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 予想がつかなかったわけじゃなかったけれど、学期末試験前日におとひっちゃんが学校を休むとは思わなかった。葉牡丹プレゼントショック、ただでさえ寒いところに長時間いて、さらに帰り際、さっきたんの家の前まで行って、おとひっちゃんが冷静なままでいられるとは僕も思っていない。けど、学年トップを入学以来保っている以上、意地でも学校には来るだろうと思っていた。

「で、どうだい、関崎副会長のお迎えセレモニーは」

 昼休み、給食もそこそこに僕は生徒会室へ向かった。試験前で話がゆっくりできる場所ったら、生徒会室しかなかった。総田が相変わらず石炭ストーブに火箸を突っ込んでがしゃがしゃやっていた。めずらしい、今日は川上さんがいない。

「今日は誰も来てないね」

「来させねかった。まあ、座れや」

 ストーブの側だけ過剰に暑い。僕は学生服の襟ホックを外した。

「見たよ、あの女子」

「そうか」

 万感の思いを込めてつぶやいた。

「すごい女子だね」

「だろう? またやられたか。わんこそば攻撃を」

 困った。言うべきか言わざるべきか。僕としては総田にすべて丸ごと報告するのが筋だと思っている。

  お茶わんこ側攻撃は幸い、青大附中の連中が食い止めてくれた。が、しかし。と。

 しかたないので僕は、曖昧に答えた。

「青大附中の人たちがその女子を別の教室に閉じ込めてくれたみたいなんだ」

「閉じ込めた? ってことはなにか、牢屋みたいなとこにか」

「わかんないけど、おとひっちゃんと顔は合わせないようにしてくれたみたいなんだ」

 総田の頬が、針金いれているみたいにぐぐっと曲がった。横顔だ。

「それは正しい。まんざらアホじゃねえな、あいつらも。関崎のことだ。また相手側に乗せられてへらへらしてたんでねえだろうなあ?」

「仕事は増えたよ。総田」

 この辺は話しても大丈夫だ。僕は数箇所だけはしょって、だいたいの状況を説明した。もちろん教室内での出来事のみだ。ロビーおよび体育用具準備室での内密な話題はカットした。


「ははん、そっか。むこうさんはとにかく俺たちと交流がしたくてなんねえと。すげえ必死こいてるって感じだなあ」

 一通り聞き終えて、総田は学生服の裾をぱたぱた仰ぎ始めた。裏にはちゃんと、竜の裏地がちらついている。生徒会副会長にあるまじき制服だ。

「青大附中の委員長、おとひっちゃんを持ち上げたり誉めたりいろいろして、結局バスケ部同士の交流会を開くって約束させちゃったよ」

「あのうすらぼけ野郎がか。単に女たらしってだけじゃねえんだなあ」

 ──いや、女たらしかどうかわかんないよ。

 立村評議委員長の蝋人形顔を思い浮かべた。

「うちのバスケ部ってことだったら問題ねえか。なんてったって全国大会出場してるからな。青大附中のバスケ部なんて、ろくに中体連で勝負できたことねえんだろ。そりゃああがめたくもなるわな。ああ、あの、運動馬鹿って感じの奴だろ。バスケ部のキャプテンってのは」

 ──健吾くんが、運動馬鹿か。

 妙に笑えて僕は頷いた。

「とにかく、おとひっちゃんはこれから何しなくちゃいけないかっていうとさ」

 総田副会長へのお仕事依頼だ。

「とにかく、期末試験後にバスケ部との練習試合と交流会を用意してもらわなくちゃってことなんだ。けど、おとひっちゃんそういうのって、どうかなあ。おとひっちゃんは一応元陸上部だけど、言い方間違ったら先生たちからかなり顰蹙かっちゃうよなあ。三年になったら受験勉強に専念しなくちゃいけないのに、お前何考えてるんだって」

