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総田には、「中学演劇脚本集」を一通り読んでおくと連絡した。  

  青大附中評議委員会ご一同様がいらした時に、テーマを「いじめ問題を扱った演劇の上演について」にしておくのだから、詳しく調べておくのは義務だろう。うちの店にそんなマイナーな本があるわけもなく、仕方なく図書館で調べた。

 文字を読むのは慣れている。どれもこれも、くさすぎる。

 先生と生徒が喧嘩したり、いじめたり、体罰あったり。いろんな出来事が学校内で起こるのだけど、どの話もハッピーエンドの大団円。こんな話、僕だったらすぐに寝ちゃうだろうにな。学校内の九割はおとひっちゃんと違う感性の持ち主である以上、他の奴もそうに違いない。

 僕は途中、飛ばし飛ばしし読み終えた。

 さっきたんが図書館の入り口でこっくりと僕に頷いている。

 ──なんか用かなあ。

 文字読み過ぎて、うんざりしていた僕は、さっきたんに手を振って呼び寄せた。きっと来てくれるんだ。いつも僕の呼びかけを無視することないんだから。

「佐川くん、どうしたの、その本」

「ほら、来週青大附中の評議委員会の人たちがうちの学校に来るから、そのテーマに使う資料を読んどかなくちゃって。こんなかび生えた話、やだよなあ」

 一行、学園ものの台詞を読み上げてみた。さっきたんはお下げ髪の先をなでて聞いていた。

「『いいか、お前ら、弱いものいじめしたくなるっていうのはな、自分の中に同じ弱さを見てしまうから、ついいらいらして腹が立ってしまうんだ』」

「なあにそれ」

 咽がいがらっぽくてうまく声が出ない。おすもうさんみたいに、つぶした声で続けてみた。

「『お前らがいじめているのはな、お前ら自身だ。一番弱虫で惨めな自分をこれ以上傷つけてどうするんだ。いいか、お前自身を守りたいんだったら、今からいじめるのをやめるんだ。自分の醜いところをしっかと見つめるんだ』」

 もちろん、一本調子の棒読みだ。さっきたん、しばらく唇をかみ締めていた。ご機嫌悪くなったのかな、と様子を見ると、全然違った。笑うのをこらえていただけだった。

「いいよ、さっきたん、笑ったって」

「ごめんね、佐川くん、俳優さんみたい」

 咽の奥でくっくと音をさせて、さっきたんは僕の隣りに座った。

「どういう台本なの」

「どっかの中学演劇部で使った台本なんだって。うちの学校、演劇部ないだろ。いつも学校祭の間際に先生たちがめぼしい奴に声をかけて、集めるって感じだろ。俺、今これ読んでて思ったよ。去年の学校祭でやった『彦一とんち話』の方がずっとましだって」

「でも、佐川くんが出るんだったら面白いのかもしれないわ」

 あいかわらずさっきたんはおとなしめのすうっとした笑顔を浮かべていた。

 何度見ても、いやな気持ちになんてならない顔だ。

「さっきたん、時代が古すぎる学園演劇なんて、出る気になれるかなあ。俺はやだなあ」

「でも、先生たちは演劇をまたするつもりなんでしょ?」

 さっきたんには詳しい事情が伝わっていないようだった。四月以降に先生たちがどんどん話をまとめて、現在の一年生たちを中心にしてやるつもりなんだろう。現三年は今のところ受験一色になるだろうから、ただ眺めているだけでいい。

「うん、青大附中の評議委員会って、冬休みに毎年、怪盗ルパンや名探偵ホームズのような話を劇にして、ビデオに撮っておくんだって。それを学校内で流したりするんだって。それも見る分には面白そうだけど、同じことをうちの学校でするなんて、できないよ」

「ホームズとかルパンとか?」

 さっきたんは戸口付近の本棚を指差した。江戸川乱歩全集がずらっと並んでいる。

「そうだよ。次は『怪人二十面相』あたりやるんじゃないかな」

 周りに気遣いながら、さっきたんはまたまた、咽を鳴らしてうつむいた。


 昼休みも終った。公立高校入試が終わってすっかり気抜けした顔の三年生たちとすれ違った。一応、すれ違ったら礼をするのが決まりだ。忘れないようにしておけば大丈夫、リンチなんてされないですむ。

