猫との距離にわかること
「んん、あと少しなのに~……」
これ以上ないほど背伸びをして、手を伸ばしても一番上の棚にだけ、どうしても届かなかった。それもギリギリで。今日ほど、もっと背が高ければと思ったことはない。せめてもう五cm程身長があれば、私でも届いただろうに。
床の上には、棚に入るのを待っている本たちが十一・二冊積み上がっている。その中に一番上の棚に入る本があったので、その高さに挑戦してみたのだが、結果は見ての通りだ。惨敗である。
「文字は解るから、入る場所まではいいのに」
別の世界に来てしまった時、まず心配なのは言葉が通じないことだろう。私の場合来てすぐにディルトさんが声をかけてくれたので、話し言葉が通じることはわかった。
文字がわからなかったらどうしようとも思ったが、そちらも難なく理解することができた。馴染みの日本語を見たときは、正直ほっとした。
「抜けてる本も、各棚から少しずつみたいだし」
だからどうしても手が届かなければ、別に後回しにしても問題はないのだ。
だけど、私一人でできるのがベストだっただろう。
「……入るよ。踏み台、探したけどみつからなかった」
ドアから入ってきたのはルークだった。わざわざ踏み台を探して、さらにその結果の報告にまで来てくれたらしい。
「わかった。探してくれてありがとう」
「手伝ってあげるってことだよ。なんでそんなこともわからないかな」
さっきのでわかる人が、一体何人いるというのだろうか。
でも、手伝ってくれるのはとっても助かる。ルークは同年代とはいえ男の子なので、当然私より背が高い。彼なら、一番上の棚にも届くだろう。
まさに『猫の手を借りる』だと思ったが、口に出したらルークに怒られそうなので、黙っていることにする。
「これ、ここでいいの?」
ルークが動くたび、その手首に結ばれた鈴が鳴る。 歩くだけでも鳴るので、本当に近くに猫がいるような気分になってくる。
「ちょっと、ここでいいのかって聞いてるんだけど」
「あ、ごめん。あってるよ、そこで」
やっぱりルークは、私があんなに苦戦した一番上にあっさり届いた。手を伸ばすだけで本をしまった。
「他には?」
そっけないけど、案外優しい。
「今日はもう、届かないような所に仕舞う分はないかな。ありがとうルーク、手伝ってくれて」
「あんた、お礼の安売りが趣味なの」
確かに、この短時間でルークには何度もお礼を言ったけど。
「そんなことないよ。でも、助けてもらったり手伝ってもらったりしたときに、感謝するのは当たり前のことだと思うから。それに私は、他に返せるものもないしね」
ルークにも、もちろんディルトさんにも。私は助けてもらってばかりだ。だからせめて、今は無理でもいつか何かを返せるようになりたい。
でも、帰らなきゃ。
返したいという気持ちと同じくらい、そんな何かがある。矛盾している、二つの感情。これは何だろう?
帰らなきゃいけないと思う理由は、なぜだかよくわからなかった。
「せめて言葉だけでもって、私が勝手に思ってるだけだから」
「ふうん……。じゃあ受け取ってあげるよ。突き返すのも、かわいそうだし」
上から目線ではあるんだけど……。
「ルークって、優しいよね」
「……っ!? 何がどうなったらそんな考えになるわけ! ほんとあんたって人が良すぎ。そんなだと、いつかつけ込まれるよっ」
珍しく、慌てた様子が見られた。
「もういい? 俺、昼の食事当番だから」
「あ、うん」
猫と呼ばれるだけあって、すぐに遠くに行ってしまう。
それでもなんだか、昨日よりは近づけた気がした。




