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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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33.リュウ対ヴァネッサ

 余計なことを考えてしまった。


 記憶の欠落。一体いつからいつまでのものが消えてしまったのか、それがわからないことには原因もわからない。

 喉元まで出かかっているにも拘わらず、吐き出すことが出来ないもどかしさに、リュウは頭を掻いて舌打ちをしたくなる。


 だが、そんな苛立ちを三人の前で露わにするわけにもいかない。

 加えて、記憶の欠落はリュウの人格がウィルクに宿ってしまった謎に関係ある現象だと考えられる。ならば、ここであれこれ藻掻(もが)いても仕方のないことだ。

 リュウは身体を動かすことで、解決出来ない問題を忘れ去ってしまおうと考えた。


 ルランドに運動場があることを確認し、リュウはそこでヴェノの制御をする訓練に勤しむことにする。店を出たのち、ルアノ達に一言断りを入れた。


「俺はちょっと運動場行って、訓練してくるわ」

「訓練?」


 何のことかと首を傾げるヴァネッサ。


「ヴェノの制御をする訓練だよ。一人で平気? 付き合おうか?」

「いや、流石にオメーとはレベルが違いすぎるだろ。一人でいいよ」


 ヴァネッサに対して補足説明をしたルアノは、リュウの訓練の相手を名乗り出る。ありがたい話ではあるが、正直リュウの実力ではルアノにとんでもない手加減をさせてしまう。

 一度ルアノと組手をしたことがあるが、結果は当然リュウのボロ敗け。ルアノのスピードに身体がついていかない有様だった。


「んじゃ、先休んでな」

「うん。お先に」


 挨拶を交わしたリュウはルアノ達に背を向け、帯刀したブロードソードの柄の感触を指で確かめた。あくまで奇手としての訓練をメインとしているが、フォームを確かめたり素振りをしてみたりと、一応は剣術についても改めることが多いのだ。


 街灯に照らされた街並みは、ハウネルやルネに比べると随分と純朴な印象を受けた。

 シェイリスはハウネルと比べ、時の流れが穏やかである気がする。街の造りがせせこましくなく、細道やこぢんまりとした建物が少ないからだろうか。

 それに加えて、煩雑とした人の気配がない。シェイリス人は余裕のある大らかな人間が多いと聞いたことがあったが、こういうことかと身をもって実感したリュウである。




 ――これが運動場か?


 リュウは芝生のある公園のようなところをイメージしていたが、そのような訓練場めいた施設ではないらしい。外観は三階建てのビルである。

 さっそく中に入り、フロントにいる受付らしき中年男性に話し掛けた。


「二時間ぐらい使いたいんだけど、大丈夫?」

「二時間ね。予約してある?」

「いや、そもそも初めてだ」


 リュウは首を振って答えた。予約していないと利用出来ないシステムかと危惧してしまう。


「ウチはエリアを時間制で貸し出してる。で、今は地下のエリアしか空いてないけど、いいかい?」

「広さは?」

「地下の一エリアは、だいたいこのフロントを横に二つ並べたぐらいかね」


 リュウはフロントを見回した。

 玄関から奥にある階段のスペースまで、最低でも十メートル半ば。幅は人を余裕を持って五人は並べるくらいだろう。これの倍なら申し分ない。


「大体、そんなもんなのか? スポーツするでもなし、十分だけどよ」

「いやあ、地下は狭い方だよ。何するかによるけど、お客さん一人なら結構のびのびしてると思うけどね」


 受付の男は料金表をテーブルの内側から取り出し、リュウに差し出す。


「二時間だと、二二〇シーン」

「安いな。知らんけど」

「だろう? 知らなくても、そう思うだろう?」


 リュウは料金を支払うと、別のスタッフに案内されるまま地下へと降りる。

 地下は細長い廊下の突き当たりにトイレが配置されており、左手側一面がネット張りになっている。三つのエリアが連なっておりパーティションで隔たれている造りのようだ。

 エリアは無骨な造りになっており、どうも牢獄を思い浮かべてしまう。

 ネットに金属の枠を嵌め込んだ風変わりな扉を通じ、リュウは一番手前のエリアに案内された。


「じゃあ、ごゆっくり」


 と案内のスタッフは言い残し、去って行った。

 地下は誰も利用していないようで、雑音は一切ない。


「始めるか」


 リュウは右の手のひらを上に向け、意識を集中させた。



***



「あああっ! クソッ!」


 訓練開始から三十分後、リュウは大の字に寝転がって床に拳を叩き付けた。


 ――落ち着け。


 そう自分に言い聞かせ、平静を取り戻す。


 ≪ウルトラシング≫でのテレサとの一戦以来、手のひら大の水球を展開するのには熟れてきた感がある。だが、それから先が難関だった。飛ばすことはおろか、水球を維持することさえ出来る気配がない。

 まるで身体に合わない重たいバッドのように、リュウの手のひらに伝わる手応えが暴れ出してしまうのだ。


 出来ないこと自体は大きな問題ではない。この調子でずっと出来ないままなのではないかという焦燥感と徒労感が、リュウを苦しめるのだ。少なくとも、≪振り直し(ビルド・チェンジ)≫を思い出すことなど、夢のまた夢のように思えてくる。


 この世界の人間ではないリュウは、才能がない。そういうことなのか?

 ウィルクの身体を使っているが為に、彼が呼吸レベルで出来てしまうことはリュウにも出来る。だが、それ以上のこととなると、リュウが乗っ取っている限り不可能になってしまうのか?


