名を呼ぶ声が届ける想い
あの日以来私は、霧が濃い日には必ずあの森に立ち寄るようになった。
親友とはあのあとすぐ、仲直りをした。彼女が引っ越した先は遠い外国で、普通に暮らしている限りもう一生会うことはないだろう。
相変わらず私の髪にはルークが細工してくれたリボンが結ばれていて、胸元にはディルトさんにもらった懐中時計がある。
少しでも、忘れたくなかった。これらは二人にもらったたくさんのもののうち、私の手元に残ってくれた数少ない、形あるものだから。
親友はいくら遠いとはいえ同じ世界にいるが、彼らとは生きている世界すら違うのだ。
「依乃理」
不意に、聞こえないはずの声が聴こえた。
「ちょっと依乃理、聞いてるの」
その声は、変わらずそっけなく少し不機嫌で、それなのにとても優しくて。霧の中から、私を呼んでいる。
「依乃理から来てよ。俺、そっちまでは行けないんだ」
もう二度と聞けないと思っていた。私自身の手で振り払って、失くしたものだったのに。
そんなに優しく呼ぶなんて、ずるいよ。
「い、行けない……。私、ルークのこと傷つけたのに……」
帰りたいと、願ってしまう。
「俺が、来てほしいって言ってるんだよ? 来れないの」
帰りたい。そっちに戻りたい。
「依乃理、おいで。俺はすぐそこにいるから」
「ルークっ!」
声の方へ。森の中へ。私は迷わずに駆け出す。
濃い霧に隠された森、入ってすぐの場所。ルークは本当に、私を待っていてくれた。
大好きな人の胸に飛び込む。とたん、ふわりと抱きしめられる。
「依乃理、会いたかった。会いたかった……っ!」
前と違って、力が込められる。もう離すまいとするように。腕の中に、閉じ込めてしまおうとするように。あの日よりも、もっと強く。
「俺を待たせるなんて、いい度胸してるよね」
「たった一ヶ月……」
「一ヶ月も、だよ。おかえり、依乃理」
今度はやっと、私からも抱きしめ返せる。
「ただいまっ」
まっすぐに、ルークを見つめて。
「先生も待ってる。帰ろう」
「うん……っ」




