22.姉弟の相談事(後篇)
「で、何かわかったの?」
「あの黒服組は、シグワルド・サレイネ特務大臣によって雇われた、セキュリティ会社です」
「……? 傭兵雇ったってこと? いや、殺し屋とか?」
上層の人物の護衛は、上層に勤める王国騎士の仕事だ。というか、彼ら以外に任せてはいけない。
ルアノは意味がわからなかった。
「いえ、どうやらサレイネ特務大臣は、散漫してしまった旧ルクターレ領の様々な記録を、収集するプロジェクト進めているようでして。件の企業は、そういった機密文書の分析や運搬サービスもやっているそうなんです」
「いや、それこそ調査局の仕事じゃん。民間企業に振る仕事じゃないじゃん」
むしろ、それでは調査局と任務がバッティングしてしまい、トラブルの元になる。
制服組と黒服組の仲が険悪である一要因だ。
「ですね。一応、調査局の支援という体裁をしているようですが」
「サレイネが民間企業をゴリ押ししたってこと?」
執行権を持つ組織が特定の企業をひいきにしても、別に珍しいことではない。たとえそれが、行き過ぎた癒着関係でさえ。
だが、行政の中核を成す上層――とりわけ、この王城に限っていえばあり得ない話だ。
共通認識として、表向きはクリーンな存在でなければならないからだ。民間企業を連れてくれば、悪目立ちするに決まっている。
「しかし、説得力があれば話は別です」
ラアルはソーダのボトルキャップをねじ開けると、中身をルアノのグラスに注ぐ。
「あの黒服組……、ただの民間企業じゃないんです」
静かに言うラアルに、ルアノは絶句した。
ア・ケートには、各国家に匹敵するほどの影響力を持つ、超大規模な組織が存在する。
「【十二連盟】……?」
ルアノは眉をひそめた。
――十二連盟。
世界を股にかけて活躍するトップ十二のガリバー企業が出資し合い、運営されている非営利組織だ。あるいは、運営する十二のガリバー企業自体を指す。
その活動分野は多岐にわたり、多くの国が望む望まないに関わらず、彼らの活動に大きな恩恵を受けている。
確かに、十二連盟を運営する一社は警備会社だ。
上層、ひいては王城を出入りしているのは、その関連企業ということか。
「ならまあ、わからなくはないんじゃない? 『制服組と黒服組の垣根は、もう何年かすれば――』とか、十二連盟の方は結構前から言ってるし。こっちはこっちで、試験的にサービスを導入してみようか、なんてさ」
ソーダが注がれたグラスをくるくる回しながら、ルアノは言った。
自分でもあり得ないとは思うが、“もしかしたら”くらいには思う、感情が絡んだ謎の矛盾。
「その『結構前』の時点で、『もう何年か』経ってるんですけどね」
と苦笑するラアル。
「二つ、嫌な報せがあります」
――え? やっぱり、しんどい話なの?
事態を深刻な方向へと考えるラアルの言に、ルアノの胸中に大きな不安が押し寄せる。
「一つは、サレイネ特務大臣のことです。彼は近いうちに辞官して、ガリバー企業の役員に籍を置く、という噂があります」
「それって、当然だけど、件の警備会社の親会社だよね?」
「ええ。十二連盟の管理委員会に入れてもらうのでしょう」
「無理でしょ。なれるわけないじゃん。どうやったらそんな噂が立つの?」
サレイネはこの国の大臣ではあるが、ただそれだけだ。影響力は国内、下手をすれば王都中層までに留まる。それが突然、ガリバー企業の役員になれるはずがない。
「その噂が事実かどうか、確かめてきます。≪現身≫の最終選抜試験の日、十二連盟の出資者と会食を約束していますので」
「へえ、パーティにはマメに顔出しとくもんだね」
今まで呆れるほど律儀に社交界に参加していたラアルに、思わず感心してしまう。
「姉上もそういう努力をして下さい。ヴァン殿が貰ってくれなかったら、俺が苦労する羽目になる。今のところ、怪獣娘の世話してくれる物好きは、彼だけでしょう?」
「あれ? 心配されてるはずなのに腹立ってきたよ?」
藪をつついて蛇を出す。
政略結婚にさえ使えないと揶揄されているようで、流石に屈辱を受けるルアノである。
「二つ目は、今王城を出入りしているセキュリティ会社のバックが、異教徒であるということです」
「嘘でしょ?」