 そういった疑念が頭から離れず、リュウからモチベーションを()いでいく。かつてボクシングをやっていた頃でさえ、ここまで途方もない思いをしたことがない。

 報われないことの苦しさを、リュウは識っているはずだった。だが、この壁はリュウの生涯において最大級である。

 “暖簾(のれん)に腕押し”、“(ぬか)に釘”という言葉がある。やっても駄目、更にやっても無駄。そんな無慈悲な結果は、確実に人の心をぶち折るだけの破壊力を持っていた。


 ――駄目なヤツは何をやっても駄目。


 そんな常套句は幻。成果が見えない恐怖が、ただのハードルを越えられない壁と錯覚させているだけ。そう強く念じて、自分を騙すしかない。


 リュウは諦めるわけにはいかなかった。


 ルアノの強さを思い出す。圧倒的なまでの身体能力は、一体何がどうなっているのか、リュウの理解を超えるほどだった。あれを見せられて、焦らないわけにはいかない。

 あれほどの強さを持った者が実在するというのは、まさに驚異だ。

 もしかすると、リュウはそのレベルの敵に絡まれるかもしれない。それでなくとも、テレサのような(つわもの)と渡り合うほどの力を身に付けなければ、話にならないだろう。


 リュウは立ち上がって瞑目。すぅっと呼吸を整えた。





 ――ふと感じる、人の気配。


 リュウは廊下の方を振り返ると、ネット越しに知人が立っていることに気が付いた。


「何かあったのか?」


 その人物に問い掛けるが、彼女は返事もなしにリュウのエリアへと入ってきた。


 リュウは警戒心を強める。

 おかしい。明らかに、彼女から闘志のようなものを感じる。


「剣を抜きなさい。アルバーニア君」


 ――ヴァネッサ・メロードルはそうリュウに言い放つ。


「私が貴方に怖じ気づいてメイガン氏を差し向けたと思われるのは、心外ですから。そのような誤解があるなら、今ここで正して下さい」


 辛辣な言葉。

 それは紛れもない挑戦状だった。


 ――バチバチッ!


 頭上で閃光が走る感覚に、リュウは口元を歪ませる。

 言われるがまま、ブロードソードを抜いた。


「ホントに誤解か?」

「すぐにわかる」


 ヴァネッサが剣を抜き構える。

 彼女の剣はリュウのブロードソードよりもスマートだが、刃渡りが長かった。美しい白刃からは魔性のオーラが滲み出ており、斬り伏した者を死へと誘う禍々しさを携えていた。


 リュウは両手に力を込め、己の剣の切っ先をヴァネッサの頭に向ける。

 二人の間合いはそう開いていない。

 リュウの経験上、ここまで距離が短ければ、刃が相手の肉に食い込むまでは僅か一瞬。


 ――お先にどうぞ。


 構えたヴァネッサから、そのような意図を感じ取り、リュウは――、







 ――その誘いに乗り、一息でヴァネッサと距離を詰める。


「ふっ!」


 リュウは渾身の横薙ぎを繰り出した。

 この時点で、リュウは違和感に気が付いている。ロングソードを扱うヴァネッサに対し、リュウは易々(・・)と間合いに入り込むことが出来た。


 ――いくらなんでも、簡単過ぎる。


 ヴァネッサの腕に直撃するはずだったリュウのブロードソードは、空を切る。まるで、残像を斬らされたかのような手応えのなさが、リュウにヴァネッサの反撃を警告した。


 ヴァネッサの下からすくい上げるような斬撃を、返す刀で防ぐリュウ。

 彼女の二合目は速く、空かされたように間合いを作ってしまったリュウには、反撃の手がない。ヴァネッサの後進により、唐突に訪れた距離感に困惑しつつ、リュウは何とか彼女の攻撃を防いだ。


 次の攻撃。これも防ぐばかりだ。

 リュウはすかさずバックステップで距離を取る。それに追いつくように斬りかかるヴァネッサだが、リュウが軽く掛けたブレーキにより、彼女との間合いがリュウに有利なものとなる。

 彼女の剣は恐るべき速さだが、獲物の長さが裏目に出た。

 リュウはヴァネッサの剣を受け流すように、ブロードソードの刃を当てた。


 ――キィィ!


 ただの打ち合いでは生じない、刃を流すような鋭く高い金属音。


「――ッ!!」


 獲物に引っ張られるように、右手が伸ばされるヴァネッサ。がら空きになった彼女の胸部に、リュウは前蹴りを繰り出した。


 ヴァネッサは左肩でリュウの蹴りを防御。彼女の小さい肩に対して、遠慮無しのキックが命中した。


 ――リュウは舌打ちをして、ヴァネッサの反撃に備えた。


 手応えがない。

 ショルダーロールのように、受け流されたとでもいうのか。


 ヴァネッサは横に大きく跳躍する。追いかけるリュウに、ヴァネッサは跳びながら剣撃を放つ。リュウはそれを受けつつ、減速せぬように足を思い切り踏み出した。


 壁に着地したヴァネッサが、リュウに向けて突きを繰り出す。


 二度三度と穿たれる攻撃をリュウが躱すと、彼女はリュウを飛び越えるようして跳躍した。


 ――そして、同時に空中から氷の魔弾が降り注ぐ。


 不意を突かれたリュウは横っ飛びで緊急回避。

 回避成功と同時に迫る白刃の煌めきに、リュウは対応が遅れてしまう。


 ――一撃、二撃、三撃。


 そこまで防いだが、いよいよ四度目のヴァネッサの剣撃により、リュウの手からブロードソードが弾け飛んだ。


 ――直後、眼前に突き付けられたロングソードの切っ先。


 ガラン、と。リュウの剣が地面に派手に降りたのと、ほぼ同時。


「まいった」


 リュウはそう口にする他なかった。





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