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六章ー11話

 するりと蔀戸から室内に降り立った惺壽を見て、沼垂主の目玉がひん剥かれた。


「お、お主……なぜここまで……っ」


「さて……沼垂主どののお住まいにしてはいささか無防備と見える。護衛など数を揃えるだけではなんの意味もありませんよ」


 麒麟の姿から人型を取り、惺壽は淡々と言った。


 結界を張った屋敷に乙葉を残し、一人、夜空を駆けてきたところだ。


 沼垂主と二人で話をするためだった。

 

 雲乃峰にほど近い浮雲に構えられたこの館は、家主の権勢を示すように巨大だ。

 外周に高い塀を巡らせ、随所に屈強な見張りが配されているものの、惺壽はなんなくその警戒網を飛び越えて、館奥にある主の居室に忍び込んだ。


 常ならばこんな不作法な訪問はしない。

 いくら上空からの侵入が容易かろうと、門が構えられた建物である以上は、そこを潜り抜けるのが客としての最低限の礼儀だからだ。


 しかし、今回は敢えてそれを無視した。節度を守ってするような話でもない。



 室内中央の椅子の上でひっくり返りそうになっている家主から目を逸らし、さりげなく沼垂主の住処に視線を巡らせる


 部屋の丸窓の白障子は開け放たれ、そこから、遣水と笹竹の整えられた坪庭と、それを照らす巨大な満月がよく見えている。

 部屋や庭の隅に所々、品のない石像や前衛的な壺が飾られているのを除けば、内装も外観もなかなか趣味が悪くない館だ。


「な、何用だ……」

 硬直していた沼垂主がようやく声を振り絞った。惺壽はひょいと肩を竦める。

「なにということも。拙宅の居候がたいへん世話になったようなので、そのご挨拶に伺ったまでで」


 もちろん痛烈な嫌味だ。


 ゆったりした群青の袍に白の筒袴を纏った沼垂主は、しばらくぎょろぎょろと動く目で惺壽を見ていたが、やがてごくりと喉を鳴らし、椅子に座り直した。


「ふ、ふん。世迷言を抜かしおって。お主が儂に挨拶ぅ? 天地がひっくり返ったところでありえんわ。どうせ儂をせせら笑いにきたのだろう、尻ぬぐい一つできん愚か者だと」


 乙葉を連れ去り損なったことを言っているのだろう。


 対峙する惺壽はゆったりと腕を組み、目前の貴人に冷ややかな視線を投げた。


「それをご承知なら、そろそろ片を付けていただきたいものですね。あいにく、こちらも気が長くない。あれを手元に置いておくのも少々煩わしくなってきたところだ」


「阿呆め、出来るものならとうにやっとる。あの娘の儂にとって刃でしかない。万が一にでも、月読乃宮のお目にあの娘が触れるようなことがあってはならんのだ。しかし、あの娘を中乃国に送り返すことはできん。天地(あめつち)(ことわり)上、天乃浮橋を開くには憚りがある。だとしたら消すしかない――しかし、その度に邪魔が入る! ならば儂はどうすればいいんだ、え!?」


 錯乱したような金切声は耳障りだった。


 しかしわずかに目を細めただけで、惺壽はあくまで静かに返答する。


「私が消してご覧に入れましょう」


 意味が分からなかったらしい。

 こちらを見返して沼垂主はぽかんと目を丸くした。


「消す……? 仁獣の麒麟にそんなことできるはずも……」


 殺すとでも勘違いしたのだろうか。

 どこまでいっても浅い考えしか巡らせられないようだ。


 そんな内心を、腕を組んだまま肩を竦める仕草で押し隠した。


「要は中乃国に送り返せばよいのでしょう。天乃浮橋ではなく、時の狭間を駆け抜けて。――私が送り届けます。ゆえに、八雲乃(やくもの)(かい)を持つ貴殿にご協力を頂きたく」


 地上と天上を繋げるには、最終的に、八雲乃櫂の神力を振るう必要がある。

 それを果たせるのは、番人である沼垂主だけだ。

 だからこそ、こうして人目を忍ぶように訪ねてきたのである。


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