六章-16話
意味ありげな言葉に瞬いた。そしてすぐに思い当たる。
(惺壽でもそんなこと気にするの?)
意外だ。いつも飄々とした惺壽に嫉妬なんて似合わない。
その似合わない嫉妬を自分のためにしている。
そう思うと、ますます鼓動が速くなった。
「……さ、先を越すもなにも、これまでもこれからも、こんなこと平気で言いだすのは惺壽くらいだと思うけど」
そっぽを向いてつっけんどんに言った。
でもさりげなく本音を紛らせたつもりだった。
自分がこんな大胆なことをするのは、惺壽が相手だからだ。
特別なたった一人。誰とも比べることのできない人。
そう伝わってほしかった。
そうして、降ってきた返事は相変わらずだ。
「それはなにより。並みの男と比べられるのも不本意だ」
「すごい自信ね。べつに褒めたつもりはないけど?」
さらにとんがった言葉を重ねる。
笑い声が落ち、背中にかかっていた髪をさらりと幾筋か持ち上げられた。
「そうかい? ならばそれでけっこう、お嬢さん」
さらさらと遊ぶように手の平から零された髪が、セーラー服の肩に戻ってくる。
乙葉はさらに赤くなった頬を隠すように俯いた。
(……なにがけっこうなのよ)
惺壽を褒めたわけではないということが?
それとも、素直になれない嘯きだと見抜いた上で、それでもいいということ?
もしそうなら、乙葉の気持ちなんてとっくにお見通しだということだ。
そして彼は決してそれをおくびに出さない。
出してはいけないのだ。
互いに互いの気持ちをはっきりと悟らせてはいけないのだから。
気づいたとしても知らないふりでやり過ごす。
まるでゲームでもしているみたいだ。
目隠しされたままのそんなやり取りが、もどかしい一方、ふわふわと胸が浮き立つのは、きっとこの想いの結末に本当に覚悟がついたからだろう。
早々に惺壽とは離れ離れになる。
だったら失うことを嘆くより、残された時間を精いっぱい惜しみたかった。
だからこそ、恥ずかしくて爆発したいのを堪えてでもここに留まったのだ。
惺壽も同じ気持ちだろうか。――同じだったらいいけれど。
「……惺壽は、これからどうするの?」
俯いたまま、ぽつりと尋ねた。
息が苦しくて声が震えないようにするのでやっとだ。
「どうとは?」
「だから……わたしが元の世界に戻ったら、また自由になるわけでしょ。今までみたいに、これからもここで一人で暮らすの? ――あんまり、他の人と関わらずに」
惺壽はいつも独りだった。それは彼が望んだ在り方だ。
乙葉と深く関わることになったのはたまたまで、自分が消えた後、彼は、元通りの生き方に戻るのだろうか。




