17.見抜いた男
下らないやり取りをしているうちに、二セット目の準備が完了した。
改めて並べられた十八個の杯を、メイガンは霞む視界の内に納める。
毒の効果は量依存。1単位量でこの効き具合なら、2単位量まで服毒してしまうと思考するのも辛くなるだろう。
メイガンは一セット目の赤⑨で、自身が分配した毒+2を服毒していた。ただし、アルバーニアが中和剤を赤⑨に-1分配していたので、実際の服毒量は+1で済んだが。
「それじゃあ、第二セット行くぞ」
監督官であるリア・ヴェンディがアルバーニアに視線を移すと、彼は①の杯の辺りに移動した。
――前回、コイツは何をトチ狂ったか、自分の毒を飲もうとした。
その意図――特に赤⑧選択の理由を、メイガンは全く読み取ることが出来なかった。しかし、二セット目の分配時にようやく疑問が氷解する。
すなわち、記憶違いだ。
写しを取るようなことを言っていたが、結局アルバーニアがそれを見ている様子はなかった。見栄なのか何なのか知らないが。
そのおかげで――、まあいい。
ともあれ、どうあってもメイガンの秘密にアルバーニアが行き着くことは出来ない。
あとはメイガン自身がミスをしないことだ。
だが、今回はアルバーニアのシート提出が遅くなり、先にメイガンが提出することになった。こればかりはやむを得ない。
メイガンは⑨の杯に中和剤を2単位量ずつ分配することにした。アルバーニアはメイガンが⑨の杯――≪決戦≫決着を狙ってくると思っている。そう読んだからである。
シロノと呼ばれた黒髪の少女が、アルバーニア側にあるテーブルの上を見ている。
大丈夫だ。と胸中でごちた。
――これ以上、毒を喰らうことはない。
***
ルアノはリュウのテーブルに置かれた、シートの写しを見た。
赤⑥、青⑥に毒+2ずつ。青④⑤に中和剤-2ずつ。
ブルーライン好きだなぁ、リュウ。
――などと、なんだかんだ言いつつ、結局リュウの分配を知ってしまうルアノ。
二セット目は先攻ということもあり、⑥に爆弾を仕掛けたリュウだが、メイガンがそれを取る保障はない。リュウと同様、③⑥は避けてくる可能性は十分にある。
しかし、⑥を取らなければ⑨の杯を飲み干すことは難しそうだ、とルアノは何となく感じていた。それは一セット目に赤⑥を選んだメイガンも、十分にわかっているだろう。
――服毒は期待していいのではないだろうか?
調子が悪そうなメイガンが演技をしていないのなら、メイガンの⑥選択でリュウの勝ちだ。
問題はメイガンの毒の位置だ。そればかりは、もう予想が立てられない。
シロノの解説で③⑥⑨以外が危ないというのは理解出来たが、必ずしも③⑥⑨に毒が分配されていないというわけでもない。
だが、リュウの手筋は決まっている。メイガンに⑥を選択させるため、④⑤を取りに行くことだ。そのためにブルーラインの④⑤に中和剤が振られているということだろう。
ならば、リュウが最初に取るべきは――、
リュウが赤②の杯を飲み干した。
――そっちなの?
リュウの選択は意外だった。ルアノはてっきり、ブルーラインを攻めるものだと思っていた。
「さて、どうするよ? さっきみたく③を選ぶか?」
「安い挑発だ」
メイガンの手がレッドラインへと伸びる。
「そうはいくかよ」
彼が取ったのは赤④だ。
薄ら笑いを浮かべてみせると、メイガンは杯を煽る。
飲み終えた杯を逆さにし、元の位置に戻すメイガン。
これで、レッドラインは④までクローズされた。
手に汗を握る、と表現すればいいだろうか。
つくづく、一手一手が心臓に悪い≪決戦≫だ。もちろん、赤③にリュウが何も仕込んでいないのはルアノにはわかっているのだが。
リュウは時間を掛けていた。服毒の確認だろう。
次の手自体は、さほど迷うことはないはずだ。赤⑥という選択肢はあり得ないし、赤⑤も悪手であることにルアノは遅れて気が付いたのだ。赤⑤を選んだら、赤⑥の危険性をメイガンに教えてしまうではないか。
つまり、リュウの狙いは、未だ手付かずのブルーラインになる。
ルアノの体感で、二十秒も経っただろうか。リュウが手を伸ばした。
――青②。
やはり、ブルーラインの取っ掛かりを作ったリュウである。
リュウは飲み干した杯をトレーの上に伏せる。
服毒してないだろうか。リュウが杯を逆さする度、ルアノの胸中でざわざわという音を立てながら風のように吹き抜ける不安感。
緊迫した空気も相まって、息苦しくていけない。
冷静に考えて、こんな勝負はまともにやってられないだろうに。そう思ってから、ならば先程のリュウの弾けっぷりも、無理からぬとルアノは気が付く。
ああやって強がらなければ、戦意を保つことが出来なかったのではないだろうか?
そんな雑感をルアノが抱いていると、メイガンが青④の杯を選択し、飲み干した。
悟られぬよう、小さく息を吐き出すルアノ。
これで、赤青ともに④までクローズだ。
――やばくない!?
