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 ──もし、おとひっちゃんと中学で出会っていたら、僕は親友でいられただろうか。  


 今年に入ってからいつも思うのは、おとひっちゃん……僕の親友関崎乙彦の仇名だ……が、どうしてこうもおばかなことばかりしているのかってことだった。

 たぶん僕だったら、もっと楽なやり方するのにな、どうしてこんな面倒なことばっかりするのかな。いつもそんなことを考え、いつのまにか話を聞き流すくせがついていた。

 ──おとひっちゃん、もごもごしてないで言っちゃえばいいのに。

「雅弘、聞いてくれないか」

 とうとうおとひっちゃんが口を切った。ずうっと三十分くらい、僕は待っていた。やっとだやっと。

「うん、いいよ。おとひっちゃん」

 僕は少し笑顔をこしらえてみた。にっと笑ってみた。こうするとおとひっちゃんは機嫌よくなるってことを、十年間の経験上、よく知っているからだ。

「来週の日曜、悪いんだけどな、一緒に着いてきてほしいんだ」

「どこに?」

 野球とかサッカーの試合を観にいこうと誘っているんだろうか。悪いけど、それは勘弁してほしい。やっと風邪が治って学校に行く前日なんだって奴にだ。

「あそこにだ」

「あそこってどこ」

 ──ははあ、もしかして、この前言ってたことかなあ。

 僕の直感は大抵当たる。先週、本当だったら行くはずだったんだけど、キャンセルせざるを得ない事情があって、行けなかった、あそこだ。

「雅弘、青大附中に付き合ってくれないか」


 先週から僕は、ひどい風邪を引いて寝込んでいた。インフルエンザではないけれど、熱も出たししっかり学校も休んでしまった。そんな中、違うクラスのおとひっちゃんは毎日、僕のうちへプリントだとか、ノートだとかいっぱい用意して来てくれた。そろそろ熱もひいた頃だし、学校へ行ってもいいかな、というちょうどの時期だった。

「いいけど、けど俺が行っていいの」

「いいに決まってる。最初からお前と一緒にいくつもりだったんだ。っていうか、生徒会では今回動けないし」

 ──おとひっちゃん、また熱くなってるな。

 外の雪も一気に溶かす、関崎乙彦水鳥中学生徒会副会長様。

 僕はだまって話を聞いていた。パジャマのままで炬燵に入り、みかんの皮をむきながら。おとひっちゃんは片膝を立てて、学生服の襟を外した。こうやるとなんとなく、おとひっちゃんも学校の番長っぽくみえる。こうすれば総田と見かけだけでも、対張れるのにな。


「お前が学校を休んだ次の日さ、俺と総田とふたりで行ったんだ。本当は雅弘だけ連れて行くつもりだったけど、お前が倒れたんだったらしょうがねえよ。あれだけ乗気でない総田がだぜ、ぎりぎりになって付き合うなんて言い出したから」

 ──きっと修羅場だったんだろうなあ。

 あとで総田幸信……水鳥中学生徒会、もうひとりの副会長様で、かつおとひっちゃんのライバルだ……に電話をかけておこう。こっそり決めた。

「で、青大附中に行ったんだけどな。なんか、評議委員会の方で、渉外の仕事は担当することにもう決まってるんだとさ。総田はあんまりいい顔してなかったけどな。とにかく、そこの評議委員長と話して、今週もういちど、集まろうってことになったんだ」

「じゃあ総田とか、あと内川会長と行けばいいのに」

 天敵総田よりも、一年下の生徒会長・内川くんといきゃあ一番丸く収まると僕は思う。おとひっちゃんのことを慕っている、数少ない味方のひとりなんだから。

「いや、内川も、三月の卒業式式典の準備でてんてこ舞いなんだ。手が空いているのは俺だけだし、総田はもう行く気ないみたいだし」

 ──だからなんで俺が行くんだ?

