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 大型スーパー「リーズン」の中は僕たちと同い年くらいの中学生がたくさんたむろっていた。学生服にセーラー服といった、水鳥中学とほとんどデザインが変わらない格好の連中が多い。もちろん青大附中の人たちもたくさんいた。みな昇りのエスカレーターに乗っていってしまう。大抵は男子だけ、女子だけの塊だった。男女二人組みの中学生というと、青大附中のブレザー制服姿の人ばっかりだった。

 僕がいなければ、今日も佐賀さんは健吾くんとふたりだったというわけだ。

「今日は、部活の練習とか、ないの」

「はい、練習したくても、部員が少ねえから」

 健吾くんは日焼けの消えない指先で、拳骨を作った。こぶしというのではなく、五人、と数えてそれっきり、という意味らしい。

「五人しかいないんだ。部員」

「パスとかシュートとか、あとは基本運動くらいしかできないっすよ。やっぱし、新入部員と、二年の追加入部者を集めねえと、きついです」

 そうだろう。二年生の先輩たちは何やってるんだろう。

「二年はみな、今の時期卒業式関連の手伝いとか、委員会活動に引っ張り出されてます。うちの学校の連中は卒業式そのものよりも、『卒業生を送る会』の方にばっかり力を入れるから、全く練習する時間がねえんです」

 ──水鳥は反対なんだけどなあ。

 おとひっちゃんが頭を抱えて文句を言っていたっけ。卒業式の合奏や予行練習でしょっちゅう、運動部関連の連中が公式の休みを取って出て行くって。

「だから、今日は俺の判断で休みにしました。あんまり少なくて愚痴りあいになるのも、部の空気をにごらせるだけだし、第一、裏で悪口ばっか言っているのって最低野郎のすることだと俺は思います。正々堂々とののしっちまえばいいのに」  

  ──それができる環境ならね。

  言い切ってしまえる健吾くんに僕は、気持ちいいものを感じていた。


 階段踊り場の椅子がまるまる空いていた。健吾くんは一度端に立ち、僕に真ん中の席を勧めてくれた。すごい。まだ一年なのに、大人みたいだ。

「ありがとう。健吾くんさすが、礼儀作法厳しいね」

 僕をちゃんと先輩扱いしてくれるなんて、すごい、本当にすごい。

「うちの学校そういう礼儀だけはすっげえうるせえから」

「私は?」

 あどけなく佐賀さんが僕の後ろで声をかけてきた。きつくにらみ返した健吾くんは、

「お前は、俺の側でしゃがんでろ」

「私もおすわりしたいわ」

「しょうがねえなあ」

 さっさと僕の隣りに腰を下ろした。頬に手を当て、

「寒かったわ」

とつぶやいた。  


 いすの後ろ側に男性用トイレが位置している。いかにも従業員、といった風の人たちが入れ代わり立ち代り現れる以外は静かだった。

「ここだったらよその連中にばれねえで話ができるんです。先輩に教えてもらいました」

「先輩って、立村に?」

「じゃなくて、その上の委員長です」

 あっさり答えたところに、健吾くんと立村くんとの溝を感じた。一応、「立村さん」と呼んでいるし、なんだかんだいって勝負はついたらしいとは聞いている。でも、心底尊敬しているわけではないだろう。「先輩」と「さん」の間にはかなり大きな違いがありそうだ。

「卒業する三年の先輩なんですけど、とにかくすごい人なんです。成績もいいし、運動も抜群だし、男気があって完璧な委員長、って人でした。俺はああいう委員長になりたいと思いますよ。たぶん、本条先輩……その人の名前なんですけど……こういう時一刀両断で片をつけてくれたんじゃねえかなあ」  

  僕を通り過ぎるような視線で、佐賀さんに相槌を求める健吾くん。

 このふたり、いつものことらしい。佐賀さんも落ち着いて、うんと頷いていた。

「確かに、今は大変そうだね、健吾くんもバスケ部とかけもってたら大変だよね」

「あと、学内のスポーツ壁新聞もやってるから」

 初耳だ。佐賀さんが補足説明してくれた。

「毎週、運動部の試合関係の情報を、新井林くんと私とで集めて、写真を取って壁に貼るようにしているんです。去年の十一月から、新井林くんがひとりでやり始めて、いつのまにか学校の先生たちも応援してくれるようになったんです」