 匂わせるだけで総田には通じる。きいろとだいだいの絡み合った炎が総田の頬をおもいっきり照らす。

「なにか? 俺が間に入れってのか」

「一応、約束してきちゃったからね」

 前髪をぐいとオールバックにして頭をかかえる総田の図。笑える。

「正式にはおとひっちゃんが学校に復活してから、うまくやっていくつもりなんだろ」

「だからやだったんだ。あいつを渉外なんかにしちまうのは!」

「だったら総田、今からやったらどうだろ。俺も思ったんだけどさ」

 ここだ。僕は両足を椅子の上にのっけて、膝をかかえるような格好で座った。椅子の上で安座、って感じだ。指を絡めてみた。顎をのせて、ちょこっと総田をにらみつけるようにしてみた。

「あのままだとおとひっちゃん、向こうの委員長の言いなりって感じだよ。俺もちょっとまずいなあって思った。うちの学校は公立だから公立高校の入試があって、六月以降の行事はたぶんできないって、おとひっちゃんは言ったけど。でも、向こうの委員長はとにかくやりたいってことばかり言うんだ。青大附中の行事とかも調節するからって。生徒が行事の調節なんてそう簡単にはできないよね。要するに向こうは、なんとかこっちと仲良しになりたいってことで必死なんだ。どうしてそこまでしたがるのか俺もわかんないけど。おとひっちゃんはその評議委員長のこと気にいってるみたいで、ため口叩いてるけどさ。でもこの調子だとおとひっちゃん、どんどん引きずり込まれていって、引退までずうっとその活動に熱中しちゃうよ」

 ──総田、来たかな。

 僕はもう一度、じっと目に力をこめた。

「六月でいったん終り、ってことにした方が楽だよね」

 これ以上は何も言わなかった。だって、総田があとは決断するだけなんだから。

「佐川。そうしたい気持ちは山々だってのは、わかってくれるよなあ」

「だって、ちょっとこのままだと、向こうに引っ張られるよ。俺、そんな気がする」

「佐川の言うとおりだ。相変わらず、切れるな」

 総田が言葉を濁す。こういう時が、大切だ。

「だが、これはあの単細胞野郎に全部丸投げさせたいってのも、わかってくれるよな、佐川」

 ──あらら、だめかよ。

 かなりがっかりした。口を尖らせた。唇の皮があぶくみたいにふくらんできた。しばらく総田は僕を申しわけなさげに眺めていた。また火箸で火口を激しくかき回した後、がしゃんと床に置いた。曲がった火箸の先が甘い飴色に染まっていた。


「なあ佐川、お前があの単細胞と一緒に青大附中に行っている間、俺は何してたと思う」

「どうせ、試験勉強だろ? 最後の最後でトップを奪うぞって」

 白々しいことを僕は言ってのけた。当然、総田は吹き出した。

「んなことすると思うかよ、俺がそんなあいつみたいに必死こいてやんねばなんないほど、ガリ勉かと」

「だってそうでなかったら次に総田のすることは一つだろ?」

 意味ありげに覗き込んでやった。唇をひんまげて、僕の顔を覗き込む。

「川上さんとも連絡取らなくちゃいけないしね」

 思いっきりはたかれた。よかった、火箸じゃなくて。

「お前何俺のこと誤解してるんだ? だからあの女とは関係ねえだろ」

「いや、俺も今、もしそういうこと知ってなかったら、これからのこと相談できないなあと思ってて。ごめんごめん」

 引っ掛けすぎた。やっぱり痛いのはごめんだ。僕は頭をさすりながらくしゃみをした。

「おとひっちゃん、実はさ、あの子にすごいこと言われちゃったんだ」

 ──一か八か、勝負だな。

「あの子?」

「うん、あの、子」

 変なところで切って、もう一度僕は総田の側に近づいた。おとひっちゃんはいなくても、どこでばれるかわからない。水鳥中学は青大附属と違って木造だから、結構音がもれやすいんだ。

