て、幾度となく奇妙な現象を前にした流だが、未だに目の当たりにしたときの消化の仕方が上達しない。
「……これもアンタが教えてくれたんだけど」
やや悄然とした表情でアルフィは語る。
「これは、ガーラントが使うシールドみたいなものよ。さっき私が手を当てたところが、ヴェノを含んだ空気の障壁で出来てたの。障壁が消えたから中に入れるようになったってワケ」
「その障壁の奇手は?」
今のが奇跡だとすると、その能力の奇手がどこかにいるはずだ。
「そういうアイテムを作れる奇手もいるの。まぁ、世界でも有数らしいよ。ホントかどうか知らないけど」
ニヒルに笑いながら答えるアルフィに、『へぇ』と相づちを打つ流である。
――そりゃ大問題だな。
今のようなセキュリティが余所にもあるなら、正直邪魔だ。
「さっきのペンダントを持ってると、障壁が消えるのか?」
「そう」
アルフィは外を指さした。
「正確には、あそこには最初から障壁なんて無いの。生物の体内のヴェノは、奇手もそうでない人も、空気中のヴェノに少なからず干渉しちゃうのよ。あの扉は振動したヴェノを感知して、障壁を発生させる仕組みになってるの」
「ペンダントの役割は、その振動を調節して、『通ってよし』の周波数に変換するってとこか?」
アルフィは微かに目を見開き、流をみる。
「……大正解。アンタ、妙にそういうことの勘が良いのは、何でなワケ?」
「当てずっぽうだ」
事実だ。流はただの憶測でペンダントの効能を言い、偶然正解を引けただけだ。
ハズレたら恥ずかしいだけの、ノーリスクなクイズゲーム。
もっとも、ここまで流の嗅覚が働いたのは、このセキュリティについての関心を強く抱いているからである。
「実は、そこんとこの記憶、あるんじゃないでしょうね?」
アルフィが半眼で流を睨む。
「んなワケねーだろ。オメーに色々説明してもらうのに、どんだけ時間掛けてると思ってんだ」
「……あっそ」
アルフィはまだ懐疑的な様子である。
「ま、いいけど」
「で?」
と話を変えるように流は言う。
「ここが融通屋か?」
流は周囲を見回した。薄暗い六畳ほどの部屋だ。
ランプと暖炉、床には赤い絨毯といったアンティークなインテリアをしており、このような部屋構えは、ア・ケートの主流なのだろうか。
「ここはただのエントランス。店はこの部屋の向こうよ」
そういって、アルフィは部屋の奥にある黒いカーテンを指した。
流とアルフィはカーテンをくぐり、広い部屋に出る。
相変わらず室内は薄暗く、全体的に殺風景で、あまり人を歓迎しないような店構えだ。
養成学校の購買とは異なり、こぢんまりとしており、商品棚も部屋の壁際に幾つか立っているだけだ。
「すげえな……。案内なし、値札なし、店員なし。三拍子揃ってら」
流は軽口を叩く。
この悪癖がなかなか抜けない。それが時折、自分の首を絞めるのに、だ。
「随分口の悪い客だと思ったら、まさかお前か」
風格があるが、若い女性の声。
「ここがどういう処か、お前はよく知っているはずだが?」
「痛ッ!」
流の右足のつま先に、瞬間的激痛が走る。
アルフィが踵で思い切り踏みにじっていた。
「バカ」
アルフィは小声で流を諫める。
ウィルクはここの店を知っているのだ。軽率な発言は避けるべきだった。
「喧嘩でも売りに来たか? 高くは買わんぞ、ウィルク」
カウンターの奥にもカーテンがあった。
暗がりであまりはっきり見えないが、カーテンを右手で捲りながら、女性が体を半分出している。
「ごめんなさい、ルッツェル。このバカ、最近妙にイキリ出して……。格好良いとでも思ってるのかしら?」
――たしなめてからクソみてぇなフォローするくらいなら、事前にちゃんとどういう店か説明しとけや!
――ルッツェルたら名前なんざ、初耳だボケ!
流は胸中で悪態を吐いた。最近、この手の逆ギレが多いと自覚する。
「ふうん」
女性が完全に体をカーテンから出し、カウンターの前に立つと、灯りで姿が露わになった。
「今更、思春期独特のアレか? 数年もすれば後悔するぞ」
ルッツェルと呼ばれた女性は、白衣を身に纏った血色の悪い女性だった。おそらく、二十代半ば。不健康なまでに白い肌と明るめの茶髪。溶接作業でもしているのか、額に無骨なゴーグルを装着している。
「その忠告は経験談が多いって聞くぜ?」
と反発する流。
「喧嘩売りに来たんじゃなくて、届けもんだ」
ルッツェルは煙草を咥え、『おいおい』とぼやきながらライターで火を付けた。
「ホントにどうしたんだ? 薬を出すか?」
どこか病的な印象を受ける相手、しかも白衣着用の人物から、クスリを受け取る。
流石の流も、そんな分が悪すぎる博打に出るほど、まだ追い詰められてはいない。
「ヤバそうだし、遠慮し――ッ」
「あ、私、傷薬とか色々欲しいんだけど」
断る流だが、その言葉に被せるようにしてアルフィが手を挙げる。
彼女の右足には、流の左足が敷かれていた。