「四月からは、他の委員会や文化部の連中にも手伝ってもらう予定なんだ」

 少し反り返った。自慢したいんだろう、わかる、わかる。こういう時の相槌は決まっている。

「すごいなあ、健吾くん。うちの学校でそこまで情熱かけてやる奴、なかなかいないよ。ううんと、おとひっちゃんも頑張るほうだけど、大抵顰蹙かってやめちゃってる」

 しまった、口を滑らした。佐賀さんがまた小首をかしげたけれど、健吾くんは意に介さないように話を続けた。

「今の二年の裏事情はいろいろありますが、ちょっとなあって、一年の立場からしてむかむかしてくるってのが、あります」

「それまたどうして」

 合いの手がうまく入った。健吾くんはさらに背筋をピンと伸ばした。もともと背が僕の頭幅くらい高いんだから、少し猫背になってくれてもいいんだけど。

「直接関崎さんに連絡するべきかどうか判断がつかなかったんですけど」

 派手にくしゃみをして、唾を撒き散らした後、健吾くんは鼻をすすった。

 佐賀さんは僕の方に身を寄せる格好で、健吾くんを見つめていた。

「この前、俺たちんところに佐川さんたちが来てくれた時、俺、言ったと思うんですね。杉本が四月以降、評議委員から降ろされるから、これからは問題がないという話。覚えてますか」

 もちろん忘れるものか。行きの自転車漕いでいる間、全部さらっておいた。

「俺もてっきりそれで決まりだと思ってました。ところが、三日前だったか、こいつが」

 ──だから、こいつって呼ぶのはやめろって。

 佐賀さんがまた頷いた。

「上の先輩を通して、交流関係についての怖い情報を仕入れてきたんですよ。まさか、裏でこういう手を使うなんて思ってもみねかったから」

「あの、誰が?」

「うちの委員長です」

 健吾くんは拳固を片手でくるむようにして、一回「あ」と天井につぶやいた。その後顔の筋肉を引き締めて、

「立村さんは評議委員会に害虫がいるのはまずいってことで外した。それは確かです。けど、交流関係に関しての別グループを四月以降こしらえようということで、生徒会や先生たちに話を持ちかけて、三月末をめどに発足させようとしてます」

「ほっそく?」

 ごめん。僕は本屋の息子でありながら、漢字があんまり読めるほうでない。

「評議以外の連中を集めて、水鳥中学さんと交流会を始めようって腹です。委員会中心主義を壊す代わりに、委員会とは関係のないグループを結成して、活動しようってことです」

 ──つまりなにか。杉本さんはまさか。

 評議から降ろされた場合の逃げ場所ってことだろうか。僕は用心深く尋ねた。

「杉本さんが、その中に入りそうな気配なのかなあ」

「ご名答です。佐川さん」

 健吾くんは一度手を打って僕を人差し指で指し、また大きなため息を付いた。

「杉本を降ろすと決めたと、立村さんが話した時に、それっぽいことは言われていた可能性あります。でも俺、そんなこまいこと覚えてりゃしねえし。評議から追い出したからといって、立村さんが杉本のことを目かけないことはねえだろうし、ひとつの手としてはその通りかもしれない、っていう気はしました。無理やり押し込むことにはなるでしょうが、評議としては安泰です。けど、ただ」

 毒々しい葉牡丹の葉に顔をもみくちゃにされる。

 僕の想像が間違ってなければ、恐ろしい結論になりそうだ。

「たぶん、立村さんは杉本を四月以降も、水鳥中学関係の交流メンバーに置く可能性、大です。評議委員会としての活動ももちろんやるだろうし、他の委員会や部活も相当力入れてくるとは思うけど、でも、要に杉本を置こうということは、計算済みなんじゃねえでしょうか。今、佐賀と話してて、俺、そう思いました」

