転生も悪くはないけど、私は三途の川に行きたかった
世の中そうそううまくいくものじゃない。甘くもないし、むしろ残酷である。
ゆえに、死後の世界を浄土だの天国だの、楽園の地として思いをはせるのだろう。
……それが現実だったらよかったんだけどね。
自殺願望あるわけじゃないけど、生きてるなら死ぬ理由なんてないから、生きるしかないじゃないか。
でもさ、毎日毎日食い物に困るとか、お金を頑張って稼いでもその大半を奪われるとか、そんな日常だと、いっそのこと死んだ方が楽だよなと、つくづく思う。
そもそも、後ろの車に追突されて、ぐるんぐるんと目が回って体中が痛くて息苦しくて死の恐怖におびえていたはずなのに、だよ。
気づいたら栗色のウェーブがかった髪に、ぱっちりとした紫苑の瞳をしていて、泥で汚れてはいるものの整った顔立ち、汚れを落とした肌は透き通るようにきれいで、傍から見れば見目麗しい部類ってのはわかるけど、それが私自身であるってことがいただけない。なにがどうしてそうなった。
顔のパーツとかここまで整ってなくてもいいし、肌だって、もうちょっとくすんでてもいいよ。てかむしろそうであってほしかった。
たぶん恐らくきっと、死にかけて死んで、気が付いたら美少女になってましたとか、私が私じゃなくなったみたいで気持ち悪いんじゃボケ!
なんだよ、この美少女。初めて顔見たときは、思わずぺたぺた顔を触りまくって、頬をつねって、ふて寝して起きて、夢じゃないことに愕然とするくらい、ショックだったんだよ。
こんな整った容姿になんてあこがれてなかったし、小さいころはまだしも大きくなってからは、なりたいとも思ってなかったっつーの。
死んだのならおとなしく死なせろや! 人生を惜しむ気持ちはあっても、日々謳歌してたから悔いなんてないんだよ。生まれ変わりと言う体験もなかなかできるものじゃないけどさ、私は死後の世界に行きたかった! 三途の川を渡ってみたかった! 奪衣婆とか牛頭馬頭とか、いるなら会ってみたかったんだよ!
転生より、私はそっちが良かった!
あのラノベの官吏様が素敵すぎて。そのあとの妖怪・幽霊など魑魅魍魎や神様を必要とあらば使役して世界の陰陽を保つために命を賭している人たちのお話とか、ポルターガイスト現象を調査して悪霊退散してる人たちのお話とか、俗に化け物と称される者たちが関わるものに、好き嫌いはあたけど、どっぷりつかりまして。
ついでに言うと、これは主に親の影響なんだけど、天使含む悪魔を使役して世界を生き抜く某RPGゲームにもはまった。今はなきネトゲに毎月稼いだバイト代の中から必要経費と貯蓄に回す分を引いてのこったお小遣い分から課金するほど、はまった。そのほかのゲームは完全無課金組である、ということからも察してほしいくらいなのに。
……現実逃避がこんなにもむなしいとは。以前であれば、にやにやしながら奇声あげて布団で悶絶できるくらい素晴らしいことだったのに。
せめてもの救いは、ファンタジー要素があることか。魔法がある、と言われても、これが使い方に困るんだ。
生活魔法とかないわけじゃないよ。でも、貧困街――ようはスラムでこぎれいにしてみろ。こっちの人生危ういわ。
そういうわけなので、あーでもないこーでもないと試行錯誤はするものの、人前で絶対使うものかって決めてたんだけどね。
「小娘が……!」
地面に伏して悪態をつく悪党に、すっと視線を逸らす。
いやだって。きれいだとか言ってさらわれて、そのうえ暴行加えられそうになったら抵抗するに決まってんじゃん。男だから、的確に急所を狙って、物理と魔法の二段構えで。
それが一番効率がいいんだよ。非力な、推定5歳児には。子どもだからってなめてたからできたんだけど。
ありうるかもなー、ないといいなーと思ってたことが現実になったから、シミュレーション通り動いた結果がごらんのとおり。
5歳児に床に這いつくばらせられる大の男。うんシュール。
「”おちろ”」
つぶやく、ただだけで速攻眠りについた男。演技かもしれない、とつんつんと足先でつついてみるも反応はない。
「……ただの死体のようだ」
その言葉に意味はないが、ただ言ってみたかった。誰だろうと、言ってみたくなると思うんだ、私。
それよりも思ったより大きく響いた声に、自分がびっくりしたのは内緒。とりあえず、男が目覚める気配はないからよし。
大丈夫だろうということにして、でも念のために縄でぐるぐる巻きにするイメージで同じようにつぶやく。
見た目に変化はないが、ふわふわ目の前に飛んでる小さい何かはぐっと親指を立ててるので、たぶん大丈夫だろう。
さて。破られた衣服の代わりになる服がないので、仕方なく男が脱ぎ捨てたシャツを羽織る。
嫌悪感はあるけど、役に立たない服でいるよりはまし。
