霧の迷路とその出口
「依乃理、話があるのだが」
ディルトさんは背が高い。だから、いつもと違いこんなに真剣な表情で見下ろされれば、緊張する。
「は……い」
先導され、客間に入る。私が座った向かいのソファには、ディルトさんとルーク。あの日と同じだ。私が初めてここに来た日と。
「そう緊張しなくていい。君がここに来てしまった原因の話なのだから、当然かもしれないが」
思ってもみなかった言葉に、私は固まってしまった。
別の世界から来てしまったらしいということは、ディルトさんにも話していた。だが、その原因を、ディルトさんが知っているなんて驚いた。
「僕の、仕掛け箱のせいだ。これまでにも、そういうことがあった」
そういうこと。異世界の人間が、紛れ込んでしまうことだ。
「あの箱は、たまに霧を発生させる。そんな日には、時折『家がわからない』と言う迷い人が現れた」
何も記憶喪失ではない。ただ、家への道がわからない。この辺りに見覚えがない、と言うのだそうだ。
ディルトさんはそのたびに、その人たちの面倒を見てきた。たぶん、私の街で、行方不明になったとされていた人たちのことだ。
そしてその人たちは、残った人も帰ってきた人もいた。つまり、帰りたければ帰れるということなのだ。
私は、選ばなければいけない。だって、一度帰ってきた人がまたいなくなったことはないのだから。あの霧の森は、一方通行なのだ。
「どうする? 依乃理」
「私は……」
ここに残りたい。ディルトさんやルークと、もっと一緒にいたい。
帰らなければ。あちらに残してきた、何かとても大事なことがある。
「考え、させてください」
今はそうとしか、言えなかった。
「もし帰りたいのならば、今から準備に一週間かかる。しかし僕個人の意見を言わせてもらえば、残ってほしいと思うよ。依乃理」
ディルトさんは、ここにいてもいいと言ってくれている。
「俺は別にあんたがどうしようと構わないけど。せいぜい後悔しない方を選べばいいんじゃない」
ルークとは、珍しく目が合わなかった。突き放したような言い方だったけど、その声音はいつもより少し柔らかかった。
それでも私は、頷くことしかできなかった。
私が『後悔しない』選択は、一体どちらだろう。
その答えは、迷路の出口のように遠かった。