「まさか、あの女子か。何言われた」

 ──答えた方いいかなあ。

 かなりこれは迷う。僕はとぼけることにした。

「言われたっていうか、プレゼントもらっちゃったんだ」

「今度は食い物か。まんじゅう怖いか」

「ううんと、花だよ。鉢植えの花。持ってきて渡してくれたんだ」

 総田は唇で「花だと」とつぶやいた。

「なんでだよ」

「知らないよ。とにかく、帰り際にいきなりおとひっちゃんへ花をプレゼントしてくれたんだ。今回お茶汲みわんこそばできなかったみたいだから、そのお返しなのかなあ。俺、そういうのってよくわかんないからさ、総田に相談したかったんだ。できれば川上さんとの実体験から教えてもらえたら、きっと今後の活動に役立つかなあって思ってさ」

 話がだいぶ強引だけど、総田はこういう形で持っていくとすぐに頷いてくれる。ちゃんと分け前を渡す代わりに、僕の役にも立ってくれるってわけだ。

「そうか、花な。愛の告白で薔薇でも持ってきたか」

「ううん、葉牡丹」

「はぼたん?」

 総田は花の種類に疎いらしい。

「キャベツの親戚みたいな花だったよ。きっとお土産に食べてくださいってことなんだろうな。だから俺もおとひっちゃんの代わりに言ってあげたんだ。花を育てるのが得意な子がいるから、預けるよって」

「佐川、おい」

 僕はさっそくとどめをさした。ちょっとばかり早いけど仕方あるまい。

「だって、おとひっちゃん露骨におびえてたよ。お茶わんこそばもすごかったけれど、きっとキャベツもらってどう返せばいいか、わからなかったんだと思うんだ。必死にこらえてた。必死にありがとうってお礼、言ってた。たぶんあの子、おとひっちゃんがよろこんでくれたんだって誤解していたかもしれないけれど、おとひっちゃんはとんでもない、だれか助けてって顔、してたよ。もしこれ以上近づいてこられたら、青大附中との交流会止めたいって顔、してたよ」

 ──ここだな、問題は。

「そうか、あいつも相当、あの女子を」

 火箸を数回、ストーブの火の中でかき回し、また赤くした。

「総田はあんまり乗り気じゃないって言ってたけど、でもせっかく盛り上がってるんだったらやらない手、ないと思うんだ。内川だって大変だしさ、総田だって今更おとひっちゃんがこっちに戻ってきたら困ると思うんだ」

 ──そうだろ、総田。

 ひっかかった。火箸の曲がった先がゆっくりと黒くなった。

 持ち上げて僕の方を指すのは熱いからやめてほしい。

「相変わらずだな、佐川」

 今度は頭をぐりぐりなでた。おとひっちゃんがやるみたいにだった。

「天才参謀佐川雅弘、健在なりってことか」


 僕が天才なのかどうかはわかんない。総田が言うには、たぶんおとひっちゃんよりは上だってことなんだろう。気分はいい。でも調子に乗ったら口をつぐまれる。僕はわけわかんない顔をして、半ば口をあけた。

「今、俺が内川と何やってるか、知ってるか」

「三月の、卒業生を送る会の準備だろ」

 ちょうど公立高校入試一週間前だった。終わってからすぐにやらなくちゃとは聞いていた。ただし、おとひっちゃんが交流会関連中心で立ち回っている関係で、ほとんどタッチできない状態だとも聞いていた。

「関崎抜きでずっと話を煮詰めてきたってわけだ。内川もぼんぼんの顔していて結構おりこうさんだ。関崎の前ではばか顔をしまくってるが、ほんとのところはどうだかなってとこらしい。本人も自覚してねえけどな」

