26.亡命計画
「オイ、ちょっと待て。誰が誰の“従者”だって?」
「ちょっと。何か勘違いしてない? ヴァネッサ」
ルアノと二人で、ヴァネッサの発言に待ったをかける。
だが、ヴァネッサは不思議そうな顔をして、首を捻りながらリュウに訊いた。
「――? アルバーニア君はルアノ様にお仕えしたい一心で、ここまで行動を共にされたのでは?」
――目眩。
ヴァネッサのとんでもない発言に、リュウは久々にあの感覚以外で目がチカチカするのを感じた。正しい認識のすり合わせをすべく、これまで彼女とコンタクトを取っていたルアノに問い掛ける。
「なあ、何で俺が従者希望ってことになってやがる?」
「わからない」
ルアノは首を横に振り、ヴァネッサに尋ねた。
「どゆこと? ヴァネッサ」
しかしながら、ヴァネッサは顔面にクエスチョンマークを貼り付けるばかりで、いまいちリュウ達が何に疑問を抱いているのか、理解していない様子だった。
「“ワケわかりません”みてえな顔してんじゃねえよ。今んとこ、ルアノに仕える必要性なんざ、俺には一切ねえぞ」
「必要性などなくとも、心が」
「赴かねえよ!」
「何、ですって……」
まるで青天の霹靂、信じられないものを目の当たりにしたように、ヴァネッサは目を見開いて絶句してしまう。
「異世界人見るような眼してんじゃねえぞ! オイ、ルアノ……テメエの周り、やっぱポンコツしかいねえじゃねえか」
ルアノも顔を赤くして、ヴァネッサを咎める。
「もう、ヴァネッサ! この人達は、わたしの……、その、その、その、友達? ……みたいなものだから。従者とか、そういうのなしだから!」
ふむ、と呟きながら、ヴァネッサは己の勘違いをようやく正したように、顔を右手で覆った。
「……まあ、価値観は人それぞれですからね。シロノ君もですか?」
ヴァネッサはそうシロノに問い掛けた。
だが、シロノは虚ろな瞳をヴァネッサに向けているだけで、返事をする様子はない。
「あんま喋らねえヤツだから、気を悪くしないでくれ。……特に愚問には答えねえな」
「そうでしたか。それは失礼しました」
気まずい沈黙が流れるのを阻止すべく、リュウはすかさず『座れよ』と口を開く。
「話を戻すぞ。これから二人はどうやってエグルルフに行く? 俺もついてってもいいのか?」
失礼、と断りを入れてから、ヴァネッサはシロノの正面に移動して腰掛ける。
リュウ、ルアノ、シロノの視線がヴァネッサに注がれた。
「まず、アルバーニア君とシロノ君がついてくるのは構いません。先方に確認を取る必要がありますが、まず拒まれることはないでしょう」
「≪決戦≫のテストは合格ってことでいいか?」
「私のやり方に非があったのは認めますので、おまけを付けてギリギリ及第点とします」
温情で可をいただき、リュウは胸を撫で下ろした。その辛辣な物言いに、釈然としないものがあったが、何しろこれで大手を振ってルアノに同行出来る。
「一応、アルバーニア君がシグワルド・サレイネを探っていること、それに関連のありそうな≪赤の預言≫に興味を持っていることは、ルアノ様から伺っています」
リュウの眼を真っ直ぐに見据え、空気が引き締まるような声色でヴァネッサが言う。
「ルアノ様に同行したいというのは、それが理由ですか?」
「いや、それだけじゃねえ。好奇心からルアノを見届けたい」
正直に言ってのけたリュウに対し、ヴァネッサは眉をひそめた。ゲーム感覚でルアノを見物するような発言をしたことを、面白く思っていないに違いなかった。
「念のため、確認させて下さい。ルアノ様に同行するなら、貴方がたにも相応の覚悟をしていただくことになる。少なくとも、途中で降りることはできませんが?」
「当然、俺は望むところだ。俺が行くなら、多分シロノもついてくるだろ」
リュウの言葉に、シロノは頷いてみせた。
「ヴァネッサ。わたしも、この二人にはついてきて欲しいんだ」
ルアノは真剣な眼差しでヴァネッサに説く。
「この二人には、≪赤の預言≫の内容を話してる。だから、ヴァネッサにはできない話も二人にはできるでしょ?」
ルアノの言葉に、ヴァネッサは頷いた。
「承知しました。お二人が信用できるかどうかは、もう議論する段階を過ぎています。皆様が望むなら、私から反対することはありません」
静かに瞑目したヴァネッサである。
彼女のリュウに対する心象は、あまりよくなさそうに思えた。もちろん、それは当然のことでもある。彼女からすれば、リュウは得体の知れない人物だ。それだけでもなく、好奇心から自分の主にへばりつくような男を、よく思えるはずもない。
故に、これからリュウはヴァネッサの信頼を得るための努力をしなければならないが、シロノの符丁による警告とはまた別に、リュウ自身がヴァネッサに悪い印象を抱いてしまったのが問題だった。
あくまで直感的にだが、リュウはヴァネッサとは反りが合わない。それはヴァネッサのロイヤルガードとしての自負心に対し、リュウが苦手意識のようなものを感じているからであると思われる。
≪ウルトラシング≫で出会ったヴォルガも、リュウのことを快く思っていなかったようだが、正直あのときはそんなことを気にする余裕はなかった。
だが、このヴァネッサに対しては、リュウは劣等感に近しい厄介な悪感情を抱いてしまっている。そのことが、リュウにはたまらなく気に入らない。だとすると、当然リュウが非難すべきは自分自身のはずであるが、そうさせているヴァネッサに、嫌悪感めいたものをどうしても払拭することが出来ずにいた。
不思議だ。他人を意識しすぎることなど、リュウは滅多に経験がない。
なのに、何故ヴァネッサに対しては、このように窮屈な思いをしている?
