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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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34.提案

 ――強い。


 剣戟のほとぼりが冷めると、目前に突き付けられた刃から、凍てつくような恐怖がじわりとリュウの背に伝う。

 ヴァネッサとの戦いで、リュウは無我夢中で立ち振る舞っていた。一方でヴァネッサは、冷徹なまでに自分を制御しながら動いていたことを、今頃になって理解した。すなわち、ヴァネッサの実力はまだ底知れないということだ。


 レティシアと戦ったとき、リュウはわずか十秒を持たせるのがやっとだった。あのときよりも少しは成長したはずのリュウであるが、今の攻防は何秒持っただろうか。

 何にせよヴァネッサの実力は、養成学校の面々と互角かそれ以上だ。


 ヴァネッサはロングソードの先端を下げると、そのまま鞘に収めた。


 安堵感と同時にリュウの胸に染み入ったのは、敗北感だ。どんな怪物が相手であれ、敗けはいつだって痛い。リュウは奥歯をきつく噛みしめていた。


「解せませんね」


 とヴァネッサは口を開く。


「これが、麒麟児ウィルク・アルバーニアの実力ですか?」


 情けなさで赤面することもできない。ウィルクや他の養成学校の連中の顔に、泥を塗ってしまった気さえする。努力を重ねても奇手(つかいて)として目覚めず、その矢先にこうもコテンパンにされてしまっては、リュウはどうすればいいのだ。

 拳を握り締め、『耐えろ、耐えろ』と自身に命令する。どうすればいいのかわからなくとも、最低でも敗けを認めることだけはしなくては。


「あ……」


 微かにヴァネッサの声が漏れる。

 ヴァネッサの顔に視線を移すと、彼女は目を逸らして左手で右腕を抑えた。



 ――沈黙。



「あーあ! 敗けだ敗け!」


 ばつの悪さを覚え、リュウはやけになって声を張り上げた。

 ヴァネッサに背を向けて、飛んでいったブロードソードを回収しようと歩む。


 ――化け物揃いか、上層は。


 心中で悪態を吐いて、リュウはブロードソードを拾って鞘に収める。

 振り返ると、まだそこにヴァネッサは立っていた。


「オイ。何突っ立ってんだ? 用事は済んだだろうが」


「アルバーニア君……。間違っていたら、ごめんなさい」


 ヴァネッサの顔は曇っている。その瞳は悲しげに揺れていた。


「もしかして、貴方は力を失ってしまったのですか?」


 ――面倒くせえな。


 リュウは目線を斜め上にやると、頭の上にごちゃごちゃと絡まった黒い毛糸を作った。

 ヴァネッサ相手に馬鹿正直に話したくない。リュウにとって、ある意味で彼女はシロノよりも不透明な存在だ。迂闊なことを喋れば、彼女が大きな障害となってしまうこともあり得る。

 もっとも、それはヴァネッサにとってのリュウも同様なのかもしれない。だからこそ、こうしてどこか牽制し合うような関係が生じているとも考えられる。


「ヴェノの制御が上手くいかずに苛立つほど、貴方は――」


「見てたのかよ!?」


 癇癪を起こし、地面を叩いた姿を見られたと思うと、流石のリュウも慚愧(ざんき)に堪えないというものだ。今度はしっかりと赤面するのを自覚してしまう。

 大きくため息を吐いて、リュウは地べたに座り込んだ。ヴァネッサと合流してから、気疲れすることが多くなった気がする。一人同行者が増えたのだから、その分余計に気を遣って当然だとも言えなくもないが。


 あぐらを掻いたまま、両手で支えるようにして上体を後方に反らす。見上げた天井の照明が夜に昇った太陽のように明るかった。


「なあ、オメーらほど強いヤツが、この世界にゃ沢山いるんだよな?」


 気が付けば、そんな疑問が零れていた。


「沢山いられたら、私の立つ瀬がありません。私にも、それなりの自負心がある」


 ヴァネッサが柔和な声で答えた。


「それに、オメーら(・・・・)というのにルアノ様が含まれているとするなら、その数は一気に絞られてしまいます」


「あー……。初代ルクターレが超強かったんだっけか?」


 リュウはどこかで聞きかじった話を思い出す。

 ルアノの祖先、初代ルクターレは歴代最強の剣士とされている。すなわち、その血を引くルクターレの者達も強いという説話だった。


「つっても、そりゃ初代の話だろ? 最強剣士の子孫が最強剣士なら、それほど都合がいい話はねえや」


「……確かに初代ほどの力はありませんが、ルクターレの血族は皆、凄まじい才能をその身に宿して生を受けます」


 ヴァネッサの答えに、リュウは思わず彼女に顔を向けた。


「ルクターレは特別です。生まれる時代がもっと早ければ、おそらく彼が数多の魔神を斬っていたといわれるほど。そして、その(あお)い血は今も脈々と受け継がれている」


「ルーセアノだのヘルゼノスだのより強いってか?」


「もちろん、それを検証している研究者は大勢います。二柱の実力が不透明なので、はっきり決着はついていませんが、そこまでの可能性を感じさせるほど初代ルクターレは強かった」


 ――こんな歴史があります、とヴァネッサ。



***



 その昔、ア・ケートに剣聖と呼ばれる存在が五人いた。

 彼らはいずれも、各地に伝説を残すほどの剣士であり、傷一つない常勝不敗の(つわもの)、数百年に一人の天才などと称されていた。

 おそらく、複数の剣聖の存在を知っていた全員が、同じことを思っただろう。


 ――誰が一番強い?