 僕も内川会長は、ただのおとひっちゃん大好き少年としか思っていなかった。

「関崎はまだまだあれやこれや手を出したいみたいだが、俺としては今のうちから、内川ひとりでどんどん企画をまとめたり話をしていったりする方がいいと思うんだな。俺たちも三年になったら少しはマジにならねばなんねえし。けど関崎がいれば内川はほよおんとしたままだ。ただ甘ったれてしまうだけだ。で、今から俺は少しずつ活を入れてるってわけだ」

「活って、例えばどんな?」

 ストーブを火箸の先でこつんと叩いた。石炭入れ口の隙間をふさいだ。

「関崎がいる時だったら書類関係はみいんな、あいつが片付けるよな。うちの会計の分まであっというまに完成させちまう。楽では有る。しっかし、今は関崎がいない状態だ。誰がやる? 俺がやるってのか? 冗談じゃねえ、お前やれ、ってことで、内川は毎日書類にひいひい言ってる」

「こき使い過ぎたんだよ。内川くん、だから一月に倒れたんだよ」

 彼もインフルエンザに倒れたひとりだった。

「でもな、よく考えてみろよ。あのまんま過保護に関崎が面倒見つづけてみろ。後で泣きを見るのは内川だぞ。覚えてるか。俺たちがいきなり副会長につけられて、さんざんバトル繰り返して、必死に覚えてきたことってなんだよ。こんなのを一年のうちに覚えられれば、もっと要領よくできたぜ。あの関崎ですらも、勘違いしたこと口走らないですんだだろうしな」

 ──言えてるよ。本当にそうだ。

 僕が頷くと、総田は後ろに回って肩をもむようなしぐさをした。本気でマッサージし始めた。

「だろうだろう。愛の鞭って奴だ。会計、書記、今の一年みな似たようにしつけてるとこだ。けど関崎が戻ってきてみろ、またみーんな、あいつがひとりで片付けて、一年坊主はやることなし、改選の段階で何やればいいんだかわからねえ、情けねえの三拍子。冗談じゃねえよなあ」

 総田の本音に僕は強く共感した。伝わったのか、肩がほぐれた。

「思いっきりもんでいいよ」

「よしきた!」

 休み時間終わるぎりぎりまで、僕は総田に肩をもませたまま炎を見つめていた。

 

 おとひっちゃんがものすごく後輩に対して面倒みがいいことは有名だ。僕をかばっていた時と同じことを、内川会長をはじめみんなにしているわけだ。実際、総田もおとひっちゃんがいる時はある程度気をつかって、あまり内川くんに口出しをしないようにはしているようだ。よけいなけんかはしないようにしているみたいだ。

 でも、おとひっちゃんが渉外の仕事に専念し出してからは、ありとあらゆることを内川くんに仕込んでいる。はっきり言って、それは正解だと思う。おとひっちゃんのぶきっちょなところを真似たって、内川くんが損するだけだ。むしろ、総田のように女子受けもよく、ちょっとのほほんとしたとこなどを生かして、「愛される生徒会長」を目指せばうまくいきそうな気がした。少なくともおとひっちゃんのように「陰で物笑いされるかわいそうな生徒会副会長」にはならないですむ。精神的にもほんと、楽だ。

 総田は言った。

「あとで泣きを見るのは内川だぞ」

 ほんと、その通りだ。おとひっちゃんくらい仕事の頭がよければどんどん片付けられるのかもしれないけれど、誰もがそんなことできるわけない。僕だって、おとひっちゃんのやり方を真似ろなんていわれたらたまったもんじゃない。

 だから総田としては必死に、内川くんへ自分の経験とか方法を教え込んでいるんだろう。よけいな奴がいない間に、総田幸信流のやりかたを。正しい判断だ。

 けど、まだ内川くんは生徒会に入って半年も経っていない。何がなんだか本人だってまだわかんないだろう。一応は生徒会長といわれているけれども、実質処理しているのはおとひっちゃんと総田なんだから。今のうちに時間稼ぎして、総田のやりかたを覚えてもらい、今年の十月改選以降……よっぽどのことがない限り、あっさり信任投票で決まる……内川くんのやりかたで勝負すればいいと思う。