 僕が口にしたのは、思いっきり本音だった。

「それって、まずいよ」

「そうっすね、絶対これは、まずいです」

 健吾くんと佐賀さんがまた目と目を合わせて、お互い頷き合っていた。


 佐賀さんが聞きつけてきたらしい。だったらもっと佐賀さんに話を振ればいいのに。なんか健吾くんは、自分ひとりで話すことにこだわっている。佐賀さんにいいとこ見せたいんだろう。気持ちはよくわかるけど、ものたりない。

「今、あんまり詳しいことは話せませんけど、二年の男子女子の間で、わけのわかんねえことが起こっているみたいなんですよ。三年間持ち上がりだった評議委員をひとり入れ替えるとか入れ替えないとかで、騒いでいるっていうか」

「杉本さんの時みたく?」

「あれは立村さんとうちの担任が決めたことなんで別です。けど、今回は人間関係のごたごたがからんで、二年女子のひとりが評議を降りたがっているみたいなんで、な、佐賀、そうだろ?」

 やっと佐賀さんが話してくれる、と思いきや健吾くんはすぐに言いなおした。

「いや、俺がしゃべる、お前は黙ってろ。で、たまたま新しく入る予定の女子評議の先輩からその辺の事情を聞きだしたってことです」

「新しく入るって、まだ三月だよ。まだ選ばれてないのにさ」

「前もって誰を選ぶか決めておかないとまずいらしいです。うちのクラスはとにかく杉本でなければ誰でもいいと思ってますが」

 ちらっと佐賀さんを僕は覗き込んでみた。

 その辺、反応をしりたかった。何も身動きせず、おだやかに首をかしげて聞いていた。

「じゃあ、新しい評議委員が入ってくるから、みんな怒っているんだね」

 うちの委員会だったらそんなこともないだろうけれど、青大附中の場合は簡単にいかないらしい。評議委員会は一種の部活なんだろう。三年になって新しい部員が、人間関係のごたごたをひっくるめて入ってくるとなったら、そりゃあ動揺するだろう。また立村も、「評議委員長」というより、評議委員会部の部長といった方が近い。大変だ。

「それで今、立村さんが案を出していて、降りた評議委員女子を例の、交流会専門の部活動かサークルか、何かに入ってもらうことを進めているらしいです。水面下って言ってましたけどばればれっすよ。な、佐賀」

 こっくり頷くだけなのがもったいない。佐賀さん、もっとしゃべろうよ。

「ははあ、そうか。交流会専用のグループなんだ。その中に、評議委員経験者が入ったら、動きいいもんね。それに三年だからサークル長か部長か、そういうところにも置いておけるもんね」

 おとひっちゃんの前ではそこまでしゃべらないだろう。つい健吾君の前では気が緩んでしまった。驚いている。うっかり健吾くんから水鳥中学生徒会にばれたらまずい。口にチャックをかけなおそう。

「すげえっすね。どうしてそこまでわかるんですか。佐川さん」

「ううん、なんとなくさ」

 ごまかして、しばらく健吾くんに演説させるつもりだった。おとひっちゃんにだったらそれで通じる。けど健吾くんにはだめだった。もっと聞きたそうな顔をしていた。肩越しに佐賀さんも僕の目をじっと見詰め、にこっと笑っている。しゃべるしかないじゃないか。

「俺、ガキのころからそうなんだけど、何となくこの人はこう思ってるんじゃないかとか、あいつは何かたくらんでるんじゃないかとか、そういうことがわかるんだ。たぶん気のせいだよなって大抵は流すんだけど、あとで確認するとほとんど当たってるんだ。具体的にどういうのって言えないけど、予知能力がすっごくあるっていうのかなあ。今も、健吾くんから杉本さんについての話を聞かせてもらったけど、やっぱりいつものように、こうなるんじゃないか、ああなるんじゃないかってことが浮かぶんだ。今までの例からして、たぶん当たるんじゃないかなあと思うんだ。でも、そういうのって怪しいから俺は言わないけどね」