 僕はエンピツの先を無意識につぶしながら、情報の整理を行うことにした。

 ある程度おとひっちゃんや総田から話を聞かせてもらったら、ふうんと頷いた後で、自分の中から湧き上がってくる答えを待つ。なんも考えない。ただ、勝手に噴出す油田みたいなものを待つだけなんだ。地理で習った、中国の油田みたいな感じにだった。ちなみに苦手の英語だ。さっき、総田からノート貸してもらったから、当てられても訳を読み上げればそれでいい。

 ──あんな恥ずかしい劇をやらされるなんて俺はいやだけど、でもこれで通した方がいいなあ。

 絶対に僕の出番がないこと分かっているからなおさらだ。目的が決まっているから大丈夫だ。自分に関係なければ問題はない。

 ──先生たちとおとひっちゃんに受ければ、あとはみんな勝手に寝ててもらったっていいんだし。思いっきり匂うような青春ドラマをやろうってことにしたらどうかなあ。

 総田はまず

「冗談じゃねえよ、こんなくせえ話に誰が乗るかって」と言うだろう。当然だ。

 おとひっちゃんは

「真面目な話の方がいい。いじめは決してよくないことなんだってことを真っ正面から突きつけるっていいことだと思うんだ。けど、一年時の『彦一とんち話』みたいなものにはしたくないから、みんなでもっと話し合ったほうがいいと思うんだ」

って言うだろう。これもまたひとつの考え。

 僕としてはどうでもいい。

 これから先、生徒会が青大附中の評議委員会から参考意見をもらって、どんな風に演劇を盛りたてていけばいいかを話し合って、その合間に杉本さんをぐっさり刺せばいい。できれば足もとを。もう二度と、水鳥中学なんて来たくない、やめてやる、と思うくらいに突き刺せばいい。

 ──佐賀さん、ちゃんと健吾くんに話したのかな。 

 本人が目の前にいて、もう逃げも隠れもできない状況下の中、僕は

「あくまでも俺が考えた案なんだけど」

と前置きして、杉本さんのしたことを全部しゃべってやるだろう。もちろん青大附中の連中には……健吾くんには話さないとまずいこともあるけど……内緒にしておこう。僕が佐賀さんから聞き出したことなんだ、ってばれたら、杉本さんの逆恨みに火がついて犠牲になっちゃうかもしれない。

  偶然、僕が思いついたことであって、佐賀さんとは一切関係ない。思い当たる節があるんだったらそれは偶然だ。

  僕に責任なんて全然ないし、もちろん佐賀さんらしきいじめられっ子の話が出てきても、それは偶然でしかない。そう言い張ればいい。

 悪いけど杉本さんって、おとひっちゃんが嫌っていることに気付かないほど鈍感な女子なのだから……なにせ、顔見れば一発で感情がもろ見えのおとひっちゃんなのだ……こっちが強気でつっぱねればあきらめるだろう。それどころか、「私が悪い」と思ってくれるかもしれない。反省して、もう二度と佐賀さんをいじめないようにしてくれれば最高だ。蝋人形委員長がきっと慰めてくれるだろう。

 ──立村か。あいつも頭悪そうだもんなあ。

 成績はどうだかわからない。でも、佐賀さんと珈琲紅茶のお付きあいをしてから、僕の「成績」に関する考えはまるっきり変わった。順位がどうのこうのじゃない。杉本さんが学年トップを保っていようが、おとひっちゃんが今回もトップであろうが、所詮それと本当の頭のよさとは違うんだってこと、証明されてしまった。

 どんなにいじめられて、エレクトーンの試験で失敗してしまうくらい傷ついても、杉本さんのことを思い遣ろうとする佐賀さん。

 周りのことをみな見極めて、なんとか必死に対等になろうと努力する佐賀さん。

 ──ほんとに頭のいい人、ってこういう人なんだ。

 ──俺、そういう風に、してるよな。

 職業科志望、それがどうした! 