今度もソーダは吹かなかったが、ハーゼにスパイをやらせた以上に衝撃的な事実だ。
「間違いありませんよ。ハーゼの調べでは、収入の大半が【ヘルゼノス】からだったそうです」
ア・ケートでは、女神ルーセアノを信仰する者が人口の大半以上を占める。
それ以外の宗教は異端扱いされ、疎まれ、蔑まれていた時代があった。否、未だにその風習はハウネル王国でも根強く残り、差別する者や地域、団体は決して少なくない。
しかし、今では法の整備によって信仰の自由は保障され、以前ほどの風当たりの強さはなくなった。異教徒と言う呼び名も、むやみやたらと他の宗教に対して使われることはない。
【邪神ヘルゼノス】を崇め、その名を冠する不気味な宗教団体以外は。
「じゃあ、目的は王城にある、邪神ヘルゼノスに関する記録か何か?」
「彼らの活動が実際どんなものか知らないので、それぐらいしか思い付きません」
「そんなもの、どこにあるの?」
ルアノは勉強嫌いを自覚しているが、歴史や文化にだけは興味を持っている。
一般には知られていないような歴史を色々調べようとしたのだが、少なくともルアノの権限では、上層内で面白い資料が置かれている場所など、見つけることができなかった。
「調査局の前身とされている機関が、この王城の下にある建物で、一部の情報を管理をしていたそうです」
「残ってるわけないよ」
「しかし、サレイネはそこを調査対象とし、実際に資料を持ち出しています」
ラアルは腕を組んだ。
調査局が昔の基地に記録など残しているはずがない。だが、異教徒絡みのフロント企業が実際にそこを漁っているという矛盾が、ラアルに首を捻らせているようだった。
「とりあえず、わかってるのはそれだけ? 監査達からは何か上がってきてないの?」
「別段、問題となる動きはしていないらしいです。俺も異教徒が過去の資料を探るくらいなら、別に構わないと思っています」
今度は肩をすくめるラアルである。
「ですが、サレイネ、調査局、そして許可を出した各機関の閣僚。俺自身は黒服組の目的より、彼らがどういった繋がりを持っているのか。それが気になる」
「ふうん」
要するに、ラアルが今日ここに訪れた理由は、その謎が解けないから。“巫女”であるルアノに、ラアルは頼ろうとしているわけだ。
すなわち、ルアノにとっては、弟が『一緒に寝てほしい』とねだってくるのと大差ない。
――お前は何を言っているんだ。
「この話、他に誰かにした?」
「いえ、姉上だけです」
そう、ラアルは答えた。
「母上は父上のことで一杯でしょうし、もともとエルシア様ほど、好奇心のある御方ではありませんから」
ルアノ達の父、ルクターレ六世は、この半年ほど病に伏せている。
ラアルがここまで王城のことを気にしているのも、彼が第一位王位継承権を持ち、父が活発に動けないからだ。
もちろん、もしものときは王位を継がねばならないことも、視野に入れているはずだ。
ルアノはそんなラアルの姉として、力にならなければならない。
そして、その機会は既に訪れようとしている。
「まあ、まだ害になるとは限らないし、もしもそうなら、もうすぐわかるよ」
言いながら、ラアルのグラスにソーダを注ぎ足した。
「今年の儀式、赤のばっちゃんにも気張って貰わないとね」
「ええ。姉上もよろしくお願いします」
「任せておきなさい」
ルアノは薄い胸を張った。
「――あ、そういえばさ。この間、ヴォルガから逃げてるときに、騎士団長がブチ切れてる現場目撃したんだけど」
「ゴルドー団長が? 別に珍しくないような気が……」
ラアルは苦笑して言った。
「実はわたし、一年くらい前にも、同じ相手に怒鳴り散らしてたとこ見たんだよね。デジャヴだよあれ」
「それも珍しくないかと」
「それがさ、相手があの人だったんだよ。ほら、元騎士団で……、団長のライバルで……」
うろ覚えの記憶を説明するルアノだが、ラアルには上手く伝わらないようで、眉を曲げて首を傾げている。
「あ! ほら、ばっちゃんの息子だよ!」
わりと単純な説明を思い付き、ようやく口から出てきてくれた。
その言葉を聞いたとき、ラアルは意外そうに目を見開いた。
「もしかして、デュザレイド殿のことですか?」




