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六章―12話

「天乃原を去れ」


 簡潔な要求に、さすがに片眉がわずかに上がる。


 その反応が愉快だったのか、沼垂主は威勢を取り戻したようにふんぞり返った。


「なにも、まことに去れと言っとるのではないわ。どこかの辺境にでもすっこんどれという意味だ。そして二度と華やいだ表舞台には姿を見せんこと。それが守れるというのなら、お主のために八雲乃櫂を振るってやってもいいぞい」


 急に恩着せがましい言い方だ。


 だが得意げな顔をちらりと一瞥しただけで、惺壽は興味を失ったように目を伏せて答える。


「お望みならば、いかようにも」


「まことにか。お主がこよなく愛する美女も美食も美酒も望めん場所でも? 天照陽乃宮の御威光も届かぬ、深淵に、邪な獣ばかりがうろつく魔窟だぞ」


 天上を照らす天照陽乃宮の神力は、いわば破邪の矢だ。

 それこそが天乃原に凶事を近づけない。


 破邪の神力は雲乃峰を中心に広域に及ぶが、なにしろ天乃原は果てなき天上の都。雲乃峰から気が遠くなるほど遠ざかれば、その力は次第に先細っていく。


 やがて神力が途絶える頃には一筋の光さえ失われ、そこから先は、ただの暗がりが広がるばかりだ。

 所々に点在する浮雲の土地には草の一本も生えず、岩石ばかりが転がる不毛な一角をうろつくのは、陽乃宮の御許に近づくことを許されなかった悪しき獣や邪なものたち。

 まさしく天乃原の魔窟ともいうべき場所。

 天上の住人でさえ、一生のうちに足を運ぶ者は皆無に等しい。


 どうあっても沼垂主は惺壽が目障りらしい。

 華やいだ表舞台というからには、二度と雲乃峰には顔を出すなと言っているのだろう。

 釘を差すだけでは飽き足らず、辺境に追いやってようやく安堵できるようだ。

 あるいは、そんな不毛な場所に追い立てることで優越感に浸りたいのかもしれない。


(どちらでもかまいはしないが)


 内心で沼垂主の心情を一蹴し、惺壽は腕を組んだまま口を開いた。


「艶やかな美女を花と見る身には侘しいばかりですが、闇に目が眩む頃には、醜い獣と寄り添ったところで、その温もりしか感じますまい」


 沼垂主が八雲乃櫂を振るうことを承諾しさえすれば、どこに流れようとさして不都合は感じなかった。

 もともと、なににも執着しない性質だ。住処などどこであろうと構いはしない。


 理不尽な要求をつき付けられたにもかからわらず、惺壽が嘆きも驚きもしなかったことが悔しかったらしい。


 沼垂主は呻くように呟いた。


「……お主、さては辺鄙な土地を好むのか」


「いいえ。寝起きする場所にさして関心がないだけですよ。――さて。時空の狭間を抜けるにしても、中乃国と道を繋ぐにはいかがすればよいのですか」


 みょうな言いがかりを軽くいなして尋ねる。

 

短くてすみません;

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