 前からおとひっちゃんには、青大附中との交流会に参加するように頼まれていた。僕は一切生徒会とは関係がない。単におとひっちゃんの親友だっていう、それだけだ。なのに、総田にしろ内川にしろ、僕にしょっちゅう頼みごとをしてくる。単純なおとひっちゃんだったらしかたないと思って手伝うけれど、それ以上の見る目持っている総田がなんで僕なんかに頭下げるんだろう。まあそっちの方が一番丸く収まるってこともあって、僕はしょっちゅうおとひっちゃんの目を盗んで連絡を取り合っていた。

「そうか、じゃあいいよ。もう病院でも、学校行っていいって言ってたし」

 まだ鼻水が垂れてきて、ティッシュが手放せない。くずかごの中はくしゃくしゃのティッシュで一杯だ。あとで捨ててこなくちゃいけない。

「あれ、おとひっちゃんどうした? なんかこう、すっごくほっとしてるようなんだけど」

 僕は鼻の下を人差し指でこすった後、おとひっちゃんの顔を見つめた。

 気付かれないけれどゆっくりと、注意深く。

「なあにがほっとしてるだよ。お前、昨日までは具合悪いって布団の中から出てこなかったくせにさ」

 ──おとひっちゃん、心配してくれてるんだよな。

 ほこっと、嬉しくなる。

「じゃあな、期末試験用のノート、四組の分と、ほら、三組の分、両方持ってきた」

「両方ってなんだ?」

 昨日まで持ってきてくれたのは、おとひっちゃんのクラス……僕は二年三組で、おとひっちゃんは四組。別なのだ……の授業ノートだけだった。全くないよりはましだけど、先生によって出題範囲が異なるから困ったなあ、とは思っていた。

 おとひっちゃんは顔の筋肉を妙に引き締めつつ、つなげた。

「水野さんが、たまたまノート取ってたって話してたから、そっちもコピーしてもらったんだ。技術と保健体育だけは別だけどな」

 ──さっきたんかあ。

 水野五月さん、通称さっきたんが、おとひっちゃんとどういう風に話をしていたんだろう。ちょこっと気になる。一瞬だけ想像し、すぐにイメージが湧いてやめた。わかりきってる。きっとさっきたんはおとひっちゃんに、はつかねずみの表情で見上げたんだろうな。その一撃でおとひっちゃんは、ぼおっとしてしまって夢うつつってか。

「ありがとう。おとひっちゃん、こういうところがすごいよな。俺ならそこまで気付かないよ。ごめん」

「じゃあな、明日、朝、迎えに行くからな」

「ちょっと、いいよ。大丈夫だよ」

 おとひっちゃんは首を振って、手も軽く振って、僕の部屋から出て行った。食べ終わったみかんの皮が散らばっている。皮を出さずにみんな飲み込むのがおとひっちゃん流の食べ方だ。僕はくずかごにそれを詰め込み、袋の口を閉じた。

 机のノートとコピー、両方を開いた。  

  おとひっちゃんは今回、コピーじゃなくて、自分のノートを全部手書きで写してくれたらしい。学年トップを譲らないおとひっちゃんのノートは貴重品だ。けど、でも。

 ──実はさっきたんの方が使い勝手いいんだよな。

 コピー紙のきれいな文字。ノートごと借りたんだろうか。もしそうなら僕は断言したっていい。おとひっちゃん、僕の分の他、絶対自分用にもコピー取っているはずだ。


 窓の雪が凍っている。

 咳き込みながら窓の外を眺めると、おとひっちゃんが背中を丸め、ジャンバーに手を突っ込みながら歩いていくのが見えた。

 僕のうちはおとひっちゃんとこから近いけれど、一週間毎日、わざわざ僕の部屋まで上がってきて、ぶっきらぼうな言い方で元気付けた後帰っていくなんて、そう簡単にできることではないと思う。僕だけじゃない。きっと、おとひっちゃんにとって友だちといえる奴には、きっと誰にでもそうするんじゃないかって思う。

