人生なるようになるがモットーだけど、だれも面倒ごとに巻き込まれたいとは言ってない
ユイエ。新年ということで、本日6歳になったとします。
あれから半年。同年代の男――少年や老齢の方はまだ大丈夫ですが、成人したくらいの男からはだめみたいです。
ちなみに、この国では成人は13歳からである。まぁ、反抗期だの思春期だの、お盛んな時期ですよ。いろいろと前途多難な気しかしない。
前途多難と言えば、あの後、直感に従って森を歩いていたら、今までいた街とは違う街に出た。
愛着はあったけど、街の名前も知らなければ、どこにあるのかも知らないし、今から居場所を作るのも面倒なので、適当にぶらついている。
今では森で少なくとも1週間以上過ごしてから、街での生活より森の方が楽なんじゃね、と言うことで、森の中を移動しながらいろんな街を転々としていた。
久しぶりに街に踏み入れると、新年のお祭り中ということで、住民に配っているものを何食わぬ顔で受け取り、腹を満たしたのがつい先ほどのこと。
腹を満たしたら、出てくるのは睡眠欲。
いつも洞窟や木の上で寝てたから、なかなか気が休まらないのを思うと、少しでも安心して寝たい。
となると、スラムにちとお邪魔しようかねぇ。
その結論を出す前に体はそちらへと向かっているのだから、欲求にはほんと正直である。
どこが人様の場所かわからないので、スラムと住宅街の境にある孤児院の裏の林で気にもたれかかって目を閉じた。
どれくらい時間がたっだだろう。
かんかんかんかん、と人々に危険を報じる音に目を覚ました。
焦げ臭いにおいに、ぼんやりしていた頭が覚醒し、跳ね起きる。
巻き込まれる前に逃げねばと、火元を確認しようとスラムの方を見て、頬を引きつらせた。
ごう、と音を立てて真っ赤な炎に包まれる孤児院。裏の人気のない場所ということは、あまり人が通らない場所と言うことで、つまりは建物の丁度真ん中近くと言うことで。
左右に逃げたら巻き込まれる可能性が大きく、かといって、林に逃げても逃げきれない可能性が大きい。風上なら迷わず逃げるが、生憎と自分が今いるところは風下。火花が散っており、裏の林に燃え移るのも時間の問題。
つまりは自分に退路はないということで。
なんなんだよこの不運、と悪態をつく私は悪くはないはず。
まぁ、逃げられないのなら逃げる必要がない状態、つまりは消火すればいいんだけど、空には満天の星空が輝いている。
雨は期待できない。雲があればなんとかなるかな、とは思ったけど、ないならたぶん無理。雨雲呼ぶとか作るとか、そんな荒業私には無理。
というわけで、外が無理なら、中はどうだ。孤児院、と言うことは少なからず水道はあるはず。孤児院は一応、国が運営しているので、そこら辺の設備は国の予算から出ている。らしい。
聞いた話によれば、孤児院にいる子どもたちと言うのは、落胤なんだそうな。お貴族様の子ども。だから、孤児院というのは名称のみで、一般市民の子どもが入ることはできない。
一応貴族の子どもがいるところだから、それなりの防犯設備がある。だから寝床の近くに選んだのに。はぁ。
火の海に飛び込むにあたって、頭からかぶる水が必要である。森で生きていくために、魔法でお風呂の水をためれるくらいは出せるようになってるから無問題。
と言うわけでレッツラゴー。死にませんように。
逃げらんないのはわかってるんだから、死ぬならできることやって力及ばず死にたい。
前向きなんだか後ろ向きなんだか、わからんやっちゃねぇ、と面白さ半分、呆れ半分で笑っていたのは誰だったか。
……今まで思い出しもしなかったことを思い出すとは、死地へ向かう私の走馬燈か。まだ瀕死にもなってないけど大差ないだろう。
窓を割って、部屋の中に侵入成功。さすが私。
さぁて、水回りはどーこかなっと。青く点滅している小さな何かたち、それは水に親和性があり、こっちっとでも言うようにくるくる回りながら案内してくれる。
本当にこいつらは何なんだろう。青は水、赤は火、緑は風、黄色は土、と言うように親和性があるのは森で生活しててわかった。――思い浮かぶのは精霊なんだけど、これが本当にそうであるのかは不明であるので、なにか、と呼んでいる。意志があるっぽいけど、意思疎通図れないからなんともね。
まぁ、今のところ害は全くなく利益しかないので、感謝こそすれ追い払う理由はない。
閑話休題。
小さい何かのおかげで、水場の一つであるお風呂場を見つけた。……見つけたのはいいんだけどね。どうやら逃げ遅れた人がいるみたいです、先生。総勢5名。うち私より下が3人、2つ3つ上の子が二人。なんで風呂場にいるのかはなんとなく想像つくけど、鉢合わせすると思ってなかったわぁ。
「だれだ」
男女の年上のこのうち、男の子が険しい目で自分をにらんでくる。ここにいるってことは成人はまだしてないんだろうけど、そう敵意を向けられると、怖いなぁ。
「ユイエ」
「どうやって入った」
「まどから」
「何しに」
「消火しに」
「……できるのか?」