 


 ──もし、杉本さんがいい性格だったら、きっとおとひっちゃんのお間抜けぶりをさらけ出して、幻滅してもらうって方法も取れたのにな。

 杉本さん以外の女子にだったらそうしてただろう。他中学の女子で、しかも好意を持ってくれている子相手だ。好き好んで傷つけたいとは思わない。おとひっちゃんはきっと、そう思っている。大っ嫌いなタイプだとしても、決してつっぱねたりできないに違いない。おとひっちゃんは紳士だ。

 けど、相手は「ふつう」の子じゃないのだから仕方ない。

 ──逆恨みする執念深い、人を平気でいじめる最低女。

 僕が佐賀さんの情報を丸呑みして言っているといわれればそれまでだろう。

 お前がしていることもいじめじゃないか、と突っ込まれれば言い訳できない。

 たぶん他の奴が同じことしていたら、僕も止めるだろう。

 でも、杉本さんに対してだけはどうしてもふわふわりんとした気持ちになれなかった。

 


 総田と例の郷土資料館で待ち合わせすることにした。天気は良かった。大雨の後はだいぶ春めいてきているようすだった。雪と泥が完全に一体化していて、靴がどろどろ。あとで洗濯する母さんに怒鳴られそうだ。制服のままで行くことにした。

「おっす」

 総田がもう来ていた。交流会準備でくそ忙しいであろう生徒会室、どうやって抜け出してきたんだろう。

 いつもの真ん中席に座った。また人がいない。経営成り立ってるのかな、いつもこんながらがらだと、とうちの父さん母さんも話していたっけ。僕もそう思う。総田とふたり並んで座り、膝を開いて両手を置いた。ふっと一息ついた。

「おとひっちゃんはどうしてるの」

「あいつひとりでなんか書類作ってるぞ。例の『いじめ問題』用に使うコピーの下書きをさ。けどなあ、どうせやるなら俺たちが適当に、演劇の台本出して、『これどおっすか?』と声かけりゃ、それでいいような気がするけどなあ、んで」

「別にいいよ。おとひっちゃんにはやりたいようにやらせておけばいいよ」

 僕は、借りてきた「中学演劇脚本集3」なる、教科書の親戚みたいな本を一冊取り出した。

 緑色の表紙で、なんかつまんない。

「俺も演劇やれってか。やーだね」

「出る奴はみな一年か二年に押し付ければいいよ。内川会長だっている、それより、なにより、これどうかな」

 一通り目を通してみて、使えそうな脚本を用意しておいた。さっきたんに読んできかせた奴ではないけれど、内容は五十歩百歩だ。

「先生連中に受けがよさそうな、関崎好みのやつかよ」

「とにかく、あらすじだけ読んでみてくれないかな。総田教授」

 読む気配なしなので、僕は自分の口で言うしかなかった。ひじでつっついた。


「この話、ふたりの女子が出てくるんだけど、ひとりがどこかのお金持ちのお嬢さまで、同級生の女の子を取り巻き使っていじめてるんだ。こんな話、今時ドラマでもやんないけど、結構いじめたりする場面がすごいんだ。リンチっぽい場面もあるんだよ」

「うわあ、さむいぼ出そうだぜ」

「でさでさ、いじめている女子はいばっているけど、実は大の弱点があって人前で歌うことができないんだ。自分が音痴だから。そこで、いじめている女子にわざと人前で歌う役を押し付けようとするんだ」

「それってなにか。ギャグでやってんのか」

「ギャグじゃないから怖いんだよ。あらすじだけ言っちゃうよ。そのいじめられっ子はご都合主義なんだけど歌がうまくて、周りから拍手喝采を浴びちゃうんだ。それを見ていたいじめっ子はなんとしても自分が勝たなくちゃと焦り始める。うーんと、途中いろいろあるけど、いじめっ子は悩みに悩んで、自分も人前で歌う練習をして、いじめっ子を負かそうとする。けど簡単にはいかないよね。結局音痴をさらけ出してみんなから大笑いされるんだけど」

