16.宣戦布告
結局、どうするのが最善なのだろう?
後攻が③⑥⑨、先攻がそれ以外を選択しやすい。それはわかる。
それを踏まえ、先攻は③⑥⑨に毒、それ以外に中和剤を分配するのがよさそうで。対して後攻は③⑥⑨に中和剤、それ以外に毒を分配するのがよさそうである。これもオーケイ。
だが、それはあくまで前提の話だ。じゃあ実戦で先攻後攻がそのように杯を選択するかと訊かれれば、そうはいかないだろう。
実際、一セット目で三の倍数を取ったのは先攻のメイガンだ。
もしかすると、更にそれを読んだ上で、薬の分配を決めるべき?
すなわち、後攻こそが③⑥⑨に毒を仕込み、それ以外に中和剤を振る。先攻はその逆。
――あれ?
だがしかし、更にそれを見越して相手が薬の分配を決めるかもしれない。ならば、やはり――もうわけわからん。
「大丈夫?」
シロノが冷涼を感じさせる声色で気遣ってくる。顔は無表情なのだが。
そんな彼の言葉に、ルアノは自分の目が回っていることに初めて気が付いた。
「頭がパンクする」
「ロジックを突き詰めようとすると、早い話がジャンケンになる」
「だよねえ。分配はもう運だよコレ」
色々と考える要素について分かったことは多いが、結局のところ分配に関して完璧な作戦はないという結論は、一セット目のときと変わらない。
だからこそ、リュウは一セット目の分配をさっさと決めてしまったのだが、どうにも今回は色々と考え込んでいるようである。
「シロノ、傷は平気か?」
「さっき訊いたばっかりでしょ……」
唐突にシロノの心配をし出したリュウに対し、ルアノは健忘症の疑いを掛けてしまう。
「よくなってきてる」
「ホント? よかったじゃん」
彼の手のひら――傷口を見ると、なるほど、確かに一セット目に見たときよりも縦に刻み込まれたそれが、細く短くなっているようだ。
時間経過で傷が塞がるというようなことを、メイガンは言っていた。この分ならば、もう暫く待てば完治するだろう。ルアノは胸をなで下ろす。
「ああ。よかったよかった」
リュウもシロノに笑顔を向けた。しかし、それは怪我人をいたわるような顔ではなく、悪人然としたいつもの意地悪なそれだ。
「よかったついでに、ちょっとルアノとあっち行ってろ。な?」
「脈絡がない!?」
唐突に突き付けられた厄介払いだが、確かにルアノ達は、リュウの分配を見ないのが正解かもしれない。リュウの分配を知っていると、メイガンの杯の選択が気になって仕方がない。こんなことでは敵にリアクションを読まれてしまう。
「残り三分だ」
そうヴェンディが告げた。
シロノは何も言わずにルアノの手を取り、ヴェンディの近くにまで移動する。
未練がましいルアノは、そうはいってもリュウの分配が気になり、シロノに引きずられながらも未だにリュウの手元の方に顔を向けていた。
「どうした、アルバーニア? 今回はゆっくりだな」
メイガンがリュウの後ろ姿に呼び掛ける。
ルアノはメイガンを見やると、彼は壁に体重を預けた体勢のまま、動いた様子がない。
「一本取られちまったからな。ちょっと今回は時間一杯まで考える」
そう背中越しに返事をするリュウである。
メイガンは鼻で笑うと、
「そうかよ」
と言い、ようやくテーブルの上のシートに向き始めた。
何故か、その姿にルアノは若干の違和感を覚えた。
それはまるで、蒸気のようにルアノの中で霧散し、うまく正体を掴めないまま取り逃がしたような、つまらない居心地の悪さを与える。
「あと二分な」
面倒臭そうに言ったヴェンディを視線を移すと、彼女は腕時計を使って時間を計っているようだった。
ふと気になったことがある。それはメイガンの違和感によって思い付いたものだ。何がきっかけとなったのかはわかるのに、何故なのかまではわからない。実に不思議な感覚であり、むず痒いことこの上ない。
「ねえ。ヴェンディちゃんは、二人の分配を記憶してるの?」
「ヴェンディちゃんだと?」
ヴェンディは眉をハの字に垂らし、ルアノを一瞥する。が、訂正を求めるのも面倒になったのだろう。しぶしぶ、といった風に口を開いた。
「記憶はしてるが、別に記録をちゃんと取ってる。まー実際にはアタシじゃなくて、そっちの野郎に任せてるんだけどな」
「へえ」
ヴェンディが視線を移した方の黒服を見ると、彼は僅かに上体を曲げて軽く一礼してくれる。
記録については、考えてみれば当然のことだ。彼女達だって、≪決戦≫を誰かしらに報告する義務があるだろう。種明かしという意味合いで、後で見せてもらいたいものだ。
「残り一分!」
そうヴェンディが宣言する。
メイガンがシートを黒服に渡していた。
――リュウは?
