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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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18.ファイナルセット

 ウィルク・アルバーニアを追い詰めた。

 彼の息絶え絶えの様子から、メイガンはそう確信していた。

 痛みに堪える表情。激しい息切れと発汗。ぼやけているであろう視界にしばたたかせる目。赤髪の少女に身体を預ける弱々しい足下。

 あれは相当なダメージとみえる。


 第二セットは取られてしまったが、それと引き替えにアルバーニアの服毒は2単位量。彼が次に服毒した瞬間、メイガンの勝利だ。

 開始から二十分程度も経っていないが、この≪決戦(デュエル)≫も大詰めだ。あと十分、長くても十分で終わる。メイガンの勝利で。


 1単位量の毒を喰らっているメイガンは、息苦しさに中空を仰いだ。

 はやるな。と己に言い聞かせる。この毒のダメージによる判断ミスやチョンボは避けなければならない。




「これより、三セット目――最終セットの分配を開始する。制限時間五分に注意しろよ」


 リア・ヴェンディが開いた手のひらで五分を示し、宣言した。


「ちょ、ちょっと待って」


 焦燥感を孕んだ制止の声。赤髪の少女だった。


「ねえ、治癒術をかけてあげていい?」


 ――何を言っているんだ、あの娘は。


「いや、ダメだろ」


 当然のように突き放したヴェンディである。

 だが、少女はなおも食い下がる。


「だって、治癒術を使っちゃいけないルールなんてないじゃん」

「そうだな」


 とため息を吐くヴェンディである。


「治癒術自体は使ってもいいんだよ。そもそも、毒の効き目だって個人差あるし、そういう意味じゃ、この≪決戦(デュエル)≫は完全な平等じゃねえ。解毒の治癒術も、毒への対策を持っているかっつー個人の能力だと解釈できる」


 けどな、と金髪をアップにしたヴェンディ監督官は続けた。


「お前らがアルバーニアに解毒を施すのはダメだ。それは、メイガンが『杯を飲むのはアルバーニアだけ』という条件を提示したからだ。この言葉を額面通りに受け取るのはあまりに意地悪過ぎんだろ。メイガンが言いたかったのは、『服毒量を仲間で分散させるのはダメ』ってことだ」

「分散じゃなくて治療でしょうが」


 なおも抗議する赤髪の少女に対し、『わかってねえなあ』と首を振ったヴェンディである。


「いいか? 要するに、お前らはアルバーニアが喰らう毒の量を調節しちゃいけねえんだよ。アドバイスはいい。肩を貸してやるのもいーだろう。だが、アルバーニアの服毒量を少なくするのはアウトだ。わーったか?」


 まだ何か言いたそうな赤髪の少女に、アルバーニアが言う。


「ルアノ、それがルールだ。聞き分けろ」

「……はい」


 そう宥められ、不承不承というように赤髪の少女は頷いた。




 正直、アルバーニアが解毒されようと、メイガンには関係がない。


「では、シートに分配を記入しろ!」


 ヴェンディの掛け声と共に、アルバーニアは壁際のテーブルに向き直る。

 シロノとルアノと呼ばれた少女が、彼の分配を見守っている。


 メイガンは呼吸を整えて、最終セットの分配をどうするべきか、頭の中で整理した。

 はっきり言って、形勢は解毒がどうとかそういうレベルではない。必ずメイガンが勝てるようになっているのだ。


 それにしても、あそこまで食い下がったあの赤髪の少女。どこかで見たことがある気がする。


 ――ルアノ?


 メイガンは、その名に引っかかりを覚えた。魚の骨が喉に刺さったような、取り除き切れない不自然な居座りの悪さ。


 そんな考えをメイガンは首を振って打ち消す。まずはきっちりと勝負を決めることだ。

 自分が受けた任務に対する不可解な点。結局、依頼者から明かされなかった真の目的。

 それらを考えるのは後でいい。


 アルバーニアは分配を記入したシートを折りたたんで、上着のポケットに入れた。


 ――写しか?