 そういう奴だ。おとひっちゃんは。

 だから僕の親友なんだ。

 インフルエンザかもしれないのに、期末試験前だっていうのに、関係なく僕の側にきてくれるなんて、まずいやしない。

 ──おとひっちゃん、いい奴だ。けどな。

 寝すぎてちょこっと痛む片一方の頭をさすりながら、僕はもう一度ベットにもぐりこんだ。病人の特権を利用して、もう少し寝ていよう。


 水鳥中学生徒会が行った昨年度の大イベント「学校祭三日目・自主企画」は、いろいろ修羅場もあったにせよ、喝采の中終わった。おとひっちゃんの爆弾発言を初めとして、かなり衝撃が走ったことも多かった。でも、なぜかわかんないけれど、水鳥中学の先生はあまりうるさく言う人がいなかった。僕もこれは意外だなあ、と感じた。

 どうやら、おとひっちゃんの燃やした情熱の炎が、大人にはすうっと伝わったらしい。

 肝心要の生徒たちには全くだったけれども、それは気付かせないようにしておけばいい。

 その辺は総田副会長がうまく立ち回って片付けたらしい。

 その後生徒会改選は、おとひっちゃんの後輩・内川くんがあっさり信任投票で生徒会長に任命され、二年副会長も自然と再選。書記と会計も一年がひとりずつプラスされた以外はあっさりとスライドした。なあんだ、あれだけおとひっちゃんが悩む必要もなかったってわけだ。僕としてはおとひっちゃんを会長にしたい気持ちでいっぱいだったのだけど、今思えばそれは危険なことだったと思う。

 純粋で、ひたむきで、不器用なおとひっちゃん。

 幼稚園の頃から、僕をかばっていじめっ子たちに立ち向かってくれたおとひっちゃん。

 今日も、見舞いに来てくれたおとひっちゃん。

 すっごく、すっごくいい奴なのだ。  僕はおとひっちゃんが大好きなはずなのだ。  なのに、こうやって寝ていると、妙な気持ちが湧いてきて、気持ち悪くなる。  熱がまた出てしまいそうだ。

 ──おとひっちゃんがもし、俺の親友じゃなかったら。

   炬燵の上におきっぱなしのコピーを、ベットから無理やり手に取った。  さっきたんのノートコピーだ。

 ──明日、学校に行ったらありがとうっていっとこうかな。

 さっきたんとは小学校五年の時に、同じクラスになって以来、女子の中でもちょくちょくおしゃべりするようになった。きちんと男子にも「くん」付けで呼んでくれるし、誰に対してもやさしいはつかねずみっぽい笑顔を見せてくれる。僕に対しては、ほんの少しだけど、サービスしてくれているような気もするけれど、友だちづきあい長いんだからしかたない。そのくらいは、嬉しいこととしてもらっとこう。

 ──でも、おとひっちゃんは相変わらず気付いていないのかな。

 ──さっきたんにはもろにばれてるってこと、気付いてないんだろうな、あの調子だと。

 僕は信じて疑わない。

 おとひっちゃんの想い人がさっきたんであることと、それがすでに、生徒会役員全員にばれているってことを。みな、同情を持って内緒にしてくれている。紳士同盟だ。

 ──僕だったらたまったもんじゃないな、ってなんとかしようとするけどなあ。

 ──それすらしようとしないおとひっちゃんって、やっぱり、なんというか。

 続けると、僕は親友としてあるまじき言葉を口走ってしまう。

 もしかして僕はおとひっちゃんのことを見下してるんじゃないだろうか。

 裏表のないこんないい奴を、せせら笑ってるんじゃないだろうか。


 もやもやしたものが抜けきらず、僕は慌ててテレビをつけた。落ち着かない時に限って、画像は映らない。白黒のままでかえっていらいらする。すぐに消してラジオを入れた。これもだめだ。電波が悪天候のため受信しづらくなっているみたいだ。

 ──ああ、全くなんだよ!

 もう風邪が鼻以外に残っていないせいか、むしょうに動きたくってならない。病人の時間は終了だ。僕はベットの上に投げっぱなしの青いはんてんを羽織り、そっと階段を降りた。父さんも母さんも、まだ店に出ているはずだ。僕ひとり、誰にも聞かれないように電話ができるのは、この時間帯だろう。 期末試験一週間前は、生徒会活動もお休みだ。もちろん部活もそうだけど。

 僕が電話したのは、もうひとりの生徒会副会長、総田幸信だ。

 今年こそ、万年二番順位返上に燃えているんじゃないだろうか。邪魔したら悪い、とおとひっちゃんには思う。でも総田には全然そんなこと考えないですむ。勉強だけが命じゃないだろ、ってことだ。