袖を何度もまくって、裾も、短くして縛り歩きやすい格好にして考える。
部屋を出てもいいけど、似たような境遇の人たちが他にもいるっぽいから、出てったところで、お仲間につかまる可能性がある。
となると、安全に出歩くには、今ここで無効化が必須。
こういう悪党どもだけ無効化するとなると……敵意か。
自分に敵意を持つ者に対して、一キロの範囲内にいるやつは、同じように眠ってもらおう。
出来心で以前一回試したことが役に立つ日が来ようとは、人生わからんものだね。
同じように小さい何かがぐっと親指を立てたので、ドアノブに手をかけた。
そろそろと顔をのぞかせ、廊下に誰もいないことを確認し、抜き足差し足忍び足で歩く。
前世を思うと、我ながら肝っ玉すわったなぁ。暴行されかけてからの、あの現実逃避って素晴らしいと思うんだ。暴行しようとして返り討ちにあい、悶絶する男を目の前にすることじゃないと、今なら思うんだけど。
まぁでも、前世のころとは違うとはっきり認識できたわけだし、いいことにしようか。
さらば、前世。こんにちは、今世。
そしてどうしよう、現状。
扉の前で、一人寝てるんだよね。その部屋からはすすり泣く声が聞こえるんだよね。たぶん恐らくここが、同じ境遇にある人たちがいるところだとは思うけど。
助けてやる義理はあるのか。いやない。じゃあ見捨てるのか。それはそれで寝覚めが悪い。
……まぁ、男たちは私が魔法を解除しない限り目覚めることはないから、時間はある。
のぞくだけのぞくか。がちゃりと遠慮なく扉を開けると、息をのむ声がいくつも聞こえた。
顔をのぞかせると、警戒しながらも、じっと見つめてくる目が8対。
見た感じ、私が最年少か。歳は10から20くらいと広いが、共通しているのは容姿端麗であるということ。
よう8人も見つけたね。それとも、この国の顔の偏差値が高いのかなんなのか。
それはさておき、全員手足を縛られているものの、私のように暴行されそうになったとか、そんなひとはいなさそうだ。
なんて理不尽な世の中だ。よりにもよって最年少の私が一番の重症者かよ。
運悪いな。ロリコンが悪党の中にいたとは。
「あなた、その格好は……」
認めたくない、というような顔で聞いてきたのは、10代前半の女の子。
金色に輝くの髪に空と同じ色の瞳。金髪碧眼初めて見た、と内心その姿に感嘆しつつ、両手を持ち上げる。
「破られた、かわり」
女性陣の表情が痛ましげに歪んだ。
まぁ確かに怖かったけど、思ったより大丈夫だったから、そんな顔しなくてもいいのにとは思う。
思うけど、それ言ったら言ったで、なんかさらに悲嘆にくれそうだから黙っとこう。
それよりも、誰かほどくだけほどいて、あととんずらしよう。
最後まで付き合うのとか、面倒だもし。
初めに話しかけてきた子が一番近かったので、足の縄をほどこうとして手をかけ、眉をひそめた。
かたい。子供の腕力じゃほどけない。
「切ったほうが早いわ。そこから、剣をとってこれる?」
視線を追うと、椅子から転げ落ちていびきをかいている男がいる。その腰には剣が下がっている。
魔法を使おうかとも思ったけど、彼女に逆らう理由は特にないので、おとなしく剣を鞘から抜いて、休憩しながら引きずって持ってくる。
そして、間違っても怪我しないように細心の注意を払いつつ、足の縄を斬って、そして手の縄を斬る。
彼女一人だけほどき終わった後には、かなりの体力を奪われていた。
これでも、こっそり小さな何かが手伝ってくれたおかげでまだ楽だったんだけどね。
「あと、できる?」
「え? あ、えぇ」
「そう」
「あ、ちょ、どこへいくの」
もうここにいる意味はないと扉に向かって歩き出すと、彼女から声がかかった。
肩越しに振り返ると、彼女は不安そうな顔でこちらを見ている。
「私は私で行く。それだけ」
「あっ――、名前! せめてあなたの名前を」
部屋から一歩出たところで、足を止める。
なまえ。そういや、ここでの名前、ないなぁ。
べつに困らなかったから、あってもなくてもいいんだけど。
――ユエ。
小さな何かが、そういった気がした。
ユエって、たしか中国で月の意味だよねぇ。どこに月を連想する要素があるのかなぁ。
でも、ほかに候補もないことだし、ちょっとひねって、ユイエにでもしよう。
「ユイエ。どうかおたっしゃで」
後ろは振り向かず、外を目指しててくてく歩く。
ユイエ。いまから、それが私の名前。
今まで不便はなかったんだけど、名前がついた、となると、顔がほころぶのはなんでだろう。
うきうきで森の中を抜け街に戻るユイエ。
今回のことは大丈夫と思っていたが実は、自分が思っているより自分の心はやわいみたいで、自分より大きい男を見るだけで体がこわばってしまうことに愕然とし、でも悲しいと感じる心もなくて、どうしたものかと悩ませることになる。