家主と猫と
霧の森を抜けた先、どうやら別の場所に来てしまったらしい私に、手を差し伸べてくれた人がいた。
「とにかく、家においで。どこからにせよ、ここまで歩いていたのなら、疲れているだろう? ここのまわりには何も無いからな」
まだ名前も知らないこの人は、親切な人だ。
「ついでに、猫くんとも顔合わせだ」
「はい」
見上げながら、私はうなずいた。
彼について歩いていく先は、やはりあの一軒家だ。森によく合うレンガ造りで、窓から判断するに二階あるようだ。
「どうぞ、お嬢さん」
「お邪魔します」
案内されたのは、客間だった。もうすぐ沈む太陽の光が射し込む、大きな窓がある。部屋の真ん中には、向かい合った二つのソファ。
その片方に、座るよううながされた。
彼の方は、『猫』を呼びに行ったらしい。階段を上がった音が聞こえた。
まもなく、部屋の外から二人分の足音。
「なんですか先生、俺今忙しいんですけどっ」
「いいじゃないか。部屋にばかりいて本を読んでも、知識が片寄ると、いつも言ってるじゃないか」
そして、半ばもめているような声。
事情は知らないが、大変気まずい。原因はおそらく、私がここに来たことだろうからだ。
「さっきまで実験で外に出ていて、今は結果の分析を……!」
「そんなのは後回しでいいだろう。さあ、新入りの紹介だ!」
ばーんと派手な音をたててドアが開くと、先程の青年と、私と同じくらいの年の少年が入ってきた。
というより、少年は青年に押されたらしく、転びそうな状態だった。きっとこちらを睨むように見た彼に、私は見ていませんとばかりに目をそらす。
後から青年も入ってきて、二人は私が座っている向こう側のソファに座った。
「では改めて、僕はディルトだ。よろしくな、子うさぎのようなお嬢さん」
「……ルーク」
ディルトさんに肩をぺしっと軽く叩かれ、不満げに少年も名乗った。『猫』と呼ばれる通りの警戒心の持ち主らしい。
「依乃理、です。よろしくお願いします」
「先生」
私の自己紹介とあいさつが終わるまで、じっとこちらを見ていたルークさんが、ディルトさんに視線を移した。
若干私をさえぎるようだったのは、気のせいだろうか。
「また拾ったんですか……」
その短い言葉に、呆れやら諦めやらが見事に表現されていた。
「うむ。今回は子うさぎだ。猫のおまえもいいが、うさぎも可愛らしいだろう?」
そんなルークさんとは対照的に、ディルトさんは楽しそうにそう言った。マイペースな人でもあるようだ。
聞けばディルトさん、猫や犬などの小動物だと称して、これまでにも困っていた人を助け、面倒を見ていたらしい。同居している以上、ルークさんもそれに付き合ってきたわけだ。
「けど、俺もその助けられた一人だから。先生の判断に文句はつけない」
「あ、はい」
そんなやりとりをする私たちを、ディルトさんは満足げに眺めていた。
少しそっけないルークさんと、にこにこしたディルトさんの二人分の視線で、私は落ち着かない。それにルークさんは、話す時などにじっと相手をみつめるのだ。
「子うさぎちゃん、これを」
話が一段落したタイミングで、ディルトさんに赤いリボンを渡された。さっきルークさんを呼びにいくついでに、持ってきたらしい。
「いつでもつけるようにしてくれ。まあ、単なる体面のようなものだ。君がうさぎで、ここの居候だということの」
他に言い方が思いつかなかったが、ペットのようなものだということだろうか。
「わかりました……?」
そこでチリンと、鈴の音がした。向こうのソファだ。
見ると、ルークさんの手首に、ブレスレットのように緩く二重に巻き付けられた赤い紐。それに金色の小さな鈴が通されているのだ。本当に猫が着けていそうな鈴だった。
「決まり事だから」
ルークさんが猫で鈴なら、うさぎの私はリボンということらしい。それがここでのルールなら、居候としてお世話になる以上従わなくては。




