19.メイガンの秘密
メイガンの目的は、先ず青⑥を取ってしまうこと。
アルバーニアは青⑤⑥に毒を分配している。特に青⑥には毒+2だ。
しかし、その毒はメイガンの同量の中和剤で打ち消してある。
メイガンが青⑥を取ることにより、アルバーニアはもうどうすればいいかわからなくなるだろう。残された彼の選択肢はレッドラインの杯のみ。アルバーニアの中和剤がある赤⑥を狙うだろうが、そこにはメイガンの毒が2単位量振ってある。
――終わりだ。
メイガンは青③を飲み干し、杯を伏せる――、
――アルバーニアが青⑤の杯を手に取った。
あまりの衝撃にメイガンは悲鳴を上げそうになった。
表情には出さなかっただろうが、心中で目を丸くしながらアルバーニアが杯を飲み干す様を見るしかない。
――そこにはお前の毒があるだろうが!?
毒で気が狂ったか? 記憶違いが生じたか?
一セット目でも同じことをやらかしたアルバーニアだが、この状況で同じミスをするなど、論外どころか一生掛かっても理解することが出来ないだろう。
だが、彼はセーフだ。
メイガンの中和剤が、彼の毒を打ち消しているからである。
ブルーラインをクリーンにしたメイガンの分配が裏目に出た。舌打ちしたい衝動に駆られるが、メイガンは青⑤に毒があることを知らないはずなのだ。故に、アルバーニアの選択にリアクションを取ることは許されない。
――落ち着け。
メイガンは口元に手を当てて、杯の列を凝視する。
毒による胸焼けのせいか、苛立ち始める己の心を戒めた。
すぅ、と一つ息を整えてから、アルバーニアの様子を窺う。
彼は力なくルアノに寄りかかり、完全に顔を俯かせ、その表情を読み取ることが出来なかった。支えているルアノは緊迫を堪えるようにして目を瞑っている。
――青⑥を取れば、もう終わりだ。
メイガンは青⑥を選択。
これで、アルバーニアの選択はレッド――、
――リュウ選択、青⑧。
メイガンは動揺を隠すことが出来ただろうか?
――さっきから、何だコイツ。
おかしい。
アルバーニアは明らかに狙って自分の毒を選択している。そうとしか考えられない。
青⑧はアルバーニアが毒+1を分配している。前の青⑤はアルバーニアがトチったと思っていたが、二度も連続でやられると、もう狙っているとしか思えない。
メイガンの選択肢に青⑨がある。ここにはアルバーニアは毒を分配していない。これを獲ってしまえば、メイガンの勝利だ。
だが、ここまで妙な手を連発されると、どうしてもメイガンは一考せざるを得ない。
――何故アルバーニアは自分の毒を選んだ?
彼の選択に躊躇いは一切なかった。
まるで、そこにメイガンの中和剤が存在しているのを、知っているかのように。
メイガンは既に毒の影響で汗ばんでいる。
だが、今メイガンは全く異なる驚異に起因する汗――冷や汗を顔面に伝わせたのを自覚する。
――コイツ。
コイツ、コイツ、コイツ、コイツ、コイツ、コイツ、コイツ。
――俺の能力に気付いている?
違う。そんなことはない。
見破ることはおろか、そんなことに思い至れる人間は、メイガンはこれまで出会ったことがない。
認められるわけがない。
目前の男が、まさに初めてメイガンの力を看破した人間であることを。
毒のせいで要らないことを考え過ぎだ。あり得ない可能性を考慮してどうする。
あらぬ方向へと思考が逸れていく自らを叱責し、意を決して青⑨に手を伸ばす。
『俺も、お前のことを、わかってるつもりだ』
――考え過ぎなわけがないだろ!