 そう思ったメイガンだが、彼がそのままヴェンディにシートを渡しに行ったことから、あれが清書だったのだろう。


 それを確認した後、メイガンは分配の記入を始めた。







 ――アルバーニアの分配は、青⑤に毒+1、青⑥に毒+2、青⑧に毒+1。

 ――そして中和剤は、赤⑤⑥に-1、青⑨に-2だ。


 アルバーニアの分配の魂胆を、メイガンは分析した。


 このブルーラインの毒の分配からいって、アルバーニアはメイガンがブルーラインを攻めることに賭けたのだろう。特に青⑥だ。青⑥をメイガンに取らせて、服毒量が+3に達することを期待している。

 次に、中和剤の振り方だ。赤⑤⑥に-1ずつ。これは、メイガンが毒を+1ずつに分けて分配することを見越している。メイガンはアルバーニアが2単位量服毒していることをわかっているので、基本的に毒を固めて分配させる理由がない。

 基本的に、アルバーニアはレッドラインを攻めるつもりだ。

 加えて、青⑨に-2。これは、いざとなれば自分が青⑨を取れるよう、保険をかけたのだろう。2単位量である理由は、用心のためか。


 では、それを踏まえてメイガンはどう分配するべきか?


 ただシンプルに、ブルーラインを一直線で攻略する。そのために、中和剤をアルバーニアの毒と同じ量分配すればいい。アルバーニアはレッドライン攻めのため、ブルーラインは終盤まで手をつけないだろう。ブルーラインの必勝法は、メイガンが獲れる。

