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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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28.亡命計画の破綻

 己の中の葛藤に、リュウは決着を付けつつあった。

 石畳の床をブーツのつま先でコツコツと小突きながら、もたれかかった≪時雨≫の塀に後ろ頭をぶつける。


 シロノから散歩中に聞いた話。それがリュウに与えたショックは大きい。そして、その事実が今後どう自分達の旅路に影響していくのか、それも気掛かりだ。

 だが、リュウがヴァネッサに抱いている謎の靄もやは、シロノが報告したこととは無関係なものだ。

 一つの可能性として、ウィルクがかつてヴァネッサと会ったことがある、ということも考えたリュウだが、それを彼女に確かめるのは不自然だろう。


 結局、ヴァネッサとは適度に距離を置いた方が互いの為だ。そうリュウは結論づける。

 帰り際、ヴァネッサと口裏を合わせて、ルアノがいる手前では自然に振る舞うよう取り決めるのもありだが、別にそんなことをする必要はない。

 素直にルアノに謝ればいい。ヴァネッサに対抗心めいたものがあり、わだかまりの解消は出来ませんでした、と。


 ――そう白状しちまった方が、人としての誠意ってもんを、……?


 はた、と。

 外の空気が剣呑な静けさを増したことに、リュウは気が付いた。


 柄の悪そうな連中がたむろしている割に、店前が静かなのは前々からだった。しかしながら、ついさっきまでは、このように緊迫感を孕んだ様相を帯びてはいなかったはず。

 付け加えるなら、馬車(ラクダ)が二台数を減らしている。表に出ている人間の数も明らかに少ない。


 ――何かおかしいぞ、コイツら。


 リュウは眉をひそめる。

 嫌な予感がヒリヒリとした焦燥感となり、リュウの身体に纏わり付く。彼らが人数を減らしたのは、ヴァネッサが入店した直後。このタイミングはただの偶然と捉えてしまっていいのだろうか。


 駄目だ。こうなってしまえば、もう猜疑心に抑えが利かない。少なくとも、様子を見に行くくらいのことをしなければ。だが、リュウは下手な動きをすることをヴァネッサに止められている。







 ――ま、犬じゃあるまいし、別にいいだろ。


 こういうときに出てくる謎の度胸に、なるべく逆らわないようにするリュウである。ただの勘がなかなか馬鹿にならないことを、リュウは経験で識っているのだ。


 一台のラクダに近づいて、御者に向かって話しかけた。


「なあ、火ィあるか?」

「……失せろ」


 御者はにべもなく突っぱねる。

 黒い外套を纏ったその男は、明らかに堅気でないようにみえるが、その辺のチンピラ達とは異なる迫力を携えていた。


 リュウが目を付けたこのラクダは、異様な雰囲気を放っている。

 良い馬、良い台車。

 確かに格が上であるギルドはそういったラクダを使用するものであり、そういった意味ではこの老舗料理店に泊まっていても不思議はない。


 しかし、周りのチンピラがこのラクダに対して畏怖するように近づかないこと。そのくせ、どこか敵愾心めいたものを視線に乗せて睨み付けていること。御者が一人だけ、もの静かに待機していること。


 ――それらが、リュウは気に入らない。


 御者の男は、立ち去る様子のないリュウに向かって、威圧的に問い掛けた。


「オイ、どこのモンだテメエ?」

「……ドイル」


 御者の男に届くかどうか。本当に静かに低く、リュウは呟いた。

 御者は眉をひそめた。微かに眼でみられた変化はそれだけだが、リュウにはわかる。明らかに、御者の瞳に警戒以上の危険な色が込められた。


 御者は馬車から降りると、リュウの胸ぐらを掴んだ。


「聞こえねェよ。……はっきり言えやオラァ!!」

「か、関係ねーよ。ただ、友達待ってるだけで……」


 全くの嘘っぱちな弁明をするリュウを、御者は叩き付けるようにして荷車に押し込んだ。リュウの首に御者の左腕が食い込み、リュウは両手でその腕を掴む。


「――ッ!?」

「ア? 嘘吐いてんじゃねえぞ?」


 鳩尾に衝撃が走る。呼吸も出来ないほどの激痛に、リュウは身体を丸めようとするが、押さえ付けてくる御者の馬鹿力がそれを許さない。


「ガキ! 今、『ドイル』っつったろ? どういうわけだオイ!」


 馬脚を現す。そんな言葉がリュウの脳裏に浮かんだ。

 烈火の如くリュウに怒声をぶつける御者に、リュウの身体はギリギリと締め付けられる。まるで焦熱の拷問のように。



***



「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 ≪時雨≫の中でも最上客が利用する部屋、“アグリノ”。ヴァネッサはそこに座している面々に一礼する。


「思いがけずシラック殿がいらしているとは……、それに副隊長も」

「掛けたまえ。メロードル」


 ヴェイランテ副隊長がヴァネッサに命じた。そう言われれば、黙って座るしかないヴァネッサだが、この状況にただ頷いてばかりではとんでもないことになる。


「水を差すようですいませんね。ちょっくら火急で話をつけんと、不味ぅいことになりましてな」


 そう言ったシラック・ドイルは、ドイル・ファミリーの先代のボスの年の離れた弟だ。

 先代の引退後、彼が跡目を継ぐと思われていたが、どういうわけか彼はその座を先代の息子に譲り、自分自身は幹事長の役に就いている。通常、彼のポジションは“若頭”等とも呼ばれ、後継者が就くものであり、そういった外聞を度外視したドイルの体制は異端を放っていた。