 よけいなことを言うおとひっちゃんがいない方がいい。それはよくわかる。

 ──邪魔だよな。そりゃそうだよなあ。

 

 僕があえてそれ以上何も言わなかったのにはもうひとつ、理由がある。

 総田の本心だ。

 おとひっちゃんがあの杉本さんという葉牡丹の少女に付きまとわれて、げんなりしていることを知って、もし総田だったらどうしているだろうか。僕だったら、まずためらうことなくおとひっちゃんを杉本さんと仲良くさせるべく努力するだろう。いいところを無理にでも見つけて……ものすごく難しいとは思うけど……付き合ってもらうところまで持っていく。杉本さんの性格が悪いところとか、そういうのは関係ない。とにかく、内川くんへの帝王学教育が終わるまではなんとかしたいだろうし。おとひっちゃんだって、自分を好いてくれる人をまんざら無視もできないだろう。とにかく、青大附中評議委員会との交流を最優先する形にして、その間はひたすらこらえる。耐える。いや、がまんしてもらう。

 むかつく女子であろうがなんであろうが、総田にとっては、厄介なおとひっちゃんの視線を逸らしてくれる相手だ。感謝以外の何ものでもない。僕が総田だったら、必死に杉本さんのいいとこ情報をたくさん手に入れて、おとひっちゃんをその気にさせてしまうだろう。

 僕に出来ないことじゃない。もちろんだ。しかし。


 しかしなのだ。 僕にはどうしても、そうしたくない理由がある。

 総田の言った「天才参謀」という肩書きはありがたく受け取るけれど、もうひとつ僕には「関崎乙彦とは大親友」という言葉が重くのしかかっている。

 おとひっちゃんとは小さい頃から一緒に遊んでいた。当時僕の身体もちっちゃくて、幼稚園から小学校一年くらいまではよく他の男子から泣かされていた。男子の世界は腕力だから。けど、そういう時に飛んできてくれて、あっさり連中をのしてくれるのがおとひっちゃんだった。僕相手だけじゃなかったけれど、気が付いたら僕に手を出す奴は一切許さない、とばかりににらみをきかせるようになった。僕はだいぶ、楽になった。いつのまにかおとひっちゃんの側から離れなくなった。おとひっちゃんも喜んだ。それだけといえば、それだけのことだ。

 成績も学年トップだし、黙っていればかっこいいタイプに入るし、僕にとっては自慢の親友だった。「だっておとひっちゃんがそう言ってたよ」と一言口にすれば、あっさり大抵のことはOKが出た。「おとひっちゃんと一緒にハイキングに行くんだ」と言えば、うちの父さん母さんもみな納得でお小遣いをくれた。

 今だって僕は、おとひっちゃんのことが大好きなはずだ。

 おとひっちゃんが僕を大切な友だちだと思ってくれることがわかるから。

 要領の悪い奴だとあきれていても、やっぱり僕はおとひっちゃんのことが大好きなのだ。


 そんなおとひっちゃんに本人がやりたくないことを求めるなんてことできるだろうか。

 僕が感じた限り、杉本さんへの感情はもろ、マイナスだ。

 おとひっちゃんにとって、好きな女の子、といえるのはひとりだけだ。

 もし、葉牡丹を差し出された時、狂喜乱舞しそうな相手はひとりだけだろう。

 もちろん「たいして好きじゃない子」程度だったら、もちろん素直にごめんとか言えるだろう。おとひっちゃんもその辺は男だ、はっきりしている。

 問題は「嫌い」なタイプの場合だ。

 僕はまだ、おとひっちゃんにそのことを確認していない。できればしたくない。けど、杉本さんが葉牡丹の鉢植えを差し出した時、おとひっちゃんときたら完全におぞけをふるっていた。できればこれ以上一歩も近づいてほしくなかったんだろう。おとひっちゃんが女子の前で露骨にびびっていたのは初めて見た。