「聞きたかねえよ。そんな劇やるんだったら俺、すぐに帰るぜ」

「とにかく聞けよ。いじめっ子の女子がすっくと立ち上がって『私も一緒に歌うわ、みんなで歌いましょう』と、生徒全員に壇上で呼びかけて、手を取り合って歌うんだ。そして最後に抱き合うんだ。幕って感じ」

「おえーっ、絶対やだやだやだ。俺は反対」

 総田、首と腰をくねくねさせてのた打ち回っている。僕も本音はその通り。こんな劇、本気で上演している学校あるんだろうか。末尾の発行日を見たら、僕の父さんが生まれる前後の脚本だ。冗談じゃない。時代を考えろっていうんだ 。

「でもさ、こういうことが、本当にあったとしたら、どうする?」

「本当ってなにをだ」

「つまり、杉本さんって女子がいじめっ子のようなことを、本当にやっていたとしたら」

 総田の眼と口が、一緒につりあがった。ぴんときたな。

「あの女子、か」

「そう、裏付けはもう取ってるよ。おとひっちゃんに言わないなら、教えてやるよ」

 僕は簡単に、佐賀さんと健吾くんから聞いた杉本さんの行為について説明した。

「外側だけじゃなくて中身も腐ってるのかよ。俺だったらぼこぼこにリンチしてやりてえな」

「だろ、僕も同じだよ。そういう子に好かれたらおとひっちゃん、耐えられないよ。しかも水鳥に乗り込んでこられたら、たぶん死んじゃうよ」  

大げさだけど、大の本音だ。杉本さんの性格はあまりにもひどすぎる。おとひっちゃんが青大高校受験にもし失敗したら、たぶん杉本さんのせいだ。

「別に俺としては、魔性の女に食われてもらった方が相手も関崎も本望ではないかと思うんだが」

「だめだよ。おとひっちゃん食われるだけならいいけど、水鳥中学にも足をつっこんでくるんだよ。内川だって巻き込まれて大変なことになるよ。とにかく集めた情報からするとすごいんだ。先生たちですら、追い出そうとしてるんだって」

 僕が強く説明すればするほど、総田の顔は引きつっていく。

「だから追い出すしかないんだよ! 俺、水鳥中学生徒会のためにもそうだし、おとひっちゃんのためにも、それからもちろん、総田、お前がやりたいことを成功させるためにもそう言ってるんだよ。ね、協力してほしいんだ」

 佐賀さんと一緒に眺めた青潟市の古い地図。あの地図はかなり古い時代に作られたものらしいけれども、ほとんど縮尺とか当たっていると習った。本当のことって、結構長持ちするもんなんだ。直感って、だから大切だ。総田も僕の方をちらっと見て、腕を組み、十秒沈黙した。

「わかった。佐川の案に乗ってみるか」

 僕はさっそく、案を一気にしゃべりまくった。メモには残さない。総田の頭だから、すぐにすうっと叩き込めるに違いない。証拠が残っていたら、おとひっちゃんに半殺しにされるだろう。


「つまりさ、この台本を少し水鳥中学生徒会でいじってみたってことにするんだ。僕が聞いた杉本さんのすごい過去の話、ほとんど引用できると思うよ。ほら、いじめっ子が音痴だって話あっただろ。そこを、ピアノにしちゃうんだ。杉本さん、ピアノの先生とけんかしてやめちゃって、上手になった友だちをずっといじめてたっていう話を信頼できる情報筋から手に入れたんだ」

 佐賀さんだとは気付かないだろうな。たぶん大丈夫だろう。

「ピアノが弾けないくせに、ピアノの演奏ができると自慢しちゃって、自爆するんだ。けど、あわやってとこをいじめられっ子の彼女に助けられるんだ。そして、両手をついてごめんなさいって謝るんだ。ところが周りの男子たちは彼女のことを絶対に許さないってぼこぼこにしようとする。ところがいじめられっ子の彼女は立ち上がって、『いじめを繰り返すのはここでやめましょう。私はあなたも、そして私をいじめた全ての人を許したいの』とか、白々しい台詞を言う。あとさ」

