2話 黒魔術師《ダークウィザード》
私、椎名町リアはどこにでもいる社会人。
まだ、まだ27歳。独身、彼氏無し。
結婚したいから彼氏くれ。
その実、私は12年のキャリアを誇る魔法少女マジ狩るリアちゃんである。
魔法少女歴12年。
我ながら少女詐欺だと思うし、私自身もう辞めたい。
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その日、またも渋谷の街では怪物が暴れていた。
今度はかわいらしいオーク風なデブ。
レベルも60程度で目に優しい。
そんなデブを可憐な少女達三人が取り囲み、戦っていた。
「きゃぁぁ!」
「アイナ! ――このおおお!よくもアイナを!」
「リン、落ち着いて。 みんなでタイミングを合わせるの」
「うん、わかった!」
三人ともフリフリの魔法衣装がよく似合う。
私は魔法少女の力を使い動体視力と遠視を強化して揺れ動くスカートをガン見。
うん、見えた。
かわいいパンツだね、良か良か。
パンチラが許されるのも若さの特権。
散々君たちは見せるといい、私は、もう許されない。
「リア! 働いて!」
私の顔の横に浮かぶ、魔法少女の支援マスコット的な小動物が私に指図する。
「小動物」
「なに?」
「私もあっちに混じりたい」
私は正直な要望をぶつける。
あのキラキラ、私も欲しい。
「何言ってんの。 後輩達に向いてるレベルのは後輩達にあげなよ」
――お前のはそこにあるだろ、と。
私の足下にはレベル549のケルベロスとやらの頭の一つが転がっていた。
恨めしげに二つの頭が私を見ているが、元々三つあるんだから一つくらいいいじゃない?
また性懲りもなくバスくらいでかい図体でのしかかろうと覆いかぶさってきたケルベロスちゃんを私は蹴るべろすー。
そんな雑なキックの前に、ケルベロスのもう一つの頭が木綿豆腐のように爆ぜた。
きゃうんと情けない声を上げて下がろうとするケルベロス。
頭一つになってしまって、もうでかい以外は普通のワンちゃん。
かわいそうだけど、私はそのまま胴回し回転蹴り。
足先の触れた場所からケルベロスの全身が爆ぜて残骸さえ残らなかった。
私のスカートもヒラヒラはためくが、残念ながら、今日の私のパンツはユニクロである。
こんなパンチラ、望まれないどころか許されはしなかろう。
見苦しい自覚はあるのでタイツでカバーしてるのよ。
そこのところ一つ、ご容赦。
「相変わらずすごいね」
虚空から、小動物でも私でもない声が上がる。
そこには、糞ダサいマントとフードを装着し、顔を隠した一人の男が立っていた。
「相変わらずダサいね、それ」
私はその見知った男に声を返す。
「……仕方ないんだ」
度々聞いてその都度趣味ではない事を主張されているが、12年変わらないスタイルだとやっぱり趣味なんじゃないかしらと思う。
「黒魔術師!!」
そこに、やっとの事でオークを倒してやってきた女子高生魔法少女が三人がやってきた。
「どうして!?あなたの狙いは何!?」
女子高生に怒りと憤りが篭った視線と言葉で激しく問い詰められ、若干マゾな黒魔術師さん、嬉しそうにしてる。
一応、この渋谷に化物共をけし掛けてるのはこの黒魔術師さんだ。
いわゆるラスボス候補である。
しかしながら、12年も倒されるだけの化物をけし掛けてるだけで、これといって何かしてるわけでもない。
ロングラン連載の果てに風呂敷畳むタイミング外して逃げた回数がネタにされるラスボスみたいになってしまっているし、本人も自覚して私との間ではネタにしつつある。
しかし、若い人達からみたら積年の因縁の相手であり、目的のわからないミステリアスなラスボス。
そりゃもう、思春期には魅力的な敵性存在である。
熱血の一つもしちゃうよね。
「応えなさい!」
アイナちゃんが凛とした声で責め立てる。
うん、私三人娘の中でこの子が一番好きだな。
声もスタイルもとても良くって仕草もラブリー。
美味しそう。
でもそいつ、たぶんもう惰性だよ。
「ふふふ、知りたくば、戦い続けろ。
その先にある未来の為にな……」
うわぁ、ノリノリじゃねえか。
こいつ女子高生にはそうやって思わせぶりな事言って引っ張ってんのか。
ちょっと、私にもそのいい感じのセリフ言いなさいよ。
「黒魔術師ぉぉお!!」
リーダー格のリンちゃんだっけ?が怒りのまま魔法の火球を放つ!