 運よく、一発で総田が電話口に出た。相変わらずへらへらした口調に凄みが増している。

 この調子だと日々おとひっちゃんと遣り合っているんだろう。あっさり勝利なんだろう。

「佐川かあ、お前、一週間寝込んでるって聞いたけど、元気そうじゃねえか」

「うん、明日から学校行くよ」

 僕はまだかすれた声で答えた。

「それより、今いいかな。ちょっとおとひっちゃんのことで聞きたいことあるんだけど」

「おおさ、なんだ」

 声は明るい。生徒会室での戦いは勝利の連続に違いない。

「この前、青大附中におとひっちゃんと一緒に行ったって聞いたんだけど、その時なにかあったのかなあ。ちょっとだけ気になったんだ」

「ちょっとだけってなんだよ。関崎がまたぐちってたのか」

「いや、そうじゃなくてさあ」

 天井の木目が少し濃くにらみつけてくる。僕は見上げながらぐっと腹に力を入れた。

「なんで総田、青大附中の交流会に乗気じゃないのかなあって思ったんだ」

 ぐっと言葉に詰まったようすだ。ふうっと息を吹く気配があった。

「俺が乗気にならないとおかしいか」

「いや、総田のことだから、なんか考えてるんだろうなって思ってはいたんだ。けど、おとひっちゃんだけに全部任せておくなんて、何かまずいってことあるんじゃないかなあ。俺はおとひっちゃんにそういうこと、言う気なんて全然ないよ。ただ」

 ちょっと咳き込んだ。まずい、店に聞こえないようにしなきゃ。

「俺も青大附中にくっついて行く以上、総田に迷惑かけるようなへま、したくないからなあ」

 思いっきり気の抜けた声を装った。僕の得意技と、人はいう。別に普通に話をしているだけなのに、総田はものすごく僕を買ってくれているらしい。

「へまな。確かにな」

 総田は沈んだ声で返事した。

「まあなあ、佐川が一緒に行くんだったら、一安心ってとこか。関崎は俺の想像をはるかに越えることやらかして、大騒ぎに仕立てちまうから、正直なところ心配ではあったんだ」

「だから一緒に行けばいいのに。それかさ、内川会長だけでもさ」

「いや、待て、俺の話を聞けよ。佐川参謀殿」

 ──参謀か。

 少しじらして、相手に話をさせるのがコツ。

 あとは一切口を挟まず、最後まで聞くこと。

 総田にせよおとひっちゃんにせよ、自分でしゃべりたくてなんないことがたくさんありすぎるのだ。そういう奴にはとことん、聞き役に廻ってやって、気持ちよくさせればいい。そうすれば大抵の情報は簡単に手に入る。どうしてふたりとも、こんな簡単なことに気付かないんだろう。僕もあまり教えてやらないから、わからないのかもしれないけれど。


 咳払いをした後、総田の口はするすると僕の聞きたいことを吐き出してくれた。

 僕はずっと耳に受話器をつけて、寒気が走るのをこらえていた。

「佐川がぶっ倒れて青大附中の評議委員会にいけなかった時のことなんだな。実は」

 総田の言い方は秘密めかしていたけれどたいしたことじゃないようにも聞こえた。

「関崎ひとりで舞い上がらせておくのもいろいろまずいし、内川にうまく話をつなげてやることも必要かなと考え直して、俺もくっついていくことにしたんだ。関崎のことだ、青大附中の連中たちの顔を見て、赤い布をひらつかされた牛状態にならないとも限らんしな」

 今年の一月に、一度生徒会同士の交流ということで出かけたことはあると言っていた。その時は生徒会役員全員で青大附中へと乗り込んだわけだ。ただ、総田はその時あまり、いい印象を受けなかったらしい。おとひっちゃんとは正反対にだ。

「関崎本人は非常に、青大附中の連中に対して仲良くしたいような顔をしてたな。向こう側の連中ってのは、やたらと女たらしで一本ねじの抜けたような奴が多くて、どうも見ていて虫唾が走るタイプだったんだな。女子はともかく、男子連中、お前ら男だろ、もっとしゃきっとしろよ!って怒鳴りたくなるような感じなんだ」

