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この異世界の救いよう  作者: 山葵たこぶつ
第三話 異界より来たる災厄
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13.必勝法

毒杯九飲(どくはいくいん)”ルール概要

・二名の参加者による一対一の勝負である。

・赤の杯と青の杯を、それぞれ九個ずつ二列にして並べる。

・赤の列を【レッドライン】、青の列を【ブルーライン】と呼称する。

・両ラインのそれぞれの杯には順番に①から⑨までの番号が振られている。

・両参加者は毒薬と中和剤をそれぞれ4単位量ずつ、十八個の杯に自由に分配する。

・先攻後攻を決定し、参加者は交互に杯を選択して飲み干していく。

・選択した番号以下の杯(同ラインのみ)はクローズされ、選択不能となる。

・杯の選択は以下の手順に従う。

 i.レッドラインかブルーラインを選択する。

 ⅱ.選択したラインの最小番号か、その次の番号の杯を選択する。

・いずれかのラインの⑨の杯を飲み干した参加者が、そのセットを制する。

・先に二セット制した参加者が“毒杯九飲(どくはいくいん)”の勝者である。

・監督官は薬の分配を全て把握しており、いずれかの参加者の服毒量が三単位量に達した場合、即敗北とする。


 杯が置かれた中央のテーブル。

 それを挟むようにして、リュウ側の壁際、メイガン側の窓際にそれぞれキャスター付きのテーブルが用意される。その上にはペンとシートが用意されていた。


 ――第一セットの薬の分配が始まった。


 ルアノはルールを必死に思い出し、どの杯にどの薬をどれだけ入れればいいのか、考え始めた。


 リュウはルール説明の際に、あまり冴えていない様子だったが、ちゃんと分配を決めることが出来るのだろうか?

 それをルアノが確かめようと、リュウに声を掛けようとしたとき――、


「なあ、このシートもう一枚くれねえか?」


 とリュウがヴェンディに問う。


「自分の分配忘れちまったら洒落にならねえからな。写しを取っておきてえんだ」

「使え使え。余ってんのゴミになるからな」


 そう言ってヴェンディが指を鳴らすと、黒服の男の一人がリュウのテーブルにシートを何枚か余分に置いた。


「サンキュー」


 そう言うと、リュウはペンを取り、テーブルの上のシートに向き直る。

 ルアノはシロノと共に、リュウのシートを覗き込む。


 リュウはシートの右上にチェックマークを書く。

 ペンの出を確かめたのか、とルアノは思うが、リュウはその横に等号を書き、更に右辺に『+1』を書き足した。


 かと思うと――、


「これでいい」


 二秒掛けただろうか。あっさりと薬の分配を記入し、紙をヴェンディに提出しに行った。


「ハァ!?」


 と思わず驚愕の声を漏らしてしまうルアノ。


「ちょっとちょっと! そんな適当に決めちゃっていいの!?」


 ――というか、リュウは写しを取ることをしていない。


 リュウはヴェンディにシートを渡しながら、『あぁん?』とルアノを睨む。


「いいじゃねえか。考えるまでもねーだろ」

「何で!?」


 さっぱり意味がわからないルアノ。どうして、そんなに涼しげな態度を取っていられるのか。


「こんなもん、ただの運の勝負、あるいはチキンレースだ。その辺、メイガンさんもわかってるだろうがな」


 リュウは肩をすくめて答えた。


 ――どゆこと?


 そう問いただしたかったが、メイガンが聞いている手前、この場で解説させるわけにはいかない。

 ルアノは鈍い頭を働かせ、もう一度ルールを思い出す。


 この勝負は交互に杯を飲み干して進んでいく。レッドラインかブルーラインの⑨の杯を飲み干すのが目的だが、どこかに相手の仕込んだ毒が紛れている。


 では、どこに毒を入れる?

 それをルアノは考えた。


 ――⑨の杯だ!


