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霧の森を抜けて

 霧は境界を曖昧にし、時に誰かを別の場所に誘うこともある。この街にも、そんな噂がある。


 この街にある大きくはないが深い森、霧の濃い日にそこへ行くと別の場所につながるらしい。まあ、どこにでもある噂に過ぎないような噂だ。

 しかし、その森で時折人が行方不明になるのもまた事実だ。おかげで噂には妙な現実感があった。


「嘘、だろうけどね……。でも、もし本当だったら……」


 その時、私はなげやりな気分だった。だからあの森へ行った。噂がなくても森はいつでも暗く、人気がない。


 肝試しに行った人たちがいたと言う。何も起こらなかったらしい。行方不明になった人の中には、戻ってきた人も戻らないままの人もいるらしい。どれもこれも伝聞だが。


「本当だったら行けるのかな。ここじゃない、別の場所……」


 霧が濃いせいで、森の中は目の前すらあまり見えない。


 それでも私はどこかはわからないけど、ある一ヶ所を目指し歩き出した。まるで何かに、それとも誰かに呼ばれているかのように。


 ぼんやりと歩いていたのだが、突然霧が去り、真っ白だった視界が開けた。

 後ろを振り返れば森があり、私は自分が森を抜けたことを理解する。改めて前を見れば、そこにはぽつんとたった一軒だけ家があった。


「……?」


 あの森の近くに、家なんてなかったはずだ。


「お嬢さん、迷子かな?」

「……っ!? えっと……」


 不意打ちで話しかけられた驚きと、状況整理中の混乱で私はすぐに返事ができなかった。


「……はい」


 とりあえず黙っているのも気まずいので、口は返答をすることを選んだようだ。


 たぶん本当に、私は来てしまったのだ。別の場所に。


「そうか。いや、霧が濃い日には時々迷ったという者がいるのだが、君もそうだったか」


 私に話しかけてきた長身の男性は、そう言って納得した。


「家までの道順はわかるか?この辺りは入り組んでいてな、迷い人が多いこともうなずける」


 そうだ、どうすればいいんだろう。


 確かに私は自分で望んで森を抜けたものの、本当にこんなところに来るつもりはなかったのだ。何か考えているはずがない。


 それにさっきの霧が頭の中に入ってしまったかのように、思考がぼんやりしている。


「わ、わからないです……」

「ほう。それはまた、どうしてだ?」


 なんと説明すればいいのだろうか。それ以前に、そもそも私がまだよく状況を飲み込めていない。


 その上、ここがどこかもわからない。つまり、家までの帰り道のヒントになるようなものも、ないということだ。


「家は遠くに……あって。ここに来たこともないので、その……」

「困っているのだな?」

「はい……」


 問われるまま、うなずく。


「ならば、我が家に滞在するといい。部屋も余っているしな。もちろん、君さえよければ、だがね」


 この人は、お人好しなのだろうか。こんな会って間もない私にそんな提案をするなんて。


「ああ、気にしなくてもいい。子うさぎのようなお嬢さん。家にはすでに猫が一人いてな。新しくうさぎを拾うのもいい」

「はあ……」


 本気で私のことをうさぎだと思っているのなら、その猫というのも誰か人のことなのだろう。


 今の私は、この人をある程度は信用するという選択をした。

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