表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/93

五章―17話

 よく意味が分からない。

「……で、梛雉のことはどうなのよ」

 とりあえず話を本題に戻した。

 今日こそは聞かせてもらうとばかりに見上げると、惺壽の表情が白けたものに変わる。

「そう自分から進んで話したいことでもないんがね。……まあ、いい。これ以上おまえの機嫌を損ねても事だ」

 どうしたんだろう。本当に今日は素直だ。

 首を捻った乙葉だが、いかにも面倒くさそうに言葉が続けられた。

「なにはどうあっても、あれはお前を沼垂主の許に送り込みたいのだろう」

「送り込むって……説得のためにってこと?」

「説得したところで、沼垂主が首を縦に振るはずがないと承知しているはずだ」

「ええ? じゃあ、むやみに危険な目にあいにいくようなものじゃない」

 沼垂主にとって、人間の乙葉は邪魔な存在でしかないのだ。

のこのこ顔を出してこれ幸いと存在を消されたっておかしくない。


 言いかけた乙葉は、惺壽の表情に気づいて口を噤んだ。

一見は変わりなく見えるが。

「……もしかして、それが目的?」

「あれの考えを読み説くことは不可能だ。可能性の一つでしかないさ」

「可能性って……! だったら、なんで惺壽はあんなに梛雉を警戒してるのよ!?」

 よく考えれば、これまで散々釘を差されていたのだ。「梛雉を信用するな」と。

 裏返せば、彼が梛雉を警戒していることの表れである。

 だが当人は相変わらず飄々としたものだ。

「こう見えて臆病な性質でね。厄介事になりそうな芽ならば早々に摘んでおきたいだけだ」

 はぐらかされていることは明らかだが、これ以上食い下がっても明確な答えは返ってこないだろうと思った。


 乙葉は少しの間、視線を自分の足元に落として考え込む。

「……じゃあ可能性として聞くけど、わたし、梛雉に恨まれるようなことをなにかしたと思う?」

 まったく心当たりがないが、梛雉の企みの理由をそれくらいしか思いつかない。

「あれは『恨む』などという感情とは無縁の男だ。ことに女相手ともなれば、無体な真似を強いるはずがない」

「……? わたしを危険な目に合わせるのは無体じゃないの?」

 首を傾げた乙葉を見て、惺壽は一つ息を落とす。

「……高をくくっているのだろう。おまえが窮地に晒されるはずがないと。仁の獣である俺が、誰であれ命の危機を見過ごすわけがないと」

「…………」

 そうだ。惺壽は憐れみ深い仁の麒麟。

それを抜きにしても、乙葉が危険な目にあっていると知れば、きっと助け出してくれるに違いない。

(ち、“違いない”って、何勝手に決めつけてんのよ、わたし)

 かあっと頬が熱くなった。

 惺壽は気まぐれだ。“違いない”なんて確信をしてはいけない。――そうは思いつつも、確信めいた予感を捨てることができない。彼が乙葉の危機を絶対に見捨てることはないと。


 胸の中がほわほわとあたたかい。

 差し迫った話題なのに、なにを浮ついているのだ、自分は。

「ええと……それで結局、梛雉はなにがしたいの?」

 乙葉をわざと沼垂主に預け、惺壽に助け出させる。その意図が不明だ。

 話を逸らすように尋ねれば、惺壽はなおさら気だるげに口を開いたのだった。

「ただの皮算用になるが。――たとえば、その場に、なにも事情を知らぬ第三者が居合わせたとすればどうなる」

「どうなるって……大騒動になるんじゃない? わたしはもともと、ここにいちゃいけない人間なんだし、だから沼垂主にとっても邪魔なだけで……」

 考えれば考えるほどひどい話だ。

 乙葉は好きでこの天上世界に迷い込んだわけではない。

 沼垂主の一方的な都合で迷い込み、保身という身勝手な理由で消されるかもしれない。

 こんなことが明るみに出れば沼垂主は身の破滅だ。

 雲乃峰での出世なんて話じゃなくなる。


 そこまで考えて、ふと顔を上げた。

 あくまで静かな惺壽の面を見上げ、ぽつりと呟く。

「……復、讐?」

 沼垂主の失態と、それを隠すためのさらなる姑息な企み。

 ただ巻き込まれただけの乙葉は不運であり、そんな可哀そうな人間を救いだすのは惺壽だ。

 勇敢な行動に、人々は彼に称賛を浴びせるだろう。

 その陰で、かつて惺壽を嵌めた沼垂主の権威は失墜していくのだ。


 かなりの不確定な要素を含んだ筋書きだ。

 目撃者がいて、且つ、その噂が確実に広まる状況下でなければならない。

 しかし札がうまく揃いさえすれば、過去の因縁は復讐とともに清算されることになる。

 乙葉は言葉もなかった。 

 だが――惺壽は実にあっさり肩を竦めたのだった。

「めくるめく劇的な想像を叩きつぶすようだが、本当に意図しているのは、そんな仄暗い企みではないだろう。あれは能天気が服を着たような男に見えて、その実、能天気が服を着た男だ」

「……ど、どういうこと?」

「忘れるな。すべて可能性の一つにすぎない話だ」

今回はまどろっこしくてすみません;

次回以降にさらなるラブ増量もありますので、懲りずにおつきあいくださいm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