 ルアノの頭上で電球がぴかりと点った。


 ⑨の杯に毒を入れて相手に飲ませる。それも、毒+3仕込めば、上手くいけば一発で相手を仕留められる。


 だが、それと同時にルアノは悟る。

 その作戦には穴がある。


 相手がそのラインの⑨の杯を飲む保障はない。

 というか、警戒される可能性が大ではないか。下手をすると、自分が飲む羽目になる可能性だってあるし、そもそも、相手が⑨の杯に中和剤を入れてしまうかもしれない。


 ――待て。


 とルアノは気付く。


 “自分が飲む羽目になる可能性だってある”?


 当たり前といえば当たり前のことだ。

 順番に杯を飲んでいき、選べる杯は減っていく。徐々に選択肢が狭まるなら、必ずどちらか(・・・・)の参加者が(途中で一方が+3に達しなければ)⑨の杯を飲み干すことになる。


 ――そのどちらか(・・・・)は意図して選べる?


 ルアノはこの勝負によく似たゲームを思い出す。

 ルアノはシロノの袖を引いて、小声で言った。


「シロノ、この勝負、アレ(・・)に似てるよ。ほら、最後の数字をコールした方が“敗け”とか――」

「――“ニム”」


 耳元で小声で優しく囁かれる、シロノの透き通った綺麗な声。

 それに思わずゾクゾクッと背徳めいた甘い痺れを覚えてしまうが、ルアノが言いたいのはまさにそれ(・・)だった。


「この勝負はニム、――俗にいう“石取りゲーム”、“数取りゲーム”の性質を持っている」


 石取りゲーム。数取りゲーム。

 それらは、ルアノが幼少期の頃より知れ渡っていた有名な子供遊びである。


 一、場に幾らかの石(個数は自由に設定可)があるとみたてる。

 二、参加者は一度に許された数(これも自由)までの石を交互に取り上げていく。

 三、場の最後の一石を取り上げた者の敗け(あるいは勝ち)である。


 この≪決戦(デュエル)≫では、⑨の杯を取った者がセットを制し、一度に二つまで杯を取れるという設定だ。


 シロノの言うとおり、よく似ている。


「てことは……」


 これはヴァネッサがロイヤルガードとして着任した頃に初めて教えてもらった事実だが、先手か後手に必ず勝てる取り方というものが存在するはずだ。


「ただ⑨を獲るだけなら、“必勝法”がある?」

「ある」


 閃くルアノの言葉に、シロノは静かに頷いて正解を示す。


 まず、薬――毒と中和剤の要素を取り除いて分析してみよう。

 ⑨を獲れば勝ち。ということは、相手にどの数字の杯を獲ってもらえばいいのか?


 ルアノは再び思い返す。“二つまで杯を取ることが出来る”のだ。


 そう考えると、相手に取らせる番号の答えがみえてくる。

 当然、⑧か⑦のどちらかだ。そのどちらかを相手が獲れば、自分はそのラインの⑨の杯を獲ることが出来る。


 では、相手に⑧か⑦を取らせるには?


 ――自分が⑥を取ること。

 ⑥を取ってしまえば、相手は⑦⑧しか選ぶことが出来ない。


 ――三の倍数だ!

 それが逆算することにより、導き出される結論。


 つまり、③⑥⑨という手順が⑨の杯を獲るための必勝法になる。

 ラインが二つなのでそれも崩れがちになるのだろうが、要は三の倍数の杯が⑨を獲るための鍵になる。


 まるで暗雲が避け去った陽の光のように、ぱあっとルアノの視界が開ける。

 これで薬の分配の基準がわかった。


 レッド、ブルー、どちらのラインでも構わない。③⑥⑨の杯に毒を入れるのが最も理にかなっている。

 それも、毒+1をちまちま分けるのはよくない。

 毒+2だ。

 ルアノなら、4単位量の毒を二つに分け、赤③⑥⑨、青③⑥⑨のうちの二つの杯に入れる。


 だが、それはメイガンもわかっている?