 ──おとひっちゃんとは正反対ってことかな。

 なんとなく、わからないでもなかった。僕は黙って聞いていた。

「で、今回は生徒会を抜きにして、向こうの評議委員会ってとこと直接交流会をいたしましょう、ってことで話が来たわけだ。おい、評議委員会ってなんだよ、って聞いたらな。単なる水鳥中学の学級委員の集まりときたもんだ。おい、なんで生徒会が学級委員と仲良しこよししなくちゃいけないんだって、俺としてはかちんと来たわけだ」

 ──評議委員会、と学級委員会とは別なんだ。

 その辺はよくわからない。やっぱり、私立中学にはいろいろあるんだろう。

 いきなりまた声を潜め出したのは、総田にもさしさわりのある話題なんだろう。

「でもまあ、関崎が機嫌よく話を聞いて、向こうの評議委員長と仲良くしゃべっているので、害はないだろうと俺も安心していたわけだ。単なるお友達づきあいを止める気ねえよ。女子は別だしな」

 ──総田好みの女子がたくさんいたんだね、きっと。

 僕は思わず咳払いで笑いを隠した。

「四月以降少しずつ、青大附中の部活動関係のイベントとかに参加させてもらおうとかいろいろ話は盛り上がっていた。うちの中学、バスケ部だけはやたら強いだろ。それ、向こうの評議委員長も知っててさ、ぜひ一度練習を一緒にさせてもらうことできないかとか、交流を部活動中心でどうだろうかとか、提案してくるんだ。やたらと!」

 ──全国大会出場したもんな。去年の中体連で。

 水鳥中学バスケ部を絶賛されたからには、総田はもとより、おとひっちゃんだって機嫌よくなるだろう。ずいぶん、青大附中の人は水鳥中学のことを調査している。

「けど、本当に盛り上がるのは俺たち二年連中が引退してからのことになるだろうってことも言ってたな。やっぱりいろいろよんどころなき事情ありありなので、すぐに交流会をやるのは、青大附中でも難しいんだそうだ。ま、俺も一応は来年受験生だし、あまり生徒会にもかかわってられないしさ。とりあえずは内川にバトンを渡すだけでもいっかということで、その場は納まった。それにしてもあいつら、野郎のくせに、お茶、出すんだぜ」

「お茶って、出すって?」  

  言っている意味がわからず問い返した。

「ほら、家庭訪問の時なんかにうちの父ちゃん母ちゃんが、先公に出すような感じだぜ。すっげえ濃い緑色の液体を、茶碗に入れて持ってくるんだぜ。お茶くみって奴」

「それを、男子がやるのか?」

「そうなんだ。俺だったら会計連中にやらせるようなもんだが」

 ──総田、それって男女差別だよ。川上さんの前で言ったらまずいよ。うちの父さんも母さんに夜、番茶入れてあげて飲んでるよ。

 知ったことじゃないけれど、心の中ではちゃんと注意しておいた。

「とにかく、青大附中は変だ。絶対、変だ。なにがおかしいって、まず茶道の授業があるだろ。委員会活動はほとんど部活動と一緒で、評議委員会は別名演劇部なんだと。要するに学級委員会がいきなり下手な演劇やらかすようなもんだぜ。あとな、規律委員会ってのがあるんだけどな、こっちでは生活委員会とおんなじことしているらしい。ちゃんと週番もあるんだぜ。違反カード切って制服のことぐたぐた言うだけじゃないんだ。あいつら、暇があると洋服屋に出かけて、『青大附中ファッションブック』ってもん、作るんだぜ!」

「『青大附中ファッションブック』って何?」 

 全く謎だ。青大附中の理解できない組織関係に僕も思わず問い返してしまった。

「ほら、漫画ばっか描いて集まってる連中いるだろ。いかにももてないって感じの奴。そう奴らがコピー取って本を回したりするだろ。ああいうことを、委員会の経費で堂々と落として、イラスト本作ってるんだ! 佐川想像してみろ! お前のクラスの水野さんがいきなり、漫画同人誌を生活委員会の主催で作り出した、なんてことになったらどうする」