 調子に乗ると僕は怖いぞ。総田もふむふむとうなづいている。ちゃんと、聞いていてほしい。

「この台本にもあるんだけど、いじめっ子が横恋慕している男子がいるってとこ。そのまんま使っちゃうんだ。それ本当のことだからさ」

「へえ、そうなのか」

 あまりしゃべってしまうのは何かとは思ったのでぼかす。イメージはもちろん、バスケ部の主将様である。

「それで、その男子はいじめられっ子のことが好きなんだ。何かがあるとすぐ、いじめられっ子を守ろうとするんだ。いじめっ子は男子によってしょっちゅうぼこぼこにされる。でもめげずに男子を追ういじめっ子。この辺、ギャグっぽくすると受けるなあ」

「佐川、お前バラエティーのシナリオ書きになれよ。才能あるぜ」

「ないよそんなの。で、もう一つ、仕上げなんだけどさ」  

  大切なのはここだ。僕にははっきり言って、脚本書きの才能なんてないけれど。

「唐突に、ここで『芦毛の王子さま』を出すんだ。ひょこっと、知らない男子がやってきて、いじめっ子を救おうとするんだ。みんなにぼこぼこにされているいじめっ子を、いじめられっ子は守ろうとするんだけど、女子だからそれができない。そこで、馬に乗った別の男子がやってきて、そのいじめっ子を諭す、てか、叱る、ってか、抱きしめる。彼女は救われる。で、最後は大合唱。どうかなこれ。ほとんどギャグだけどさ」

 僕はラスト部分をかなり、意味ありげに説明したつもりだった。

「『芦毛の王子様』か。お前、競馬好きだろ」

「父さんから教えてもらってるんだ。結構僕が予想すると、当たるんだよ」

「なまっちょろい、うすらぼけの、王子さまか」

「本気で演じるんだったら、内川にやってもらってもいいけどさ」

「いや、青大附中からヘルプでもらおう!」

 さすが総田。その辺呼吸を飲み込んでくれている。おとひっちゃんに説明するとしたら、一日あっても大変だろうけど、一発で納得OKだ。

 『芦毛の王子様』立村評議委員長の顔が思い浮かんだはずだ。  


 早い話、青大附属中学発の情報をそのまま、既成の中学演劇脚本に盛り込んでいけばいい。僕も面倒なことはしたくないし、交流準備会用こっきりの話で終わらせたい。どうせ、公立は受験の関係であまり面倒なことはできないと、顧問の先生も言うだろうし。ただ、青大附属がもともと演劇ネタ好きなところだと聞いているから、

「こんなのはどうですか? 脚本としては使えますか」

と聞いてみるだけのことだ。

 「準備会」だからこそ使える手だ。本式の交流会になったら、僕がいきなり持ってきた脚本なんかを利用することなんてできやしない。おとひっちゃんが知らないうちに計画するなんて無理だろう。おとひっちゃんが気付かないうちに、杉本さんを落ち込ませてこれっきり水鳥中学の敷居をまたがせないようにすることが、第一の目的。おとひっちゃんが杉本さんタイプの女子を嫌っているというのを証明するのがその二。

 ──仕上げは、これだ。

 僕は総田に、あとでもう一度電話することを伝えた。学年万年二番の頭脳で、さらさらっと計画書こしらえてくれるだろう。

「それと、もうひとつお願いあるんだけど、聞いてくれるかな」

 実はこっちの方が僕にとっては重要だった。

「いつも、総田が使っている図書準備室の鍵を、当日だけ、貸してほしいんだ」

「へえっ?」

 そりゃ驚くだろう。僕は前から総田が、こっそり鍵を作って川上女史と密会していることを知っている。去年の秋、総田が生徒会室に二本の鍵をキーホルダーにぶら下げていたのを見て、冗談半分で、

「これ、生徒会関係の鍵か?」

 と聞いてみた。そしたら曖昧な言い方をしていたので、すきを見て学校内、すべての南京錠に鍵をあわせてみた。見事発見、ただそれだけのことだ。

「おい、何言ってるんだ、佐川」

「いつも持っている、車のついたキーホルダー。あの中の一本がそうだろ? もう一本は生徒会室用でさ。確か学校の鍵はスペア禁止だって聞いてたけど、総田は賢いからすぐに作ったんだね」