 その後で健吾くんから「杉本さんの過去」について聞かされた。聞いたことを丸呑みするおとひっちゃんのことだ。おとひっちゃんは、「嫌いな女子に追いかけられる」というのががまんできないに違いない。ずっとお茶わんこそばをされたり、変な花を押し付けられたりして、それを耐えながら青大附中に通わなくてはならないこと。どんなにしんどいか、想像はつく。

 総田はおとひっちゃんにそのまま渉外係専念お願いしたいとこだろう。

 けど、僕はおとひっちゃんの為に、なんとか杉本さんから縁を切らせてやりたい。

 ──冗談じゃないよ。僕だって、あんな子とおとひっちゃんが一緒にいるとこ、見たくないよ。

 実はそれが一番の本音かもしれない。


 教室でさっきたんと少しだけ話をした。

 とりわけて僕とべったりしているってわけじゃない。僕は別にもっとしゃべっていいと思うんだけど、さっきたんがちょうどいい距離でいてくれる。すっごく楽だ。

 妙にくっついてくるってわけじゃない。たまたますれ違ったから挨拶する、ちょうど帰るところだったから途中まで歩く。偶然ばっかりだ。僕もさっきたんのことをうっとおしいとか思わないですむ。僕があげた葉牡丹の鉢植えについて、わざとらしく話題にしてくることもない。本当に、いい人だ。だから僕の方から話題を振ってみる。

「さっきたん、昨日の花、どうしてる?」

 ふわあっと笑った。やっぱり、喜んでくれたんだ。

「今日は玄関に出したままなの。玄関口は冷たいからちょうどいいかなあって思って」

「あれ、寒いところでもいいのかなあ」

 さっきたんはさすがに花に詳しい。

「そうよ。葉牡丹はね、冬、外に出したままでも大丈夫だって、本に書いてたわ。それでね」

 周りを気にするようにして、さっきたんは僕の隣りで小首をかしげた。

「今度のお休み、お天気よかったら、うちの庭に植え替えようかってお母さんと話してるの。大切に育てなくちゃって」

 どうせ捨てるつもりでいたんだから、そんな大切にしなくたってかまわないんだけど。

「あ、でも変な花でごめん」

「ううん、佐川くんが持ってきてくれたんだもの、ちゃんと育てるわ」

 ──だからあれはおとひっちゃんがもらったもんなんだって!

 すっかりさっきたんは、葉牡丹を僕がわざわざ持ってきてあげたって思い込んでいる。  

  たぶん、そう思いたいんだろう。

 一応、僕なりに説明はしたけれども、信じたりなんてしないんだろう。

 女子って、どこか自分の都合のいいことばかり信じてしまうくせがあるみたいだ。

 

 おとひっちゃんのうちに寄って、給食のパンと牛乳だけ届け、僕はさっさと家に帰った。

 まだ二年だから受験も先だし、ということで、店の手伝いをさせられる。僕のうちは青潟駅前で小さな本屋さんをしている。雑誌とかコミックとかもあるけど、結構学校の参考書や教科書なんかも扱っているので、お客さんは入ってる方だと思う。今の時期だと、青大附中受験用の参考書とかが売れるって、うちの父さんが話していた。あんまり近くには、学校の教科書を扱う本屋が少ないんだそうだ。よくわかんないけど、教科書なくしてもこまらないなって思う。

 部屋でシャツとセーターを重ね着して、あったかくした後店に下りていった。父さんたちが返品作業中だった。床に積み上げた本をダンボールにより分けている。今の時間は学生が多いので合間に打つレジもせわしない。しかたない。僕もレジ脇でカバーをかける手伝いをすることにした。受け取って「カバーつけますか?」とお客さんに尋ねて、OKだったらいそいそと紙のカバーを表紙の上から挟み込む。たまにはビニールの袋に入れてあげる。一時間くらいばたばたしていた。だいぶ人がはけてきた時だった。


