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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
23/182

23.潜入準備

「治療完了。そろそろ試験なんだから、もうあまり大きな怪我したら駄目だよ?」


「毎度毎度ありがとな。ウルスさん」


 流はアルフィとの訓練中に負った傷を、ウルスに治療してもらっていた。


 流からしてみれば凄いもので、ウルスが患部に手を当てて淡い光を放つと、徐々に傷が回復していくのだ。

 怪我の程度にもよるが、軽い切り傷ならあっという間。わりと深く切っても、十分ほどで治る。

 それが、治癒術。自然治癒のスピードを上げる。ウルスの能力はまさに奇跡的だった。


「届け物、大丈夫そう?」


 とウルスに訊かれる。


 ウルスの頼み事とは、手紙を中層の人間に届けることだった。

 そこまで急ぎではないが、かなり重要な内容のようで、ウルスと相手が信頼できる者に手渡ししてほしいようだった。


「明日の休校日にアルフィと遊びに行くから。そんときに渡しとく」


 元々、今の時期は春休みで授業はない。その隙に学校は休校日を設け、利用できる施設を制限してしまうそうである。

 そのため、その日は利用できる訓練場が減り、混んでしまう。


 今の流が操る弱いウィルクを、あまり人には見られたくない。

 なので、その日はウィルクとアルフィがよく遊んだ場所を巡って、記憶を取り戻せないか試そうというのだ。


「へえ、丁度いいじゃない」


 ウルスは微笑んだ。


「まーな。良いタイミングで中層に行く用事ができたぜ」


 確かに良いタイミングである。なにせ、流一人では手紙を届ける相手に、どうすれば会えるのかわからない。


「いや、届け物のことじゃないよ」


 ウルスの言わんとすることがわからず、流は首を傾げた。


「また、色々考え込んでるみたいじゃない? たまにはデートでもして、気分変えるといいよ」


「お見通しかよ」


 流はハッと笑った。


 ウルスの言うように、流はウィルク復活という目標に対し、依然足踏みをしている状態である。


 もっとも、今は何も取っ掛かりがないわけではない。

 前日の夜に黒の亡霊を尾行して、黒の棟を見つけたのだ。


 この日の昼、流は黒の亡霊を発見したため、再び話しかけてみた。当然それは、ウィルクとの関係を聞き出すためだったが、以前と同じく徹底的に無視された。


「なあ、ウルスさんは黒の亡霊とデュザについて、何か知ってることねえか?」


 ウルスは目をぱちくりと瞬かせる。


「いやあ、ちょっと僕には……」


 ウルスは顎に手をやり、思い出そうとする仕草をみせた。


「……たとえば、団長との関係とか? デュザが騎士団を抜けたのは、まだ僕がペーペーの頃だったし、詳しいことは知らないんだ」


 『ゴメンね』とウルスは頭を掻いている。


 ――騎士団長とデュザ達の関係?