 ──さっきたんなら、描くんでなくて、モデルになって描いてもらうほうじゃないかな。

 ──総田、そういう案もらってきたんだったらどうして利用しないのかなあ。

 僕はさらに続く青大附中の委員会最優先主義疑惑を聞き流した。

 ──おとひっちゃんに内緒で、生活委員会をうまく丸め込んで、さっきたんをモデルにした「違反防止のファッションについて」みたいな冊子を作るようもちかければいいんだ。おとひっちゃん、喜ぶぞ。校則最優先主義にも反しないし、おとひっちゃんは舞い上がる。総田にも迷惑がかからない。一石三鳥じゃないか、そういう風にどうして総田、利用しないのかなあ。もったいない。


 核心に進むにはまだ十分くらい時間が必要で、僕も風邪がぶり返しそうな寒い廊下で足をばたばたさせていた。そんなに青大附中が変わった学校だってことを聞かなくたっていいのだ。総田だって本音を言っちゃえば、

「どうみたって情けない連中が、なんでこうも好き勝手やってるんだばっかやろう!」

ってとこだろう。僕も聞いていて、面白そうだなとは思う。やることは面倒そうだけど、これだけイベントが揃っていたら、水鳥中学の生徒も喜ぶんではないだろうか。

「で、おとひっちゃんは何て言ってたの」

 僕は無理やり話を引き戻した。

「あいつか? もう、度真面目の極地で話を聞いてたぜ。相当、あのうすらぼけ評議委員長と相性が合ったみたいでな、『ぜひ自分たちの代で、青大附中との交流を軌道に乗せたい』と烈火のごとく語っていたぞ。まあ、いつものことながら、どうでもいいことに熱をあげるのが関崎のいいとこなんだろうが、振り回される俺たちの身にもなってみろ。これからどうする? 顧問の萩野先生あたりに話を持って行って、拝み倒すのか? 青大附中の連中は受験がないけどな、俺たちには地獄の公立入試って奴があるんだ! どうするんだよいったい」

 ──公立高校入試か。

 そういえば、総田は公立にするんだろうか、それとも私立に……。

 おとひっちゃんと対を張る成績なんだから、青大附属高校を受験しないとも限らない。ちなみに青大附属中学・高校ともに、青潟市では難易度ナンバーワンレベルの学校だ。僕にはおよびじゃない。

「総田、今のところ青大附属を受ける気ないのかなあ」

「ねえよ、あんな金のかかるとこ、誰が行くかって!」 

 即座に却下だった。

「俺はな、自由にやりたいことができる公立で十分なんだ。もっとも落ちたらしゃれにならねえけど、青大附属みたいなぬるま湯階級の連中としゃべくってたら、もう腹が立ってなんねえよ。なあにが、自慢下に『奇岩城』だ? 女子と抱き合ってポーズとってビデオ撮るなんて、お前らなにか欲求不満なんじゃねえかって突っ込みたくなるぜ」

 ──女子と抱き合ってポーズ? なあんだ、そういうことか。

 総田には悪いけど、本音が透け透けだ。

 ──さっきから総田は女子のことにやたらこだわってたよなあ。やっぱり、川上さんと仲良くするだけではものたりないのかなあ。女子と抱き合ってポーズしてみたいのかなあ。なんか今話している総田、かなり、欲求不満なんだね。川上さんも親切にしてあげればいいのに。ノートをコピーしてあげるとかすればいいのにな。さっきたんみたいに。


 長話をした割には、得るものは少なかったというのが正直なところだ。

 要は、総田が青大附中の連中と相性が合わなかったという、ただそれだけのことなんだろう。僕もそれは想像がつく。おとひっちゃんと仲よく話をしている評議委員長ってことだから、きっと器用な奴ではないだろう。かなりとろい奴だったのかもしれない。でもおとひっちゃんはそいつと仲良くしゃべりつづけ、次回の青大附中訪問をOKしてしまったという。それはそれでいいんじゃないだろうか。どうせ総田が文句言いながらも、萩野先生にごますってお願いすることだろうし、おとひっちゃんはそれを自分の手柄だと勘違いして、青大附中にせっせと通うことになるんだろう。おとひっちゃんの居ぬ間に総田は内川会長を懐柔すればいい。万万歳だ。