「では、具体的なプランをお話しします」
本題を切り出したヴァネッサに、リュウは意識を引き戻された。
「現状、ルアノ様に対する包囲網は公には敷かれていない状態です。しかし、偽造した旅券等で国境検問所を通ろうとするのは、あまりに無謀でしょう。検問所には密偵が張っているでしょうからね。そこで、ルネを中心として、この界隈で最も有力なギルドである≪オボウ会≫に協力を仰いでいます」
「ギルド? 国境越えるのに、ギルドがどうにかできるの?」
ルアノの問いに、ヴァネッサは丁寧に頷いた。
「≪オボウ会≫は大きな収入源として、ルネの三番街にあるヒストロ教会地下で開かれている、違法賭博の経営をしています。正確には傘下であるシェイクラルド・ファミリーのシノギで、彼らはヒストロと癒着関係にあるのです」
違法賭博。リュウ達が以前にホガロで通っていた鉄火場で行われるお遊びとは、まるで格が違うギャンブルだ。行われるゲームの凶悪性はもちろん、桁違いの金や奴隷が当たり前のように賭けられる。
リュウは頬を引きつらせた。そんなあくどい商売が教会地下で行われているとは、どういう道理だ。
「明日の午前。ヒストロから検問所を越える竜車が走る。我々は、それに同乗させていただく手筈になっています」
ウロコは滅多に走ったところをお目にかかれない、ラクダとはランクが違う車両だ。
主に機密性の高い代物の輸送に使われる、とリュウは聞いたことがあった。たとえば、現金や武器、兵器、魔物、凶悪犯罪者だ。
まことしやかに、密輸等にも利用されるといわれているが、今のヒストロ教会の話を聞く限り、おそらく事実なのだろうと呆れかえるリュウである。
だが、教会のウロコに乗ることが出来るなら、それが一番確かな方法ではないかとリュウは思う。これも聞きかじりの知識に過ぎないが、ルーセアノ教会は治外法権であり、検問所であれ厳重な検査は要されないとのことなのだ。
「そのウロコで検問所を越えたのち、シェイリスの【マトルゥ】という街で降りる。そこからラクダでゆっくりでも、五日ほどでエグルルフに到着します」
以上が、計画の概要です。とヴァネッサは締めくくった。
「質問。その≪オボウ会≫の人達って、信用できるの?」
ルアノは≪ウルトラシング≫での一件を思い出したのか、苦い表情だった。
「信用できるか否かで言えば、間違いなく信用できる輩ではありません。私は公安局第二部隊に籍を置いており、その肩書きで彼らと接触していますが、不本意ながら貸しは大きくなりそうです。ですが、だからこそ彼らも裏切りはしないでしょう。そんなことをするメリットがありませんからね」
ギルドの手を借りることに対し、ルアノは乗り気ではなさそうだったが、渋々と納得したようだった。リュウとて、あの手の輩と関わり合いになるのは、可能な限り御免被りたいものである。
ルアノの様子を見ていると、どうもリュウも落ち着かなくなる。こうなると、質問の一つでもしないと気が済まなくなるのが、自分でも厄介な性分だと思う。
「俺からもいいか?」
「どうぞ」
挙手したリュウに、ヴァネッサは視線を向けた。
「ウロコに積まれてるのは何だ?」
「金、と聞かされています。シェイクラルドは、定期的にヒストロのアガリを何割かシェイリスに密輸することで、資金調整をしているのです」
「そりゃ売上げをピンハネしてるってことか?」
「ええ。彼らは本家だけでなく、親であるドイル・ファミリーに対してもアガリを幾らか納めているようでして、それを面白く思っていないのでしょう。本家と結託してシェイリスに金を移して、ドイルの面子を立てながら上納金を誤魔化しているのですよ」
小難しい話だ。それならば本家がドイルを締めればいいだけに思えるが、そういうわけにもいかないのだろう。そんなことが横行してしまえば、そこら中でたちまちハラス合戦が幕を開けそうである。
「大体話はわかった」
そう言って、リュウはシロノとルアノに顔を向けた。彼らも特にそれ以上の質問はないようだ。
「で、明日までのことは、任せちまっていいのか? 俺等に仕事は?」
「特にありません。強いて言うなら、私は今晩、シェイクラルドのお茶会に挨拶に伺います。その間、ルアノ様のことはお願いします」
リュウは頷いて了解の意を示す。
それを認めると、ヴァネッサは立ち上がった。
「では、これで作戦会議は終わりにしましょう。アルバーニア君はもう少しゆっくりして下さい。まだ体調は万全ではないはずです」
「お陰様ですっかりよくなったっつーの」
言ってのけ、リュウはベッドから降りた。
「んじゃ。俺とシロノは散歩に行くから。オメー等こそゆっくりしてろ」
リュウはシロノに顎でついてくるように指示し、スタンドに掛けられていた皮のジャンパーを羽織った。
「リュウ」
扉から外に出ようとすると、背中からルアノの声が聞こえた。
「何だ?」
「あ、いや、……何か、ありがと」
背中越しにルアノに問い掛けると、遠慮しがちな返事が耳に届く。ルアノとヴァネッサに気を利かせた、とでも思われたのか。
リュウは振り返り、ルアノを見てせせら笑った。
「マヌケ」