 ならば、メイガンの毒が③⑥⑨に混じっている可能性は十分にあるし、中和剤についても同様の理屈で③⑥⑨に入れられているかもしれない。


 ――駄目だ。


 そこまで考え、ルアノはさじを投げた。

 手筋を考えれば考えるほど、相手を読もうとすれば読もうとするほど、ルアノはドツボにハマっていく気がしてならない。


 リュウはこのジレンマを見越してさっさと分配を決めてしまったのだろうか?








 ――いや、アホすぎでしょ!?


 ルアノは壁際にシロノと共に立ちながら、今更になってリュウの薬の分配がおかしいことに気が付く。


 リュウの分配は――、

 赤④+1、赤⑤+2、赤⑧+1、赤⑨-1、青⑨-3。


 青⑨の杯に中和剤を3単位量で、他にはレッドラインにまちまち。

 中和剤が青の⑨に集中しているのは正しい。だが、明らかに毒の振り分け方が間違っているとルアノは思った。いずれも三の倍数からは外れている。そして、毒+2は赤⑤だけ。


 リュウの頭の出来のことを、これまでルアノは考えもしなかった。その思考はほぼ読み取ることは出来ず、おそらくルアノよりも遙かに狡猾でいて高い吸収力を持っている、と短い付き合いの中で感じ取った。

 しかし、一方でその方向性に大きなズレがあることが度々あったはずだ。ルアノはそれを揶揄して、散々リュウのことを大馬鹿だのイカれてるだの異常だのわけがわからないだの思ってきたし、口にもしてきた。


 だが、少なくとも、何の捻りもない“ただの馬鹿”ということはないはず。


 ――ならば、リュウの分配には何かしらの意図がある?



***



 メイガンが分配シートの提出を済ませると、黒服二人はトレーをワゴンに乗せ、別室に運んでいった。シートの通りに薬を投入するのだろう。


 リュウはため息を吐きながら、ルアノ達の方に向かってくる。


「シロノ、手は大丈夫なのか?」

「……傷がなかなか癒えない」


 そう答え、シロノは黒い手袋を脱いでみせた。


 白い手のひらに、まるで落書きのように刻み込まれた悪意。

 彼がナイフを受け止めた親指の付け根付近から、ぱっくりと一本線の傷が開いていた。


「やっぱり、治癒術でも治らないの?」


 そう問うルアノに、シロノはこくりと頷いた。


「痛みはない」


 リュウはメイガンに向き直る。


「オイ。何なんだよこの傷は?」

「悪かったな。さっきのナイフは、普通の治癒術じゃ傷が塞がらないようになってる」

「どうにかしろ」

「一時間ほど経過するか、俺から一定範囲以上離れれば、傷は治る」


 リュウはメイガンに背を向けると、両手を軽く挙げて降参のポーズを取った。


 ――ムカつく。


 ルアノの腹の底が、空焚きされたように危険な熱を帯びる。

 一方的にリュウの旅券を奪い、リュウの助力に現れたシロノさえこのような仕打ちをする。そんなメイガンの振る舞いに腹が立って仕方がない。


「これも任務だ。俺を恨むな」


 軽薄な笑みをみせ、メイガンは続ける。


「まあ、お遊びで旅してるお前さんらに、『理解しろ』って言っても無駄か」

「――? やけに絡むじゃねえか。望み通り、≪決戦(デュエル)≫してやってんだろ?」


 何が不服だというのか?

 そう問うリュウに、メイガンは大きなため息を吐いた。


「協力してくれたって意味じゃ感謝してるが、一方で素直に≪決戦(デュエル)≫を受けちまったことに、個人的にはガッカリだ」


 身勝手に曰うメイガンを、リュウは『ハァ?』と嗤う。


「仕事人ってのは、わけがわからねえや」


「その辺にしとけ。一セット目の準備が出来た」


 ヴェンディの制止の声。それと共に、ワゴンを押した黒服が準備室から姿を見せ、トレーを中央のテーブルに置く。毒が入っているからだろうか、先程よりもトレーの上の杯の存在感が重々しい気がするルアノである。


「先攻のメイガン、杯を選んで飲み干せ」


 そう言って、ヴェンディはメイガンをみやった。


「はいよ」






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