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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第一話 ハウネル王国騎士養成学校
15/182

15.レティシア

 ――後ろだ。


 流は身体を傾けて、座ったまま振り向いた。

 見やれば、一人の女学生が腕を組んでアルフィを睨みつけている。


「心底見下げ果てましたよ。アルフィ・アルバーニア」


 彼女の清涼感のある声に蔑まれたアルフィは、ため息を吐くことで返事をした。


 背は女性にしては少し高い。スレンダーな体躯は、長い手脚と上手に均衡が取れており、モデルのように洗練されている。

 そして、そのシャープな印象を決定付けているのは、色素の薄いグレーの長髪。


 ――プラチナブロンド。


 彼女の瞳から覗えるのは、強い意志。

 気の強そうな娘だが、アルフィの燃えるような力強さというよりは、氷の刃のような冷たい迫力を携えている。


 流のような者が、いくら立ち振る舞いを矯正しようが真似できない。

 そんな持って生まれた気品を感じさせる、宝石の輝きに似たオーラを彼女は纏っていた。


 見ればわかる(・・・・・・)


 ――なるほど、確かにそうだ。


 そう、流は納得した。

 おそらく、彼女こそが最終選抜試験の四人目の受験者。


「なんで、こんなところにいるの? レティシア」





 ――何がオメー等をそんなに殺気立たせんだよ?