「あのう」

 女の子の声が、僕の真ん前でした。ピーク時間最後のお客さんかと思って、目を向けずに返事した。

「はい、少々お待ちください」

「佐川さん、ですよね」

 やっぱりかすかな声。僕は顔を上げた。カバーをかけ終わった本をその前にいたお客さんに渡し、あらためてその子の顔を眺めた。見覚え、あるある。

 耳の上にまあるく編みこみした髪の毛をまとめている。カンフー映画に出てくる女の人みたいな髪型の子。忘れるわけない。紺のコートで隠されているけれど、きっと青大附中のブレザー制服を着ている。ほわほわっと首のあたりがあったかくなった。言葉がうまく出てこない。まずは挨拶を。

「ええっと、この前はどうも」

 女の子の名前が出てこない。確か僕の苗字に似ていた記憶はあるんだけど。一緒にいた男子は「健吾くん」だって覚えているのにだ。肝心要の記憶力が弱すぎる。

 隣りで父さんがにやっと僕の顔を見やった。なんか誤解してるのかもしれない。ここできちんと説明しとかなくちゃなんない。

「この前、おとひっちゃんと青大附中で会った人だよね」

「覚えていてくれたんですか!」

 声が弾んでいた。僕の方がびっくりするくらいだった。誤解が一層広がりそう。

 父さん、見えないところで僕をひじで小突くのはやめてほしい。なんかうずうずする。

 ──この人助けてくれたんだよな。まずはお礼だな。

 言葉を慌ててつなげた。

「あの時はほんとに助かった。ありがとう」

 一年だったはずだ。昨日、体育器具室でダンボールを挟んでにこにこしあったあの子だとはわかるのだけど、肝心要の名前が思い出せない。

「あの、今少し、いいですか」

 迷っている間に女の子は僕を真っ正面からすうっと見た。じいっと、って感じじゃなかった。葉牡丹の彼女のように、にらみつけるのではない。僕の方がもっと見ていたいっていう角度に、さらさらと。

 父さんは完璧に昨日の出来事を誤解したらしい。結構、家の父さん、女子とのこととかに目ざとくて、しょっちゅうからかわれている。「雅弘、おとひっちゃんとお前、どっちがもてるんだ?」といきなりちょっかい出すのはやめてほしいと常々思っている。たぶん今、僕の方がもてもてだと勘違いしまくっているはずだ。勝手にしろだ。

「じゃあ、雅弘、だいぶ空いて来たから、もう戻っていいぞ」

 ──なにがもう戻っていいぞ、なんだよ!

 頼むから、下手なウインクするのは止めてほしい。女の子の前、そんなことは言えない。もう勝手に返品作業でこてこてに疲れてろってんだ。僕は頷くだけ頷いて、さっさとレジコーナーから出て行った。あぶなく返品用のダンボールに躓くとこだった。あの子の前でこけないでよかった。

「いいけど、なあに」

 女の子は児童書コーナーの本棚前へ歩いていった。コミックコーナーだと僕と同じくらいの奴がたくさんいて落ち着かないし、雑誌コーナーも同じだし、ってとこだろう。児童書だったら、うろついているのはお母さんと子どもくらいだし、ちょこまかして子どもの騒ぎ声はBGM代わりにもなる。僕がもし、店の中で内緒話したいとしたらたぶん連れてくるのはそこだ。


「ごめん、あそこでにやにやしてたのうちの父さんなんだ。」

「佐川さんのお家なんですか」

 一目でわかる「佐川書店」。なんのひねりもない。

「うん。うち本屋だって、昨日しゃべったかなあ」

「今日はたまたま参考書を買いに寄ったんです。まさか、佐川さんに会えるなんて思わなかったんで、驚きました。いきなり声をかけてしまいごめんなさい。アルバイト中だったんですか」

