25.現身の資格
「で? 改まって、どうした?」
二百本の剣を三人で手分けして、剣立てに納めた後、流はガーラントと訓練場の端まで移動した。
休憩スペースの数人がこちらをちらちらと見ていたが、距離が離れており、会話の内容は聴かれないだろう。
「変わったな。貴様」
ガーラントは口を開いた。
「心境の変化でもあったのか?」
「前にここで倒れてからな。……まあ、色々あってよ」
その『色々』というのを、流ははっきり言葉にできない。
何が原因で変わってしまったのか。流にもわからないからだ。
「だが、今日のアレを見た限り、貴様の本質的な部分は変わっていないようだ」
「どういうとこだ?」
「人が好すぎるところだ」
流とガーラントは壁に背を預けて、同じ方を向いている。目は合わせなかった。
「『すぎる』ってことは、悪いってことか?」
と流は訊く。
ガーラントは難民として厳しい少年時代を送っていたと聞いていた。そんなガーラントには、ウィルクのお人好しが理解できないのかもしれない。
「悪くない」
ガーラントはゆっくりと否定する。
「どれだけ愚かにみえても、悪いことのはずがない」
意外な返事に、流は目を微かに開いた。
偽善、不遜。そう卑下する者さえいるはずなのに、ガーラントはそうではなかった。
「俺は自分が誰なのかを知らない。血液型は検査でわかったが、自分の年齢や本当の名前などはわからなかった。『ガーラント』というのも、俺の親友だった者が付けた名だ」
ガーラントは語る。
「ただわかるのは、俺はハウネルに国籍を持たない、難民の子供だったということだけだ。物心ついたときには、下層のマンホールの中にいた。それまで誰が世話をしていたのかもわからない。同じ境遇の子供達と、ゴミを漁り、人を襲い――」
ここで、流ははじめてガーラントの横顔を見た。
その細められた眼の奥には、マンホールチャイルドとしての生活の中、飢えや病気にもがき苦しみながら生き抜く過去が、映っているのだろうか。
「次々と、仲間が力尽きていった。単純な栄養失調。当然のように低下する免疫力。季節の度に気温は変わり、その時々で流行病は蔓延するからな。今考えれば、金さえあれば、どうにでもなるようなことだ。だがそれでも、自分の境遇が最底辺だと知ったのは、おそらく十代前半ほどのころだ」
「自覚がなかったんだな」
流は相づちを打った。
「下層は酷いところだ。中層では考えられないような理由で人が死ぬ。嘘のように少ない資源を巡って、奪い殺し合い。たかだか数十シーンほどの金があれば、薬が手に入るような病気」
ガーラントは大きく息を吐き出した。
「俺は恵まれていた。生まれつき身体が強く、奇手としての能力にも目覚め、下層を抜けることができた」
城下町であるにも関わらず、そこまで過酷な世界なのか。流は想像以上の酷さに顔をしかめた。
だが、ウィルク達は城下町の隣町の出身だが、アルフィからそのような厳しい環境で育ったとは聞かされていない。ウィルクの部屋で見つけた幼少期の写真からも、彼が不健康である様子は一切みられなかった。髪や肌のつやがよく、生活に不自由していなかった印象を受けた。
「中層は腐敗している」
とガーラントは吐き捨てた。
「下層の者はゴミのような扱いだ。ある警備会社の下のギルドで金を稼いでいたとき、俺は城下町に巣くう闇を識った。下層に法が整備されていないのをいいことに、平然と行われる違法な取引。生じた糞を下層に流し込み、与えるのはカスのような対価。永劫に這い上がらせまいとする、理不尽な搾取。貧困層は中層にいるクズの意図で生産されている」
まともにコメントするには、流とって壮絶過ぎた。
ただ黙って、ガーラントの話を聴くことしかできない。
「冷めた世の中だ。中層の一部の者は、上層に声を張り上げているが、この腐りきった格差社会は改善はおろか、広がり続けている。当然だ。上層はそれで国が廻っていることをよく知っている」
「それで、お前が……?」
――改革をやろうとしているのか?
という意味を込め訊くと、ガーラントは静かに頷いた。
「ハウネルの王国騎士に入団する条件は、よそでは考えられないくらいに甘い。俺のような人間でも認めてもらえるのだからな。そして、入団を果たした者の経歴はロンダリングされ、騎士団をあがれば官僚……、≪現身≫出身であれば閣僚という身分でさえ、視野に入れることができる」
「国政に携われるわけだ。最低でも、お前は野望の礎くらいにはなれるかもな」
「だが、それにはお前のような人間が必要だ」
とガーラントが零した。
「困っている者を見過ごさない。見過ごすことができない。馬鹿げた理念と強い力を持った人間が」
流は返答に困る。
ウィルクであればそうかもしれないが、今の自分は神坐流なのだから。
「別に俺じゃなくても、協力しそうなヤツはいるだろ。アルフィも似たようなこと言ってたぜ?」
「当然、知っているさ。俺はお前達が孤児院出身であったことを知ってから、もしかすると同じようなことを考えているかもしれない……、そう密かに期待さえしていた」
「この話をしたのは、俺とお前……最低でも選抜試験で生き残った方が、将来貧困層を救うために国を動かすと約束するためか?」
「まさに、その通りだ」
ガーラントは笑みを零す。その正直さに、流もつられて笑みを浮かべた。
流は逡巡し、答える。
「わかった」
流はガーラントの前に出た。はっきりとその目を見据える。
「ただし、俺に頼るな。オメーはオメー、俺は俺でその理想を叶えるんだ。いいな?」
ガーラントは流の言葉に微かに驚いた表情をみせた。
が、それも一瞬。再び、彼の口元に笑みが戻る。
「ああ、もちろんだ」
『もちろんだ』。ガーラントは穏やかな表情で、もう一度繰り返した。
「やはり、お前が誰よりも≪現身≫に相応しい。周囲の期待に、真摯で在ろうとする、お前が」
「そりゃ、流石に買い被りだと思うぜ」
流は苦笑した。
「誰でもわかるが、≪現身≫には素質がなければ入隊できない」
そう言うガーラントの表情は、いつもの仏頂面に戻っていた。
「だが、必要なのは“素質”などよりも“資格”だ。お前には“資格”がある」
ふうん、と流は顎に手をやった。
ふと、思い付く。それは、先ほどから妙に気になり出した、彼女のことだった。
「アルフィはどうだと思う?」
ガーラントは『ふむ』と唸って腕を組んだ。
「正直、俺にはわからんな。素質はある。アルフィは明らかに優れている。それを納得させるほどの努力をしていることも、理解しているつもりだ」
『しかし』とガーラントは続けた。
「ヤツは自分とお前のことを、大切にする気持ちが強すぎる気がする。もちろん、それは当然のことだ。が、そのために周囲を蔑ろにしてしまう傾向が、どう評価されているか……」
アルフィが周囲にどう思われているかわからない。
だから、ガーラントは彼女が≪現身≫として相応しいか、判断できないのだ。
「俺個人はヤツが≪現身≫になろうと、決して文句はないし、心強いと思う。だが……」
――ヤツに資格があるかまでは、俺には何とも言えんよ。
ガーラントはそう締めくくった。




