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まだ花がしおれないうちに母さんへチューリップの巨大な花束を渡した。大喜びして玄関に飾る母さんを放っておいて、部屋に戻った僕はもう一度佐賀さんからの手紙を読み直した。僕は部屋に戻り机に向かった。手にはまだ花の茎から出たつゆが緑っぽくついていた。

 もう後戻りはできない。二段目の引き出しを開いたまま、手紙を載せた。すぐ覗き込めるようにだった。写すためのノートを開いた。

 手紙から、水鳥中学生徒会および交流準備関係で必要な情報を抜き出した。

 僕はすぐにそらんじている電話番号をダイヤルした。  

  男の声。思った通り総田本人が出た。


「よお、佐川、どうした、少しは明るい未来が開けたか!」

「あのさ、総田」

 僕は口元をふっとゆがませてみた。

「青大附中の内部に関する最新情報が手に入ったんだけど、聞きたいか。もちろん、おとひっちゃんには内緒だよ」

 総田と話をしていると、さっきまでチューリップ抱えてめそめそしていた僕が姿を隠して、「水鳥中学の天才参謀」だった僕が悪役笑いをしながら現れる。今のどうしようもない自分を立て直すには、総田と話をすることが絶対必要だった。弟分じゃない僕を引っ張り出したかった。

「まず、杉本さんがこれから先、うちら水鳥中学との交流を中心とするグループに参加する、これが大問題だよ、総田」

 かいつまみつつ僕は佐賀さんの手紙内容を説明した。

「立村はもう二度と杉本さんを、水鳥中学へ送り込まないっておとひっちゃんに約束したらしいんだ。噂によると、先輩たちからリンチされたかなんかしたみたいだよ」

「へえ、まじかよ」

 あの蝋人形だったら一発張り倒した段階でこなごなだろう。きっと総田、甘く見ているだろう。あいつのストレートパンチを食らう瞬間までは、僕もそう思っていた。頬の辺りが思い出したようにひりひりしてきた。

「けどさ、交流グループかなんかに入っているってことは、へたしたら顔合わせる可能性がないとも限らない、ってことだよね」

「まあな。行きはしないが待ちはする、って奴だな」

「しかもおとひっちゃんへお熱の状態は全く変わってないんだって。おとひっちゃん、確か青大附中に手紙で挨拶状みたいなの書いただろ? どうもさ、それを立村経由で手に入れて毎日眺めているらしいんだよ。気持ち悪いよな」

「さむいぼだあ」

「きっとおとひっちゃん、杉本さんのこと可哀想だなって思ったんだと、僕思うんだ。一度はきっちり振ろうとしたけど、相手が常識的日本語理解できなかったのは計算違いでさ。さすがのおとひっちゃんもそれ以上説得するのをあきらめたらしいんだ。見事にそれ、裏目に出ているよ」

 やっぱりおとひっちゃんはそういうとこが抜けている。僕だったらやっぱり、救いようのないくらいきっぱり振るのに。

「甘い」

 僕もそう思う。

「おとひっちゃんの本音はきっと、『もう二度と勘弁』だろうなあ。立村に頭下げられて、仕方なく望みは残してやったけど、相手は自分に都合のいいことしか耳に入れないこまったちゃんだろ」

「けどなあ佐川、ひとつ疑問があるんだがいかに?」

「なんなりとどうぞ」

「佐川を生徒会関連から外したがってだ、お前を水野さんとくっつけたがってだ、いろいろとあいつなりに頭を使っているけどなあ、関崎シーラカンスがあんなこと、普通思いつくと思うか?」

 やはり、総田も同じこと考えていたんだろう。思わずにやっと笑いが洩れた。

「そうだよ、総田の言う通り。あれは、おとひっちゃんがはめられたんだ」

「誰にだよ、まさか」

「あの、蝋人形だよ」

 あの日、おとひっちゃんと公園で並んで座っていた、蝋人形立村のかすかな微笑みと繋がった。どうしようもなく惨めだったあの日のこと。どうしようもない苦い気持ちを。

「立村が僕を目の仇にしているのは、杉本さんを侮辱したからだよきっと」

「まさか、あんなお茶わんこ娘のために、なんでだあ?」

 総田にはわからないだろう。僕だって理解不能だ。ただ、すべての出来事を僕が佐賀さんのために仕組んだのに対して、立村は杉本さんとおとひっちゃんを軸にすえて動かした。僕や佐賀さんを吊るし上げることだってあの状況だったら簡単だったろう。けど立村はおとひっちゃんと取引をして……たぶんおとひっちゃんにその意識はないと思うけど……杉本さんと話をしてもらい、いい思い出に持って行ってもらうこと、百パーセント振るよりもほんの少しだけ希望が持てる言葉で話してくれるよう頼んだってわけだ。そのためだったらおとひっちゃんの要求、佐賀さんとさっきたんとの入れ替えを了解し、立村自身が恥をかかせられることもいとわない。