「さぁ?」
「ふざけるな!」
ふざけてねーよ。やったことないから確証がない。でも死にたくないから試してみる。ただそれだけだっつーの。
あからさまに嘆息すると気分を害したようで、男がさらに言いつのろうとしたのを、自分と同い年くらいの少女が止めた。
「リオン。今はそんなことをしている場合じゃないわ」
憮然とするリオンという少年に代わり、少女がまっすぐにこちらを見てきた。
炎をうつして煌めく青い瞳が、ともすれば自分を射て殺すこともできるくらい鋭くなる。
「ここの消火があなたの目的。それに間違いはないわね?」
「水。どうやってだすの」
質問をスルーすれば、質問に答えろ、とでもいうように眉間にしわが寄った。しかし、時間がないということを彼女もわかっているようで、魔道具に手をかざす。
小さな湯船に、水があふれだす。量はまだ少ないが、時間もないし、やるしかない。これで死んだら、力及ばなかったのが悪いということで。
湯船の中に入ると、待ってましたというように、小さい何かが分裂した。
無性生殖か、とぎょっとしたけど、まぁ、今の私の理解の範疇を超えるということで、まずは目の前のことをしようか。
まずは自分の魔法で水を出し、湯船がいっぱいになるまでつぎたし、目を閉じる。
「”水龍よ”」
水が私を中心に渦巻き、龍を形どりながら、天井を突き抜け空へと昇る。そのあとは、水龍に宿るなにか次第。
私ができることは、この日を消せるだけの水量を維持すること。もっと、もっと水がほしい。火を消せるだけの水がもっと。死にたくない。私はまだ死にたくない。生きていたいから、どうか、どうかこの日を消してください。
――モ、イーヨ。
何者かの声がした。状況的に考えると小さいなにかのものとしか考えられないのだが、普段から意思疎通とれるわけじゃないから、信じがたい。誰かが様子を見ていて、それを知らせてくれているとしたほうが、よほど納得がいく。これで二回目で、どう考えても見てるとしか思えないってのもあるけど。
なんにせよ、消化が終わったみたいで何より。私は私の生きたいように夜の散歩に出かけるとしよう。
がっつり昼寝したから、寝れる気分でもないんだよね。こんだけ力使ったら、ふつうぶっ倒れそうなんだけど、どういうわけかまだまだぴんぴんしているこのクオリティ。
こういう時とか便利だから深く考えないようにしている。なんだろうと、便利なら使わせてもらって私はとりあえず生きる。
まだこの世界を謳歌できてないから死にたくはない。死んだら死んだれそれはそれ、なんだけど、できることならこの世界を楽しくいきたい。
人生楽しんだもん勝ち。しかも今の私はとりあえずなんとなく、行き当たりばったりでも生きてるから、それなりにサバイバルも大丈夫。
それ思うと、私も人間離れしてるねぇ。まぁいいけど。
「消えた、のか……?」
リオン少年の呆然としたつぶやきをスルーして、湯船から上がった。うん。水につかってたから寒い。
火で扱ったから今までそんな気にしてなかったけど、外界冬じゃん。私水風呂に使って風邪ひく。
風邪でダウンはつらい。となると、速攻退散し、穴場で暖を取らねば。
「あ、おい、待て!」
申し訳ないけどそれどころじゃない。私は風邪ひく前に、自分の格好をどうにかしなきゃいけないんだよ。
つらいのもあるし、栄養十分じゃないから、下手したら死ぬ。そんな危機は回避せねば。
水びだしになっている廊下や地面を駆け抜け、林の最奥へ走る。走ってるのは、体を温めるためで、向かう先は適当だ。
でもだいたい、いい感じにいいねぐらが見つかるから、そこに関しての勘は信じている。行こうと思った街には出れない方向音痴ぶりには、さすがの自分もあきれてるけど。
つまりだ。この先意図してあの街に着くことはできない。まっすぐ走ってるから、今来た道をまっすぐ走ったとしても、私はあの街にはたどり着けない。
明日も配るって言ってたから行きたかったけど、出てきちゃったものは仕方がない。あのままスラムに居座るわけにもいかないし、居座りたいとも思わないし。
うん。やっぱり自分は薄情だ。お人好しなところもあるけど、基本的に情に薄い。そして自己中心的思考でマイペースに生きてる。
それの何が悪い。それが私だ。
唯一気に食わないというか釈然としないことがあるとすれば、それは、面倒ごとに巻き込まれるとか不運である、ということだけだ。
これでこんあ荒事に巻き込まれるのは何回目だよ。5回目から数えるのはやめた。行く先々で何かあるとか、どんだけ運が低いのかってんだ。……まさか、自分が呼び寄せてるわけじゃないよね? そうだよね。
だれかそうだと言って。
巻き込まれただけで、私は自分から首突っ込んだわけじゃないんだ。
変わった刺激があるのはまぁいいけど、たまに街に出かけるとかそういう刺激で私は十分おなかいっぱいなんだよ。
……すごく虚しいのはなんでだろう。言い訳がましいのか? そうなのか?
はぁ。よさげな洞窟もあったことだし、もういいや。寝よう。