 思った方向とは、てんで見当違いの情報が落ちてきた。


 しかし、これを詳しく尋ねたら、間違いなく不審に思われるだろう。

 今のウルスの言い方からして、団長とデュザ達に何か繋がりがあるのは、ウィルクが知っている情報である可能性が大である。


「どうしたの? 突然」


「黒の亡霊が綺麗すぎて、生きてるのがつれーんだ……」


 流は遠い目をしてみせる。


「へ? いや、確かに綺麗な娘だけど、噂じゃ異教徒らしいでしょ……」


 そして、ウルスは形相を面白いほど派手に変えて絶叫した。


「え? まさか、恋したの?」


「冗談に決まってんだろーが。……アイツ女なの?」


「なんだよ。冗談か」


 ウルスは胸をなで下ろした。


「僕が勝手に女の子と思ってるだけだけど、そうじゃないの? あの顔だよ?」


「……」


「……」


 異教徒組織ヘルゼノス。

 邪神ヘルゼノスを信仰する異端者の集団である、とアルフィから聞かされている。


 四百年以上も昔、ア・ケートにはルーセアノという少女がいた。

 彼女は不思議な能力を使い、魔神達と戦うことになる。

 そして、彼女は最後の一柱を殺した際に、自らも命を落としてしまった。


 ルーセアノの七人の弟子は、その後に不思議な能力を世に広め、人々は彼女を神格化した。

 すなわち、ルーセアノこそが奇手(つかいて)のルーツなのだ。


 そんな女神ルーセアノが赦し、愛した、唯一の敵。それがヘルゼノスだ。


 もっとも、このような神話を聞かされたところで、未だに現実味を感じることができない流であるが。


 異教徒はルーセアノとヘルゼノスとの絆を神聖視している。

 それ以外にめぼしい情報は見当たらなかった。活動内容も、表向きは人が元来持っている慈しみを世に訴えることを理念とした、慈善活動ばかりである。

 つまるところ、彼らを調べても何もわからなかったということだ。


 ウィルクは黒の亡霊とどういった繋がりがあったのだろうか。


 流は考えをまとめる。

 最初に思い付く可能性は、ラーニャと同じ。ウィルクが異教徒に入信したのではないか、ということである。


 ウィルクには悩みがあったと周囲は証言している。さらにタオイェンやデュナスは、乗っ取り直前には調子を取り戻したようだ、と言っていた。

 ということは、悩みのあまり宗旨替えをしたウィルクが、何らかの悟りを得て、悩む必要がなくなったと解釈できる。


 だが、可能性は可能性にすぎない。そして、これが流の乗っ取りとどう繋がるのかもわからない。

 異教徒について調べても、不明瞭なことが多すぎる。

 からといって、黒の亡霊にしつこく接触しすぎると、異教徒に興味を持っていると周囲から疑われる。そして、黒の亡霊やデュザから、何をされるかわからない。


 ピリピリと、頭上に火花が散る。

 流は決めた。


 ――こりゃもう、黒の棟に侵入するしかねえな。



***



 黒の棟への侵入には、慎重を期す必要がある。

 バレればどれだけのペナルティが課せられるかわからない。それこそ、卒業取り消しで追放される可能性さえある。


 ならば、最低でも事前準備は万全に。

 流は自由行動の時間に、学内にある購買に向かった。この学校で唯一、金銭が必要なところである。


 ウィルクが持っていたカードの一枚は、流の知るところのキャッシュカードのようなだった。

 学内にある銀行から、通貨を引き出すことができる。もっとも、ATMなどといった代物は存在するはずもなく、窓口での手続きが必要だった。


 ウィルクの口座を確認したとき、流は苦笑したものである。

 この程度で外に放り出されたら大変だ。しかし、それでも神坐流の口座よりはマシな残高だったのだ。


 この国の通貨は、【シーン】と呼ばれている。通貨制度を導入および整備した偉人が、自らの名前を付けたそうだ。アルフィ曰く、一シーンで大ぶりのガムを一粒、十シーンあれば缶ジュースを一本買うことができるとのことである。実にわかりにくい。


 購買は流が想像していたよりも広かった。

 学生達の大半以上が日用品をここで買うのだから、当然といえば当然だ。


 侵入に役立つ品があるか不安だが、無いようならば別のもので代用するしかない。

 それも、予算は二五〇〇シーン。全財産ではないが、他の金には使い道があった。


 休校日にアルフィと遊びに行くことになっている中層にも、店は多くあるらしいが、学内の購買の方が随分と安く済む。


 何を購入するべきか、頭の使いどころである。

 ロープや針金、ガムテープなどは絶対に欲しい。化学薬品が売っているかは微妙なところだが、これはもしかしたらウルスに融通してもらえるかもしれない。


 そんなことを考えながら、一通り品揃えを見て回ると、流は面白いものを発見した。


 大小二つの筒状の金属が、組み合わさってできたそれは、銀色の外装にダイヤルが付いている。そのダイヤルを回すことで、伸縮ができる造りになっており、両端にガラスがはめ込んである。

 まさかと思い、流はガラスを覗き込んだ。

 それがまさかの代物であることを確認すると、流は微笑んでしまう。


 単眼の望遠鏡だ。


 黒の棟の警備に隙がないか、事前に綿密な調査をする必要があった。そのため、棟に何度も近づかなければならないというリスクが発生する。

 望遠鏡があれば心強い。流は値段を確認すると、一二〇〇シーンもした。


 流石に高いが、背に腹は代えられない。

 流は頭を掻くと、カートの中に望遠鏡を入れた。





 ――残ったっちゃ残ったよな?


 購買を出ると、流は残金五〇〇シーンを確認し、封筒の中に丁寧にしまう。

 アルフィと遊びに出かけるのに五〇〇シーンは心許ないが、いざとなったら彼女にたかればいい。


 カスのようなことを考えていると、一人の女学生が流に声をかけてきた。


「ウィルク、買い物?」


 ここ一週間で、一回ほど話しただろうか。流からすれば、それぐらい縁遠い女子である。


 ――誰だよオメーは。


 流はウィルクとして学校生活を送り始めてから、何度この台詞を口に出しそうになったかわからない。


 彼女は流が買った大量の道具が気になっているようだった。


「この時期になると、何かと物入りだろ」


「そっかー。ウィルク卒業しちゃうもんね。引っ越しとかのお金どうするの?」


「そういや、どうすんだろうなソレ……」


 流は顔をしかめた。

 もしかすると、まさに流が大量に消費しつつあるウィルクの貯金は――。


「ねえ、ウィルク。実はお願いがあるんだけどさ……」


 そう女子は言った。彼女は目を伏せて、身をよじらせている。

 流は『ああ』と呟いた。何となく、彼女のお願いとやらを察してしまう。


「第二ボタンなら、アルフィかレティシアが持ってくんじゃねえか?」


 ウィルクの気持ちがどちらに拠っているのか、流には見当も付かない。

 ウルスではないが、もし本当にウィルクが第三の女を選べば軽く衝撃である。


「いや、何? ボタン?」


「ワリイ。忘れてくれ」


 推察を外し、微妙に決まりが悪い流である。


 もっとも、もしウィルクが誰かを選ぶときが来るとしても。

 その結末を流が知ることは、できないに違いないのだろう。





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