 全部話すわけにも行かなくて、僕は総田にもう一度繰り返すだけだった。

「すべては、杉本さんを守るためだったんだ」

 皮肉なことだけど同じ気持ちを、今、僕も理解している。


 僕はできるだけ落ち着いた声で総田に今後の展望を語った。

「これから考えなくちゃなんないのは、向こうの蝋人形がこれから先、どういう罠をしかけてくるかだよ。今も言ったけど、あいつはとにかく杉本さんを守るためだったら手段を選ばないよ。おとひっちゃんがすっかり忘れてぼおっとしている間に、杉本さんと会わせたりするかもしれないよ。おとひっちゃんのところで止まるならともかく、水鳥中学生徒会にも飛び火したら、また大変なことになるよ。二重スパイが絶対必要だと俺、思うんだ。総田、俺だったらベストキャストだろ? この前総田が言った通りの計画を、そのまま実行するんだ。さすが総田教授って、俺言いたくなっちゃったよ」

 一通り説明を終えて僕は総田に話を振った。

「ナイスだな、けどなあ佐川、それってかなりやばくないか? あおった俺が言うのもなんだけどな」

 言葉を濁した。

「無謀じゃないよ。簡単だよ。この前総田も言っただろ? お互い彼氏彼女がいれば、噂立ってもちゃんと違うっていえるって」

「おいおい、まさか」

「そうだよ、まさかだよ。仕入先はもう用意してあるんだよな」

 僕は悪役のお殿様が作るような口許をこしらえてみた。鏡がないから見えないけれども、たぶんそうなってると思う。

「お前がめろめろの、例の彼女か?」

「了解済みだ。いいだろ」

「や、やばくねえかそれ。それに水野さんもOKしたのかよ?」  

  自分で提案したくせに総田の奴、まじであせってる。なんだかおかしくなった。

「そうだよ、ちゃんと話はついているんだ。あとは総田、お前だけ」

「俺はどうしろってんだよ」

「ほら、俺生徒会室に暫く近づけないだろ? どうしても生情報手にいれられないだろ?」

 僕の口だけがするするすべる。ここんところはきっちりと約束しておかないと。自分の学校情報が曖昧なまま動きたくはない。無駄な動きはしたくない。

「俺はひとりで青大附中の子と連絡を取るよ。けど水鳥中学生徒会の状況がわかんないと、俺だってうまく質問できないよ。だから、おとひっちゃんに気づかれないように、こっそり情報教えてほしいんだ。総田、お前しかいないんだよな、その点頭のいい奴ってさ」

 あいつの「教授」たるプライドをくすぐってやった。やっぱり反応した。

「まあそのくらいならいっくらでもできるよなあ。けどな、佐川、お前まじでばれたらどうするんだ。関崎はともかくも、彼女の彼とか」

「その彼氏は僕のことちゃんと知ってるし、何の問題もないよ。おとひっちゃんは僕とさっきたんが付き合えば安心するよ。要はあいつに、俺のことを手のかかる弟分だと思い込ませておけばいいんだよ。そんなのお茶の子さいさいだ。水鳥中学生徒会のためでもあるんだよ、これって。俺だっておとひっちゃんをこれ以上、杉本さんと絡ませて神経ぼろぼろな運命に落としたくないし」

「ジェラシーの炎に対する対策ってねえのか?」

 僕は首を振った。おとひっちゃんに限ってそれは心配ない。だって、

「おとひっちゃんは、さっきたんが笑っていれば、それでいいと思ってるよきっと」

 関崎乙彦はそういう男だ。誰よりも、自分にとって大切な人が幸せだったらそれでいい。たとえ親友に片想いの子を取られても、純粋に応援してくれる奴なんだ。

 俺だっておとひっちゃんのことは大好きだ。ばかだけどひたむきなあいつのことを助けてやりたい。けど、今のままの弟分のままではだめなんだ。

 守られてるんでなく、守りたいんだ、おとひっちゃんも、佐賀さんも、なにもかも!  


 ふふふっと笑った後、総田は調子よく掛け声をかけてきた。

「待ってました、天才参謀佐川雅弘復活だな!」

 総田の声を聞きながらも僕はしっかり冷めていた。今までは素直に喜んでいられた「天才参謀」の肩書きも、もうはしゃいで受取れない。僕しか気づいていないかもしれないけど、言っておかなくちゃ。きっちり念押して。


「忘れるなよ総田、敵は立村、奴だけだ」


─終─


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