「なんとなく、わかるって」

 隣りで佐賀さんが小さくつぶやいた。健吾くんは聞きとがめずに真剣なまなざしで見入っていた。

「うん、空気が読めちゃうっていうのかな。この調子でいくと、たぶん杉本さんはずかずかうちの中学に乗り込んでくるだろうし、大騒ぎになるんじゃないかって気がする。俺の勘だけどね。おとひっちゃんのことを気に入っているのはわかるし、この前佐賀さんが言ってたように、逆恨みされてる可能性もあるよね。でも、どれもこれもおとひっちゃんには関係ないよ。水鳥中学にも関係ないし。迷惑かける人には来てほしくないってのが、おとひっちゃんの本音だと思うんだ」

「やはりですか」

 すっかり健吾くんは、僕の言葉を鵜呑みにしている。想像しただけだってのに。意外と単純だ。おとひっちゃんレベルなわけないよな、と改めて思った。

「関崎さんは、あの女を寄せ付けたくないってわけですね」

「当たり前だよ。その証拠にさ、あの葉牡丹、すぐに別の女子にあげちゃったよ!」

 厳密に言えば、僕が、だが。

「絶対内緒にしてほしいんだけど、おとひっちゃん、あの毒々しい花見るのも触るのもいやそうだったんだ。真面目な奴だから、たぶん俺がいなければ持って帰ったと思うよ。でも、次の日、期末試験前だったのに熱出してあいつ寝込みやがったんだ。ほんっと、無理してたんだよ、きっと、杉本さんのことを思い出して具合悪くなったんだなって俺は思ったよ」

「そりゃそうだ。よくわかる」

 健吾くんは頷いた。さすがに佐賀さんは身動きしない。そりゃそうだ。

「たぶん、青大附中と交流会をするつもりはあるだろうし、健吾くんの率いるバスケ部との練習試合関係は進めてくれると思うんだ。ただ、その後、立村委員長が理想とするようなこと、できるかどうかは難しいな。せっかく準備を整えても、きっと、あの人がつぶしそうな気、するから」

 あの人、とは立村委員長のことではない。

「そうっすね。だからなんとかしたいんですよ。俺としても」

 続けて、咳払いひとつ。

「で、もし佐川さんがうちの立村さんと同じ立場だったとしたら、どう処理しますか」

 ──委員長だったらってことかな。

 難しい要求だ。でも、答えたい。答えなくちゃ、チャンスがなくなる。

 なんのチャンスだかわかんないけど、背をつつかれる気持ちで僕は答えた。

「ほんっとこれは仮だよ。仮に、俺が評議委員長だったとしたら」

 細かい突っ込みはなしに願いたい。直感に任せて僕は声を潜めた。

「まず、学校内で杉本さんに何か恥をかかせる事件を起こす。いや、いじめとかいやがらせとか、そういうことをしてはいけないよね。健吾くんや佐賀さんの話だと、ネタは一杯あるみたいだから、そのことを、杉本さんが一番好きな人の前で話すんだ。この前健吾くんがしてくれたような感じのことをさ。けど、あれだとまだ陰口にしかなんないよ」

 気まずそうに口をゆがめ、ちっと舌打ちする健吾くん。こういうとこ見ると、僕は先輩だっていばりたくなる。調子に乗るってこのことだ。

「だから、誰かと組んで、おとひっちゃんの前で、今まで杉本さんがどういうことをしてきたのか、佐賀さんをいじめて苦しめてきたのかってことを、全部話してしまえばいいんだよ。佐賀さん、ほんとひどい目にあったんだよなあ。この前健吾くんが話してくれたことが全て事実だとすれば」

「事実です、あったりまえだっての」

 最後の一言は投げやりだけど、まあいいか。

「それだったらなおさらだよ。おとひっちゃんも単純だから、否定できない証拠とか、出来事とか、あと本人が図星さされてどきまきしたところなんか見たら、信じるよ。おとひっちゃんはいじめをする奴最低だって思っているからなおさらね。そんな子、誰が好きになるかって思うよ。どんなに葉牡丹押し付けられたってね」

「けどそれは、汚ねえ気が」

 言いかけたのを、僕は遮った。

「嘘を並べるんじゃないよ。杉本さんを吊るし上げるってわけじゃないよ。うーん、うまく言えないんだけどさ。例えばよく学校のいじめ問題を討論したりする時に、どこかの学校で起こった例をあげたりするだろ? ついうっかり先輩に礼するのを忘れたら、体育館の裏に引っ張り込まれて蹴りいれられて、学校行くのよすようになって、登校拒否になってって話」