「火急の話、と仰いますと?」

「何でもヒストロ教会を手入れするとかで、もうあそこで商売すんのを止めさせようと思ってます」


 シラックは恰幅のいい身体を乗り出し、机の上で指輪を幾つもはめた太い指を組んだ。


「手入れ?」


 寝耳に水だった。ちらりとヴェイランテ副隊長に視線を移して説明を促すと、彼は咳払いをする。


「ああ、私から説明しよう」


 副隊長は眼鏡を外して、制服の胸ポケットに収め、語り出した。


「≪ウルトラシング≫の事件から一週間が経過した。まだ事件の全貌が明らかになったわけではないが、ホガロのギルドが絡んでいることは、我々公安局はもちろん、この一辺の地区委員会や企業連も承知している。おかげでホガロの公安局の第二部隊は、随分と肩身の狭い思いをしていることは、君も知っているな?」


 その問いに首肯すると、ヴェイランテは説明を再開した。


「まあ、当然の流れだが、方々からギルドの取り締まりを強化するような呼び掛けが一層強まってな。胡散臭い投資家連中がこれみよがしに声を大にしていることもあって、この界隈一斉に、大規模に手入れをする計画が立てられているというわけだ。まあ、これだけ大きな話になれば、手入れも何もあったもんじゃないが」

「それはわかりますが、教会にまで事が及ぶのは、どういう了見なのでしょう?」


 神聖視されているルーセアノ教会に対し、どの国でも制服組は基本的にノータッチだ。ルネの中心街には支部であるカセフト神殿もあり、その膝元にあるヒストロ教会で公に探りを入れるなど、神官達の耳に入ればかなり面倒な騒ぎになりかねない。


「捜査をするのは公安局ではない。カセフトの副神官長によるパフォーマンスだ。次期神官長の選出に際して、クリーンさを売りに出さなければならないのは、言うまでもあるまい?」

「副神官長がカセフトとヒストロの手入れをするということですか……」

「ハァー。これだから我欲の強いクズには困ったもんですな。出世のポイント稼ぎの為に、身内の面子も平気で潰すたぁ」


 シラックは自らの後頭部をぺしりと叩き、悪態を吐く。己のことを棚に上げ、随分な物言いをするものだ。


 何であれ、概ね事情は掴めた。

 地方がギルドの取り締まりを強化することを内々で決定し、それに半ば便乗するような形でカセフト大神殿の副神官長が身内の手入れを行う。


 ――だが、それだけではあるまい。


 ヴァネッサは神経を尖らせて、シラックとヴェイランテの様子を窺う。

 二人が飛び入りでこのお茶会に参加したのには、まだ大きな理由があるはずだ。


「……それで、ご用件というのは?」

「驚かないで欲しいんですが、ヒストロのカジノあるでしょう? シェイクラルドがだいぶ前に始めたシノギですわ。コイツ、そこの売上げの二割三割を黙ぁーってシェイリスに運んで、ファンド(・・・・)とか嘘くせえモンやってるみたいでしてね」


 ――やはりバレたのか。


 悪い予感が的中し、心中で舌打ちをするヴァネッサである。


「オジキ、それは……」

「いーから、オメエはちょっと黙ってろ」


 シェイクラルドが反論しようとするが、シラックは一瞥もくれずに黙らせる。


「いや、ホントに恥ずかしい話でさぁ。俺に一言も断り入れねえで……、全くぅ、ピンハネですよ、ピンハネ。手入れの件でコイツらの帳簿を調べたら、鉛筆舐めよってる有り様ですわ。この親不孝モンが!」


 ――不味いことになった。


 親であるドイルにピンハネがバレた以上、シェイクラルドの密輸はどうしても止められてしまう。つまり、この場で話がまとまれば、明日のウロコは出ない。

 ヴァネッサの調べでは、≪オボウ会≫本家の金を同時に動かしているようなので、後日このお茶会のことを彼らの耳に入れば、シェイクラルドの密輸は復活する見込みがある。だが、ドイルも“商売を止めさせる”と明言している手前、それまでにどれだけの時間が掛かるだろうか。


「で、今日私がここに同席させてもらったのは、≪オボウ会≫の担当を変えようと思ってな」

「――な」


 ヴェイランテの一言に、思わず声を漏らしてしまう。

 ヴァネッサが外される。あまりに突飛すぎる担当替えの話だ。

 これはおそらく、密輸の件をヴァネッサが見逃していたことまでバレてしまったということか。


「いやね。ウチらとしても、ここ一年メロードルさんには本当に世話になりまして、非常に惜しいんですけどね」

「君はよくやってくれた。約束通り、ウチの監査の後押しは、大船に乗ったつもりで任せて欲しい。私としても引き続き頼みたい気持ちは山々なんだが、君も忙しい身の上で滅多にデスクに姿を見せない。ずっと出突っ張りだ。手入れのこともあるし、当面の間は≪オボウ会≫の皆さんにとって、フットワークが軽い人材を割り当てた方がいい」

「第二のマドンナだもんなぁ。こりゃ、ウチの野郎共が大暴れしますよ。後任の方は大変だ」


 シラックがけらけらと笑う。


 突然の担当替え。≪ウルトラシング≫の件が重なり、運がなかったとでもいえばいいのか。これでは、ウロコでシェイリスまでルアノを運ぶのは不可能だ。


 思いがけない計画の頓挫に、ヴァネッサは周囲に気付かれぬよう歯軋りをした。





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