 流はそう口に出したくてたまらない。


 レティシアが流達の前に現れて、明らかに室温が下がった。

 レティシアとアルフィの睨み合いを、流は間近に、他の図書館の利用者は遠巻きに見守っている。


「ウィルク・アルバーニア」


 そうレティシアに冷たく呼び掛けられる。


「……何か?」


 アルフィに言わせれば、とても面倒くさい人物だ。口が苦くなってくるような錯覚さえ感じるが、流は慎重に対応する。


「具合はもういいんですか?」


 何を言われるかと身構えていた流の神経を、慈愛のこもった声色が包む。


「あ? ……ああ、体調か? 大丈夫だ。ワリィな、心配掛けて……」


 まさかの気遣い。

 不意を突かれてしまい、微妙に口調が弱々しくなった。そのせいか、流の返事を受けたレティシアは、どこか訝しがるような目線を流に向けている。


 ――バチッ。


 流の頭がフラッシュしたのは、そのときだ。


 流はウィルクの部屋の机の引き出しを漁ったときに見つけた、アルバムを思い出す。

 アルバムの中には、少女が一人だけで写っている写真が一枚だけ納められていた。

 目前にして気が付いた。間違いない。あの少女はレティシアだ。


 ――オイ、まさかと思うがよ。


「何しに来たのよアンタ」


「別に? 二人がここにいると聞いて、少し様子を見に来ただけです。この時期に訓練をせず、何をしているのかと思いまして」


「選抜試験の対策をどうしてようと、アンタに関係ないでしょ? 本当はウィルクの心配して来たんじゃないの?」


「それはまあ、共に最終選抜を受ける学友ですから。それが何か問題ですか?」


「いや、問題だなんて言ってませんけど? そう聞こえたら自意識過剰なんじゃない? ほんっとお嬢様だよねアンタは」


 ――雌猫のひっかき合いか。


 ウィルクを絡めた三角関係を悟り、流は思わず手で顔を覆った。

 二股とは、やはり侮れないウィルクである。


 数人しか居ないはずの他の学生達が一カ所に固まり、流達を見ながらひそひそ話を交わす。


「なあ、盛り上がってるとこ申し訳ねーけどよ。その話、次回でよくねえか?」


 堪えきれず、流はついに圧死覚悟で口を挟んだ。


「こちとら、あんま時間を無駄にしたくねえんだよ」


 そう流が言うと、レティシアは目を見開いた。


「貴方……」


 と彼女は唇を戦慄かせる。


「その小物臭い喋り方……、顔つきも……」


 その物言いに、流は嘲笑してみせた。


「今の反応、アルフィにソックリじゃねえか」


 レティシアは円卓を勢いよく両手で叩き、顔を一気に流のそれまで寄せる。


「どうしたんですか貴方は!? 高熱ですか頭打ちましたか私が何かしましたか!?」


 流は首を逸らしてレティシアの顔を避ける。

 こういった反応が来るのは無理ないことだとは思いつつ、両の手のひらを彼女に向けて落ち着きを促す。


「なあ、わりかし本気で試験対策やってんだよ。詮索は時間あるときにしてくれ」


 適当にうそぶき、追求を誤魔化す。

 レティシアは体勢を戻して、腕を組んだ。しかし、その表情はまだ信じられないものを見るように強張っている。


「わかったらどっか行って。シッシッ」


 レティシアは右手をひらひらさせているアルフィを一睨みすると、歯ぎしりをした。


「ウィ……、ウィルク・アルバーニア。何がどうしたのか知りませんが、そんな言葉遣いでは問題になりますよ」


 噛んで含めるようにレティシアは言った。

「≪剣竜(けんりゅう)現身(うつしみ)≫は王国騎士団の顔。そのような不貞不貞しい言動……、瑕疵が見過ごされるはずがありません」


「最終選抜は≪決戦(デュエル)≫なんだろ? それパスすりゃ合格しちゃうんじゃねーの?」


 ――つーか、デュナスもこんなもんじゃねえか。


 そう流は心の中で付け足した。


「最終選抜は王族の御前で行われます。言葉遣いや目付きを改め……改める? 元に戻すべきです。というか、前の方が……、貴方に合ってます……絶対……」


 彼女の語尾は、明らかに弱かった。


 『元に戻せ』とは、もっともな忠告だ。そう流は心の中で呟いた。

 そしてまた、それが可能なのかという問題がカマイタチのように吹き、流の胸を傷つける。


「ああ、戻す(・・)さ。必ずな」


 流はレティシアにそれだけ答えた。


 アルフィがレティシアを追っ払い、レティシアが姿を消すまでの間、流は彼女に突きつけられた焦燥に神経をひりつかせる。

 ビリビリと閃光の音がする、この感覚。

 そうやって、流は自らの人生を自覚するのだ。





「で、どうなの?」


 レティシアが去った後、アルフィはそう流に問いかけた。具体性に欠け、流には彼女の真意が判断しかねる。


「何か、思い出せないの?」


 黙っていた流に、ようやくアルフィは質問の内容を教えてくれた。


 駄目だった。


 ヴェノについて説明を受け、戦闘訓練でウィルクのように身体を動かしても。ガーラントの話を聞き、レティシアに直接会ってみても。

 ウィルクの記憶の片鱗さえも、流には微塵も感じられない。

 やはり、自分の意識は神坐流であり、神坐流の記憶しか頭にないのだ。


「いや、思い出せない」


 流は声をひそめて言い、かぶりを振った。


「……そっか」


 アルフィの反応は軽いものだった。

 だが、流にはわかる。否、流でなくても容易に想像できるだろう。

 彼女は落胆している。


 そんな彼女に、抱く必要のない罪悪感がじわりと胸に染みついた。

 それを払拭できるのは、いつになるのだろうかと流は思う。


「アンタなら、何とかできるよ」


 明るい声だった。


「? 昨日の夜とはエラい変わりようじゃ……」


 アルフィの顔を、流は見た。

 彼女の形の良い唇は、笑みを湛えている。普段は勝気に釣り上がっている目元も。


 しかし――、


「いっつもそう。アンタは私達の想像を、いつもぶっちぎってきた」


 その蒼い瞳は、いつもの力強さの光ではなく、切なさで彩られていて、


「心配しなくても大丈夫だって。コロッと思い出すに決まってるんだから」


 そうやって、ウィルクを励ますふりなどしているから、


「正直……、私じゃいつまでもアンタをフォローするのは、しんどいよ」


 だから、流は悟ってしまう。

 彼女は体よく懇願している。ウィルクが記憶を取り戻すことを。


「私って、アンタと違って、あんまり周りの信用ないからさ。私がアンタに何かしたとか思われちゃうじゃない」


 そんな馬鹿な冗談を聞きながら、流は考える。

 アルフィは本当にウィルクを信頼しているのだろうかと考える。


「もう少しだけ……、辛抱しろ」


 などと答え、考える。

 彼女はウィルクを信頼しているのではなく、ただ何かに縋り付いているだけではないか。





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