人生先のことはわからないというが、こればかりは理解不能すぎる
ユイエ、6歳。本日なぜかダージナル男爵家の養子になりました。まる。
……、……おいこら。何がどうしてそうなった。そして私の意思はどこ行った。
盗賊に襲われてたっぽくて、スルーしようとしたけど、なぜかしらんが盗賊に見つかったうえに私まで襲われて、全員返り討ちにしたら、男爵家に招待され。
貴族だろ。なに見ず知らずの孤児を疑いもせず屋敷に招き入れてんの。誰もそこまで求めてない。
金とか食い物とか、ささやかだが褒美をとらす的な、そんなのを望んでたんだけど、これ違う。
誰も貴族になりたいとか言ってない!
出てった娘の小さいころに似てる?
し・る・か・ぼ・け。
私の安寧返せ。
今さっき連れてこられたばかりだというのに、なんか養女ができたって、すでに噂になってるとか、どんだけ噂広まるの早いんだよ。
使用人も、なにむせび泣いてんだよ。そこ止めろよ。諫言しろよ。
何かが絶対おかしいだろ!?
あぁもう、疲れた。話聞かない人たちの相手疲れた。
家を継ぐ気とかさらさらないので、成人にたしたら、冒険者登録して、おとなしく貴族の席を辞したいと思います。
よしそれでいこう。マナーとか勉強とかは役立つ日が来るだろうから、それを身に着けるための踏み台として、利用する。
人の話を聞かないんだから、それくらいで文句は言わないよね。純粋なのか何なのかは知らんけど、金がないのも人の良さに付け込まれて搾取されてそう。貴族には向いてない人たちだと思うんだよね。
まぁ、それが真実かどうかはわからんので、すべて私の憶測でしかないんだけど。知りたきゃ首突っ込めばいいだけなんだけど、そこまでしようとは全く思わないので、このまま放置で。
あれから早7年。このたび私ことユイエは13になった。成人だ。冒険者登録速攻でしてきたよ。
FからSランクまであって、はじめは誰でもランクFからだ。それよりも衝撃的だったのは、今まで狩って食べてた動物が魔物と呼ばれていること。中にはA級に相当するものもふつーにいたっぽい。これ、ばれたらすごい面倒なことになりそうだからお口チャック。採取クエストを主に進めていく方針で決定。わーぱちぱちぱち。
話を戻して、成人扱いにはなるが、貴族は10歳から18歳まで必ず学園に通わなければいけない。私も例にもれず10歳から通っている。
学校そのものは面倒だけど、図書室で本に入り浸れるのは至福の時間だ。それがあるから私は通っているといっても過言ではない。
だが最近、ストーカーがいて煩わしい。一人じゃないあたりがとても厄介だ。
まず、この国、カルディオス王国の第二王子で次期国王とされる、エドモンド=ディ=カルディオス。
次に、近衛筆頭岸を父に持ち、自らも騎士を目指す、クライス=ウィレム。
さらに、当代随一の力を持ち、次期筆頭魔術師と期待される、ヒューナ=セリオン。
加えて、うちのクラスの担任で、何のかは知らないが研究で名を馳せているらしい、ヴェイド=ジョンダート。
最後に、よくわからない留学生である、ジーク=ヴァング。
どいつもこいつも、上流貴族の出身なのに、何してんの。婚約者がいるやつもいるくせに、堂々と学園内で浮気してるアホにつけてやる敬称なんざあるものか。
このまま、俗にいう逆ハーレムに乗っかったら、国家転覆とかできそうだよね。国がほしいと一言いえばそのために馬鹿な事しでかしてくれそうなくらい、盲目になってるんだけど。
馬鹿なのアホなのなんなの、こいつら。デートと思しきお誘いもバッサリ切ってるし、贈り物も一切受け取らず、その場で突き返してんのに、健気だとかつつましいとか、どうしてそういう結論に至る。
そのくせ、あげてもないのに勝手に私のものをもってくし。くれたいならくれてやるけど、それをプレゼントと勘違いするとか、頭の痛い人間だね。
というか人間してて大丈夫? サルになったほうがいいんじゃない?