 この前道徳の授業でやっていたことを、適当に言った。よく覚えていたもんだ。

「いかにも偶然、って顔で話すんだ。『どっかの学校であったらしいけど、友だちを家来にしてずうっとひっぱりまわしてきた女子が、惚れてた男子を取られたことを逆恨みして、クラス一丸無視させたって。でも、やっぱり正義は勝つんだね。その女子反対に無視されちゃって、学校追い出されるんだってさ』とか。さりげなくやるのがコツだよ。たぶんおとひっちゃん相槌打つよ。『それは当然だな、やられて当然だ』って。杉本さんだっていたたまれないよな。本当のことを自分の好きな男子の前でえんえん並べられているんだから。そんなところ、普通だったらいたくないよな。すぐに逃げるよ、逃げてそれっきりになるよ。だって本当のことなんだから逆恨みするしかできないし、したってみんな無視するだろ?」

「そんなことで動揺するような女か、あれが」

 また吐き出すように言う健吾くん。

「わかんないよ。そこまで根性座っている女子だったら俺は別のこと考えるけど、うちの学校の女子を見る限り、これでめげなかった人いないな。あ、この方法ね、小学校五年の時にクラスのいじめが起こった時、打った手なんだ。おとひっちゃん、正義でもって女子たちを怒鳴って、『卑怯なことするなんて、最低だ!』ってわめいたんだけど、全然効果なくて、かえっていやみ言われただけだったんだ。おとひっちゃんかわいそうだったから、俺、こっそり、やったんよ。女子たちが集まっているとこで、なーんも知らない振りして、今言ったようなことを。夏休みの学校合宿の時にね」

 僕からしたら、誰が誰のことを好きだとか、そんなのは丸見えだった。

 いじめのボスらしい女子が、別の男子のことを好きだという噂を聞いて、僕は手を打った。その子の目の前でその男子とトランプやりながら、奴が軽蔑するタイプの人間について語ってもらった。どんなことだったかは覚えていない。相手のことなんて無視してとことんしゃべっただけだ。その女子みたいなことをする奴は大嫌い、という言葉を引っ張り出したとたん、くだんの女子は泣きべそかいて部屋を出ていってしまった。

 もちろんその後、いじめられていた子への八つ当たりもあったらしいけれど、その点はすでに男子たちがおとひっちゃんを守り立てるべく一丸となっていたので、あっさりつぶれた。男子だっていざとなったら結束固いのだ。女子が男子に守ってほしいんだったら、さっきたんみたく思いやりある態度をしないと駄目だと思う。杉本さんがもし同じクラスにいたら、男子一同、冷たく無視していただろうし、佐賀さんを全力で守ってあげただろう。

  健吾くんが佐賀さんを守りたいのだって同じだ。

「佐川さん、それってできることなんですか。俺にはちょっとすごすぎてできねえな」

「でも、いざとなったらひとつの方法として覚えておくというかもしれないよ」

 僕は、佐賀さんを除き見た。僕の顔をじっと見つめているけれど、目をそらさない。あまり見つめていると健吾くんに「変」と思われるんじゃないかな。うっかり、疑われたりなんかしたら大変だ。うちの本屋に来てもらえなくなる。

「ひとつの方法ですか。うちの立村さんにも、そのくらいの頭があればなあ」

 ──頭というよりも、好みが変なんだよ。

 たぶん、葉牡丹を愛する性格なんだろう。


 しばらく僕は健吾くんを相手に、水鳥中学の事情について説明していた。

 相変わらず、

「関崎さん、すごいっすよ」

 の連呼。体育館三十周持久走でおとひっちゃんに負けたことが、相当効いたらしい。

「本当にあいついい奴だよ。」

 僕も繰り返した。たぶん健吾くんは、運動能力の長けている奴には無条件で尊敬の念を抱いてしまう性格らしい。けど、僕はどうみたって運動神経いい方じゃない。さらにいうなら、