 校則違反もいいとこだ。見つかったらまず違反カード五枚くらい切られてついでに停学だ。

「佐川、何を言いたい」

「だから、一日だけでいいんだ。あの部屋の鍵がほしいんだ。あそこで俺が待機していたほうよかったらそこにいるしさ」

 何度か僕も下見で覗き込んでおいた部屋だ。かなり埃が舞っているけど、奥のごみ箱にはジュースの空き缶とかポテトチップスの空き袋とか、たくさん入っていた。つまり、あそこで食事も可ってことだ。駄目でも食べる。持ち込んで。

「要するに、お前専用の待合室がほしいってことか」

「そういうこと。一日だけでいいんだ。あそこをまるまる、貸してほしいんだ」

 これ以上脅迫する必要なんてない。生徒会副会長が露骨な校則違反をしていることを、ばらすかどうかなんて低レベルなことを言わなくたっていい。総田にはその辺の呼吸も飲み込んでくれている。僕も、困った顔で頭を下げる。

「ごめん、ほんっとうに今回だけ。ちゃんと部屋掃除しとくから! 川上さんも居心地いいようにさ!」

 ──さあ、刺さったか!


 思ったとおり、総田教授の顔は黒く染まった。

「佐川!」

「頼む、ほしいな」

 片手を出して、今度はにっこりと笑いかけた。

「ちくしょう、お前、能力を間違ったとこに使いすぎてるぜ」

 サーキット用の車がキーホルダーになっている鍵。手の中に落としてくれた。

「どうせ、しばらくは使う気もねえよ。先公どもの見てない隙を狙って、好きなようにしろ! どうせあの部屋、あかずの間なんだからな。単なるごみ捨て場ともいう」

 ──ラッキー! これで準備十分間に合うよ。

 総田の思わぬサービスに、思わず顔がほころんだ。

 どうせあの二人のことだ、別の密会場所を開拓したんだろう。



 もし、健吾くんと佐賀さんが僕とこっそり相談する必要があるならば、そこに連れてくればいいし、もし佐賀さんを「委員会外の人だから入ってきてほしくない」という扱いにするんだったら、それでもいい。僕は裏の手を使って佐賀さんだけをここにひっぱってこれるってわけだ。

 完璧だ。青大附中の体育準備室と同じような場所。

 問題は土曜日ということで、先生や用務員のおじさんが覗き込まないかってことくらいだけど、総田もうまくやっているんだ、たぶんなんとかなるだろう。その辺も総田に釘をさしておこう。

 明日、昼休みを使ってもう一度チェックしておこう。もちろんおとひっちゃんには内緒だ。

 あ、忘れてた。まだやることがたくさんある。


 家で父さんの

「デート帰りなのか? のぼせてるんだろ?」

とつつく声を無視して電話をかけた。

 もちろん電話番号は、毎日眺めているので暗記している。

 女子のうちに電話をかけることには慣れている。けど、佐賀さんは青大附中の人だから、ものすごいお嬢さまかもしれない。電話をかけるとまず家政婦さんが出て、それからご両親が出て、最後にやっと繋がるなんてことないだろうか。アホな想像を繰り返した後、気合を入れてダイヤルを回した。最初はさすがに家政婦さんじゃなく、たぶんお母さんらしい人。思わず