 そして、アルバーニアが中和剤を分配した赤⑤⑥に対して、毒+2を分配する。これにより、アルバーニアにとっての安全地帯に地雷をセットしたことになる。


 ――終わりだ。


 どう足掻こうが、アルバーニアに勝ち目はない。

 この勝負、油断などではなく必ずメイガンが勝利する。



***



「いよいよ最終セットだな」


 そんなヴェンディの呟きが場に緊張をもたらすのがわかる。


 ルアノは喉を鳴らした。

 肩を貸しているリュウがゼイゼイと苦しそうに呼吸し、その度に彼の胸が大きく上下されるのがわかる。


 メイガンの分配シートはすでに提出され、あとは二人の分配が適用された杯が中央テーブルに用意されるのを待つだけだ。


「何か言っときてえことはあるかよ?」


 不敵に笑んで、ヴェンディが参加者に尋ねる。


「だとよ」


 そうメイガンはリュウに呼び掛けてきた。


「何か言い残すことがあれば――」

「ある」


 リュウの力ない声が、ルアノの耳朶を打つ。か細いそれがメイガンの言葉を遮った。

 ルアノは少し首を曲げるが、彼は頭を垂らしており、角度的にその表情はみることが出来ない。


「せっかくの……お楽しみだ。テメエに、一応言っとこうと……思ってな」


 メイガンから小さく鼻で息を漏らす音が聞こえる。


「何だ?」


 リュウは顔を上げて、メイガンを見る。


「お前は言った。俺のことは、もうわかったってな……。俺もだよ。俺も、お前のことを、わかってるつもりだ」


 ふっ、とリュウが息を吐く。口から嘲笑が零れたように。

 そんな言葉を聞かされたメイガンは、舌打ちをしてつまらなさそうに明後日の方に顔を向けた。


「だが、この勝負において、二人が互いをわかってるってのは、矛盾してる。……だから、どっちかが“わかったつもり”でわかってない」

「お前さんは何もわかってないだろ」

「どうかな?」


 リュウの言葉は、意外にしっかりとしていた。更に、それを否定したメイガンに対して、疑問符を打つ。


「それは、このセットで証明される」


 はっきり言えば、このリュウの言葉はどうかしているとしか思えない。そうルアノは思う。

 リュウは2単位量の服毒で、後がないのだ。

 対するメイガンは、あっても1単位量の服毒。まだ1単位量の毒までなら猶予がある。


 リュウは不利。

 果てしなく不利なのだ。


 痛い。苦しい。やめたい。

 そんな三重苦が、リュウの中でどれだけ膨らんでいるだろう。それを想うだけで、もうルアノは心が千切れそうになる。


 ――それでも。


「白黒ハッキリさせようぜ」


 愉快げな気色を纏うリュウの声に、ルアノは心中でもう何度目になるかわからない鼓舞をする。


 リュウはなお勝とうとしているのだ。

 どれだけ不利だろうと、どれだけ辛かろうと、どれだけ勝つ見込みが少なくても、リュウは決して諦めたり、逃げたり、そんなことは考えない。少しでも考えていたら、こんなことを言うはずがないではないか。


 諦めたら駄目だ。

 勝つ。リュウが勝つ。



 ワゴンを押した黒服が現れ、トレーを中央テーブルにセットする。

 分配された杯が、赤と青、二色で二列の連なりを作っている。


 光に照らされ、美しい輝きを放つ杯達。

 その中の幾らかには、飲んだ者を敗北へと引きずり込む毒を含んでいる。

 それを見極め、避けて、九番目の杯へと辿り着くのか。それに魅入られ、毒に倒れるのか。


「準備が出来たな」


 とヴェンディ。


「最終、第三セット。先攻はメイガンだ」


 リュウの毒は全てブルーラインに振ってある。

 それも、⑤⑥⑧という後半に集中させていた。リュウが勝利する最短の道は、毒+2を分配した青⑥をメイガンに取らせることだ。だが、それも容易ではない。青⑥は警戒対象といっていい。

 ルアノは胸中で緊張の息を大きく吐き出した。


 そうでなくても、何とかメイガンに毒を取らせるしかない。もしメイガンが赤⑨に毒を分配しているなら、ブルーラインを選択してくれる見込みは十分にある。

 問題は、その前にリュウが服毒しないことだ。こればかりは、もう読みようがない。リュウはメイガンのことをわかったと発言した。それがハッタリではないことを祈るしかない。


 ――メイガンが青①を選択した。


 杯を逆さにし、トレーの上に伏せるメイガン。


「お前の番だ。アルバーニア」


 リュウの選択肢は、赤①②か青②③だ。

 気になるのは青③。ルアノにはかなりの危険杯にみえる。メイガンの毒が分配されていても、おかしくはない。それに加えて、メイガンに青③を取られても問題ないようにもみえる。次にリュウが青④を取ってしまえば、メイガンに毒を取らせる確率は高まる。特に、青⑥を取らせるいいきっかけになるのではないか。


 リュウ選択、赤②。





 ――ヴェンディの宣言がない。


 ルアノは安堵の息を漏らす。どうやら、赤②に毒は入っていなかったようである。

 リュウの様子を窺うが、ルアノにはよく分からない。ただ毒を飲んで辛そう、という単純な印象しか抱くことが出来なかった。

 メイガンはリュウの様子から、杯に毒があるか否かを見極めているような発言をしていたが、リュウは三セット目開始時点から毒を喰らっており、息遣いも荒ければ表情も歪んでいるはず。

 怪我の功名と言うべきか、メイガンはリュウを読むことは出来ない。そうであると思わなければ、やってられない。


挿絵(By みてみん)


 次はメイガンの番だが、ここで彼が青③を選べば、いい兆候だとルアノは思う。

 二セット目で彼はリュウの⑥を避けたが、ルアノの記憶が正しければ、あのときメイガンは③も避けていた。彼が三の倍数を基準として毒の有無を判断しているなら、③を選ぶイコール⑥を選ぶと思っていいのではないか。





 メイガンの手がブルーラインに伸びる。



 ――青③!



 ――青③を取れ!







 メイガンの選択は青③。


 ――よし!


 ルアノは胸の内で拳を握る――、






 ――!?


 その刹那に訪れた衝撃に、ルアノは表情を思い切り歪めた。




挿絵(By みてみん)




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