ぞわっ、とルアノは背中に厭なものが走る悪寒を覚える。
次にリュウが選べる杯は、赤⑤⑥、青⑤⑥だ。
だが、どちらの⑥もリュウの毒が分配されているため、選ぶことはあり得ない。
――⑤を取るしかない。
リュウの⑤選択が、メイガンに“⑨のリスクから逃げた”ようにみえてくれればいい。
しかし、メイガンが⑥に危険を感じてしまえば、まずいことにならないか。
ルアノは必死に頭を回し、メイガンが⑥を避けるケースをイメージした。
何回か繰り返し、間違いなく最悪のケースに至るという結論を弾き出す。
もしメイガンが⑥の杯を避けると、赤青どちらも⑤までクローズした状態で、次のリュウの番が回ってくる。そこで、リュウが⑥を飛び越せば、メイガンが⑨を獲ってしまうのだ。
リュウが青⑤を選択した。
この杯はセーフだ。リュウの中和剤が2単位量入っている。
次のメイガンの選択で、≪決戦≫の大勢が決する。
――お願いだから。
ルアノの祈りは、もはや懇願と呼べるのを自覚していた。
わかってる。困ったときの何とやら、だ。こんなことならば、もっと頻繁に教会でお祈りをしておくべきだった。そんな的外れな後悔をするルアノ。
――⑥の杯を選べ!
「アルバーニア」
メイガンの低い声。
それが今のルアノには怨嗟にさえ聞こえる。
「⑥には毒が入ってる。そうだな?」
――やばい。
ルアノは罠をかいくぐる獣を想起する。
メイガンの双眼は鋭く、僅かな弛緩も見逃さない殺気に近いものを携えていた。
そして――、
メイガンは赤⑤を選択した。
杯を飲むメイガン。彼の喉が鳴るのを、ルアノは呆然と見つめていた。
またしてもリュウは、自らの毒が入った杯を飲まなくてはならない。
そして、今度こそ、メイガンの中和剤は期待出来ないだろう。
――追い詰められた。
「残念だったな。ウィルク・アルバーニア」
杯を伏せ、言い放つメイガン。
「一セット目までで、お前さんのことは、大体わかった。頭を掻くなだめ行動を始めとして、分かりやすい仕草が、多すぎる。直した方が、いいぜ」
皮肉にも、それはいつだったかに、リュウがルアノに指摘したことだった。
たかだかそれしきのことが、こんな惨事を招くのだから、本当に救いようがない。
ルアノはもう心が挫ける寸でのところまで来ていた。
リュウもきつく拳を握り、込み上げる敗北感を抑えているようだった。
リュウは青⑥の杯を手に取った。
その杯には、2単位量の毒が入っている。
それでも。
――リュウは杯を飲み干した。
メイガン同様、リュウも覚悟を示さなければならないのだ。たとえ、それがどんなに理不尽であれ、戦うことを選んだ以上は。
だから、彼は⑥の杯を飛ばして敗けを認めることはしない。
勝負はまだ続く。
杯を伏せたリュウは、メイガンを睨んだ。
「オメーの番だ」
だが、それを受けたメイガンはゆるりと首を横に振る。
「まあ待てよ。今のが本当に毒だったのか、確認してからだ」
メイガンにも毒がまわっているからだろうか。その口調はひどくゆっくりで、ルアノを苛立たせる。
要するに、リュウに症状が現れるまで杯を選ばないということだ。
リュウはジャンパーからペットボトルを取り出すと、中に入っている水を飲む。
三回ほど喉を鳴らすと、それを口から離した。
「無駄だよ」
と咎めるメイガン。
「そんなもんで毒が薄まってたまるかよ」
「うるせえな。ちょっと喉が渇いただけだろ」
メイガンの手番のまま、ただただ刻まれる時間。
その一秒一秒が経過するのを、ルアノは砂金が手から滑り落ちるのを傍観するように、何も出来ずにただ歯痒く思うばかりだ。
そして、いよいよリュウに変化が訪れた。
荒い息遣い。
中央のテーブルに手を着いて、痛みを堪えるように目が絞られる。
「支えてあげてもいいよね!?」
「いいぞ」
ルアノはヴェンディに確認を取ると、リュウに駆け寄る。リュウの脇に頭を潜らせ、肩を貸す形で支えた。
「わりーな……」
弱々しく、笑うリュウ。
――痛い。
ルアノは胸を掻き毟りたくなるほどの痛みを覚えていた。
メイガンを睨み、言う。
「これでいいでしょ。もう杯を選んでよ」
メイガンはため息を吐き、『はいはい』と気怠げに応じた。
メイガン選択。赤⑦だ。
リュウの毒の分配は見切ったとメイガンは言っていた。彼の選択には、確かに躊躇いを感じない。
そして、リュウの選択も決まっている。
リュウは赤⑨の杯に手を伸ばした。
――メイガンの毒が分配されていたら、敗けだ。
だが、もう躊躇はない。これを選ばなければ、どのみち敗け確定なのだから。
リュウは赤⑨の杯を一気に飲み干す。
それを見届け、ヴェンディが声高に宣言した。
「二セット目は、アルバーニアの勝ちだ!」