「佐川さん、青大附高受ける気ないんですか」  

と真剣な目で尋ねられた時も、どう答えてよいかわからなかった。

 だって、僕の第一志望は、青潟工業か商業なんだから。  

 職業科を選ぶと決めたのは早い。おとひっちゃんにも言ったけど、僕はその点、自分の成績をよく理解しているつもりだ。ちゃんと就職できる学校に行きたい。早く一人暮らし、したい。

 でも、健吾くんや佐賀さんは、エリート中学青大附属の生徒だ。

 当然、エスカレーター式に高校へ進学するだろうし、たぶん大学にも行っちゃうだろう。

 ──頭のレベル低いなんて、言われないだろな。

 そんな気持ちが掠めて、つい、青潟工専を目指していると、大嘘言いたくなってしまったことを告白しちゃおう。

「ないよ。俺、成績は悪いんだ。ちゃんと就職できる商業高校か工業高校に進んで、早く一人暮らしするんだ。親から離れて、自分で稼ぎたいんだ」

 軽蔑するならしろっていうんだ。と開き直った気持ちがないともいえない。次の瞬間、佐賀さんがはあ、とあきらめのため息を吐くんじゃないか、それだけが心配だった。

「自分で、働きたいんですか」

 身をかがめるようにして、かすかに聞こえた。健吾くんも同じくらい身をかがめた。ふたりにはさまれて、真剣に聞き入られている。

「うん、いつまでも親の金で学校に行くのはいやなんだ。だからだよ」

 ほおっとため息が洩れた。緊張してたのかもしれない。次にまた、はあっと息が。健吾くんだった。

「独立、かあ」

 目の前の階段を昇り目線で追いながら、健吾くんは脱力した。

「俺も、早く家を出てえよなあ。わかります、その気持ち」

 健吾くんはともかく、佐賀さんだ、問題は。

 

 ずうっと佐賀さんの気配をうかがっていたけど、特に何か、あったわけではなかった。 

 今日、もう少し話ができると思ったのに、結局は健吾くんとだけだった。

 もっとも、実にはなった。配達しまくったかいはあった。

 いくら立村委員長が杉本さんのことをめんこがっているからといって、まさか四月以降も交流関係に参加させるなんて想像もしていなかった。

  もしそうなったらおとひっちゃん、立ち直れなくなるに決まっている。やっと逃れられる、そう思っているだろうに。まさかのまさかだ。

 健吾くんと佐賀さんが、雪のぐちゃぐちゃした道を自転車押しながら帰っていくのを見送り、僕はあらためてお金の袋をジャンバー中に納めた。落としてない。大丈夫だ。これからもう一走りしなくちゃいけない。大至急。母さんがうるさいこと聞いてこないうちに、総田に電話しないとだめだ。

 おとひっちゃんじゃあ、だめだ。


 ズボンの裾に雪で溶かした泥の跳ね返りがいっぱいだった。あとで母さんに、洗濯に手間がかかるって怒られるだろう。さっさと着替えてあったかくした。まだ夕ごはんの準備はできていないようだった。僕は素早く電話前に陣取り、暗誦している電話番号を打ち込んだ。

 いったん総田のお母さんが出て、すぐに本人に代わってもらった。

「おう、なんだ。また耳より情報か」

「耳よりどころじゃないって。もう、大事件大事件」

 手短に僕は、「杉本さん四月以降も交流会に出没か?」の顛末を説明した。


 電話の向こうは僕の話を黙って聞いていた。相槌ひとつ打たないってことは、寝ているか真面目に聞いているか、それとも何か食っているかのどっちかだろう。

「な、総田、耳よりだろ?」

「お前、それどこで聞いた」

「たまたまね」

 言葉を濁した。健吾くんの立場が青大附中の評議委員会で悪くなるのは避けたかった。

「まったくどこで情報仕入れてくるんだか、すげえ奴だ。で、耳より情報を関崎は知っているのか? 知ってるわけねえよなあ。でなければあんなに情熱的に、交流会関係に打ち込むわけねえよなあ」