 五人のうち、どの剣聖が始めたのかは今となってはわからない。彼らは自身の最強を証明するため、互いの首を賭けて闘った。

 しかし、彼らの死合いに立ち会った者は、のちにそれを“新たな伝説の礎”と述懐したものである。生き残ったのは、どの剣聖でもなかったのだ。


 ――ルーセアノの七人の弟子、“(つるぎ)”のドルフ・ハンデュラ。


 五人の剣聖のうち三人を屠ったという剣士は、齢六十を迎えようという昔人(むかしびと)だった。

 そして、その死闘から現代に至るまでの間、ア・ケートに剣聖を名乗り出る者は存在したことがないという。


 だが、話はそれで終わりではない。

 ハンデュラの天下は、たったの五日で終止符が打たれたのだ。


 旧帝国レオルハンド王宮で行われた御前試合。レオルハンド皇帝陛下の目の前でハンデュラを秒殺したのは、十代半ばの名もなき少年だった。


 勝利を収めた無銘の剣士は、皇帝陛下より褒美として旧ルクターレ領を授かることになる。


 しかるのち、無銘の剣士をただの“ルクターレ”と呼ぶことに定まったが、その過程では“竜使い”といった異名を授けることも検討された。彼がハウネルという竜と友人関係にあったからだ。しかしながら、その手の異名は、むしろハウネルの方に授けられるという運びで決着してしまう。


 無銘の剣士の竜――“剣竜”ハウネルと。



***



「……にわかにゃ信じられねえな」


「史実です」


 呆けた声を出してしまったリュウに、ヴァネッサはきっぱりと断言する。


 女神とその眷属という英雄的存在の、最強(・・)を穿つ特異。

 ルアノはその血を引いている。


「この話から、ルクターレの力がわかったでしょう。ルアノ様は特別です」


「……この世界でルアノほど強えのは、マジで一握りいるかいないかってわけか?」


「その通り。そして、その一握りのうちのお一人が、ハウネル王国第一王子であらせられる、ラアル・ルクターレ殿下です」


 ――目が眩む錯覚がした。


 自分がこの一週間行動を共にした少女が、まさか世界最強クラスの実力の持ち主だったとは。二の句が継げないリュウである。


「なので、貴方はルアノ様に対しては、引け目を感じることはないのです」


「あん?」


「ルアノ様のお力を見て、貴方は世界の広さに焦りを感じたのではないですか?」


「あー……」


 と口から零したのち、


「図星だ」


 と観念して白状するリュウである。


 今の自分が、ウィルクの力のほとんどを失っている状態である理由。それをヴァネッサに打ち明けるのは抵抗がある。

 だが、ルアノやヴァネッサの実力に危機感を抱いていた事実は、隠す必要はないと思った。


「『惨めな思いをしないために、強さを示す』と貴方は言っていましたね」


「昨日の夜のことか?」


「私にはわからなかった。私には、できない(・・・・)という経験がなかったから」


 ヴァネッサは眼をすっと細めた。

 そんな彼女のどこか寂しげな表情にリュウは――、


「自慢かコラ」


 ――軽い苛立ちを覚えた。


「ですが、さっきから貴方が何度も何度も失敗し、真剣に悔しがる様子を見ていたら――」


「本気で憐れんでんじゃねえよ!?」


 引っ叩きてえ。などと会話の最中に思ったのは、もしかするとア・ケートに来てから初めてかもしれなかった。


「いや、もう……ぶちのめすわ。テメエはいつか絶対ェにぶちのめすわ……」


 声が震えている。

 決意が、先程までのリュウの敗北感を上塗りした。


 しかし――、


「はい」


 ヴァネッサは優しげに微笑んでいた。

 その貌は、あまりにも可憐で、


 ――!?


「今、『はい』っつった? 『ぶちのめす』って言われて、『はい』って返事した?」


「そうですよ」


 ウィルクの脳内翻訳機が故障でもしたのだろうか?

 リュウには全く会話が噛み合っている気がしない。


「“強きの条件”――たとえ私達上層の人間のような矜持がなくとも、貴方は貴方なりにその条件をクリアしようとしている」


 ヴァネッサの言葉に、リュウは平静を取り戻す。

 彼女をとんでもないマゾかと疑いさえしたリュウだったが、ようやく意味がわかり安堵した。


「貴方には、可能性があります。私に勝とうという意思を、今もなお持ち続けられるのだから」


「あ、ああ……」


 こそばゆい。

 呆気にとられた状態から徐々に素に戻るにつれ、リュウの背中が痒くなる。


 だが、うずうずとした感情がひとしきり暴れたのち、リュウは目前の彼女の意図を計りかね、胸に痛みを覚える。


 ――辛い。


 そうはっきり自覚したとき、リュウはヴァネッサに、


 ――駄目だ。


 考えたのち、リュウは肩の力を抜いた。

 ふと、口元に諦観の笑みが浮かべてしまう。


「何か?」


「いーや。何でもねえ」


 そう言って、リュウは首を横に振る。


「俺は訓練続けるから。もう帰れ」


 だが、ヴァネッサは微動だにせず、リュウの顔を見ているばかりだ。


「何だよ? 今度こそ用事は済んだろ?」


「もし、貴方が嫌でないなら――」


 静かに、ヴァネッサは言う。

 澄んだ紫瞳は、この期に及んでリュウを試すように見据えている。


「私が貴方の手伝いを引き受けます」




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