 アルバイト、ときたか。単なるうちの手伝いなんだけどな。 

 女の子はずっと僕に敬語を使う。一年上だからなおさらなんだろう。僕なんて背も低いしがきっぽい顔してるし、一年の中に混じっても変じゃないと言われている。先輩扱いなんて、めったにされたことがない。あらためて気付いた。この子、背がちょっと高い。

「ううん、うちの手伝いだよ。だから、大丈夫なんだ」

 何が大丈夫なんだか、自分でもわからないことを口走っている。どうしてかわかんないけど、髪巻き上げの女の子を見ていると僕ひとり、ひとりでぺらぺらしゃべってしまう。ラジカセの早回しボタンと再生ボタンを一緒に押したみたいだった。女の子はまた耳に手を当て、髪の毛に触った。

「で、俺に話ってなあに。昨日のことかなあ」

 偶然、というのを僕は信じていなかった。

 昨日の今日、たまたま僕がレジにいたからといって、いきなり声をかけるなんて大胆なこと、できる子ではないと思うのだ。おとなしそうで、どこかさっきたんっぽいとこのあるはにかみぶりを見てもそうだ。健吾くんの指示だろうか。

 ──騙された振りしてやってもいいけど、嘘つくのはよくないよなあ。

 絵本と児童書の境目が四角くコーナー取りされていた。立ち読みしている格好で僕は女の子の隣りに立った。小さな声でささやいた。

「もしおとひっちゃんにばれたらまずいってことだったら言わないよ」

「あの、私」

 女の子が目をまんまるくして僕を見つめている。いっつもそうだ。何気なく、「こうじゃないかな」と思ったことを女子に言うと、大抵おんなじ反応をする。別にやなことを話したつもりじゃないんだけど。

「わざわざ来てくれたってことは、本当に知られたらまずいってことだよね。ほんとだったら生徒会と関係のない俺よりも、副会長やってるおとひっちゃんの方が話通じるはずだもん」

 ちょっと意地悪なことを言ってしまった。

「俺、勘違いしたこと言ったかなあ」

 まずい。嫌味いっぱいだと思われてしまったかもしれない。そう思われたくない。

 手持ちぶたさの片手を、本の背に滑らせた。

「佐川さん、私」

 床に座り込んではしゃいでいるちっちゃな男の子が絵本を広げている。騒ぎ声に混じって女の子の言葉は聞き取りづらかった。

「新井林くんには内緒なんです」

 ──新井林? ああ、健吾くんのことか。

 でも、お付きあいしている奴に内緒ってことは。やはり今の再会は計算ずくなんだ。

「おとひっちゃんのことを聞き出すために、わざわざここに来たの?」

 やはりだ。予想はついていたけれども、ぐっさりきた。女の子はうつむいた。ほんとに泣いちゃいそうだった。学生かばんを両手で抱え、ゆっくりと僕を見上げた。本当に泣いているみたいだった。

「今日のこと、誰にも言わないでください。でないと私」

「別にいいけど、けどどうして」

 言いかけて、その前に聞かなくちゃいけないことを先にした。

「ごめん、俺、言いすぎた。名前、もっかい教えてほしいんだけど、いいかなあ。俺は佐川雅弘。あ、もう知ってるよね」

 泣き笑いめいた表情で佐賀さんは僕を見つめた。ほわほわともやのかかった、やわらかい湯気がかかっているみたいだった。白くて豆のような小さい花。たくさん集めてぽんと渡されたような感じだった。


「佐賀、はるみ、です」

 「女の子」じゃなくて、「佐賀さん」と心で呼ぶようになった瞬間だった。

 僕は黙って佐賀さんを、自動ドアの出入り口に連れて行った。

 一緒に外へ出ることにした。

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