 この辺は答えに困った。断言できない。青大附中の立村評議委員長とは、かなりいい付き合いをしているようだし、多少は裏組織の話をしていないとも限らない。でも、四月以降また、「葉牡丹の彼女」に追いかけられるとは思っていないんじゃないだろうか。おとひっちゃんがそれを望んでいない限り。

「あのさ、総田。おとひっちゃん、そんなに交流会に関してあいつ、燃えてるの」

「ああ、すげえぞ。ちくしょう、どうせ俺は万年二番さ。おおいばりであいつ、春休み中の交流会準備に燃えてるぜ」

 知らなかった。おとひっちゃんは僕に一言も話してくれなかった。

 お互い様だ。総田に聞く。

「なんだよ、春休みの交流会準備って」

「お前あいつから聞いてねえのかよ、めっずらしいなあ」

 むかっとくるけど本当のことだ。しかたなく頷く。健吾くんとおんなじで、話相手がもの知らないとなると、ふんぞり返ってしゃべりだすのが総田のくせだ。

「しかたねえなあ。つまりだ。四月になっちまったらとにかく忙しいだろ。入学関連の行事もてんこもりだし。俺もそろそろ手抜きたい時期だし。だったらまず三月末に、うちの学校で『この前お招きいただきありがとうございました』風の会を開こうってことになったんだ。すでに萩野先生の許可ももらってる。俺が交渉した。萩野先生が立ち会うってことで、問題なくOKだ。ただ、附中と違うのは、あまり軽いのりではできないってことだな。関崎が仕切るんだから当然か」

「軽いのり、でもなかったけどなあ」

 おとひっちゃんが立村の手玉に取られたあの場面、軽くはない。

「俺が今、萩野先生と案の交渉に入っているとこなんだけどな。関崎の奴、また難しいテーマでもって討論したがってるんだ。座談会の二の舞さ。『校則について』とか『いじめについて』とか、『制服の自由化』とか、そのあたりだろうなあ。青大附中にそのあたり、テーマになるものの資料を送りつけて、あらためて意見をまとめてもらって議論しようと、そんなところだ」

 ──おとひっちゃん、こりてないのかよ。

 テストでは同じ間違いを決してしないおとひっちゃんなのに、こういうことについては、学習能力ない。

「なんでおとひっちゃんって、学校関係のネタが好きなのかなあ。道徳の教科書からきっと抜き出してきたんだね」

 ふとこぼれた言葉に真実があるって本当だ。総田にせよ、佐賀さんにせよ、どうしてこんなに僕の本音を引っ張り出すことができるんだろう。


 さっき、佐賀さんにも健吾くんにも話した案。まだあの時は具体的になにすればよいかが思いつかなかった。生煮えのことしか話せなかった。

 ──杉本さんに、おとひっちゃんの前で思いっきり事実でもって恥をかかせて、もう二度と水鳥中学の交流会関連には参加させられないようにすること。

 ──否定できない事実はちゃんとあるんだ。

 ──佐賀さんを無視していじめているってこと。男子たちも、担任の先生も認めている。

 ──そのことをおとひっちゃんは知っていると思うけど、たぶんここまですごい奴だとは思っていないはずだよね。

 おとひっちゃんは健吾くんの言葉を鵜呑みにしてはいないだろう。葉牡丹を押し付けられたとはいえ、女子に好きになってもらえたなんて、めったにないことだ。そのことは素直に嬉しいだろう。できればさっきたんだったらなあ、と夢見ているだろうけれども。

 でも、同情と、本音とは違う。  

 早く縁を切りたいと思っても、あの杉本さんという子、ピラニアみたいに離れないだろう。佐賀さんのことをいじめつづけていることからしてもそうだ。七年間、健吾くんをはじめ男子連中に迷惑をかけてきたことだってそうだ。とにかく、しつこすぎる。逆恨みするかもしれない。おとひっちゃんがどうしてもお付きあいできない、と言おうものなら、水鳥中学生徒会に対して思いっきり復讐するかもしれない。

