24.お人好し
「まさか、荷物運びとはな」
「ごめんね、ウィルク。手伝わせちゃって」
女子のお願いとは、購買に用意させた訓練用の鞘無しロングソード二百本を、台車を使って訓練場まで運ぶことだった。
計五百キロ以上はあるであろう荷物を、彼女が一人で運ぼうとすると、ヴェノの力を使っても何回か往復しなければならない。しかし、ウィルクならば一人で、より要領よく運ぶことができる。もちろん、台車の容量には限りがあるので、彼女にも一部の剣を別の台車で運ばせているが。
「言葉遣いも人相も悪くなったけどさ。やっぱり、ウィルクは優しいまんまだね」
「もう卒業だ。せいぜい今のうちに褒めとけよ」
流は女子の物言いが引っかかった。
彼女にとって、ウィルクが優しく手伝いを引き受けるのは、さも当然のことのように聞こえたのだ。
ウルスのときもそうだった。
ここ一週間ほどで大体理解はしていたが、ウィルクはしょっちゅう頼み事をされている。
ウィルクは周囲から親しまれている。それは、ウィルクがこうしてポイントを貯めていったからに他ならない。そして、そんなウィルクに対して、周囲はますます頼るようになる。
意地の悪い表現をするなら、パシリの亜種ではないかと流は考える。
もちろん、実際にイジメに遭って、面倒事を押しつけられることと比べれば、辛いことではない。
だが、周りが段々と、『ウィルクなら断らない』という空気になっていったのだとしたら、流はそのことを好意的に受け止められない。
周囲の者達が情けなさ過ぎる。
嫌な考えだと思った。そうではあって欲しくないと思った。
こんなことを疑い続けていたら、今隣に並んでいる少女を最悪侮蔑しかねない。
第一訓練場に、流はほとんど初めて訪れたようなものだ。
石畳の床。そこに嘔吐し、わけもわからずに倒れたときの記憶が蘇る。
もう、あれから九日目。
十数名ほどの学生が、春休みだというのに訓練をしている。
剣を振る彼らの姿に、流は既に見慣れてしまっている。それどころか、自分にはない輝かしい青春の時代を見ているような、哀愁さえ覚えるようになったものである。
「ありがとね、ウィルク」
手伝わせた女子は言う。
「あとは自分でやるよ」
「これを一人でか? いや、最後までやらせろよ」
まだ、台車にあるロングソードを、訓練場に点々と存在する、傘立てのようなものに納める作業が残っている。
この女子一人で、二百本もの剣を仕舞うのは酷な話だと流は思う。
「相変わらず、めでたいほどにお人好しだな」
冷たく、それでいて重みのある声が響いた。流は声の方へと振り向く。
長身で筋肉質な体つき。逆立った銀髪に、浅黒い肌。槍を彷彿させるほどに鋭い瞳。
――ガーラント。
模擬試合を終えたばかりなのだろう。彼は少しばかり息が上がっており、肩を露出させた上体はじっとりと汗ばんでいる。
「久しぶりだな、ガーラント」
と流は挨拶する。
「貴様がなかなか姿を見せないからな」
ガーラントは鼻を鳴らして言った。
二人の目線がぶつかり合う中、女子はおずおずと提案する。
「あ、二人で打ち合いする? いいよ、やっぱり私一人で……」
「いや、俺も手伝おう」
ガーラントは彼女の言葉を遮った。
「ウィルク。終わったら少し顔を貸せ」
「何だよ?」
意外なガーラントの言葉に、流は僅かに警戒心を強める。
ここでガーラントと打ち合いをする羽目になったら、流の雑魚ウィルクっぷりが露呈してしまう。下手をしたら、そのような心配をしている場合ではない可能性さえある。全く加減をしないガーラントに殺されてしまうかもしれない。
「少しだけ、話しておきたいことがある。……それだけだ」
どこか遠い目をして、ガーラントは答えた。
彼の表情は真剣そうだ。眉間にしわを寄せた状態を崩さないガーラントであるが、それだけに、その微弱な変化が読み取りやすい方なのだろう。
少なくとも、彼に敵意はなく、むしろ好意的な態度を流は感じる。
卒業が近いからだろうか。
アルフィは『ガーラントはウィルクを認めている』と言っていた。『ウィルクにだけ、ガーラントは打ち明け話をしているかもしれない』とも。
今まさに、ガーラントはウィルクに伝えたいことがあるのかもしれない。
「わかった。さっさと片付けちまおう」
どのみち、彼の誘いを断る選択肢はない。
「ありがとね。二人とも」
そう、女子は頭をぺこりと下げた。
「あ、アルフィには内緒ね?」
彼女の意図がわからず、流は首を傾げた。
「いや、言うつもりはねえけど、何で?」
「やー。ウィルクを使ったって知ったら、またうるさいからさ……」
『ああ』と流は納得した。
確かに、大切な幼馴染みに対して、他人があれこれ押し付けていたら、いい気分はしないはずだ。
『また』ということは、かつてアルフィは、そのことで誰かしらに文句を言ったことがあるのだろう。
そこで、流はアルフィの言葉を思い出した。
――自分はウィルクのように信用がない。
そのようなことを彼女は言っていた。それも、かなり切実な声色で。
流はアルフィに、ウィルクの周囲の人間関係を色々と教えてもらった。
だが、彼女自身について、周囲との関係を教えてもらったことは少ない。例外に、レティシアとは特に仲が悪いことだけは、隠しもしなかったが。
アルフィ対第三者の関係をアルフィが話さないのは、彼女が他人の目を気にしない性格だからだと思っていた。しかし、よくよく考えてみれば、それは間違った推論なのかもしれない。
この学校における、アルフィの印象とは?
流の勝手な想像だが、『ウィルクの幼馴染み』が妥当なのではないだろうか。それも、ウィルクを独占したがるタイプの。
だとすれば、周囲からしてアルフィは面倒くさい存在だ。
アルフィはそう思われていることを、恐れているのかもしれなかった。
あるいは、ウィルクのおまけ程度の存在だ、と軽視されていることを。
優秀で周囲に誠実なウィルクと、それに必死にくっついている自分。
もしかすると、アルフィはそんな強いコンプレックスを持っているのかもしれない。
流の胸中に、釈然としない靄が黒々と生まれる。
剣を運んでいる間も、なかなかその靄は消えてくれなかった。




