26.デート
休校日。最終選抜試験まで、あと七日。
この日、流はアルフィと城下町に遊びに行く約束をしていた。
「遊びに行くったって、ラフな服がねーじゃねえかよ」
まさか、新調しろと?
そんな流の心配をよそに、アルフィは冷めた声で言ったものだった。
「いや、私達学生は、外出のときでも必ず制服着用だから」
これまた流にとっては、カルチャーショックである。
流が学生の頃に、部活もないのに休日に制服を着ている学生など見たことがない。
もっとも、着ていく服を選ばなくて済むという意味で、吉とみるべきか。流はこの国の流行など、全く知らないのだから。
アルフィとは、昼前に校門で待ち合わせることになっている。
流は女の子と遊び出かけた経験は三回だけ。苦い記憶なので蓋をしていたが、あのときは待ち合わせの二十分前には到着するよう心掛けていた。
そのときから、流に成長はなく、今でも作法は稚拙なものだ。
むしろ、『五分前に着いていれば問題ねーだろ』とレベルダウンした節さえ自覚する。
軟弱なウルスなどは、『デートで気分転換』とほざいていたが、流からしてみれば楽しめる気が全くしない。
今日の趣旨は、ウィルクとアルフィがよく遊んでいたという場所に行き、ウィルクとしての記憶が僅かでも蘇らないか、というものだ。
ある意味で、流とアルフィにとっては勝負の日である。
自然な形でウィルクの記憶を呼び起こすというアプローチは、もはやこれが最後の手段だといっても過言ではない。
しかし、勝算はどうだろうか。
そう問われれば、流は『クソ悪い』と答えるだろう。
これまでアルフィから、散々ウィルクについての説明をされた。この国の文化や歴史を机の上といえども学び、ヴェノを使った戦闘訓練も、ヴェノの制御の訓練も欠かしていない。一応、流なりの努力をここ十日弱でしてきたつもりだが、一向にウィルクの記憶の欠片さえも拾い上げる気がしない。
にもかかわらず、この日一日、ガールフレンドと思い出の地を回ったら突然記憶が蘇るなど、チープな純愛作品のような都合の良い展開が起こるとは思えない。
もっとも、愛の力でどうにかなってしまったなら、それはそれで流は歓迎だ。
約束通り、ウィルクを元に戻すことができたということで、流の任務は完了である。
――ちと、物足りねえ気がするけどな。
などと心の隅で思う流である。
ウィルクの意識が戻ったとき、果たして自分はそんなことを考えられる状態なのかは、流の知ったことではない。
約束の十一時。その五分前に、校門に辿り着くと、そこには既にアルフィの姿があった。
「待たせたな」
「別に……。今来たばっかりだし……」
そう言って、目線を逸らすアルフィである。
彼女の綺麗なピンク髪は編み込まれており、右側でアクセサリーによって束ねられている。長いストレートはそこから真っ直ぐに垂らされており、アレンジされたサイドテールになっていた。
実に気合いが入っている。
制服も軽く着崩しており、ヘアスタイルも相まって垢抜けてみえる。
――参った。文句無しで可愛い。
のだが、流は彼女の腰に穏やかでないものが下げられているのが目に付いた。
――何故、素直に褒めさせようとしねえ。
「町に行くのに、帯刀してていいのかよ?」
「ホントは駄目だけど、今日び咎める人なんていないわよ」
「危ねえなオイ。喧嘩になったら刃傷沙汰だぞ?」
「バカ? だから持ってくんじゃない。まあ、私達くらいになると武器なんて要らないけど。万が一、ギルドのチンピラに強いのがいたら困るでしょ」
などと呆れ顔のアルフィである。呆れたのは流の方なのだが。
流にはイマイチ想像できないが、やはり≪現身≫候補となると、そこらのチンピラが武器を持っていようが、太刀打ちできるレベルではないということか。今のアルフィの言い方からして、中には凄腕もいるみたいだが。
かつて流は妙に絡まれやすかった。人相が悪かったからだろうか。厄介なのは、流は身体が大きかったため、絡んでくるのは雑魚ではなく格闘技の経験者、中には有段者など腕に覚えがある者ばかりだったということだ。
願わくは、ウィルクの身体になったことで、中層で厄介な連中に絡まれませんように。
王都ハウネルは三つの層から成っている。
それぞれの層に、その位に住むべき資格を設けて身分を隔てているのだ。
中層以下を城下町と呼ぶが、上層には王城があるだけではない。国政を担う重要機関、超有力貴族の屋敷、そしてウィルク等の王国騎士養成学校。
中層は上層が建つ山を囲うようにして広がっており、何十ものエリアから成る。
上層を含めば、都市としての面積はア・ケートでも上位三位に喰い込むそうだ。
かつては一つの領地だった旧ルクターレ領が大きくなったのは、初代ルクターレが政に参加していた頃の成果主義が要因である、と流は本で読んだ。
そして、その競争社会の堕とし子が下層だ。
中層の隅に押しやられ、まるで牢獄のように巨大な壁で隔てられたそこは、地図上には存在さえしていない。
流達が歩いているのは、第一番エリアと呼ばれ、養成学校のあるエリアから大階段を降りた位置にある。
上層とは大分雰囲気が異なるだろうと流は予想していたが、
「やっぱり、結構煩雑としたもんだな……」
とその街並みに感嘆してしまう。
元の世界のコンクリートジャングルのような、洗練された建築物こそないものの、共同住宅やオフィスビル、飲食店等が並んでいる光景は、どこか懐かしさのようなものを感じさせる。
「オイ、ウサ耳とか犬耳とか結構多いな」
「ちょっと、あんまりジロジロ見ない。ウチにも普通にいるでしょうが」
子供のように目を輝かせた流に、アルフィが軽く肘を入れた。
「普通にはいねえだろ。学内駆けずり回ったけど、かなり少数だったぞ」
「春休みですから。ほとんどの子達は帰省してんのよ」
【亜人】と呼ばれる彼等は、流達のようなヒトとは異なる人種(種族)であり、人の姿に動物の耳や尾が付いている者もいれば、単に動物が服を着て二足歩行しているような者もいる。
そんな風に表現してしまえば、流は差別主義者として吊し上げられるかもしれない。だが、流のように亜人の存在が常識外である者にとっては、その認識が手っ取り早く受け入れられる。
「そんなことより、さっさと【融通屋】に行くわよ」
融通屋というのがどういうものか、流にはよくイメージできないが、アルフィ曰くアイテムショップとのことだった。
そこの店主とウルスは親しい間柄のようで、流がウルスに配達を頼まれた手紙は、その融通屋の店主宛だったのだ。
しかし、ウルスの頼み事とはいえ、
「何そんな急いでんだよ?」
と流が疑問に首を傾げると、
「わからない?」
アルフィは挑発するようにウインクしてみせた。
「先に用事済ませた方が、気兼ねなく楽しめるじゃない」