メイガンは手を止めた。
よく思い出せ、と毒で鈍る頭に命じた。
アルバーニアは一セット目で、自ら分配した毒を選んだ。それ自体はおかしなことではない。相手の選択肢を制限するために、やむなく毒を選ぶ場面もある。だが、赤⑧の選択。あれは際立っておかしい。
今、メイガンははっきりと理解した。あれは記憶違いなどではない。
――アルバーニアは自分の毒の分配を知らなかったのだ。
メイガンは自分が視たアルバーニアの分配シートを思い出す。
彼は毒の分配だけ、チェック記号で表現した。それらのチェック記号はマスの中心から大きくズレていなかったか。
まるで、目を瞑って適当に記入したかのように。
メイガンはアルバーニアに視線をやった。
毒でへばっているその弱々しい姿が、今のメイガンには毛皮に毒を持った羊にみえる。
適当に毒を分配した理由。
それは、自分の思考を読まれることを避けるため。それ以外に考えられない。
すなわち、アルバーニアは一セット目の時点でもう、メイガンが奇跡を使って敵の分配を見破ることを警戒していたのだ。
しくじたる思いがあった。
二セット目で、メイガンはアルバーニアの微表情を見極めた旨の発言をし、アルバーニアの毒を回避したことに説明をつけた。
だが、アルバーニアからすれば、自身の一セット目の挙動はまるで役に立たないサンプルだ。すなわち、メイガンの微表情看破が丸きり嘘であることは、完全にバレてしまっていたのだ。
メイガンの嘘。
アルバーニアがそこからメイガンの“ノゾキ”を確信してもおかしくない。
“ノゾキ”に辿り着いたアルバーニアが、このセットで立てる策は?
――シートのすり替えだ。
アルバーニアが三セット目の分配シートをヴェンディに渡す前、折りたたんで上着のポケットに仕舞ったではないか。メイガンが視たのはその分配シートだが、実際にアルバーニアがヴェンディに渡したのは、別のシートだ。
つまり、メイガンが視た――視せられた分配は、でたらめ。
見せかけのシートに分配された毒は、アルバーニアにとっての安全地帯となったのだ。メイガンがそこに中和剤を振ることはあっても、毒を振ることはない。だからこそ、あそこまで迷いなくアルバーニアは青⑤と青⑧を選択した。
そして、おそらく青⑨に分配されているのは、中和剤-2ではない。
最低でも毒+2だ。
――何なんだ、コイツは。
目眩がする。メイガンは頭部に強い痺れを感じた。
そして、同時に疑問が氷解する。メイガンの依頼主が何を考えていたのか、だ。
アルバーニアには、メイガンを差し向けるに足る十分な力がある。
危うく騙されるところだった。メイガンは額の汗を拭った。あと少しで、アルバーニアの小物臭に惑わされ、日和った選択――青⑨を取らされるところだった。
煮えたぎる思考。
ぐらつく視界に目を絞り、メイガンはレッドラインに手を伸ばした。
今の状態がアルバーニアが最初から描いていたものだとすると、アルバーニアの残りの毒は、彼自身の中和剤で打ち消してしまうのが合理的。そうでなければ、レッドラインに不安要素を残してしまう。
――赤④を選択。
杯を一気に飲み干し、元の位置に戻した。
ヴェンディの宣言はない。
赤④はセーフだ。
――勝った。
メイガンはアルバーニアを見ながらほくそ笑む。
これで、アルバーニアの選択肢は赤⑤⑥しかない。だが、そこにはメイガンの毒+2が分配されている。
緊張からか、動悸が激しい。
アルバーニアが顔を上げた。
目が合う。
彼は目元と口元に歪な曲線を描いていた。
毒による疲弊からか、無理に作られたその笑顔は寒気がするほど気色悪い。
そして、アルバーニアが手を伸ばす。
――赤⑥だ。
アルバーニアは赤⑥を手に取った。
この瞬間、メイガンの勝利が確定した。メイガンの毒+2を服毒し、アルバーニアは最低でも3単位量の毒を喰らったことになる。レフェリー・ストップでアルバーニアの敗けだ。
アルバーニアが飲み干した杯が、逆さにしてトレーの上に置かれる。
メイガンはヴェンディに視線を移した。
終わり。
彼女がアルバーニアの敗けを宣言して、終わり。
一瞬一瞬が果てしなく長く感じる。
寸でのところで敗けるところだった。
毒を喰らった身体に掛かった精神的な負荷。費やした思考への労力。
おかげで気分が悪い。
この地獄の一分余りを回想し、メイガンはむせ返りそうになる。
そして、ヴェンディが血色の良い可憐な唇を、大きく開いた。