「佐川、もしあの学校に行くんだったら、ひとつだけ注意しとけ」

 もう一度、声がひそやかに聞こえた。車の音が響き、聞き取れずに大声で聞き返した。

「注意ってなんだよ」

「ひとりな、ちょっと、やばいのがいる」

「やばいってなんだよ」  

──最重要情報かな。  

  みしっと天井が軋んだ。雪が積もって落ちる寸前なのかもしれない。

「一回目、二回目と共通して、評議委員にひとり、なんともいえず、いやあな感じがするのがひとりいるんだ」

「ふうん、性格が悪いんだ」

「いや、そういうわけじゃあないだろ。性格悪だったら、うちの川上以上の奴はいない」

 ──愛の裏返しだね。

 この辺はつっこまずに僕も流した。

「さっき俺が、お茶を出してくれたとか言っただろ。評議委員の野郎連中が」

「うん、すっごく濃い緑色のお茶を出してくれたってね」

「俺には一杯だったんだけどな、関崎には五杯くらい出したんだ」

 ──そんな飲んだらおなかがちゃぽちゃぽになっちゃうよ。

 おとひっちゃんに同情しつつ、気になるものをどんと待つ。

「それがな、佐川」

 総田は少し黙って、言葉の準備をしているようだった。こういう言葉が、大切だ。

「二杯目からは、その女子が十分ごとにお茶を、関崎の分だけ代えていったんだ」

 ──女子?

 なんか、総田の話には「女子」が絡んでいて困る。

 こういうのって、半年前の学校祭でもいやというほど経験した。

 また変な方向に話が進むといやだ。

「そのいやな奴って、女子なの」

「そうだ。お前も見たらわかる。あの雰囲気といい存在といい、なんとも言えない」  

  総田はその女子に対して、それ以上話さなかった。やはり、男たるもの言葉を慎みたいんだろう。言わないってことは、言葉に尽くせないってことだ。言葉に尽くせないってことは、そうとうの、むかむかするタイプだってことだ。

「総田、ひとつ聞きたいんだけど、その女子のお茶を、おとひっちゃんは飲んだの?」

「全部、無理して飲んでたな。あいつのうち、どういうしつけしてたんだ? お茶は全部飲まなくてはならないとでも思ってたのかよ。一気に飲み干すもんだから、その女子がすぐしゃしゃり出てきて、また濃いお茶を持ってくるんだ。で、関崎もしっかと飲み干して、まるでわんこそばみたいなことしてるんだよ」

 ──おとひっちゃんらしいや。

 人のうちで出されたものは、きちんと食べきらねばならないというしつけをされていたのは、僕も知っている。おとひっちゃんの性格上、そういうきっちりしたところは抜けていない。でも、お茶を五杯ってのも飲み過ぎなんではないだろうか。帰りのバスで、ものすごくトイレ行きたくなったに違いない。

「でもそれは、その女子が問題あったんじゃなくて、おとひっちゃんに問題があったんじゃないかなあ。飲み終えてからになってたら、気を遣って出す人もいるしさ」

「ああそうだな。うちの川上とは大違いだな」

 やたらと川上さんの名前が出てくる。もう笑う寸前で僕は片腹を押えた。

「でも、あの女子は違うぜ。なんというかなあ、ねばっこい。じっと関崎の手元を見詰めていて、隣りであの評議委員長の茶碗がからからになっていても全然気にせずに、ただ関崎だけ見つめてるんだ。まあな、悪いことしているわけじゃねえから俺も何も言わなかったけど、とにかくお茶はちびちび飲むように心がけたぜ」

「変わった女子なんだね。評議委員なの」

「らしい。二回目のご訪問時は俺たちも用心して、できるだけお茶を注がれないですむように、ほとんど手付かずにしておいたんだ。関崎もそうしてた。けどな、相手はもっと上手だった。冷めたんだろ、ってことでまたお茶の準備をして、関崎の茶碗だけ持っていくんだ。それも全く手をつけずにだぜ」

