六章―16.5話
返事までにわずかに間があった。
だが、それを疑問に感じるより早く惺壽が答える。
「なんとも答えようがないな。何事も気の向くままという性質なのでね」
いつもどおり、まるで他人事のように淡白な物言いだ。
(気の向くままって……もうちょっと言い方はないの?)
暇つぶしに話し相手になれと言ったのは惺壽のほうなのに、話題を広げようという気はないのだろうか。
そう詰りたい気持ちも反面、しかし、惺壽の今後が気にかかるのも本当だ。
二度と会えなくなるけれど、彼はこれからどういうふうに生きていくのだろう。
そう思ってしまうのは、もうどうしようもない。
(好きだから)
そうはっきり口にするわけにもいかず、乙葉は惺壽の膝の上で背を丸め、自分の両膝を胸に抱き寄せた。
「……梛雉が心配するわよ」
「おや、口では俺を案じつつ、心に描くのは別の男かい? 大した魔性ぶりだな」
「ち、違うわよ。梛雉なんか気にするわけないでしょ。散々振り回されたんだから」
つっけんどんに言った。言外に、気にしているのは惺壽だと匂わせたつもりだ。
そっぽを向いた視界の端で、白い装束の肩がひょいと竦められる。
「それは失礼。……が、聞いたところでなんになる? 天と地に分かれれば二度と見えることも消息を知る術もない。そんな相手の行く末を気に掛けるなど、時を無為に費やすだけでは?」
平坦でなんということもない口調だった。
それなのに一瞬、乙葉の鼓動が嫌な跳ね方をする。
(……それは、そうかもしれないけど)
だからこそよけいに気になるのだ。たとえ意味がないとしても。
そういう心情を彼は理解しないのだろうか。
――――敢えて、理解しようとしないのだろうか。
だとしたら、ここが惺壽の線引きだ。
これ以上、乙葉を踏み込ませようとしていない。
(……惺壽は、元の世界に戻ったら、わたしのことも気にしないってこと?)
彼の言葉はそういうふうにしか受け取れない。
近づけたと思ったのに、いきなり壁にぶち当たったような気持だった。
肩口に感じる彼の体温はあたたかい。それくらい二人の距離は近い。
それなのに、急に遠く離れ離れになった気がする。
惺壽の言うことはある意味正しいし、どこかで関係に一線を引こうとする彼の気持ちも分かる。
(――でも)
これは違う気がする。
いつか手放すことが決まっていても、こんな醒めた終止符の打ち方はしたくなかった。
もちろん互いに心情を吐露しあって、涙ながらに切々と別れを惜しみたいわけでもない。
ただ、もうすこしだけ――この恋を、あたたかな思い出に変えることはできないだろうか。
(惺壽もそうだと思ってたのに)
だからこそ、自分をこんなふうに引き留めたのだと思っていた。
両膝を抱える乙葉の手にぎゅっと力が籠った。
「惺壽…………わたしが、惺壽に失恋の話した時の事、覚えてる?」