ルアノがリュウの様子を見ると、彼も丁度記入が終わったのだろう。シートを両手に持って、確認をしていた。
そして、彼も黒服にシートを提出。
これで、両参加者の分配が出揃った。
黒服二人は準備室へと消える。薬を杯に投入しに行ったのだ。
「顔色が悪いぜ、メイガンさん」
リュウは中央のテーブルまで歩を進めると、メイガンを見て言った。
それを受けて視線を移すルアノ。そう言われれば、確かにメイガンの調子が悪いようにみえる。何というか、動きにキレがない。やや緩慢な動作は、彼が自分への配慮をしている様子を窺わせる。
「気のせいじゃないか?」
しらばっくれるメイガン。
彼は毒を喰らっている? とルアノは一考した。
その可能性はある。一セット目でメイガンが赤⑨に毒+2を分配していたら、彼は既に1単位量の服毒をしていることになるのだ。
だが、彼の様子を鵜呑みにするわけにはいかないだろう。服毒した演技かもしれない。
もっとも、そのメリットがどれだけあるのか、もはやルアノにはわからないが。
「このセットを始める前に、お前に一つ確認したいことがある」
リュウの身体は完全にメイガンに向いている。確認とはルールのことではなさそうだ。
――メイガンが知っていることについてだろうか?
そうルアノは当たりをつけた。
「≪決戦≫が始まってから、テメー散々俺を煽ってくれたじゃねえか。アレはそのまんまただの挑発。俺を怒らせる盤外戦術であって、適当こいただけだよな?」
――そんなこと!?
あまりに幼稚な確認内容に、ルアノは転けそうになる。
「ぶっちゃけると、盤外戦術ってのは正しい。アルバーニアの判断を狂わせるのが目的だった」
メイガンは顎を上げて首を掻きながら白状した。
「けどな。まるっきり、的外れなこと言ってたわけじゃないんだぜ?」
続けるメイガンの言葉に、微かな怒気が含まれているのが、ルアノにもわかった。
「正直なとこ、気楽なお前さんが羨ましいよ。こっちは仕事で、雑魚相手だろうと――というか、雑魚ならなおさらに負けることはあっちゃいけねえ。勝負に対する姿勢が違うだろうが。そうだろ?」
「そっちも負けたら失うものがある、ってことでいいのか?」
メイガンは天井を見上げながら、笑い声を出した。
それは大きく会議室に響く。
「そりゃ当たり前だ、お前」
一拍置き、メイガンはリュウに顔を向ける。
その眼差しが、どれほどリュウを深く刺しているかはわからないが、明確な敵意を孕んでいる。
「“負けなきゃいけない”ことはあっても、“負けてもいい”ことなんてねえ。逆も然りだ。今回は比較的リスクは少ない方だが、ときには、人の命さえ懸かってることさえある。俺の油断、俺のミスが人を殺す。実際、そんな経験を俺はしてことがあるし、いつそれが訪れるかもわからない。いや、愚痴りたいわけじゃねえぞ。戦る以上は、俺はいつでも覚悟決めて本気を出す。お前はどうだ? って話だよ」
「――お遊びだな。完全に」
「だろうがよ。杯の選択が、完璧にそれを物語ってる」
メイガンの覚悟は正しかった。
彼の身分がよく分からない以上、ルアノは偉そうなことを言えないが、制服組に属する者として実に正しい有り様だと思う。
ルアノからしてみれば、彼はリュウの旅券を奪ったり、シロノにナイフを投げつけたり、ろくでもないことをする人物だ。ただし、行為そのものは別として、行為に対する姿勢は正しい。
参った。
そんなことを聴かされては、メイガンを嫌いになりきれない。
「訊きたかったのは、そんなしょうもないことか?」
「ああ。よくわかった。尊敬してやるよ」
ただし、とリュウは口元を歪めながら付け加えた。
「本当に俺に勝てたらな」
――ぞ。
ルアノは怖気が走るのを自覚した。リュウの雰囲気が一気に変わったのだ。
目がくらみそうになるそれを、ルアノは一度経験していたことを思い出す。
それはウィルク・アルバーニアが≪現身≫最終選抜試験で幼馴染みを嵌めたときの、あの感覚。冗談半分で笑えないことをされたような、苦味を含んだ妖気。
変身。という単語がルアノの脳裏をよぎる。
一セット目のあの穏やかな表情は何処に行った?
リュウはメイガンを指さした。
「テメエのその勝負に対する覚悟、姿勢。本物かどうか俺が試してやるよ」
ただの人が、制服組に啖呵を切る。
そんな光景を見て、制服組をよく知るはずのルアノは、しかしながら無茶なことだとは思わない。
リュウの姿に寒気はするが、同時にどこか安心したのだ。何故なら、彼は気後れしていない。全く負けるつもりがない意思表示だ。
――がんばれ!
ルアノはリュウの武運を強く祈った。
***
――どうしてこんなことになってしまったのか?
その原因を、確かにルアノはわかっている。
毒で倒れたリュウに寄り添いながら、ルアノは“毒杯九飲”を振り返った。
『テメエのその勝負に対する覚悟、姿勢。本物かどうか俺が試してやるよ』
とリュウは二セット目の開始時に言い放った。
メイガンの言葉を聞き流していれば。あんな風にメイガンに喧嘩を売らなければ。
――リュウは勝っていたのだ。