 僕も行く時は、お茶を一切飲まないようにしようと決意した。

「けど、なんでおとひっちゃんにだけ、そんなお茶注ぎ攻撃してくるのかなあ」  まさか、という直感が走った。こういう時の僕の直感は百パーセント当たる。総田に答えを言わせたかった。

「まあ、あいつにも、新しい春が来たってことかねえ。どうですかい、佐川の旦那」

 ──おとひっちゃんはさっきたん命だって、知ってるくせに。

 ラスト五分の興味深い情報を耳に納め僕は受話器を置いた。 

 すっかり風邪をぶり返しそうで、あわててベットにもぐりこんだ。母さんにばれたら大変なことになる。また、怒られて学校を休まなくちゃなんなくなる。学校好き嫌いあるかもしれないけど、僕は勉強以外学校って大好きだ。


 ──さっきおとひっちゃんは、あまり乗り気じゃない感じで僕を誘ってたよな。

 おとひっちゃんに関する情報について、僕は誰よりも持っているつもりだ。

 なにせ付き合いが半端じゃない。幼稚園の頃からあいつは僕のことを守ってくれたし、今でも「雅弘、お前は俺の一番の親友だからな!」と言ってくれている。

 おとひっちゃんが今、誰のことを好きで、誰を信頼していて、何をどうしたいか、不思議なくらいわかるのは、たぶん一緒に過ごした月日の長さにもあるのだろうと、僕は思う。

 そう、ほとんどのことはそうだと思うんだ。

 ただ、ひとつだけわからないのは。

 ──どうして俺は、おとひっちゃんみたいな奴と親友でいたいんだろう。


 もちろん理由はたくさんあって、数え切れないくらいだ。小さいころからの仲良しだからと一言で片付けることもできなくはない。けど、中学に入って以来僕としては、おとひっちゃんのお間抜けなところばかりが目について、かつてのかっこいいおとひっちゃんの姿が見えなくなってきている。 自分でも、それはやだなあと思う。

 元陸上部だから運動万能は折り紙つきだし、成績は学年トップだし、性格さえ見なければかっこいい奴の部類に入るだろうし。

  でも、おとひっちゃんがなんで、自分の行動がみえみえだってことに気付かないのが不思議だった。僕がいつも、おとひっちゃんのしたことについて影で動いていることすら、想像していないんだろう。ばれないように気を遣ってはいるけれど、僕は総田としょっちゅう連絡を取り合っている。いつばれてもしかたないのに。そうだ、さっきたんのことだってそうだ。おとひっちゃんは堂々と隠しているつもりかもしれないけれど、実は当のさっきたんにも、好きって気持ちを気付かれているなんて知らないんだろう。クラス全員にお見通しだってことすらも。

 まったく、おとひっちゃんは僕よりずうっと、ガキだとしか言いようがない。

 影で立ち回っているのが僕と総田だと知ったら、きっとぶっちぎれるだろう。

 絶対に、これを知られてはならない。

 僕はおとひっちゃんの親友でありたい、大好きなおとひっちゃんだと思っていたい。

 でも、だんだん僕の中でずるずると下降気味な価値ランク。

 ──ごめん、おとひっちゃん。けど、どうしようもないよなあ。

 布団の中で思いっきりくしゃみをした。廊下にいた母さんに気付かれて、また苦い粉薬を飲まされた。ああ、やっぱり早く学校行きたいよ。


 ──その気持ち悪い女子ってどんな女子なのかなあ。きっと兎をがぶっと食べてしまうようながっちりした人なのかもしれないなあ。さっきたんとは正反対だよきっと。相変わらず今でも、おとひっちゃん、さっきたんの前に出るとろくに口、利けなくなるし。お茶くみの女子のことはなんとも思ってないよなあ。


  おとひっちゃんがなぜ、僕を連れて行こうとしたのか。  

  ふたりで行こうと誘ったのか。総田じゃなくたって、僕には見え見えだ。

 ──今度はジュースを一缶、もって乗り込もうよ。おとひっちゃん。

  僕は口直しに甘いみかんをもう一つ皮むき、ほおばった    


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