 佐賀さんはその被害者だ。誰もが話を聞いたらそう思うだろう。

 でも、男子の悲しさで、女子を振るということになったら、どうしても悪役にならざるをえない。ちっともおとひっちゃんは悪くなくて、杉本さんの強引なやりかたに問題があったにも関わらず、悪口言われるのはおとひっちゃんになってしまう。「あの堅物関崎副会長が、せっかく告白してくれた女子を振るなんて、思い上がりもいいとこだわ」とささやかれるだろう。言い訳をしないおとひっちゃんにとって、そういう悪口がどれだけ打撃か、想像はつく。

 ならば、杉本さんがどういう人であるかを、全部おとひっちゃんおよび周りの人たちに知ってもらって、納得させた方がいいんじゃないだろうか。

 あらためて判断してもらった方がいいんじゃないだろうか。

 本当はいじめばかりして、人を傷つけて、迷惑ばかりかけてきた最低の女子であることを、たっぷり見せてもらったほうがいいんじゃないだろうか。

 おとひっちゃんが振るにふさわしい理由を、水鳥中学生徒会の連中にも証明してやれば、みな賛成するだろうし、杉本さんを一切近づけないですむ。



 さっきたんと語り合いたくてならなかったおとひっちゃんに、僕は自分の意志で、できることをしたつもりだった。ほんと、おとひっちゃんのために、だった。  けど、さっきたんは相変わらず僕と仲良しでいたいみたいだった。

 おとひっちゃんとはちょこっとだけ丁寧に話をするようになったけれども、僕ほどに接近はしない。ぞうきんを同じバケツに入れても、きっと指は触れさせないだろう。

 それが現実なんだと思う。どんなにおとひっちゃんが好きでも、さっきたんの気持ちは変わらないんだ。

 もし、おとひっちゃんが杉本さんのことを本気で好きになったんだったら、あきらめて僕も応援するだろう。いやいやながら、葉牡丹の生育記録を連絡してあげてもいい。おとひっちゃんをなだめすかせて交流会に参加させたっていい。いくらだってできる。

 でも、おとひっちゃんはすでに、はっきりと「杉本さんは嫌い」と意思表示している。

 それが現実なんだ。  

 僕はおとひっちゃんを、「振られたかわいそうな男子」にはしたくない。

 また、「嫌われて当然の女子に付きまとわれる哀れな奴」にもしたくない。

 そんな「情けない奴の親友」でもありたくない。


 おとひっちゃんが姑息な女子を徹底して嫌っていると、本人および他の連中の前ではっきり口にすれば完璧だ。

 杉本さんは相当根性腐っているように思うけれども、やっぱり女子だ。それなりに傷ついて、もう評議委員はおろか、交流会関連にも参加する気をなくすだろう。

 ──いじめを平気でやらかし、一般人に危害を加える女子を、水鳥中学生徒会一同は拒絶する。今後、一切、来てほしくない。

 暗にひそませたメッセージを、総田を通じて伝えることができればよい。総田も杉本さんに対してだけは、当然だと感じるだろう。


 交流を進めたがっている青大附中評議委員長たる立村も考えるだろう。お気に入りの女子か、それとも評議委員会か。ちゃんとした男子だったら、ためらうことなく委員会最優先を選ぶだろうし、水鳥中学生徒会が嫌がっていることを無理やりすすめようとは思わないだろう。おとひっちゃんが苦しんでいることがわかれば、泣く泣く杉本さんをひっこめるだろう。

 おとひっちゃんにも嫌われたかわいそうな杉本さんを、もしかしたら慰めるかもしれない。佐賀さんの話によると、杉本さんは相変わらず立村に対しても性格の悪い行動を見せ付けているらしい。それでも可愛がっているっていうんだから、きっとお気に入り度は本物だ。そっちで面倒を見るなりすればいい。知ったことじゃない。水鳥中学に関係ないところでなら、何したってかまわない。

 ──佐賀さんを無視するなんて、最低だ。

 もうひとつ、店から外国のバスケ関係付録をくすねておこうと決めた。  

 今度佐賀さんが来た時に渡そう。

 

 ──佐賀さんの電話番号って何番だっけ!

 肝心要なことを忘れていた。

 ほんとは、一番最初に確認したかったことなのに。

 待ちぼうけはまだまだ続くってことだ。

 ── こんな奴、どこが「天才参謀」だって!    

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