いったいそう何度、そう罵ろうと思ったことか。それくらいいろいろアホ。アホやバカという言葉だけでは言い表せられないくらい頭が足りてない。
いくら私が拒絶しお湯と、はたから見れば、男数人侍らせてる状況なので、女子生徒の、特にそれぞれの婚約者の方々の視線が痛いこと痛いこと。
ついでに、じみーな嫌がらせを受けたりもしてます。ものを隠されるとか、ハブられとか。王子の婚約者にははしたないと何度も注意されて、男どもは可哀想だと反発してるが、中身は常識やマナーと呼ばれるもの。男どもをさえぎって話しぶった切って、本当は駄目なんだけど、このままだと余計めんどくさそうなことになるので、さっさと離れるようにしている。
こういう事態にならないよう、男どもに接触しないよう隠れたに逃げたりするのだが、なぜかやつらは巧妙に見つけ出す。その能力をほかのことに使えよ。おかしいだろその探知能力。私相手に発揮するな。
「ユイエ。俺には君が必要だ」
私はお前なんざいらねーよ、バカ王子。
「生涯を通して、あなたを守りたい。どうかこの手を取っていただけませんか」
国に忠誠を誓えよ。そもそも私より弱いお前に守られるとか不可能だし、このダメ騎士が。
「そば……いない……だめ………………ころす」
意味わかんねーよ。わかりたくもない。殺される前に殺す。ただそれだけだよ、ネクラ魔術師。
「逃がさないよ、ユイエ君。君は私に落ちるんだ」
はいはい。自意識過剰ごちそうさま。そして、私の前から消えろ、ロリコン教師。
「俺とともに来ないか。退屈なんかさせねーからよ、なぁユイエ」
別に退屈してないし。気の赴くままにぶらぶらするのが一番。こぶはいらねぇ。
謎の留学生って言ってっけど、王子と同格に扱われてる節があるということは、お前も王子だろ。ダメ王子其の2。
そんな言葉吐かれたところで、なびかねぇし、なびきたくもない。
ストーカー5人と接触してしまった後、食欲失せるし、触られると、胃の内容物ぶちまけるくらい耐えらんないんだよ。わかれよ。
特に教師。ロリコンとか虫唾が走る。一番近づいてほしくない。近づきたくもない。姿も見たくないし声も聞きたくない。存在そのものを認めたくない。
あぁ、気持ち悪い。気持ち悪い。元の生活に戻りたい。中退しようか。
途中でやめるのは癪だけど、このままじゃ私が持たない。手遅れになる前に、そうしよう。
「ユイエ=ダージナル男爵令嬢。いまよろしくて?」
「……はい。大丈夫です。リリアンヌ様」
いやだといいたい。相手は公爵令嬢だから逆らえないけど。
ちなみに、リリアンヌ=ルーディス公爵令嬢は一応バカ王子(其の1)の婚約者である。
幼いころから王妃教育を受けており、貴族の手本として申し分ない存在だ。ゆえに、バカ王子であったりダメ騎士であったり、ダメンズどもをたらしこんでると思われる私を注意してくるのはわかっているので、彼女に対して醜いなどとばかげたことは思わない。
彼女に嫉妬心があるかどうかは本人のみぞ知る。
「場所を変えましょう」
「かしこまりました」
ご飯をろくに食べられてないので、足元がふらつくし、めまいもする。
でもここでぶっ倒れるわけにはいかないので、気力だけでなんとか保っている状態だ。
倒れるのは、ここを出てから。思う存分ぐだぐだして、奪われた精気を養う。自由気ままに生きているのが一番いい。
ぱたん、と扉が閉じる音がして、いつの間にかどこかの部屋についていたことに気が付く。
振り返った彼女はとても凛々しく、そして心配そうな表情を浮かべていた。
「ここに、防音の結界を張りました。今からお話しすることは外に漏れず、また、盗聴されることもありません。だから、腹を割って話しましょう、ユイエ嬢。敬語もいらない」
いくら具合が悪くて、気分が悪くて、頭も回らなくて、しんどい私でも、はいそうですかってそう簡単に誰がうなずくか。
何を企んでいるのかがさっぱりわからないし、その言葉を信用していいのかもわからない。負の感情を彼女に持つことはしてないが、だからと言って、そういわれて信用できるほどの関係が気付けているわけではない。
「お言葉ですが、リリアンヌ様。一体何をお考えなのでしょうか。私にはわかりかねます。ゆえに、そのお言葉におとなしく従うことはできません」
「……、……あなたの周りにいる、王子をはじめとした5人に関して、確認したいことがあるの。
私はあなたの本音を知りたい。そこに飾る言葉はいらないわ」
まっすぐ見つめてくる空色の瞳には一点の曇りもない。
すがすがしいほどの誠実ぶりに、ゆっくりと息をついた。
「座っていい?」
「どうぞ」
部屋にあった椅子に腰かけ、抱えていた書類を横において、どべっと机に突っ伏した。
大丈夫か、と心配そうに声をかけてくるリリアンヌにわずかにうなずき、のろのろと状態を起こす。
「失礼しました」
「体調、よくないの?」
「えぇ、少し。長時間でなければ大丈夫です。なのでお話というのを伺ってもよろしいですか?」
さっさと終わらせて、さっさと戻って、なんもせず寝る。食べればいいのは知ってるけど、今は胃が食べ物を受け付けない。
水分は何とかとっているが、食事はむり。何度か詰め込んだけど、すぐに戻す。結構体力奪われるから、もう無駄だと悟って以来、かれこれ1週間は食べてない。
飢餓感がないから、苦痛はさほどないが、心身に不調が如実に表れていてこのままでは自分がいろいろとまずい。
「そう。じゃあ手短に。あなた、5人のことをどう思ってるの?」
「……バカ、アホという言葉では足りないほどの愚か者。人の話を聞きもせずいいように自己完結してる頭花畑で、存在そのものが気持ち悪い」
思い返しただけで、また吐き気がしてきた。
ここで戻すわけにはいくまいと、息をつめて耐える。
あぁ、もうやだ。
消えたい。寝たい。出ていきたい。帰りたい。帰りたい。
ぐるりと頭が回る感覚を最後に、ぷつりと意識が途切れた。