――おい危ない危ない、その方向、飲み屋さんあるんやで?
高校生には用は無いかもしれないけど。
黒魔術師さんも飲み屋を守りたく火球を丁寧に消去。
彼も相応にレベルが高いのでこの位は屁でもない。
「なっ!?」
リンちゃんが信じられない、といった顔をする。
私と黒魔術師さんはほっと一息。
この娘のレベルが低くて良かった。
「それではな。また会おう魔法少女!!」
これ以上余計な被害を出してもたまらない。
黒魔術師さんは捨て台詞を決め、瞬間移動で姿をくらます。
消えるその瞬間、彼は私の方をみて手をひらひら。
はいはい、じゃあ後でね。
その場には打ちひしがれる女子高生三人とノリに若干置いてけぼりなアラサーが取り残された。
うん、これを放置したら結構面倒くさそうだな。
飲み物でもご馳走してあげよう。
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「らっしぇいませー! 毎度!」
女子高生達にスタバを奢って駅まで送り届けた私が向かったのは、行き着けの飲み屋『ぺんぎん』。
店主のぺんぎんへの無類の愛が飲み屋として昇華されたわかるようでわからないお店。
「椎名町、こっち」
先に入っていて、テーブル席から私を呼ぶスーツ姿のサラリーマン男性。
それが私の待ち人である。
「おっす、黒魔術師」
「オフでそれを呼ぶのはやめてくれ」
この男、東長崎トオル。
私の高校時代からの同級生であり、黒魔術師(笑)として活動して12年目のその人である。
その正体を知ったのは17の頃で、当時は本当に痛い同級生がいるものだなあと思っていたが、これは趣味ではなくやんごとなき家庭の事情らしいので仕方がない。
私は家庭の問題に口出しもしないし悪くも言わない主義です。
私達は乾杯して飲み会を開始。
時々こうして仕事や魔法少女業務の後で申し合わせて飲んでいた。
「ねえ、『ふふふ』ってなんだよ、あの思わせぶりなあれ」
「女子高生って、いいよな。超素直」
うっとりとした顔で応えるトオル。
こいつやっぱ楽しんでやがる。
「や、でもさ、考えてみてよ」
私はこの間違った男の肩をバンバン叩き現実を突きつける。
「アラサー社会人男子が糞ダサいユニフォーム着て中2心くすぐって女子高生弄んで追っかけさせてるのよ? 痛くない?」
心とか、頭とか。
ぐうの音がでたかのような表情をしたトオル。
そのまま熱燗をぐいと飲み干し、うつむいて
「……それでも、俺は、女子高生に追っかけられてみたかったんだ」
――ああ、それは仕方ない。
仕方ないな。
それだけ甘美だものな、女子高生に追っかけられるなんて。
私は優しくトオルの肩をさすり、理解を示してあげた。
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「じゃね」
会はお開き。
酒の勢いも間違いも何もない健全な関係ですからね、我々は。
理性のある飲み方をして、理性的なお時間に帰ります。
大人ですからね。
「椎名町、そろそろ結婚とかないの?」
そんなさわやかな帰り際に核ミサイルを打ち込んできた糞男。
それが東長崎トオル。
なんてクソ野郎だ。
「アンタのおかげで逃しまくってる」
半ば事実、半ば八つ当たりで責任を押し付ける。
私自身、いつまでも魔法少女やってるから結婚できないのか、結婚できないから惰性で魔法少女やってるのか、自分でもよくわからない。
「そっか、じゃあ最後にお互い余り合ってたら俺と頼むわ」
こいつは、そんな事を言う。
これが一回や二回ではないから、本当にクソ野郎。
明らかに軽口だし余るのが前提ってのがふざけてる。
「そん時、黒魔術師やめてたら考えてあげる」
「ありがと」
そんな軽くお礼を言って、お互いに別れて帰路につく。
本当に腹が立つ。
「最後っていつだ、バーカ」
そんなものに期待してていいような歳でもないんですよ、お互いに。