「あの、水鳥中学生徒会の佐川と申します」

と大嘘ついて名乗ってしまった。全くのでたらめってわけじゃない。生徒会には関わっているけど役職があるわけではないんだから。

「お待たせしました」

 そんなに経ってないのに、声が電話だとくるくるっと丸まって聞こえる。佐賀さんの髪の毛みたいだ。ほわほわっとさわりたい。

「あの、俺、佐川です。土曜のことについて、健吾くんに伝言頼みたいなって思ったんだ」

 佐賀さんは僕のどもりどもり説明した言葉を一通り聞いてくれた。

「新井林くんは、土曜日、来ない予定なんです」

 きっぱり答えた。

「え? 健吾くん、だって評議委員だろ?」

「ええ、でも新井林くんは、バスケ部員でもあるんです」

 知ってる。でも、まだバスケ部同士の交流会は始まっていないはずだ。  

 疑問をぶつけると、佐賀さんはためらいがちに答えてくれた。

「私、新井林くんに言ったんです」

 小さなくしゃみが合いの手に入った。

「二年になったら、うちのクラスの評議委員になりたいから、今のうちに参加させてほしいって。そうしたら新井林くんも賛成してくれたんです。もう梨南ちゃんが評議委員になれないのだったら、新井林くんと話の合う人がなった方、いいかなと思って。それで、新井林くんも、私が参加するんだったら安心だからって、自分の優先したいほうを取ってくれたんです」

 ──次期評議委員?

 佐賀さんのクラスは確か、健吾くんと杉本さんが評議委員のはずだ。前の話で、杉本さんが担任の権限で落とされるというのは決まっているらしい。空いたポストに、佐賀さんがもぐりこむということか。

 ──さすがだ。やるなあ。

 その通りの言葉を伝えた。佐賀さんはまた、かすかに笑い声を立てた。咽のところでくぐもる、小さな声だ。

「新井林くんのおまけでは、参加したくないし、それに、佐川さんにも失礼だと思ったんです」

「俺に?」

 佐賀さんの声が凛と響いた。

「私のために、そこまでしてくださる佐川さんの姿見て、私、思いっきり反省しました」

 ──俺の姿?

 身体が震えてくるのが分かる。変なところが興奮している。やばい、初めてだ。

「私も、私のやりかたで、自分の考えていたことを梨南ちゃんにはっきり言わなくちゃって、思ったんです。けど、梨南ちゃんは私をまるっきり無視してます。話し掛けても、逃げます」

 ──逃げるかよ。

 本人は無視しているつもりなんだろうが、佐賀さんには「逃げる」としか見えないのだろう。おとひっちゃんがさっきたんの家を前にして「用事がある」とか言って逃げたのと同じように。僕の目と佐賀さんの瞳、ぴったり重なっている。

「だから、逃げ場所のないところで、一度話し合うつもりなんです。お願いがあるんですけど、聞いていただけますか」

 まだ身体と頭が熱くなった状態で、僕は頷いた。

「いいよ、できることだったら」

「今のことを、当日まで誰にも言わないでいただけますか。このこと、梨南ちゃんにも、立村評議委員長にも内緒にしておきたいんです。私がもし来ると知ったら、梨南ちゃん何をするかわかりません。また、言い訳くっつけて逃げます。梨南ちゃんは自分しか通用しない言い訳が天才的にうまいんです」

 ──すごいことを言ってるよ。

「だから、私、梨南ちゃんと一対一できちんと話をしたいんです。私がちゃんとひっぱって、きちんと決着をつけたいんです。そして、きっちりと、評議委員になりたいんです」

 申しわけないけど、僕は完全に全身、ゆでダコ状態だったと思う。

 風呂上りなのか、と突っ込まれても言い訳できないくらい。

「いいよ。わかった。俺もそれは内緒にしとくよ。けど、どこで話し合いするのかなあ」

「大丈夫です。途中で私、梨南ちゃんが言い訳できない理由を言って、連れ出します」

 ──言い訳できない理由?

 佐賀さんはそれを詳しく教えてくれなかった。たぶん佐賀さんのことだ。杉本さんの弱みを知っているんだろう。僕がおとひっちゃんの弁慶の泣き所を知っているように。

「わかったよ、でも無理しない方がいい。俺もちゃんと、佐賀さんが過ごしやすくするようにするからさ」  

 すっかり汗が流れてしまった僕だが、電話の声は自分でもえらく冷静だった。

 だって、「佐川さんの姿を見て」とか言われたら、変に興奮しているとこなんて見せられないじゃないか。

 興奮の残りは後で、鈴蘭優のポスターを貼って考えよう。ずっと部屋に貼るかそれとも机の中だけにしておくか、迷っていたけど、もう限界だ。毎日眺めよう。寝る時、見上げても大丈夫な場所に。もう父さん母さんに何言われたってかまわない。声の記憶だけじゃ、もう眠れない。  

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